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一国一城の主

amazon:[DVD] バクマン。 1stシリーズ DVD-SET  さて、アメリカのコミックブックを語る、第4回目の記事。
 厄介な代物「クロスオーバー」をざっと語り終えて、しかしそもそも「個人誌」なるものが何なのかを述べていなかったことから、結局は大して説明できていない、というのが判明した前回記事。
 そうなのだ。この「個人誌」が日本の漫画とアメリカのコミックブックとの大きな違いのひとつである。
 ここで三度目の登場を願うのは週刊少年ジャンプだ。集英社の誇る少年漫画雑誌。
 ご存知のとおり、週刊少年ジャンプは漫画雑誌だ。この「雑誌」であるという点がアメコミ事情と異なる。
 少年ジャンプは様々なタイトルを擁する。それこそ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」に「ONE PIECE」、「ハイキュー!!」が誌面を賑わす。大ベテランも中堅も新人も「週刊少年ジャンプ」という土俵の中で「面白い漫画を描く」ことを競う。
 これは少年サンデーも少年マガジンも少年チャンピオンも同じ状況にある。また、事は少年誌に限らないし、週刊誌に特有のことでもない。
 雑誌においては少なくない数のタイトルが連載され、その中で人気を競っている。安定した人気を誇る老舗タイトルがあり、飛ぶ鳥を落とす勢いの話題作が現れ、そんな群雄割拠の誌面に新人の意欲作がページを割かれる。
 いろいろなタイトルが集められることで、"雑誌"という形態は新人育成に繋がっているといえよう。人気タイトルや話題の作品につられて少年ジャンプを手に取り、そこに掲載の新人漫画家の作品を読む。この御披露目で露払いはむしろベテランや中堅の作品だ。
 新人が育つには実戦が一番だ。読者の反応に触れるには、やはり作品を発表することからはじめなければならない。しかし、海のモノとも山のモノともつかぬ新人の作品をわざわざ手に取るのは、それ相応の理由を必要とする。
 それが雑誌ならば可能となる。
 両津勘吉やモンキー・D・ルフィや日向翔陽の活躍が従来からの読者に週刊少年ジャンプを手に取らせ、贔屓のタイトルを読むついでに新人作家の掲載作品に彼らの目を留めさせる。
 要は「週刊少年ジャンプ」という"漫画雑誌"は、読者に新人漫画家を、その作品を紹介するのだ。
 新人にとっては千載一遇のチャンス。ここが勝負の場だ。作品が面白ければ名前を覚えてもらえる。つまらないと感じられたり好みじゃないと見切られれば、次に作品を読んでもらう機会はないかもしれない。
 評判次第では連載の目がないではない。そして連載を手にしたなら次の段階へ足をかけた、ということ。
 経験を積むことで新人作家は中堅となり、いつしかベテランと呼ばれるようになる。勿論、ここに至るには、面白い作品を描き続ける必要がある。
 かつてベテランや中堅の作家の作家が誇る人気に乗じて、読者の前に新人として現れた作家は、時を経て新人作家の前に読者を導く存在となるのだ。
 新人育成の役割を果たすことから、雑誌の形態は"護送船団方式"と表することができる。そして新人育成の一点において、雑誌が出版業界に果たす役割は大きいのだ(これは漫画ジャンルに限らない)。

 長々と日本の漫画事情、そして雑誌が出版業界に果たす役割について述べてしまった。
 今回のテーマは「個人誌」だ。
 でも、長々としつこいくらいに「雑誌」について説明したおかげで、次に述べる点が理解しやすいかもしれない。
 前回記事までに挙げたバットマン関連誌のタイトルは、雑誌に連載されているわけではない。「週刊DCジャンプ」だとか「月刊少年バットマン」だとかいう雑誌があるわけではないのだ。
 それでは、75年以上も続くバットマンの歴史は何によって継続したのか? どのような形式でもって何に掲載されてきたのか?
 両津勘吉が活躍するのは「こちら葛飾区亀有公園前派出所」のタイトルだ。「週刊少年ジャンプ」に連載されているが、これが一本立ちしたら? もしも単独で「こちら葛飾区亀有公園前派出所」誌が創刊されたなら?
 同じように、モンキー・D・ルフィと"麦わらの海賊団"の冒険は「ONE PIECE」誌に連載されていて、烏野高校男子バレーボール部の再興が描かれるのは「ハイキュー!!」誌というわけだ。
 つまりはそういうことだ。日本では考えられないことだが、アメリカのコミックブックにおいては、タイトル単位で定期刊行物が存在するのだ。アメコミにおいて雑誌形態は発展しなかった。
 読者にとって雑誌の形態は、そこに目当てのタイトル以外のものも載っているという事態がある。読みたいわけでもないタイトルが載るということは、頼んでもいない注文の品に対しても支払いの義務を負うことだ。それは嫌だ。読みたいタイトルだけを買いたい。
 このような考えが根底にあるのか、アメコミでは「雑誌」ではなく「個人誌」の形態が主流となった。
 これには尤もな理由がある。アメコミは高い。そもそもが作品に携わる作家の人数が多い。彩色もされている。価格を高く設定する事情はあるのだ。
 だから、「読みたくもないタイトルの分まで身銭を切りたくない」との主張も共感できなくない。

amazon:[単行本(ソフトカバー)] バットマン:梟の夜 (ShoPro Books THE NEW52!)  先だってより取り上げている『バットマン:梟の夜』に立ち戻ろう。バットマン系列のタイトルにおけるクロスオーバー・イベント、「梟の法廷」に関連する各個人誌の当該エピソードを収録したのが、『梟の夜』だ。
 ここで、この単行本に収録されている個人誌のタイトルを挙げてみる。全部が全部、バットマン関連誌というわけではないのだけど、バットマンとゴッサムシティが懐胎する物語の豊饒を少しでも感じてもらえたなら幸甚である。
 まずは「バットマン」。そして掲載順に「バットウィング」「バットガール」「バットマン&ロビン」「ナイトウィング」「レッドフード&アウトローズ」「ディテクティブ・コミックス」「バーズ・オブ・プレイ」「キャットウーマン」、そして「オールスター・ウェスタン」。
 それぞれにキャラクターがいて、相互に人間関係を構築していて、そして各々がそれぞれに波乱に満ちた生涯を送っている。身内が死んだだの友人や恋人が殺されただの、果ては一度死んで生き返ったなんてことが平気で起こる世界観だ。
 そりゃイチゲンのお客さんには厳しかろうよ。特に「バットウィング」と「ナイトウィング」が並んでしまえば、何がどう違うのか答えを聞くのも面倒くさいかも。
 このあたりの事情を把握できるようになると、世界観の広さや奥深さに魅力を覚えるのだけれど。そのためには数多くのタイトルに通じなければならない。つまり、ガンガン読まなきゃならないわけで。

 コミックブックは高い。しかし妥当な定価設定だとも思える。
 日本においては「リーフ」の呼称でアメコミファンに親しまれている定期刊行物、これまでの記事で「個人誌」と表してきたそれは、一号あたり32ページというのが一般的である。そして月イチ刊行がほとんど、判型はB5判でフルカラーだ。
 32ページの内訳には表紙も裏表紙もあり、ページ一面を使った広告も含まれる。
 それで一冊3ドルから4ドルほどの値がつく。これを日本円に換算してページ単価を求めると、少年ジャンプをはじめとする週刊少年漫画誌とは天と地ほどの差があることを思い知る。
 かたや月刊誌であり、かたや週刊誌である。その違いがあるからこの比較は公正ではないというのなら、「月刊少年ジャンプ」の後継である「スクエアジャンプ」だの「月刊少年マガジン」だの「ゲッサン」だのを挙げてもよい。
 この価格の違いは、様々な理由によって生じるものだが(印刷に使われる紙に質の違いがあり、フルカラー印刷と二色印刷の違いがあるのも大きいけれど)、最も大きな理由は「刊行までに要する人手の数が違う」ということだろう。
 日本の漫画家は、多くがアシスタントを雇って、原稿が完成するまでの作業を各人が分担する。つまり、分業制をとっているのだが、アメコミの制作現場でも分業制がとられている。ただし、その意味合いは日米で大きく異なる。
 このあたりのことを次回は述べようと思う。

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