日常 Archive

忘れはしない、忘れさせはしない。

 今日は2012年3月11日である。

 2011年3月11日14時46分18秒、東北地方太平洋沖地震発生。この地震は大津波を伴い、これらを総称して東日本大震災と呼ばれている。
 あれから一年経つのだなあと思っていたところ、twitterのタイムラインに以下のような呟きを見た。
 震災から一年目、というのは外側から眺めている者の言葉だ。近しい人を亡くした者にとってみれば一周忌なのだ。
 胸を衝かれた。
 考えてみれば当たり前。目に見える被害の大きさ、特に映像や写真に見るそれらの迫力にそれこそ圧倒されてしまい、報道では数値こそ挙げられるもののその実態を詳らかにされない死者の一人ひとりに対して真に実感できていなかった。
 このブログで幾度か怪談を取り上げたことがあり、その際に"鎮魂"の意味合いを述べていたにもかかわらず、今思うと実際の被害者やその遺族との間に距離があったのだ。言葉が上滑りしていたことは否定できない。
 これは衝撃的な映像を流すことに懸命だった報道機関に原因を求めるのではなく、私の感性が、想像力が、ただただ鈍いだけ。頭では被害者と被害者遺族の無念を慮り、そしてときには涙することさえあるものの、その思いの至らなさを今更ながら自覚した。

 私に限ったことでなく、この一年、日常を取り戻そうとするあまり、あの出来事を風化させてはいまいか?
 日常を取り戻すことで経済活動の遅滞を生まないように努め、それがひいては被災地復興に繋がるのだと信じて、しかしいつの間にか被災を風化させているのではないか?
 今までしてきたことを考え違いだったとは思わない。それでも生じてしまっていた被災地住民との意識の違い。意識に違いがあること自体、それは仕方のないことだと思うけれど、衝撃を受けたことを書き記す必要があると考えて、この記事を書いた。
 今日のこの日に改めて思う、心に刻む。

 忘れはしない、忘れさせはしない。

かじかむ手から零れる言葉

 本格的に寒くなった。もう冬、完全に冬。
 私はブログ記事等の草稿を携帯電話を使って練る。メール機能を利用しているので、書き上げたものをそのままパソコンに送ることができる。私にとって携帯電話は主にこういう意味合いを持つもので、だから大変に重宝しているのだけれど、この季節は辛いものがある。
 この寒い季節、屋内はともかく屋外で文面を打っていると、手がかじかんでうまく綴れないのだ。携帯電話の操作だけは左手でこなすのだけど、このときばかりは働き者の左手親指が寒冷地手当ての要求をちらつかせるが如く思ったようにキーを打ってくれない。隣のキーを押したり正しいキーでも一回多く押したりで、何度も打ち直す。そのたびに微少なストレスを感じる。
 手袋をしてはどうか? そうすると今度は指先の違和感がストレスになる。ままならないねえ。
 携帯電話で草稿を練るスタイルを変えないかぎり、冬に操作で苦しむのは避けられないだろう。
 でも、長いことこの方法をとっているからなあ。今更、他の方法というのもなあ。

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夢の続きはまたいつか

 2011年度における日本プロ野球の最後の試合、日本シリーズ最終第七戦が行われた。
 このたびの日本シリーズでは、中日ドラゴンズも福岡ソフトバンクホークスも本拠地球場では勝利を得ることをできず、福岡ドームの初戦と第二戦ではドラゴンズが、ナゴヤドームに舞台を移しての三戦ではホークスがそれぞれ連勝し、勝負は福岡の地で決することになった。
 昨日の第六戦はやはりドラゴンズが勝ち、どうにもこのシリーズはビジターが勝つような流れがあるように思われる。だとするならば、本日も福岡ドームでの試合だから、ビジターであるドラゴンズが勝つわけか? ドラゴンズファンとしては、ジンクスとも云えないものに縋りたくなる。選手を信じないわけではないが、落合博満監督を信じないわけではないが、これまでの六戦で計9得点しか上げてないことを考えると、いささか心許なくなるのだ。

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夢の実現まであと一歩!

amazon:[ムック] おめでとう中日ドラゴンズ―2011激闘セ・リーグ優勝速報号 (NIKKAN SPORTS GRAPH)  今夜、中日ドラゴンズはナゴヤドームを舞台に東京ヤクルトスワローズを下し、クライマックスシリーズを勝ち抜いた。簡単に勝利を手にしたわけではない。ペナントレースでもポストシーズンでもスワローズには随分と苦しめられた。
 さあ、ドラゴンズはいよいよ日本シリーズへと駒を進めた。落合博満監督が率いて五度目の日本シリーズだ。過去四度においてこれに勝利したのは、ただの一度きり。2007年、リーグ二位からクライマックスシリーズを勝ち抜いて、北海道日本ハムファイターズを倒しての日本一達成。それは中日ドラゴンズにとって、実に53年ぶりの日本一だった。
 この瞬間から落合博満監督と選手たちの次の目標が定まった。リーグ制覇からの日本シリーズ進出、そして日本シリーズの優勝。つまり、完全優勝だ!

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世代交代

 巷ではiPhone4sがどうだの、auとソフトバンクの抗争がどうだの、スマートフォン界隈が喧しいようだけど、そんなお祭り騒ぎなんか関係ないもんね。従量課金制になるかどうかもわからないうちから回避してやった! これを勇気ある撤退と呼ぶべきではないだろうか?
 今、ヘタレと呼んだのは誰だ!

 携帯電話の機種変更をしてから一ヶ月。それまで使っていたものは手元にある。随分と古い機種だし、来年の夏には使えなくなるしで、きっと売れないだろう。
 捨てるにしても分別するのが面倒臭い。そもそも分別するにしても、どう分別するのが正しいのかわからない。
 また、microSDカードを差し替えればまだ携帯電話として使えるということなので、どうにも勿体なく感じられる。まだ使えるという事実が、捨てることへの心理的抵抗になっている。

 通信機器として今でも使えるとは云うものの、現状で事足りているのにわざわざ古い機種を使う理由が見当たらない。わざわざmicroSDカードを差し替えるのが面倒臭い。
 かくしてロートルは窓際に追いやられて、目覚まし時計として活躍している。

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夢の連覇で盆踊り!

amazon:[DVD] 中日ドラゴンズ 優勝記念盤 感動の軌跡2011 球団史上初のセ・リーグ連覇  落合博満というプロ野球選手がいた。現役生活を始めたのはロッテオリオンズ。このチームで三度の三冠王。ロッテをふりだしに四球団を渡り歩いた。現役生活に別れを告げたのは、日本ハムファイターズでのことだ。その引退は、三冠王に三度輝いた名選手としては静かな去り際だったという。
 落合博満がロッテから中日ドラゴンズに移籍した際は、落合ひとりに対して四人のトレードが実現した。中日からロッテに移った四人のうちのひとりは、後に横浜ベイスターズの監督を務めた牛島和彦である。
 破格。すべてが破格の選手だった。キャンプの調整も"オレ流"と呼ばれて、そのあり方を取り沙汰された。常に目標を立てて公言し、しかし狭いと云われたナゴヤ球場でも三冠を達成することはできなかった。セ・パ両リーグでの三冠達成を夢みたファンにとっては残念な成績ではあったが、それでも凄い記録を打ち立てたのだ。
 そして日本球界初、FA宣言の行使。信子夫人に背を押されたとのことだが、移籍先が中日ドラゴンズの宿敵、読売ジャイアンツであったことから中日ファンの怒りを買う。選りに選ってなぜ巨人なんだ!
 巨人で長嶋茂雄を胴上げし、その後は若手の台頭とともに出番が少なくなり、いつの間にか日本ハムに移籍していた。そして引退。四十四歳まで現役でいたことに驚いた。
 落合博満の応援歌、「マグマ大使」の主題歌を土台に、彼の打撃フォームである広角打法から放たれるホームランを待ち望む歌詞は、それを耳にすると、今でもちょっとわくわくする。

 三冠落合 広角打法
 レフトへライトへ ホームラン!
 その落合博満が監督として中日ドラゴンズに帰ってきた。これを聞いたとき、根っからドラゴンズファンの友人に「落合が監督ってマジか!?」とメールしたものだ。

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翻訳コンニャクおみそ味!

 島田紳助が芸能界を引退したことを契機に、その司会術を明石家さんまのそれと比較して語るはずが、前フリばかり長くてオチのない記事を書いてしまった! このブログではよくあることだ。
 書いてしまったのを悔いても詮無いこと。ここは改めて島田紳助の司会術を明石家さんまのそれと比較して語ってしまおう!

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翻訳コンニャクおみそ味?

 2011年8月23日、島田紳助が芸能界を引退した。暴力団員との交際云々が原因ということだが、それについてこのブログで語るつもりはない。このブログで取り上げたいのは、島田紳助の司会術だ。その一端を明石家さんまのそれと比較して考えてみたい。とは云うものの、そんな大層なものじゃない。いつもの戯言である。

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