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二度目のチャンスを前にして

「アントマン」公式サイト  アメリカのコミックブック、いわゆるアメコミにおいて、特に長年続くタイトル数の多い出版社では、作品の多様性を担保するために幾つもの平行世界を設定している。
 MARVEL CINEMATIC UNIVERSEはEARTH-199999。「アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン」の後をうけてフェイズ2を締めくくるのは、「アントマン」だ。
 この製作会社が手がけるヒーローたちの世界観は、原作コミックのそれとは異なる。
 正史世界(EARTH-616)とは様々な点で異なる映画作品の世界。現時点において、その違いの最たるものといえるのが、ハンク・ピムと彼に関する事柄だろう。
 Marvel世界で「アントマン」の名で知られるヒーローといえば、「ピム粒子」の生みの親、ハンクことヘンリー・ピムである。
 Marvelのキャラクターの中でも天才科学者のうちのひとりと数えられる彼だが、精神面に難があり、問題行為をよく起こす。
 この夏、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」とともに日本列島を熱狂の渦に叩き込んだ「アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン」。この作品ではアンソニー・スタークがブルース・バナーの協力のもとにウルトロンを開発したのだが、これとて原作からの改変事項である。
 ただし、この変更はそれ自体が改良と評してよいもので、ウルトロン開発はロバート・ダウニーJr.演じるところのトニー・スタークの心情、あるいは信条にかなう、天才科学者にとってみれば当然の行為であった。
 それまで存在を知られていなかった天才科学者を新たに登場させて、その人物にいきなりウルトロンを開発させるよりも、シリーズ先行作品からの流れで危機意識と罪悪感に苛まれたトニー・スタークが開発する、とした方がよほど説得力があるというものだ。
 この改変によって、ウルトロン誕生とそれに付随する事柄について、原作コミックであればハンク・ピムが負う功罪は、トニー・スタークのものとなった。
 そして「アントマン」だ。
 そもそもアントマンとは何か?
 天才科学者ヘンリー・ピムがその研究の末に開発に成功した「ピム粒子」。これは原子間の距離を任意に変えられる働きを持つ。
 とある物体を構成する全原子のそれぞれの距離を小さくすれば物体そのものが縮小し、原子間の距離を大きくすれば物体は拡大する。これは無機物に限定するものではない。有機体にも応用可能だ。
 そしてそれを可能にしたのが、ピム粒子を液状化したものを搭載したスーツであり、極小ヒーロー「アントマン」のカラクリだ。
 そしてここからが映画版の改変事項となる。
 ハンク・ピムは自作したスーツを用いて、東西冷戦時代を伝説の工作員「アントマン」として活躍した。その活動の際に相棒であった妻を亡くしている(厳密には死亡したわけではないのだけれど、これ以降は便宜上「死亡」したものとして扱う)。
 これらの変更点が、映画版「ハンク・ピム」のパーソナリティに影響を及ぼしている。
 ハンクは現役のヒーローではない。彼はもうアントマンのスーツを着ない。それどころか老境に差しかかっている。体力を鑑みても無理はできなくなっている。
 そして過去の出来事から、彼の妻であるジャネット・ヴァン・ダインは登場しない。彼女は「ワスプ」の名で知られる、Marvel世界の英雄だけれど、映画においては「死亡」扱いだ。

 かくしてオリジナルのアントマン、初代アントマンの活躍は当事者の記憶と数少ない記録のなかに留まり、私たちは二代目アントマンの冒険を目にする。
 ここまで散々ハンク・ピムについて説明してきたが、映画「アントマン」の主人公は彼ではない。
 我らのヒーローとなるのは、前科者スコット・ラングその人だ。

 スコット・ラング。彼もまた正史世界に登場する。やはり前科持ちだ。
 スコット彼は凄腕のエンジニアである。特にセキュリティーに関しては高いレベルの能力を有する。
 ただし、ひとたび問題が生じるとその解決方法がどうにも短絡的。つまり、法を逸脱しがち、なのだ。
 かといって衝動的に犯罪に走るわけではない。綿密な計画を立てて行動を起こし、不意の事態にも冷静且つ大胆にこれを捉え、そして乗り越える。
 まさに稀代の大怪盗。山田康夫氏が存命ならば吹き替えは決まっていただろう。
 スコットが罪に問われたのは、自分の働く会社の汚職を知って、厳重なことで知られるセキュリティーを破って口座に侵入し、被害を被った顧客たちに返金したことにある。
 義侠心、ではあるだろう。しかし、どんな金でも盗んでしまえば窃盗罪だ。そこに至る諸々の脱法行為が積み重なって、晴れて服役の身となったわけで。
 で、そんなスコット・ラングが出所するところから、彼の冒険は始まる。

amazon:[単行本(ソフトカバー)] アントマン:セカンド・チャンスマン (MARVEL)  一旦、前科者となってしまうと、いくら凄腕のエンジニアとて社会復帰は難しい。
 職にありつこうとも犯罪者の過去は容易に拭えるものではない。たとえ履歴を改竄してどこかしらの職場に潜り込んだとしても、それがアイスクリーム屋であっても、バレたら一巻の終わり。
 別れた妻からは、彼女に親権のいった娘とは一端の社会人になるまで会ってくれるな、と釘をさされる。彼女の意向、つまり裁判所命令に逆らって愛するキャシーに会おうとしても、彼の前には公権力の走狗が立ちはだかる。別れた妻が現在婚約しているのは警官なのだ。
 定職には就けず、だから生活は安定しない。このままでは娘とずっと会えない。
 負のスパイラルに陥ったスコットが現状打破のために選んだのは一攫千金。しかも窃盗によるそれだ。
 スコット・ラング。相変わらずのダメ男である。

 ムショ仲間で出所以来、世話になっているルイスが持ち込んだヤマは、隠居ジジイが大金を貯め込んでいるということで、それが眠っている金庫を破るというもの。
 事前の情報で、その屋敷が留守になる日程があることがわかっている。厳重な防犯システムで守られていることも。
 必要なのは、金庫を含むセキュリティー破り、その達人だ。そしてここにスコット・ラングがいる。
 どんな金でも貨幣価値にかわりはない。額に汗して手に入れた金も、他人様の金庫から無断で拝借したそれも、額面通りの価値を有する。「大金を手にする」という結果を得るためなら手段を問わないのが今のスコットであり、そういうところが真人間とは相容れないのだが、本人は気付いているのやら。
 とまれ、スコットは再びヤマを踏むことになった。標的は、引退した天才科学者の住まう屋敷、そこの金庫。

 幾つかの難関を突破して、無事に金庫の中身と対面を果たした泥棒は、しかし最後の最後でそれまで経験したことのないほどの戸惑いを覚える。
 金庫の中にあったのは、ヘルメットとスーツ。これらを身に着けてバイクに跨がれば風になれるねきっと、ってコト?
 いやいやいやいや、ちょっと待て。大金は?
 よしんば現金はないにせよ株券やら手形やらの証券だとか宝石貴金属だとかがあって然るべきでしょうよ!
 特にセンスが抜群に良いというわけでもないヘルメットとスーツが後生大事にしまわれていて。で、これだけ?
 ここまで来て空手じゃ帰れないから持ってゆくけど、いやいやいやいや、納得できんぞコレは。

 かくしてテストは完了した。
 候補者であるスコット・ラングは見事合格。
 すべてを監視していたハンクは計画を進めることに決めた。
 天才科学者の迂遠なる計画によってアントマンのスーツを貸与されたスコットは、その後の騒動による警察の追及を逃れるため、自由を手にするため、この偏屈な老人の要求を飲むことにした。
 ハンクの目的は「イエロージャケット」計画の破棄だ。

amazon:【ムービー・マスターピース】『アントマン』 アントマン 1/6スケール プラスチック製 塗装済み可動フィギュア  ハンクは自らの開発したピム粒子とそれを利用したアントマン・スーツが世界に与える影響の大きさを、開発当時から正しく認識していた。世界に大革命を齎す、と。
 物体の縮小によって物流は根本から変革を余儀なくされ、拡大によって最貧国における食糧事情は好転する。
 事はそれだけにとどまらない。「ミクロの決死圏」ではないが極小化することで見聞きできる世界があり、極大化することで成し得る業績があるだろう。
 ピム粒子の及ぼす影響は多くの分野にわたり、世界は変革の海に飲み込まれることだろう。これは間違いのないことだ。
 問題は、この技術が悪用されることにある。
 ハンクはピム粒子とアントマン・スーツの軍事転用に関して慎重になっていた。それだけでなく、自分以外の者が研究の実権を握ることも禁じた。
 スターク社にあってハワードのもとで研究していてもその姿勢は揺るがなかった。研究の実権を奪われそうになって、ハンクはハワードと袂を分かつ。
 そして畢生の研究となるはずだったピム粒子を封印する。
 このとき既にハンクは愛妻を喪っていた。しかもその原因はピム粒子関連の事柄だ。だからこそハンクは研究を封印せざるを得なかったのだ。
 そのピム粒子を、かつて自分の後継者と任じた男が新たに研究している。このまま手をこまねいていては駄目だ。あの男はきっと開発してしまうだろう。そしてそれを利用したスーツ、イエロージャケットを完成させるはずだ。
 それはなんとしても阻止せねばならない!

 ここに至って今更なのだけれど、本作はまだ公開中である。
 作品のすべてを語ることは叶わないにせよ、結末がどうなる等のネタを割るのは躊躇われる。
 でも割るけどね!
 というわけで、「ネタを割られちゃうのはチョット」という向きは「戻る」をクリックです!
 またの訪問をお待ちしております。

 さて、本作には不器用な父親が登場する。しかも二人も。
 スコット・ラングとヘンリー・ピム。新旧アントマンはともに娘への対応で失敗している。
 スコットはその愛情を素直に表現するが、それさえも許されない現状打破に犯罪行為に走る。
 ハンクは娘を愛すれば愛するほどに、頑なに彼女を遠ざける。娘から母親を奪ってしまった罪悪感と、ピム粒子に関する危険から守るために。
 どちらの父親も自分本位の考えから抜け出せていない。
 ただし、彼らが娘に注ぐ愛情だけは本物だ。そしてそれぞれの娘が父娘に抱く慕情。
 スコットとキャシー。ハンクとホープ。互いに愛し、慕うのにままならない二組の父娘。
 スコットとハンクが挑む戦いは、父と娘との関係を修復するために用意された二度目のチャンスなのだ。

amazon:[Blu-ray] アントマン MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド]  スコットとハンクのコンビの前に立ちはだかるのは、ダレン・クロス。
 本作が「アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン」直後であることを考えると、彼が何者かわかるというものだ。
 トニー・スタークとウルトロンが険悪な父子関係を構築したように、そして父親の性向が少なからず息子に受け継がれたように、ハンクと彼の若い頃によく似ているとされるダレンとの関係も幸せな結末を迎えない。
 ハンク・ピムとハワード・スタークはピム粒子をめぐって対立し、二人の天才は袂を分かった。以降、ハンクはスタークにかかわることを厭い、それはハワードが没しトニーに代替わりしても変わらない。
 それにもかかわらずハンクはトニーとウルトロンとが辿った父子関係をトレースするかのように、第二のウルトロンであるダレン・クロスを生み出してしまう(トニーは短期的に、ハンクは長期にわたって、というふうにそれぞれが「不肖の息子」を作りあげるのに要した期間に違いはあれど)。
 ハンクとダレンとが似ているように、ハンクとトニーも似ているのだ。そしてきっとハンクとハワードも。
 横道に逸れてしまうけれど、互いに似ているからこそハンクはハワードを許せなかったし、ハワードも自らのもとを去るハンクを引き止めなかったのだ。彼らは最後まで互いの天才の良き理解者だったが、状況が彼らに決別を強いたのだ。
 ハンクとトニー、そしてハワード。息子の目標でありライバルとして存在し続けられたのは、ハワードただひとり。
 否。
 亡き父親、偉大なるハワード・スタークに自分の成長した姿を絶対に見せられなかったからこそトニーは迷走もし、そして最後には独力で成長を遂げられたのだろう。
 ウルトロンとダレンには自分を認めさせる機会があり、にもかかわらずそれが叶わないから歪んだのかもしれない。歪んだまま、しかしそれに気づかなかったのかも。
 あ、でもダレンはハンクに自分を認めさせようとしていたのかもしれない。かつてハンクが完成させたピム粒子を、新たに自分の手で開発することに挑み続けたのだから。成果だけを欲したのなら、自白剤を使用するなりしてハンクから秘密を引き出すことはできたはず。それをしなかったのは独力で開発して、己の能力を魅せつけたかったのだろう。
 ダレンの目にはヘンリー・ピムただひとりが映るのみで(開発によって得られるだろう栄誉すら、ハンクへの誇示を意味する)、開発が実現した後の世界がどうなるかまでは見通せなかったのだろう。
 否、世界がどうなるか想像できなかったのではなく、「ヘンリー・ピムにダレン・クロスを認めさせる」という目的の前ではそんなことはどうでもよかったのかもしれない。

 ハンクとダレンが近しいことを示すのが、ダレン・クロス開発のイエロージャケットだ。
 原作コミックでヘンリー・ピムはたびたびコスチュームを変え、コードネームを変えて活動する。
 ピム粒子が原子間の距離を変えるなら、何も縮小するだけが能じゃないとばかりに巨人と化して、名を「ジャイアントマン」と改める。他にも「ゴライアス」に「ワスプ」を名乗る時期も。
 そんな彼のヒーロー遍歴で大きな比重を占めるのが、「イエロージャケット」である。
 様々な出来事が重なって、ついには精神分裂症を引き起こしたハンクが作り出した人格、それが「イエロージャケット」だ。
 ヘンリー・ピム本来の神経質で内向的な性格は精神の奥底に封じ込められ、正反対の人格「イエロージャケット」が表出する。
 ハンクのイエロージャケット時代、その一部に表れた精神分裂症。その頃の衝動的・破壊的な人格が、本作におけるダレン・クロスに反映されているわけだ。
 この点でイエロージャケットを纏ったダレン・クロスは、ハンク・ピムの息子どころか鏡像と表して構わないだろう。
 事実、ヘルメットに調整機能を加えなければ大脳に著しい損傷を得るところだったろう、とハンク自身が語っている。ダレンの異状は、ハンクにとってみれば自分が陥っていたかもしれない姿なのだ。
 だから、かつての愛弟子の狂態を自業自得と切って捨てる気持ちにはなれない。どうにかして救えないものかと、彼に機会を与えようとするのだが。

 ハンクはヘルメットを被る必要から(大脳を保護するため)、スーツを完全装着してからピム粒子の効果を発動させた。ダレンはわざわざ小さなスーツを作って、自らが縮小してからそれを装着した。有機体の縮小こそはダレンの悲願であり、だからそれを誇示するが如きプロセス(縮小してから装着)を踏んでしまった。
 だからダレンの大脳は保護されていない。
 ハンクはダレンを殺すつもりはなかった。自分に近すぎて嫌悪感を抱きはするものの、それは殺意に変わるものではなく、何といってもダレンは後継者たる才覚を持ち、そしてそれは自分自身が彼を指名したのだから。
 何より、ピム粒子に関連して死者が出ることをハンクは厭うていた。
 ただ、物事には優先順位があり、ダレンの生命無事はハンクにとって優先順位の頂点に位置するものではなかった。これも否定できないのは確かだ。
 人類の手に余る技術が世間に流出することを容認するわけにはゆかない。科学者としての責任と、ホープに対する父親としての想いと。この二つの間にハンクの葛藤がある。
 それを解決するために彼が選んだのがスコット・ラングだ。

 長いこと放置していたが、そして繰り返しになるけれど、本作の主人公はスコット・ラングである。

 我らがヒーローについて、彼が称号に相応しい行動に出るまでを語ろうと思ったのだが、如何せん、また長くなった。ここまでで一回分の記事に相当する分量だ。
 ヘンリー・ピムに関する言及が、想定よりずっと多くなってしまった。本作を語るに必要な事柄ではあったけれど、やっぱりちょっと多いね。
 というわけで、「続きは次回の講釈で」と相成りました。
 よろしければまた御訪問くださいませ。

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