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山本昌と人の云う

amazon:[雑誌] 山本昌 引退記念号 2015年 11 月号 [雑誌]: スポーツマガジン 増刊  2015年10月7日。
 本日、広島市のMAZDA Zoom-Zoom スタジアムは広島東洋カープと中日ドラゴンズとのシーズン最終戦が行われた。
 ドラゴンズの先発マウンドに立ったのは山本昌広選手。
 登板する毎に記録を更新する男は、最後にプロ野球史上初の50歳登板を果たした。
 カープの一番打者、丸佳浩選手をセカンドゴロに仕留めて、球界の生ける伝説はマウンドを去った。
 たった三球の登板。だがそれを非難する声はどこからも聞かれないだろう。
 引退を表明した選手への餞を終えて、それまでも真剣勝負の場ではあったものの、いよいよ舞台は来季を戦う男たちの戦場となった。
 老兵は死なず、ただ消え去るのみ。

 それにしても50歳だよ、50歳。
 中日ドラゴンズの本拠地は「尾張名古屋は城でもつ」の愛知県名古屋市。愛知の輩出した三英傑のひとり、織田信長が田楽狭間の戦いの前に舞ったと云われる幸若舞「敦盛」に、「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」とある。
 人ならぬ身ならば夢幻のうちなれど、そこは地を這う人間様。一日を愚直に積み重ねてようやく到達した五十年。山本昌広という人は、その半分以上をプロ野球選手として生きてきたのだ。
 凄い。凄まじい。
 ドラフト5位でプロ入りして32年。マイナーリーグでの修行時代はあるが、中日ドラゴンズ一筋。しかもピッチャーだ。水島新司もビックリの頑丈っぷりは、永遠に引退しないのではないかとネタにされるほど。
 高校三年生のドラフトが1983年。32年前だ。もちろんまだ昭和の時代だ。ベルリンの壁は壊れておらず、手塚治虫も美空ひばりも健在だった。

 そのときは来た。
 これまでに数多くの先輩・同期・後輩の引退を見送ってきた男が、自ら花道を進む。万感であろう。それはファンも同じこと。
 背番号34、登録名「山本昌」の野球選手は、中日ドラゴンズのファンはもちろんのこと、他球団のファンにすら一目置かれ、あるいは愛されてきた。その男の引退だ。
 すごく寂しいが、やはりここは感謝とともに見送りたい。

「ありがとうございました!」

 それはともかく、最終戦は勝ってシーズンを締めくくれよ。頼むぜオイ。

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