外国映画 Archive

エメラルドグリーンの男

 2009年6月13日。ひとりのプロレスラーが死んだ。
 三沢光晴。
 享年四十六歳。あまりにも早すぎる死であった。
 奇しくもその死の翌日は、プロレスラーを題材にとった映画の日本における公開初日であった。
 ミッキー・ローク主演、ダーレン・アロノフスキー監督作品の「レスラー」だ。都内においても上映館は数えるほどしかなかった本作だが、そのうちの一館であるシャンテシネ(現在のTOHOシネマズシャンテ)には、初回の上映に大勢の観客がつめかけた。私もそのひとりだ。
 あれは映画ファンだったのか。それともプロレスファンだったのだろうか。前日の訃報に対して自分のなかで決着をつけるために物語を欲したものだろうか。
 私自身、訃報に接して衝動的に映画館に足を運んだということを記憶している。思いもしなかった喪失感を覚えて、何かでそれを埋めなければならないと思い込んだのだ。

 本日は6月13日。命日である。あれから六年経ったわけで。この六年でいろいろなことがあった。
 今回は、当時に「レスラー」を取り上げた記事に若干の手を加えて再掲する。

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動かざること山の如し

amazon:[DVD] スティーヴン・セガール 斬撃 ZANGEKI 「斬撃 ZANGEKI」を観た。
 本作では感染症の蔓延する世界が描かれる。とはいうものの、物語の舞台となるのはごくごく狭い地域。ほとんどが病院の中での出来事。お手軽に撮影を済ませたな、といった感じは否めない。
 件の感染症の症状は、欲望のままに吸血行為に駆り立てられるというもの。血に対する欲求はよほど強いのか、その行為のさなかにある彼らの瞳の奥に理性の光はない。
 感染は唾液や血液を媒介にするようだ。咬まれたら終わり。
 そのうえ、感染症患者は日光を避けるようになるらしい。彼らが活動するのは専ら夜間とのことだ。昼間は建物の中にこもる。
 なるほど、吸血鬼というわけか。
 本作に登場する吸血鬼は感染症患者という位置付けであるので、吸血鬼ならば有するはずの不老不死や超能力を持たない。ブラム・ストーカー以降の吸血鬼が見たら嘆きたくなるような餓鬼が本作の吸血鬼だ。否、鬼ではない。血に狂った人間だ。人であるが故に心臓が拍動を止めれば即ち死ぬ。
 本作で吸血行為に勤しむのは人だ。あくまで感染症患者だ。元気過ぎるくらいに元気な病人だ。しかし、健常者とは決して相容れない。
 この症状は前述したように、経口感染する、咬まれることで人にうつる、その症状は人を襲う。まるでアクションゲームの設定のようだ。あれはゾンビ化するのだったか。
 ゾンビ化でも吸血鬼化でも、感染によって人の領域から外れてしまうことの基本設定は、ゲームや漫画、映画で数多く取り扱われているだけに広く知られていて、だから今や説明をそれほど必要としない利点がある。
 本作が吸血感染症を題材としたのには理由がある。それは現在のスティーヴン・セガールを擁するからには絶対に必要な約束事と結び付いている。
 あるいは、あらゆる敵と戦ってきたスティーヴン・セガールだから、いくら強かろうとも人間と戦うのでは物足りない。こう思う向きもあろう。
 違う。違うのだ。
 本作で吸血感染症を題材としたのは、もっと哀しい理由があるのだ。

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ホワイトハウスへようこそ

「ホワイトハウス・ダウン」公式サイト 「ホワイトハウス・ダウン」を観た。
 ホワイトハウス。自由主義国家の盟主を気取るアメリカ合衆国のリーダー、いわずとしれたアメリカ合衆国大統領の住まう官邸である。
 ジェームズ・ソイヤーはアメリカ建国史上初の黒人の大統領。ただし、彼がユニークなのはその肌の色ではない。打ち出した政策が独自性に満ちている。
 ソイヤー大統領は中東全土からの米軍撤退を宣言した。この劇的な方向転換には、特に軍事産業からの反発が大きくて。
 議会警察官に所属するジョン・ケイルには目標がある。彼は大統領警護官への転属を希望している。別居中である娘のエミリーは、十一歳ながら大の政治マニア。厳密にいえばソイヤー大統領の熱烈なファンである。
 ジョンは下院議長イーライ・ラフェルソンの警護にあたっており、その日はシークレット・サービスの面接が控えている。人生を決めるこの大事な日に、ジョンは娘を面接会場まで伴う。ホワイトハウスへ。

 主人公ジョン・ケイルをチャニング・テイタム、アメリカ合衆国大統領ジェームズ・ソイヤーをジェイミー・フォックス、キャロル・フィナティ特別警護官をマギー・ギレンホールがそれぞれ演じている。
 シークレットサービスのトップ、引退間近を間近に控えたマーティン・ウォーカーを演じるのはジェームズ・ウッズ、イーライ・ラフェルソンはリチャード・ジェンキンス。下院議長の顔を眺めながらそのいかにもな実在感に感心していると、彼が「キャビン」でシッターソンを演じていたことを思い出した。かの作品ではくたびれた中間管理職の哀愁を漂わせていたのが、本作では長いこと政治家を続けてきた人間の底知れない凄みを感じさせて。
 監督はローランド・エメリッヒ。代表作は数あれど、デカいトカゲが走り回る「GODZILLA」がキャリアを上書きしてしまった印象があるのだが、本作はどうだろう?
 この映画監督がホワイトハウスを破壊するのは本作で三回目だそうだ。ホワイトハウスが窮地に陥ったそのとき、リンカーン記念館に坐すエイブラハム・リンカーン像が立ち上がり、やはりスクリーン狭しと走り回るのだろうか?

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怪獣観るなら映画館へ行きな

「パシフィック・リム」公式サイト  ギレルモ・デル・トロ最新作、「パシフィック・リム」を観た。ちなみに2D吹替版とIMAXの3D字幕版の両方を。
 吹替版は、ロン・パールマンの声を芸人ケンドーコバヤシが務めていて、その点に違和感を覚えたものだが、それ以外は満点といえるキャスティング。「ちゃんとわかっている」配役に、ただただ唸るのみ。いちいち挙げることはしないけれど、役柄にピッタリの声優起用に感謝したいくらいだ。そうではない作品も市場に出回っていて。
 吹替未経験の芸能人を抜擢することで良くも悪くも話題になる。マスメディアに取り上げられることで周知を図るという手法は有効なのだろうし、そのために旬の芸能人を起用するというのも理解はできる。しかしそのせいで作品自体の価値を減ずるのは本末転倒だ。ありがたいことに、本作にそのようなことはない。
 字幕版は、視覚的な情報量という点において日本語が優れていることを再認識する契機となった。漢字・ひらがな・カタカナが混在することで、一般名詞や固有名詞の区別ばかりではなく、未知の概念であってもなんとなく意味を捉えられる。便利だねえ、日本語。
 日本語字幕の利点だけではなく、俳優本人の科白まわしを楽しめ、チャーリー・ハナムやイドリス・エルバが慣れない日本語を操ったり、菊地凛子演じる森マコが心中を吐露する際に日本語を話すのが効果をあげているのだけど、吹替版にはそこのところが表れておらず、監督としては日本語が話されることによる心象を描きたかったに違いない。これを思うと、完璧に近い吹替版に瑕疵を見つけてしまう。残念だ。

 さて、日本のポップ・カルチャーを好きだと公言するのが、本作の監督であるギレルモ・デル・トロ。日本の怪獣特撮映画やロボットアニメ、漫画から大いに影響を受けたこのメキシコ人は、デビュー以来、着実にキャリアを積み重ねてきた。その甲斐あって「自分の観たい特撮映画」に、ハリウッドの潤沢な製作資金を注ぎ込むことができるのだから大したものだ。

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Family Buisness

amazon:[DVD] フレイルティー 妄執 スペシャル・コメンタリー・エディション 「フレイルティー 妄執」を観た。
 ビル・パクストンといえば、ジェームズ・キャメロン作品の常連俳優だ。「ターミネーター」や「エイリアン2」にその勇姿を見ることができるし、「タイタニック」では情熱を持って伝説を追いかける男を演じている。
 ちなみに、ジェームズ・キャメロン監督作品ではないが、「プレデター2」に出演して殺られている。三大「人外狩人」の餌食となっている、ハリウッドの俳優の中でも稀有な存在だ。
 そのビル・パクストンが自ら監督し、「U-571」で共演したマシュー・マコノヒーを作中の語り手に選んだのが「フレイルティー 妄執」だ。ビル・パクストンも主人公の父親役で出演している。
 テキサス州ダラスのFBI本部にひとりの男が現れた。捜査官のウェズリー・ドイルがその男の話を聴くことに。ウェズリーによる聴取は、この訪問者自身が望んだことだ。
 男は、最近続発する殺人事件の犯人を知っているという。件の殺人鬼はメモを残しており、それには「神の手」と。ウェズリーは「神の手」事件の担当捜査官だ。
 男は自らをフェントン・ミークスと名乗り、連続殺人鬼は弟のアダムだと打ち明ける。いきなりの言葉にウェズリーが信用しないそぶりを見せると、男は身の上話をはじめる。
 1979年、フェントンは三歳下のアダムと父親との三人で暮らしていた。町の薔薇園の裏手に彼らの家があり、そこはもともと園丁の為に用意されたものだった。その家に彼ら家族は住んでいた。決して裕福とはいえないが、家族が三人で暮らすぶんには十分に幸せに暮らせていた。
 ある夜、フェントンとアダムが眠る部屋に父親が入ってきた。父親は興奮している。彼が話すには、天使による啓示があった。この世界に跳梁跋扈する悪魔を滅ぼすべく、天使から使命を賜ったとのこと。フェントンにしてみれば、「何をいっているんだ?」といったところだが、父親はこれ以上ないというくらいに真面目だ。冗談をいっている様子ではない。
 一夜明けても、父親は悪魔退治を口にする。そのうえで、このことは他言無用である、と。しばらくして父親は一挺の斧と一双の手袋を持ち帰る。これらも啓示に導かれて入手したのだそうだ。次々に「魔法の武器」は集まり、ついには悪魔の名簿まで手に入れた父親。どう判断したものかわからないフェントンだったが、不安ばかりが膨れ上がる。
 ある夜、その日は父親と映画を観に行く約束があったが、いつまで経っても父親が帰ってこない。諦めて就寝した息子たちだったが、物音にフェントンは起き出した。外には父親の姿と彼が担ぎ上げる大きな物体。まるで人間を袋詰めにしたような。
 これも起き出したアダムとともに、フェントンは悪魔退治の一部始終を目撃する。それはフェントンの目には殺人行為以外の何物でもなかった。

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神頼みより安上がり

amazon:[Blu-ray] ゼア・ウィル・ビー・ブラッド  ダニエル・デイ=ルイス主演、ポール・トーマス・アンダーソン監督作品の「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」を観た。
 十九世紀末、ゴールドラッシュに沸いたニューメキシコ州。ひとりの男が地面を掘っていた。男はひとりですべての作業をこなしている。ある日、坑道を墜落した男は、意識を取り戻してすぐに、最前の発破における成果を見つけて満足する。金だ。そのとき、男の左足の骨は折れていた。
 二十世紀初頭、男はカリフォルニア州にいた。数人の部下を従えて、男の獲物は黄金から石油に変わっていた。見事に石油を掘り当てた男たちだが、作業の最中に事故が起こる。その事故でひとりの男が死んだ。彼には赤ん坊がいた。
 月日は経ち、今も地面を掘り続けている男は、石油屋として名を成していた。男の名はダニエル・プレインヴュー。
 ダニエルの行く所、常に少年の姿があった。ダニエルは土地の買収工作に赴くときに少年を必ず伴う。そして少年を自分の息子と地域住民に紹介する。可愛らしい少年「H.W.」の存在は、ダニエルの演説の効果と相俟って、石油屋としての仕事を捗らせる。
 次なる石油産出地を探すダニエルの前に、ひとりの青年が現れた。青年の名はポール・サンデー。 彼は石油の出る土地の情報とひきかえに、金を要求するのだった。イザベラ郡リトル・ボストン。ポールが売ったのは彼の生家の情報である。
 ダニエル・プレインヴューはリトル・ボストンの地で彼の人生を揺るがす出来事と対峙する。

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我が家

「ドリームハウス」を観た。
 主演はダニエル・クレイグ。権謀術数の世界を生き抜く男の代表格、ジェームズ・ボンドを演じて世界に広く知られるようになった彼が、本作では良き家庭人の顔を見せる。その妻を演じるのはレイチェル・ワイズ。本作での共演が縁で、二人は結婚する。
 近所の住人にナオミ・ワッツ。個人的に、ハリウッド版「リング」のヒロインとしてのイメージが強い。
 イメージといえば、登場するだけで役柄の背景を観客にあれこれと想像させる俳優、イライアス・コティーズも出演している。この曲者俳優は、冒頭にチラリと顔を見せた後、次にはなかなか姿を見せないのだが、彼がただの通りすがりで終わるわけがない。どのような役回りなのだろう? あまり良い身なりではないことから、悪役モードかしら? いやいや、そう思わせておいて実は違うというミスディレクションかも?
 この時点で、既に術中に陥っている。見事に絡め捕られているではないか。

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大ロサンゼルス捜査網

「L.A. ギャング ストーリー」公式サイト 「L.A.ギャング ストーリー」を観た。
 主演はジョシュ・ブローリン。ひたすらに肉厚な男を演じる。主人公を補佐する色男にライアン・ゴズリング。彼とエマ・ストーン演じるギャングの情婦との色恋沙汰が、やたらと男臭い作品に一瞬薫るフレグランスのようで、なおさらに際立つ。
 本作に凄みを与えているのは、ショーン・ペン演じるミッキー・コーエンだ。西海岸を牛耳るギャングのボスは、強欲を絵に描いたような男。物狂いの領域にまで達する剥き身の執着を、アカデミー主演男優賞に輝いた演技巧者が演じあげる。
 久し振りに目にしたニック・ノルティが怪物じみた容貌をしており、これにはびっくりした。お前はジャバ・ザ・ハットか、と。

 ギャング部隊。それは、ロサンゼルス市警察のパーカー本部長の命を受け、殺人課所属の巡査部長、ジョン・オマラが悪の砦に放った、過酷非情な男たちである。不法侵入、盗聴、様々な手段を使い、彼らは身を挺してミッキー・コーエン及びその組織に挑戦する。暴力さえも厭わぬギャング部隊だが、無法者に身をやつし、姿をかえて敢然と悪に挑む彼らに、明日という日はない。
 任務に成功して栄誉なく、記録にも決して残らず。返り討ちに遭って警察組織の助勢を望めず。死して屍拾う者なし。
 死して屍拾う者なし。

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上映中はお静かに

「フッテージ」公式サイト 「フッテージ」を観た。
 タイトルの「フッテージ」とは、映像素材の意味だ。撮影済みではあるが編集段階にない、つまり何らの加工も施されてない、「素材」としての映像のことをいう。
 フィクションにリアリティを盛り込むのに、手付かずの「素材」を提示することでこれを果たす。「素材」の一つひとつはさほどのリアリティしか持ち得なくとも、それが山と積もれば「本当らしさ」を担保するに足る。勿論、これは物語世界における「本当」であり、「現実感」だ。
 様々な媒体からなる記録をコラージュすることで、どんなに荒唐無稽な事象であっても、その信憑性を嵩上げする。ここで留意すべきは、映像素材に加工や編集の為された可能性を作中で排除することだ。その映像に対するトリックの疑惑を払拭することで、記録された事柄を事実として受け入れざるを得なくする。だから、「フッテージ」であることに意味がある。
 スマートフォンをはじめとする携帯端末が発展した現在、一般人が撮影した映像が作中で扱われることは、フィクションにおいては何の不思議もない。
 特に、撮影者の視点で事実を切り取り、物語を綴るスタイルはP.O.V.(ポイント・オブ・ビュー:主観撮影)と呼ばれ、ドキュメンタリーを模した物語形態との親和性が高い。「フェイク・ドキュメンタリー」だの「モキュメンタリー」だのといった作品では、定点撮影とともにP.O.V.の手法が、必ずといってよいくらいに採用されている。定点撮影もまた作為の介在を排除できるものと了解し得るからだ。

 この世に「物語」が生まれてから現在に至るまで、フィクションにリアリティを盛り込むのに、数多くの方法が編み出されてきた。フッテージは現時点で有効な手段のひとつだ。

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空腹のニコラス・ケイジは?

amazon:[Blu-ray] ハングリー・ラビット 「ハングリー・ラビット」を観た。
 カトリーナの名で知られるハリケーンの傷痕が、まだそこかしこに残るニューオーリンズ。高校で国語を教えるウィル・ジェラードは、楽団員の妻と暮らしている。公私にわたって充実した日々を送るウィルだが、好事魔多し。ウィルが同僚で友人のジミーとチェスに興じるさなか、彼の愛妻は稽古帰りに暴漢に襲われてしまう。
 愛する妻がレイプされたことにうちひしがれるウィルの前に、ひとりの男が現れる。サイモンと名乗る男は、ウィルにひとつの提案をする。自分たちは、世間に蔓延る悪に制裁を加え、社会に正義を実現する組織だ。そして、ローラを暴行した犯人を知っている。その男は性犯罪の前科者だ。ウィルが望むなら、その罪に相応しい報いを咎人に与えよう。
 この申し出は突然のことで、しかも明らかに合法ではない。あまりに怪しすぎて、話に乗るのは躊躇われる。一旦はサイモンの申し出を断るウィルだが、妻を想えばこそ復讐心がたぎる。
 ウィルは決断し、その夜のうちにレイプ犯は殺された。組織の手が下ったことを示す写真と、レイプ犯がローラから奪ったネックレスをウィルは受け取る。サイモンが話した内容は嘘ではなかった。社会正義を自ら実現する組織があるというのは本当のことなのだ。
 こうなると気がかりなのは、申し出があった際にサイモンが提示した条件。ちょっとした協力をお願いするということだが、それはどのような内容のものだろうか?
 半年後、サイモンから連絡が。仕方なく指示通りに動くウィルに、サイモンがなおも要求するのは、「ある男を殺せ」。殺人の指示だった。

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