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KINGDOM COME

amazon:[単行本] キングダム・カム 愛蔵版 (ShoPro Books)  さて、アメリカのコミックブックについて語る第6回の記事だ。
 いよいよ「キングダム・カム」について語るところまで到達したわけだ。とはいえ、これはレビュー記事ではない。取り上げはするものの、「キングダム・カム」の内容に深く踏み込むことはしない。
 あくまで私のアメコミ史とそれにおける位置、「キングダム・カム」とその後の体験が私のアメコミ観にどのような影響を及ぼしたかを述べるつもりだ。
 私にとって「キングダム・カム」は特別だ。第2回の記事にも「人生の転機となる読書体験」について述べたが、実は『キングダム・カム』を読んだときもアメコミ観の転換が起きた。
 それまでのアメコミ観は酷いものだ。股間もっこりタイツ姿のマッチョが勧善懲悪の約束事で他愛のない追いかけっこを繰り広げ、たまに映画や対戦格闘ゲームに出る。
 そのうえ「エイジ・オブ・アポカリプス」でのトラウマから印象はますます悪くなった。傍から見ると誰が誰だかわからないだの人間関係がクソみたいにややこしいだのと、悪口ならいくらでも吐き出せるくらいには。
 その価値観を持ちながらも定価2400円(税込み)の本を買ったのは、表紙に描かれたスーパーヒーローの姿に惹かれたからだろう。帯の「映画のように美しく、小説のように骨太」との惹句にも心動かされたかもしれない。
 いまとなっては何が理由でその本を買うに至ったのかわからない。とにかく私は『キングダム・カム』を買い、そして読んだ。

 まず惹かれたのは絵だ。アレックス・ロスのアートスタイルは、私がそれまでに持っていたアメコミ概念を、特に"絵"に関するそれを、木っ端微塵に打ち崩した。
 それまでのアメコミ概念は、対戦格闘ゲームにせよ「エイジ・オブ・アポカリプス」にせよ、クッキリと明確な輪郭線でマッチョな肉体を描いて、彩度の高い色彩が施される、というもの。
 アレックス・ロスの絵は水彩絵の具とガッシュで描かれていて、しかも実に写実的。コマの一つひとつが映画のポスターのようで、とてもマンガとは思えず、なかば茫然としつつページをめくっていった。
 こんな表現方法があるのか、アメコミには!
 ただただ驚いた。

 そして物語だ。
 確かに"骨太"だ。単純な勧善懲悪とは一線を画した内容。強大な力の在り方、それとどのように付き合ってゆくかを問うもので、心地好いカタルシスを期待していると腹にズドンと重い一撃を食らう。
 人類を超越した存在であり、誰もが知っている「ヒーロー・オブ・ヒーローズ」を、単にデウス・エクス・マキナとして作中に据えるのではなく、彼の懊悩を、その誤りを描いて、ボロボロになりながらも最後に到達する決意と希望を読者の心に刻み込む。
 こんな物語が読まれているのか、アメコミでは!
 ただただ驚いた。

 まさに「映画のように美しく、小説のように骨太」な一冊だ。惹句に偽り無し!
 しかし、ここにも罠があった。

amazon:[単行本(ソフトカバー)] マーベルズ (ShoPro Books)  本作を読んで、アレックス・ロスの手がけた他の作品を読みたいと思った。翻訳本『キングダム・カム』の版元は小学館集英社プロダクションだ。ここから既刊の『マーヴルズ』はアレックス・ロスの出世作だという。
 ならば買うしかあるまい。
 またアレックス・ロスによるスーパーマンの物語を、バットマンの活躍を、ワンダーウーマンの勇姿を、素晴らしいヒーロー譚を期待した。
 買った。喜び勇んでページをめくると、どうも様子がおかしい。なにか変だ。
 カート・ビュシークによる件のアメリカ合衆国現代史を読んだ向きにはおわかりいただけるかと思うが、「マーヴルズ」は私が期待したような内容ではない。そもそもDCの作品ではない。タイトルにあるように、MARVEL作品である。だからスーパーマンもバットマンもワンダーウーマンも登場するはずがなく、しかも主人公は一介のカメラマンだ。
 私は期待を裏切られた。
 しかし冷静になれば、これがお門違いだとわかる。"期待"とは"願望"の謂い。こちらの一方的な思いだ。裏切られたもクソもない。このように言えるのは、いま現在はアメコミを楽しめているから。こうなるまでに十年以上の歳月が経過したことを思うと、この二年ほど続いた良縁をこそありがたく感じるべきなのだろう。
 とにかく、アレックス・ロスのおかげでアメコミの肥沃な地平を垣間見ることができた。これは事実だ。その一方で、アレックス・ロスのアートスタイルに感銘を受けたがために、アメコミの分業制について大いなる誤解を持ってしまった。
 ちなみに、当時の私の"期待"を裏切った『マーヴルズ』は、その後ずっと読まれることはなく、一ヶ月ほど前にようやく読むことができた。ずっと積んでいたわけだ。おかげで、カバー違い、タイトル一字違いの新装版、『マーベルズ』を買ってしまう失敗を犯してしまった。こちらは未読のままだ。

amazon:[単行本] DCスーパーヒーローズ (ShoPro Books)  アレックス・ロスの画法はアメコミ業界において、誰もが能くするところではない。彼はモデルに作中のキャラクターと同じポーズをとらせ、それをもとに絵を描く。写実的なのも当然なのだ。
 モデルは人間だったりフィギュアだったりする。着衣の皺や光の当たり方に影のつき具合等、モデルを使って実際に再現することでリアリティを増すわけだ。
 アレックス・ロスが題材とするのはスーパーヒーローだったり彼や彼女らに敵対する異星人やロボットだったりする。その存在自体は荒唐無稽といえばそのとおりだが、それらを現実感の伴うよう描くのが彼の手法だ。
 自然界の事物がそれとわかる輪郭線を持たないように、アレックス・ロスの絵もペン入れが為されない。そして彩色も彼が行う。つまり、前回記事で説明したインカーだとかカラリストだとかの役割分担は、アレックス・ロスには意味を成さない。
 下描きから仕上げまでひとりでこなすのであれば、それはアシスタントを雇わない日本の漫画家と変わるところがないわけで、それならば初読時の知識の範囲内だ。私のなかにあった漫画の常識と変わらない。
 私がアメコミ式の分業制に不案内だったのは、だからアレックス・ロスが原因なのだ(誤解を起こすような頭を持っていることは棚に上げてね)。

 ちなみに、『キングダム・カム 愛蔵版』は今年に入って購入した。内容は、少なくとも本編は同じだから、改めて買うことはないかなとは思ったが、だから出て五年ほどは見て見ぬフリをしてたが、どうにも我慢できずに買ってしまった。まだ読んでない。ビニールも剥いでない。
 しばらくは積んでおく。自家熟成するつもりだ。いつかまた会う。
 旧版は読み返しているけど、再びの初対面を楽しみにしている。すこし恐い。

 このようにして私は「キングダム・カム」と出会い、アレックス・ロスの絵に惹かれ、「マーヴルズ」によって裏切られた気持ちとなった。でもカート・ビュシークは悪くない。アレックス・ロスも。
 確かに「エイジ・オブ・アポカリプス」ではトラウマ級の読み取れなさを味わったが、「マーヴルズ」では一旦持ち上げられてから突き落とされた感があり、そうした経緯がその後のアメコミ忌避につながったのだろう。いずれもアメコミへの無理解と知識の欠如が根本にある。
 この一方的な没交渉は、実にもったいないことだった。『キングダム・カム』にはチラシが挟まっており、そうした物に対する常で、これを捨てずに挟んだままにしている。このチラシ、当時の新刊案内・注文書であり、そこには『キングダム・カム』のほかに三つのタイトルが並んでいる。
 DCスーパーコミックスシリーズは、フランク・ミラーの『バットマン:ダークナイト・リターンズ』。マーヴル・スーパーコミックスシリーズとして『ヒーローズ・リボーン』第1巻と『Xメン:ゼロトレランス』第1巻が載っている。前者の惹句は「ジム・リー、ロブ・ライフェルドが総力をあげて描き起こした話題の新作」とある。
 注文書こそフォローされてないが、『オンスロート』全4巻も『マーヴルズ』も紹介されていて、書誌学的に価値のある一枚だ。
 いまならば超弩級のタイトル目白押しだと理解できる。これらを読むのを逃したことの損失を、買わずにいた痛恨を、ただただ悔いるばかり。完全版や新装版が出ているものは少なく、このあたりのタイトルは復刊の目処が立ちそうにない。
 やはり買っておくべきだった!

amazon:[ハードカバー] Kingdom Come 20th Anniversary Deluxe Edition  恨み節で終わるのも後味が悪いので、「キングダム・カム」に関連してアメコミお約束をひとつ。
 この作品に登場するのは、「もしホニャララだったら?」の世界。時代遅れとなったスーパーマンはある事件を契機に引退し、それを潮に彼と共闘したヒーローたちもその多くは隠遁する。人類に残されたのは、新たな世代の超人類。正義を標榜する者も悪徳を謳歌する者も、ともに力を恃む無頼の徒となって両者の間に争いが止むことはない。
 こうした仮定の設定で作られる作品を、MARVELでは「What If?」、DCでは「イマジナリィ・ストーリー」「エルスワールド」と呼んで、それぞれにミニシリーズやワンショットを展開する。
 仮定の物語なので、この設定が正史世界に影響を与えることはない。現在のスーパーマンやバットマンやワンダーウーマンが年齢を重ねたからといって、悲惨なる最終戦争を必ずしも起こすわけではないのだ。
 これは「ダークナイト・リターンズ」も同じだ。
 綴られる物語が必ずしも正史に組み込まれるわけではないことが、そういう物語を受け入れる懐の深さが、アメコミに傑作を生む土壌となっているのだろう。

 今回もまた馴染みのない用語が現れた。「ミニシリーズ」は字面で意味をつかめるだろう。「ワンショット」も理解するのは難しくないかもしれない。ならば「オンゴーイング」は?
 前に出た「リーフ」は? ほかにも「TPB」や「ヴァリアント」はどうだ?
 というわけで、次はまた説明ばかりの記事になるだろう。自分でも嫌になる。

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