ブログ Archive

たらいまわし

 このブログももう少しで記事数が五十を数える。これだけの数の記事となると、ましてレビューっぽい内容のブログならば考えなきゃならないのが索引である。「あの作品を取り上げた記事を読んでみたい」とか「あの作品のレビューはこのブログに載っているのかな?」とかいう声は今のところ聞かれないけれども(ものすごく遺憾だけど!)、自分が訪問者なら索引は装備していてほしい。記事を探しやすいというのは利用しやすいということだ。これが気軽に訪問してくださることに繋がるならお安い御用である。ということで索引のページを作った。
 索引とは云っても、五十に満たぬ記事数だ。現時点でどういった体裁にするかも固まってない。叩き台をそのまま公開するようなものだ。何もないよりはマシだろうという判断で作成したものなので、スッカスカであり且つ読みにくいかもしれないけれど、記事数が増えてゆけばおのずと利用しやすいものへと育ってゆくだろう、たぶん。随時変えてゆくのでしばらくの辛抱をお願いしたい。
 まずは作品タイトル別の索引のみだが、ゆくゆくは映画と本とで分けたり、作者名や監督名で分けたりできたらなあ、なんて考えている。本当にこれをやるかどうかはまだわからないけど。出演者の名前で、なんてことも考えないでもないが、それを実現するとなるとただただ大変なので、これについては断言はしない!
 ともあれ、貧弱な完成度ながらも索引ができました。どうぞご利用ください。

 グローバルナビゲーションにも索引に通じるリンクはありますが、ここにもリンクを張っておきます。

ミステリジャンキーの弁明

 このブログで取り上げた映画に「シェルター」「NEXT ネクスト」とジュリアン・ムーア出演作品が続いて、そのいずれもをミステリに絡めて語った。「シェルター」について述べた記事には京極堂語録からタイトルをとり、そのうえシャーロック・ホームズ語録を引用した。「NEXT ネクスト」では量子物理学と探偵について熱弁をふるった。作品のジャンルとしてはかたやオカルトホラーかたやSFだというのに、謎解きがなんだの探偵がどうしただのと、ミステリに関する単語が頻出。ミステリに憑かれているのか、と心配しちゃうくらい。頭の具合はもうどうしようもないので放っておく。
 ジュリアン・ムーア出演作品でミステリと云えば「クッキー・フォーチュン」だ。次はこの作品を取り上げてみる。とは云っても、「クッキー・フォーチュン」については以前のブログで記事にした。記事のタイトルからしてミステリである。「殺人事件の作り方」だもの。これをほんのちょっと加筆訂正したうえで再掲する。
 今回この記事を書いたのは、いちいち再掲するたびに前段階として「再掲しますよ」宣言するのは面倒なので、今後は普通の顔して再掲することの宣言だ。云い訳か?「デモデモダッテちゃん」でも書いたが、原則があれば例外もあるということだ。だからつまり、スミマセン大目に見てやってください。
 そうは云っても、新たに書き起こした記事を載せるのが基本原則なのはこれまでと変わらない。紆余曲折ありますけれども、どうぞ見捨てないでやってくださいませ。

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永久欠番

amazon:[CD] 歌でしか言えない  ジュリアン・ムーアが精神科医を演じた「シェルター」についていつものサテヒデオ節が炸裂した記事、この直前の「この世には不思議なことなど何も無いのだよ」はブログ開始から22番目の記事である。それなのにファイル名で表すとなると、これが「http://mescalinedrive.com/2011/09/post-21.html」になる。2011年の9月ってところはわかるけど、「post-21」ってナニよ? 違うでしょ、22番目でしょ。ひとつズレちゃってるよ。
 これはブログの最初の記事で犯したミスを、これまで修正してこなかったツケがまわってきたってワケ。このブログの1番目の記事、「サテヒデオ、シラこい顔でブログを始める。」は「http://mescalinedrive.com/2011/08/post.html」である。ここで「post-1」にするべきだった。次の記事である「赤と白の鯨幕」が「post-1」になっちゃってる。2番目なのに「post-1」だ。え、コレってつまり「サテヒデオ、シラこい顔でブログを始める。」は零号記事ってコト? ナニ「零号」なんてカッコよく云ってるんだバカかオマエ!
 今となっては遅きに失した感は否めないけど、この記事で数字のズレを是正する。前回の記事が「post-21」なのだからこの記事は続き番号の「post-22」になるところを一つ跳ばして「post-23」にする。こうするだけで23番目のこの記事は「http://mescalinedrive.com/2011/09/post-23.html」と表示されるようになる。ただそれだけ。簡単なものだ。つまり、「post-22」を欠番にするのだ。
 そのためにこんな記事を書かなきゃならないとは業腹である。

山椒は小粒でピリリと辛い

amazon:[文庫] 山椒大夫・高瀬舟  このブログを始めてから半月が経った。これまでに18本の記事を載せたわけだが、それらはだいたいにおいて黒いッ! 画像も動画もなく、ただ文字によって綴られた記事が上から下まで続いて、しかも「こんなに文字数を費やさねば書けないものか?」と云いたくなるくらいに長いッ! だから黒いッ! 自分でも「この記事、二回に分けたほうがよくないか?」なんて思いながら草稿を練っている。でも、「このくらいボリュームあったほうが喜ばれるだろう」と思い直す。自分ではサービス精神の発露のつもりでいるのか、言葉の上に言葉を盛るんだけど、定食屋のオヤジがコロッケをおまけするんじゃないだから。ちょっとズレているよね。
 気楽に読むことのできる記事を心がけているけれど、実際に掲載しているのは文字のみっしりと詰まった記事だ。「わかりやすい」を実現するために言葉を尽くして説明するのが裏目に出ている。説明不足を避け、意味を取り違えられないようにするために、ついつい過剰なまでに言葉を重ねてしまう。文字数少なくすっきりと纏めるのが理想なんだけどなあ。わかっちゃいるけどやめられない。
 今後は短めの記事も載せてゆこう。文字数が少ないのを「物足りないんじゃないか?」なんて考えずに、「これはこれで完結してるんだ!」と自分に云い聞かせて終わらせる勇気を持とう。そうしよう!

デモデモダッテちゃん

 本ブログを始めてから、これが16本目の記事だ。我ながら順調に更新を続けているなあ、って。自画自賛とまでゆかないけど、なかなかに満足している。この更新頻度を保ってなんていわないけれど、無理のない程度に頑張って運営してゆこう。
 ところで、本ブログの最初の記事、「サテヒデオ、シラこい顔でブログを始める。」で私はこのように書いた。

 以前のブログに掲載していた記事は原則として再掲しない、つもり。
過去の記事を再掲しないのは原則。しかし、原則あるところに例外あり。だから続けてこう書いた。
 思い入れのある記事や、かつての記事の内容を踏まえて新たに記事を書くようなことがある場合、例外として当該記事を掲載することがあっても、その場合でさえそのまま再掲するのではなく、新たに記事を書き起こすか大幅に加筆訂正するかのどちらかにする。
 でもってこの記事の趣旨だが、つまりアレだ、前言撤回だ。嗤わば嗤え、ということだ。いやはや、「大幅に加筆修正」は大風呂敷を広げすぎた。ハンドタオル程度にするんだった。
 次の記事は過去のブログで公開したものだ。再掲だ。こんなに早い時期に過去の記事を再掲することになるとは、自分でも思ってなかった。いやあ、びっくりだなあ。
 記事の用意がないわけじゃない。でも、このまま調子に乗って更新してゆけば、早晩ストックが尽きてブライト艦長に「左舷、弾幕薄いよ! なにやってんの!」と叱られちゃうのは火を見るより明らか。ただでさえ記事の内容から更新頻度から暴走気味なんだよね。ここらでひと休みしたいじゃない?
 いや、過去の記事でお茶を濁すわけじゃないのよ!
 そうじゃなくて、前後の文脈ってものがあるじゃない? 実は今回の再掲には理由があって、「アイアンマン2」について記事を書いたのよ。前作からどう発展したのかなんてことにも触れているものだから、やむなく再掲せざるを得ないってわけ。だってさあ、第一作を無視して二作目を語れないじゃない? 違う?
 なんていうんだろう、苦しい弁明?
 いろいろとツッコミどころ満載って気はするけれどこういうわけなので、次は「アイアンマン」の記事を再掲します。
 スミマセン!

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街のサンドイッチマン

amazon:[CD] 鶴田浩二 決定盤ベスト  このたびブログを再始動するにあたって決めていたこと。それは「Google AdSense」の導入だ。導入を決めていたとは云っても、その内容についてよくわかってない。なんとなく把握しているのは、「Google AdSense」等のアフィリエイトの意味合いってのは、記事の内容が面白ければ投げ銭感覚でクリックしてもらう、ってことで間違ってない? つまり、面白い記事を書けばそれがクリックの回数となって表れるということ。この考え方が正しいならば、記事に対する評価が数値化されるってことになる。この点に私は興味をひかれたわけだ。まあ、訪問者が増えないことにはどうしようもないんだけど。とにかく面白そうなので手を出すことにした。
 知彼知己者、百戦不殆。古の言葉にあるように、まずは敵情視察(敵じゃないけど)。「Google AdSense」についてネットで調べたら、どのサイトも審査の厳しさについて言及している。ここで怯んだね。はんなりした京言葉でぶぶ漬けをすすめられるんじゃないか、と。入力を間違えたら審査に通らない。ブログの内容が、グーグル提督が広告を配信するのに適してなければ審査に通らない。記事の数が少なくても審査に通らない。ひとつの記事につき、ある程度の文字数を費やしていなければ審査に通らない。「ある程度」の目安は五百文字とあったが、私に云わせれば五百文字以内に纏められるならそれにこしたことはない。こっちはいつも予想より長くなって、どうにも手に負えなくなるってのに。よしんば審査に通ったとしても、自分で広告をクリックしたら違反となり、サービス停止となる。更新頻度が鈍ればサービス停止となる。その他、もし違反事項が見つかればサービス停止となる。そのため、継続的に審査が実施される。常に見張られてると思え!
 なんだか狭き門のような気もしてきたが、東京大学に入学願書を提出するわけでもなし。玉砕覚悟で申し込んでみた。記事は十本しか掲載してないのに。
 なんだか許されたみたい。その日のうちにグーグル提督からメールが届いたので読んでみると、「苦しゅうない。良きに計らえ」との仰せ。地面に頭を擦りつけて拝受致し候。記事十本しかなかったけど審査に通っちゃった。通ったと云っても、そのニュアンスは仮免っぽいんだけど。ま、結果よければすべてよし。これから路上研修だ!
 とは云うものの、AdSense コードを貼り付けてウェブページを公開してから48時間以内は不安定みたいなことが書いてある。そういうことなのでのんびり待とう。
 さあ、念願の「Google AdSense」導入はいちおう果たされた。これで野望にまた一歩近づいた! その野望とやらは皆目見当つかないんだけどね。

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サテヒデオ、シラこい顔でブログを始める。

 2006年の今日、8月15日に「号砲一発!」の記事で、サテヒデオのブログ「MESCALINE DRIVE」は産声をあげた。
 あれから五年。そのブログは今はもう存在しない。約二年前に、われながらびっくりするほどの阿呆なミスによって失ったのだ。卓袱台の上にコツコツと築いてきた世界をドンガラガッシャンとひっくり返したカンジ。
 それからというもの、ブログを再開したい再開したいとぼんやり思っていた。思ってはいたものの、失った記事とともに気力をも刈り取られたようで、いっかな前進せず。今回、ブログを再開、というより再始動することを決めた。まあ、なんとなくそういう気分になったわけだ。
 再始動ということで、かつて公開した記事を持ってきて何もなかったかのように続けるつもりはない。新たに記事を書き起こして、新生「MESCALINE DRIVE」でネット界隈のご機嫌をうかがおうかと。
 改めて始めるんだからブログタイトルを変えてしまおうか、とも考えたんだけれど、このタイトルのブログを短くない期間続けていたものだから、その響きに愛着を持っている。だから、せめてブログタイトルくらいは存続させたい。
 そもそもはブログを開設する際、目についたCDのバンド名をそのままブログのタイトルとして拝借したのが由来である。それがいつの間にか自分の一部となってしまっている。不思議なものだ。
 まあ、こういうことなので、ブログタイトルはそのままとさせていただく。
 さて、ブログタイトルこそかつてのブログからの持ち越しだけれど、これ以外はいろいろと変えてみたい。変更したもののひとつに本ブログのドメインがある。新たな気持ちで再始動するってことで心機一転というわけではないんだけど、前のドメインはなんとなくゲンが悪く感じられて、これもノリで変更しちゃった。たいして変わっちゃいないけど、無責任といえば無責任だ、スーダラだ。スイスイスイっと受け流していただきたい。
 そしてこれは忸怩たるものがあるのですが、以前にお付き合いのあったサイトさんやブロガーの皆様には申し訳ないですけれども、ありがたくも頂戴しましたコメントやトラックバックの大部分を失ってしまいました。本当に申し訳ないです。
 この衝撃は本当に大きくて、「どうしようどうしよう」と右往左往するばかり。ブログを再開する気持ちが挫かれて、「ツイッターがあるからブログはもういいかな」なんて日和るほどでした。
 ツイッターは文字数の制限があって、それが却って勢いを生んで面白い発信となることもあるんだけれど、たまにどうしようもなく云い足りないときがあって、それが若干のストレスになっていた。もっと云わせろって。
 だから、ブログ。やっぱりダラダラと思いのまま書きなぐりたい。クダラナイことをクダラナイままに書きたい。
 ブログをまた始めます。

 さて、先にも述べたように、以前のブログに掲載していた記事は原則として再掲しない、つもり。思い入れのある記事や、かつての記事の内容を踏まえて新たに記事を書くようなことがある場合、例外として当該記事を掲載することがあっても、その場合でさえそのまま再掲するのではなく、新たに記事を書き起こすか大幅に加筆訂正するかのどちらかにする。
 ああ、宣言しちゃったよ、新たに書き起こすとか加筆修正とか......。大言壮語も甚だしい。茨の道だよ。大変だよ。そうは云っても心が弱いから舌の根も乾かないうちに「やっぱり再掲しまくります!」って前言撤回するかもしれない。そのときは嗤ってください。
 さて、ここで引用するのは五年前の記事。

 終戦記念日にこのブログは発進する。戦後民主主義、資本主義の鬼子が思うまま好き勝手に生きる日々を綴る。
 風の向くまま気の向くまま、脳内麻薬に手をひかれ、恥かきエヴリデイの開幕であります。
 なにを云ってるんだかってカンジだが、いまの我が身を振り返ると中身はあまりかわってない気もする。体重は増えた。
 そんなこんなで五年前とかわらず、これからここに恥をさらしてゆきます。というわけでですね、改めまして新生「MESCALINE DRIVE」を今後ともどうぞ宜しくお願いします。

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