外国映画 Archive

血みどろ地鎮祭

amazon:[文庫] ラヴクラフト全集 (1) (創元推理文庫)  世界の安寧を維持するには、絶対に失敗できない仕事というものがある。平和維持活動というと崇高なもののように聞こえるが、実際の活動には様々な種類があるようで、なかには反吐を催したくなる内容を有するものさえ。つまり、非人道的なそれに従事する人間も存在するようだ。
 シッターソンとハドリーは、彼らが所属する組織の活動において舵取りの役割を担っている。すべての部署はシッターソンとハドリーの指示のもとに動き、そこで得られたデータのすべてが彼ら二人へと上げられる。管理室は組織の頭脳であり、シッターソンとハドリーはそれぞれ左脳と右脳といえようか。
 目的を同じくする組織は世界中に存在する。その活動において長らく失敗を犯してないのは、アメリカ合衆国と日本に存在する組織だけ。そして、アメリカにおいて組織に成功を齎してきた最大の功労者が、管理室に陣取るシッターソンとハドリーである。
 組織に与えられた特殊活動の成功のために、最大多数の幸福のために、シッターソンとハドリーはときに非情なまでの指令を下す。ニタニタと笑いながら、酒を呷りながら。ここでは姿勢が問われることはない。結果こそが問われるのだ。
 今回も各部署は完成された仕事ぶりを見せ、ある意味では被験者といえる若者五人を予定通りに山小屋へと導いた。勿論、惨たらしい因縁があることを十分に匂わせて。ここで繰り広げられるのは彼らのバカンスではない。いにしえより連綿と続けられる「儀式」だ。
 覗き部屋の存在が明らかとなり、「淫乱」がエロチックなショーを披露し、いよいよ選択の時間がやってきた。「誰」が選ばれるかを全職員が見守るなか、「処女」が禁断の呪文を唱えた。これにて、祭壇に生贄を捧げる執行人が決定した! さあ、呪われたゾンビ一族、バックナー一家の登場だ!
「キャビン」を観た。

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血まみれ温故知新

「キャビン」公式サイト 「キャビン」を観た。
 失恋の傷心をかかえたデイナだが、どうやらこの週末は気分転換をはかれそうだ。友人のジュールスとその恋人のカート、カートとはアメリカンフットボールのチームメイトであるホールデン、そして変人のマーティ。彼ら五人の若者は、週末を大人の目の届かない別天地で過ごす。
 カートがいとこから借りたという山小屋がバカンスの舞台となる。
 楽しい週末への期待を胸に、若々しくも騒々しいキャラバンは目的地を目指す。給油に寄った雑貨屋で、彼らは自分たちの行き先が惨たらしい因縁を抱えていることを知らされる。店主から不吉な警告を受けるも、これを無視して五人は先を進む。
 山小屋は沈黙のうちに若者たちを出迎えた。森を背負う姿は廃屋一歩手前といったところであり、お世辞にも快適性抜群とはいえない風情。過去の因縁話を断片なりとも知ってみると、そこかしこに惨劇の痕跡を嗅ぎ取ってしまいそうな気さえする。
 とはいっても、ここまで来て雰囲気が悪いからと引き返すのは考えられない。せっかくのバカンスだ。楽しまなきゃ。
 覗き部屋の実態が明らかになり、その後、ジュールスによる淫猥きわまりない白黒ショーが開幕。その後、いきなり撥ね上げ扉が開いて、五人は誘われるように地下室へと降り立つ。そこは監禁と拷問に使われたと思しき部屋であり、否が応でも過去の惨劇を想起させる。また、この部屋には様々なアイテムが雑然と並び、五人はめいめいが興味をひかれた品を手にとる。
 デイナは一冊のノートに手を伸ばし、そこに書かれている内容を仲間たちに読み聞かせる。口にしてはならないと警告のあった文句を、マーティに制止されるもデイナは唱えてしまう。それが禁断の呪文とも知らずに!

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子が射る矢

 原題「We Need to Talk About Kevin」の邦題として「少年は残酷な弓を射る」とするのは如何なものか?
 作中で、ケヴィン坊やがロビン・フッドの物語に夢中になる描写より前、長じてから彼が犯したであろう犯罪について、それがどのようなものかを仄めかしている。それがどういう種類のものでそれを為すのに何を用いたのかを、「少年は残酷な弓を射る」というフレーズは容易に気付かせてしまう。つまり、作品タイトルでネタを割っているようなものだ。こいつは配給会社のチョンボだろうよ。
 だいたい、そもそも弓は「引く」のであり、「射る」のであればそれは矢だ。弓が射られてピョーンと飛ぶ光景を見たことがあるか?

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親が盛る毒

amazon:[DVD] 少年は残酷な弓を射る 「少年は残酷な弓を射る」を観た。
 世界中を旅してきた作家が写真家と結婚して子をもうける。その後、ニューヨークで暮らすことは子の成長に悪影響を及ぼすと夫が主張。妻はこの街を愛するものの、息子の遅れ気味に感じられる成長があるだけに夫の意見に強く否定できず、一家は転居する。
 大きな邸宅に広大な庭、だからといって過疎地にあるわけでもない。一家が越してきたのは、育児を考えるなら申し分のない環境だ。まさに城かと見紛うような屋敷で彼らのかわいい息子は健やかに育った。というわけではない。発話が遅くて、いつまで経ってもオムツが取れない。食べ物で遊び、悪戯は一人前。母親にとって息子とはいつもどんなときも手のかかる生き物だ。
 時は流れて、主人公は朽ちかけた狭い家にひとりで暮らす。そして、安っぽい旅行会社に職を求め、かつてのキャリアからは考えられない仕事に従事する。常に人目を気にして縮こまり、帰宅すれば精神安定剤をワインで呷る。ささやかな住まいと愛車には赤い塗料がぶちまけられ、道行く女性にいきなり殴られるも「私が悪いのだから」と、主人公は彼女らの瞋恚を引き受ける。

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父、帰る?

amazon:[Blu-ray] ウィンターズ・ボーン スペシャル・エディション 「ウィンターズ・ボーン」を観た。
 主演は「ボディ・ハント」公開中のジェニファー・ローレンス。彼女がまだ巨大化する前の姿を拝める貴重な作品だ。
 森を背負ったかっこうの家。そのまわりで遊ぶ腕白盛りの少年と幼い少女。十二歳と六歳の弟妹の世話をするのは彼らの姉。リー・ドリーは疲れていた。母親は心を病んで廃人同然。ちょっとした家事さえも任せられない。父親は麻薬精製の腕こそ確かだが、それだから警察に捕まって。同年代の子がそうであるように私も高校に通いたいけれど、状況がそれを許してくれない。家族を支えなければならない。
 そうはいっても十七歳の少女にできることは多くない。当たり前だがリーには経済力がない。養えなくなった馬を手放し、隣家の好意に甘えて糊口を凌ぐ日々。このような生活から抜け出すには金だ。金が必要だ。父親は当てにならない。自分が稼ぐしかない。働き口を見つけなければならない。リーの目標は軍隊に入ること。軍隊に入れば、まとまった金を手に入れられると聞いた。特に資格を持っているわけでもない十代の少女を雇ってくれて、しかも倒産の心配がない。願ったり叶ったりだ。
 ある日、保安官が家を訪ねてきた。父親が保釈金を支払って娑婆に出ているという。保安官が云うには、その際にジェサップ・ドリーは自宅と森とを担保に保釈金を捻出。裁判の出廷日がすぐそこに迫っているのだが、もしこれにジェサップが従わなければドリー家はその地所を失ってしまうし、立ち退かなければならなくなる。
 寝耳に水とはこのことだ。たった今聞いたことの何もかもが初耳だ。父親の近況はともかくも、家を追い出される? 考えられないあり得ない。そんなことになったら母もソニーもアシュリーも守れなくなる。
 リー・ドリーは決意する。父を捜す、絶対に捜し出す。

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ゲーム攻略のバイブル

amazon:[DVD] ファニーゲーム  ミヒャエル・ハネケの問題作、「ファニーゲーム」を観た。
 唐突にそれは現れて、ゲームの開始を宣言した。巻き込まれた者は否応なく参加させられ、そして生命を懸けさせられる。想起したのは「SAW」シリーズのジグソウ。彼もまた日常への闖入者だ。そして、観念の破壊と再構築を齎す者だ。ただし、パウルとペーターが始めるゲームとジグソウによるゲームとでは、両者に大きな差異がある。
 ジグソウには彼なりの理念があり、彼のゲームにはその理念が反映されている。ゲームそれ自体を自らの業績と捉えるジグソウは、綿密な計画を立ててゲーム会場を用意する。ジグソウのゲームの参加者は、当人の背負う罪とゲーム内容とが分かち難く結び付いている。それ故に、ゲーム立案時に彼らの参加はゲームマスターによって既に決められている。ジグソウにとってゲームとその参加者とは、これは不可分に結び付いているものなのである。
 ジグソウのゲームは決まって凄惨な内容となるが、そこには厳然たるルールが存在し、まして勝利へと到る道筋があったことを最後には提示される。勝利を得られたことが示されるものだから、これによってゲームが公正であることを認めざるを得ない。ジグソウのゲームに参加させられることが理不尽であることは尤も至極ではあるものの、ゲームそのものは理の産物に違いない。
 ジグソウが自らの生命を削ってゲームの立案と実行に邁進したのとは異なり、パウルとペーターはその場の思いつきでゲーム内容を変える。この点でジグソウとは大違いだ。ジグソウは、一旦ゲームが始まったならゲームマスターといえどもルールに従うことを潔しとしていた。ゲームの勝利条件を中途で変えることはなかった。そのゲームでたとえ自らの命が断たれたとしても、彼はこれを納得して受け入れたことだろう。しかし、パウルは違う。アナのペーターへの反撃を無かったことにしてしまう。しかも、強引且つバカバカしい方法で。
 パウルとペーターのゲームは公正ではない。彼らは一方の参加者でありながらレフェリーでもあり、なにより彼ら自身がゲームマスターなのだ。これが公正であるはずもない。

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妹よ

「ボディ・ハント」を観た。
 ジェニファー・ローレンスは、彼女が「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」で少女時代のミスティーク、レイブンを演じているのを観て、絶妙なバランスの上に立っていることに感動を覚えた。そのバランスとは美醜に関するものだ。この女優は少女ながらに肉感の美を纏っていて、それが「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」では絶妙なバランスを保っている。この奇跡をいつまでも維持してもらいたいと心から願った。そして、同時にこうも思ったのだ。この美しさは少女時代に限定のものかもしれない、と。この危うさもまた期間限定の魅力なのだろう、とも。
 ジェニファー・ローレンスの美しさに魅入られたのは私だけではなかった。今年に入って「ハンガー・ゲーム」に本作と、彼女はジャンルの違う作品で主演を務めあげる。短期間での躍進は大したものだ。しかし私が驚いたのは、予告編に見るヒロインにかつての奇跡がその片鱗も残ってないことだ。やはり、束の間の奇跡だった。刹那に輝くからこそ奇跡なのだ。
 断っておくと現在のジェニファー・ローレンスに魅力がないわけではない。ムチムチな肉体には特有の色気が感じられる。ただ、最高の状態を知っているからこそ、それが失われたことを惜しむのだ。これは理性によって納得できるものではない。
 つまり、アレだ。太った。否、デカくなった。

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ドッキリカメラ

「アルゴ」公式サイト  ベン・アフレック監督・主演作品、「アルゴ」を観た。
 1979年、イランでホメイニ師を指導者とする革命が勃発。米英が担ぎ上げていたパーレビは浪費と圧政によって国民の憎悪を買っていた。パーレビにとって幸福なのは、彼自身の癌治療のためこのときアメリカに渡ったこと。人民裁判によって前国王には死刑の判決が下されることは免れないが、死刑執行人の手もアメリカ大陸までは届かない。パーレビ不在の状況下において、民衆の怒りは傀儡政権を作り上げた大国へと向けられる。
 11月4日、テヘランのアメリカ大使館が襲撃された。機密流失を回避するため、職員たちは重要書類の破棄・焼却を進める。アメリカ合衆国の領土が侵されているのにもかかわらず、警備の部隊は一発の銃弾すら発砲できない。それが戦争を招く一発になるかもしれないからだ。押し寄せた民衆を前にアメリカ大使館は占拠され、職員は為す術もなく捕らえられる。六名を除いて。
 CIAもつかんでいなかったイラン革命。事態は緊迫の度合いを増してゆく。そんななか、六名の大使館職員がカナダ大使の私邸に匿われているとの情報が入った。救出作戦が国務省主導で立てられることとなる。CIAのトニー・メンデスは人質救出のスペシャリストとしてこの会議に出席したのだが、役人の打ち出す案というのが実現不可能と思しき代物ばかり。そもそもが最悪の状況なのだからそれも致し方ないのだけれど。何らの進展を見せずに会議は終わる。お手上げだ。
 トニーは、別居中の息子と電話で話しているうち、ひとつの着想を得る。それはあまりにも突飛すぎる思いつき。ただし、勝算はなくもない。
 西欧の文化圏においては中東の風土や習俗に異国情緒を感じる。1980年当時ならば尚更だ。そして、見たことも触れたこともない世界観を描くのがSF作品である。異世界を舞台に冒険を繰り広げるスペースオペラは、1977年の「スター・ウォーズ」の大ヒット以来、引きも切らずに映像化されていた。だから、SF映画のロケーションに異国情緒あふれるイランを選ぶということもあり得なくはない。
 大使館職員六名をイランから出国させるのに、自転車で国境を越えるのも語学教師と身分を偽るのも現実的ではない。国境までは遠すぎて自転車選手でなければ完走できないだろうし、この時期にテヘランに留まっている語学教師がいるものか。ならば架空の映画製作をでっち上げ、彼らを映画スタッフと偽って出国させるという手はどうだ?
 そもそもが無茶な計画なのだ。何を立案しても最悪の作戦になるのは免れない。正攻法が通じないなら最悪のなかの最高の作戦を選ぶしかあるまい?

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Nevermore

「推理作家ポー 最期の5日間」公式サイト 有楽町はよみうりホールにて「推理作家ポー 最期の5日間」の試写会があり、これに足を運んだ。
 本作の主人公はエドガー・アラン・ポー。怪奇幻想文学の歴史を繙くと、特にミステリ史においてその名は燦然と輝く。 謎解きそのものを物語の主題に据えた作品を物した革命家である。その業績はミステリに限らず、ホラーはいうまでもなくSFのジャンルに及び、その影響を受けた作家は枚挙に暇がない。本邦には彼の名に漢字を当てて筆名とした作家がいたくらいだ。その探偵小説界の巨人は、いわずもがなの江戸川乱歩である。
 探偵推理小説の父と呼ばれるエドガー・アラン・ポーだが、作中にあるように本人は詩作を愛し詩人としての成功を望んでいた。成りたい自分と成れる自分は違うというわけで、ポーは散文において評価を得ることになる。これは詩人にとっては甚だ不本意だったかもしれない。
 ポーは詩人として全く成功しなかったわけではない。代表作「大鴉」は大層な評判となった。しかし、初出掲載の際にポーに支払われたのは9ドルにすぎなかった。
 エドガー・アラン・ポーを語るのに、波乱に満ちた私生活に触れないわけにはいかない。私生活においては決して幸せとはいえず、父親の失踪にはじまり母親の死と兄弟の離散、大学と陸軍士官学校を中途で辞め、愛する妻とは死に別れ、酒に溺れて放浪を繰り返した挙げ句、ボルティモアで帰らぬ人となる。1849年10月7日のことだ。
 本作の邦題はネタを割っているようなもので、彼が死ぬまでの数日間を取り上げている。これは史実とは異なるのだが、真相が解明されてないことをよいことに想像の翼を羽ばたかせたのが本作である。

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ケネス・キットソンに花束を

「ボーン・レガシー」公式サイト 「ボーン・レガシー」を観た。
 マット・デイモンが主演して世界的大ヒットとなった「ボーン」シリーズ。三部作は見事に完結した。彼らの陰謀うずまく物語は幕を閉じたとばかり思っていたのが、ジェレミー・レナーを主演に据えて新たな伝説を紡ごうとは。
 ジェレミー・レナー演じるアーロン・クロスは、ジェイソン・ボーンとは異なり遺伝子操作を為された人間兵器。彼は"トレッドストーン"計画で生まれたのではない。彼を生んだ人間兵器養成計画の名前は、"アウトカム"。
 ガーディアン紙の記者が"トレッドストーン"とジェイソン・ボーンについて嗅ぎまわっている。しかもサイモン・ロスは"ブラックブライアー"にさえも辿り着いたようだ。これはアメリカ合衆国の情報工作のすべてに影響を及ぼす緊急事態となる可能性がある。これに対してCIAは事態を収拾できないかもしれない。重要度の高い作戦を守るためには最終手段をとるしかない。
 国家調査研究所のリック・バイヤーは優先すべきことを心得ている。事態の速やかなる収拾を託された彼は、さながら天才外科医がメスをふるうが如く的確な指示を下す。何を守り、そのために何を切り捨てるのか。手遅れになる前に病巣となりそうなものは切除しなければならない。

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