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世界にひとつだけの花

 さて、アメリカのコミックブックについて、初心者に毛の生えた程度の、いわゆる「半可通」が云々する記事の第9回である。
 今回の記事はコミッション(commission)について語る。ただし、私はアメコミ初心者ならコミッションについても当然の如く初心者である。このことを念頭に置いて読んでいただきたい。いろいろと事実誤認があるかもしれない。
 ちなみに、14日に開催されたライブペインティングのイベントでは、事前に依頼していたコミッション数点を受け取った。そのどれもが素晴らしく、それを眺めてはウヒウヒ笑みを浮かべる日々を送っている。
 前回の記事に書いたけれど、私のコミッション初体験は、海外マンガフェスタ2014でサミ・バスリ氏が受けてくれたキャットウーマンである。会場で申し込んで、その日のうちに受け取った。
 その日のうちに遣り取りを終える。言い方を変えると、「当日に成立するコミッション」ということになる。だから、これを「当日コミッション」という。それがスケッチのレベルかペン入れがあるのか、はたまた彩色を施されるのかは、また別のハナシだ。
 でもって、そもそもコミッションとは何か?

 英和辞典で「commission」をひくと「委任」だの「委託」だの、「(委任された)仕事」や「依頼」、あるいは「手数料」やら「代理業務」やらが載っている。つまり、「コミッション」の語意自体に「絵を描いてもらう」ことは、それに限定した意味合い持たない、ということだ。ただし、「(絵を描いてもらうことの)依頼」や「(依頼に対する)成果」と捉えることはできそうだ。いずれにせよ、「コミッション」と「絵」は、語意のみで捉えるなら、この二つは等号で結ばれない。
 とはいえ、依頼とその成果という関係から、「アーティストへの依頼」と「その成果としての絵」は、一連の流れの中で繋がる。そして、依頼とその成果があるからには、そこに「手数料」なりの金銭授受が発生して然るべきだ。プロフェッショナルにせよアマチュアにせよ、誰かしら何かを依頼するなら、その労力と成果に感謝するのは勿論のこと、対価を支払うのは当たり前だ。
 所属する世間が違えば、同じ単語でもその意味するところに違いが生まれるのは当然だろう。私はアメコミ初心者だがその私がTwitter等で「コミッション」の文字を目にすると、「どのアーティストが依頼を受け付けているんだッ?!」と色めき立つのだが、一般的には「手数料」の意味合いで認識されているようで。
 また、「commission」には「委員会」や「規約」といった意味もあることから、フィルムコミッションや格闘技の話題においてもこの単語は使われるようだ。

 さて、コミッションにどのような意味があるかはわかった。アメコミにおける意味合いが、「アーティストに絵を描いてもらう」こととその成果たる「作品」をも指し得るのだと理解した。
 次に説明するのは、「事前コミッション」と「当日コミッション」の違いだ。
 まずは「事前コミッション」。これは字句通りの理解で間違いはない。事前に依頼とその受諾があり、それから完成品と金銭との授受に至るまでに期日を要するものだ。コミッションとはつまり注文制作であり、注文から完成品の受け渡しまでに時間のかかるのが「事前コミッション」だ。
 この場合、アーティストは自分のスタジオなりで万全の態勢で仕事ができる。自分の城で道具も時間も好きなだけ使えるとあって、アーティストは様々な注文に応じられる。これも事前コミッションの特徴だ。
 依頼内容によって要する労力に違いがあるのは当然だ。頭部のみを描くのと全身を描くのとでは、私のような素人が考えても、費やされる労力と時間に大きな開きがあるはずだ。まして背景が有るのと無いのとでは、彩色するのと彩色しないのとでは、どれほどの違いがあるだろうか。
 アーティストの仕事に報いるには、相応の金銭を支払うしかない。称賛を惜しむことはないけれど、それだけで済まそうなんて考えるのは、頭がどうかしている。たとえば大工に「材料費を出すから家を建ててくれ」と要求するのは、非常識で恥知らずの行為である。そして、一般的な一戸建ての建築費のみの支払いしかせずに「バッキンガム宮殿を建ててくれ」と依頼するのは、これもまたイカレている。
 成果には報酬を。これは当然である。

 次に「当日コミッション」の説明をする。先にも述べたが、その日のうちに依頼から作品の受け渡し、報酬の支払いまでが成立するのが、当日コミッションだ。これはイベント会場等の限定的な状況となるため、一般的にコミッションの内容は事前コミッションのそれとは異なり、「ヘッドショットのスケッチのみ」というような限られたものとなる。このため、コミッションの価格も事前コミッションより低く設定されているのが一般的だ。
 相対的に安くて、場合によってはアーティストが絵を描くところを見られる特典付き。持参したスケッチブックに描いてもらうことで、お気に入りのキャラクターばかりが描かれた一冊を自分のものにできる喜び。当日コミッションにはそれを求めるだけの魅力がある。

 コミッションはすべてのアメコミ・アーティストが実施するものではない。オンゴーイングのタイトルを担当する身ならば、当該タイトルの原稿を優先するのは当たり前。
 また、コミッション価格はアーティストの経歴等が影響する。ベテランと新人とでは描線の熟練も人気も差があるのは道理というもの。
 人気商売においてキャリアは人気を伴うものだ。一流の仕事に携わることで認知度が増し、人気を得て、さらに一流の仕事を任されるようになり、これを繰り返すことで人気を不動のものとする。そして人気は需要と供給の関係において大いに影響を及ぼす。
 コミッション価格は、アーティストについての人気のバロメーターでもあるのだ。しかしその一方で。斯界における人気度合いがどうあれ、自分が依頼したいアーティストであるならば依頼する機会を逃す手はない、というのも真理だ。
 アーティストによっては一年の違いでコミッション価格に大きな差が生まれることもあるだろう。価格の高騰が財政的に痛いというのも理解できる。しかし、痛いだけで殺されるわけでもない。真にそのアーティストの絵を欲するのならば、そのぶんだけ働いて稼げばよいのだ。出費を抑えればよいのだ。
 だから頑張ろうと自分の尻を叩く私なのです。

 さて、ここからは、コミッション依頼に関する私の個人的な姿勢を述べるつもりだ。他人様には与り知らぬ事柄なれど、こういう考えでコミッションの内容を決める人間がいることを知っていただけたなら、そのことでコミッション申し込みの敷居が低くなるならば幸いである。
 コミッションをお願いしたいアーティストを挙げるなら両手の指でも足らないくらい。でも実際は、そのすべてのアーティストがコミッションを受け付けるわけではなくて。募集告知のあったアーティストに関して、何を描いてもらうか考える。これは私に限らずコミッション熱の高い向きなら誰しもが至る道筋だろう。「このアーティストにはどのキャラクターを描いてもらおうかしら?」と想像をめぐらすのは、それ自体、物凄く楽しい。
 たいていは、アーティストのキャリアにおける実績からそのアーティストの代名詞となるキャラクターを依頼したり、「このアーティストはこのキャラクターをどう描くのか見てみたい!」とあえて関係の薄いキャラクターを選んでみたりするのだけれど、私が考えるのは、言葉の響きが悪くて誤解を生むかもしれないけれど、「アーティストにラクをさせない」コミッション案だ。これを捻り出そうと日夜、頭をフル回転させる。
 アーティストにラクをさせない。これはどういうことか。
 アメコミに限らないが、アーティストはそれぞれに自らのアートスタイルを持つ。それは出生地やアーティストとしての出自が関係したりキャリアから形成されたりする。そのアートスタイルに、絵柄に、私は挑戦する気持ちがある。
 描きなれたキャラクター、得意なシチュエーション。これらを依頼するのがイヤなのだ。「このアーティストがこれまでに描いたことのないような絵に挑んでほしい!」というのが本意であり、これは依頼する立場にありながらあまりに不遜な姿勢である。それはわかっているのだけれど、初心者特有の恐れ知らずをあえて発揮する次第。まさに蛮勇。
 そもそも「これまでに描いたことのないような」というのが、しゃらくさいではないか。キャリアを積めば積むほどに、原稿にせよコミッションにせよ、手がける機会はいくらでもあるというものだ。それすらわかっていてなおも挑戦的な依頼をする。なぜなら、これは真剣勝負だから。
 依頼する側は「これだけのモノは描いてもらわなきゃ」と、朧気ながらもイメージをふくらませて、それを基準にして一方的に期待をかける。アーティストは、ましてプロフェッショナルならば、素人の想像を遥かに超越する作品を仕上げる。"本物"を描き上げる。
 素人の精一杯の問いかけに見事な回答を寄せる。自慢の剛速球をたやすく場外ホームランにしてしまう。依頼と成果と金銭の遣り取りというだけでは括れない、幸せな関係がコミッションにはあると、私は考える。だから、自分だけが発せられる特別な依頼内容を考えるのに頭をフル回転させるのだ。自分だけに向けられる特別な返答を願うあまりに。
 思い込みも度を過ぎるとこんな症状を見せるわけで。イヤイヤイヤ、頭のかわいそうな人じゃないってば! 誰だ、気持ち悪いと言ったのは?
 自覚はある。

 世界にたった一枚。自分のために描かれた絵。
 四の五の言わずに依頼してみる。待つ。作品が届く。「来た見た勝った」を実感する。
 依頼内容を決めるのに悩み、絵が仕上がるのを待つ。どの瞬間も楽しいものである。嬉しいものである。

 最後に、アメコミは当然のことながら英語圏の文化であり、アーティストとの交渉は言うまでもなく英語が用いられる。アーティストへの熱い思いを、コミッションにかける情熱を、メールにしたためようとしても英語という高い障壁が立ちはだかるわけだ。
 このとき、アーティストとの間に入って交渉の仲介役を担ってくださる方がいると、とてもありがたい。かくいう私もお世話になっている方がいます。
 こちらの思いを絵にしてくれるアーティストに感謝するのは勿論のこと、仲介してくださる方に感謝するのは、これは人として当たり前のこと。特別な絵を手に入れるのを手助けしてくださったわけだから、自分にかわって交渉その他の雑事を請け負ってくださったわけだから、最低限、自分がどんなに喜んでいるか、本当に感謝しているということを、礼状とまではゆかずともメールにしたためて送るくらいはするべきだろう、と自戒を込めてここに述べる。
 アメコミだのコミッションだのと、これまで身近に無かった事柄を取り上げたが、その本質は人と人との関係に収斂するわけで。だから、「ちゃんとする」ことを肝に銘じて、趣味生活を充実させようと思うサテヒデオでした。

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