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敬天愛人

 偉大なるオーディンの息子、ソー・オーディンソン。彼は勇猛果敢ではあったが、それはつまり無鉄砲と同義。雷神の鎚「ムジョルニア」の力を恃んで戦いに明け暮れる日々であった。
 一軍の将としては有用には違いないが、ソーを一国の王とするのは器が違う。
 ソーとは兄弟としてともにオーディンとフリッガのもと育ったロキは、父王を尊敬するあまりに自分こそが後継者として相応しいと考えるようになる。軍事ならともかくソーに政治は無理だ。内政にせよ外交にせよ、それをこなすだけの能力がソーには無い。否、そもそもが資質に欠ける。
 アスガルドの王を、王の中の王としての地位を、これまで通り維持するには、ソーではなくこのロキが王位を継がなければならない。自分にはその能力がある。王としての資質がそなわっている。
 しかし現実は、ロキはアスガルドの第二王子。この現実を肯んずることのできない野心家は、謀略による王位の簒奪を企む。
 一方、ロキの陰謀を知らず、己の短慮と傲慢によって追放された王位正当継承者。その流刑地はミッドガルド、地球。
 ロキの裏切りに端を発したアスガルドのお家騒動。ここにおいてその影響はアスガルド内に留まらず、地球にまで波及することに。

 物語世界の根本設定において、位相としてアスガルドの下部に位置するミッドガルド。
 そもそも世界樹ユグドラシルに連なる九つの惑星のうち、「中央の囲い」たるミッドガルドは、その名が示すように中心に位置する。
 そこに追放されたソー。ゴシックロマンの文脈から読み解くなら、この一連の流れは英雄が地下世界に追い落とされたのと同義だ。
 通過儀礼を内包する英雄譚において、地下世界で待つのは賢者との邂逅だ。試練と正しい選択。これらを経て、英雄は新たな叡智なり力なりを授かる。
 ロキの謀反は成功したかに見えたが、ソーへの脅威を拭えなかったことが敗北を招く。ロキはその奸計によって却って雷神の成長を促してしまう。つまり未熟者に対して、その機会を与えずともよいのに試練を課すこととなったわけだ(実際にソーに対して地球追放の処罰を下したのはオーディンだけれど)。

 地球での出会いと出来事が、未熟だったソーに精神的成長を齎した。試練に打ち克ったソーは、ムジョルニアとの結び付きを新たにしてアスガルドへと帰還を果たす。
 この後も、チタウリ襲来とそれに先立つロキの工作活動に際して、ソーは地球を救うべく新たな仲間たちと共闘する。
 かくしてソーは、アベンジャーズの一員として広く地球人類に認知されるだけでなく、一部の地球外生命体にも知られるようになる。

 ここまでが「マイティ・ソー ダーク・ワールド」へと至る雷神ソー・オーディンソンの物語である。

 ユグドラシルにて繋がりを持つ九つの世界。つまりは九つの惑星。これらは位相的に上下の関係がある。
 このことは「マイティ・ソー ダーク・ワールド」の作中において、「コンヴァージェンス」を表す場面で描かれている。
 この九つの世界を統べるのがアスガルドの王、オーディンだ。
 賢明なるオーディンは、「君臨すれども統治せず」を実践しているようだが、だからといって九つの階層がなくなるわけではない。
 それは地位的な上下関係ではないのかもしれない。それぞれの世界に住まう住民の間に優劣があるわけでもなかろう。
 しかしここに描かれる世界観は、本作の敵にとっては唾棄すべき実態である。

 本作において、ソーをはじめとするアスガルドとその軍勢に敵対するのは、ダーク・エルフとその王であるマレキスである。闇の世界の王は、かつてあった世界への回帰を目指している。
 それは闇に包まれた世界。そこには上も下もない、ある意味で完全なる平等が実現している。
 否、これを平等とするのは間違いだ。ただただ無があるのみ。
 言ってみれば、身分格差をシステムから破壊して勝ち取った平等ではなく、システム化のうえで強制された平等、というところだ。前者は奴隷制度の撤廃が成し遂げられた成果としての平等で、後者は国民総奴隷状態が生んだ平等。
 マレキスは自らの望む世界の実現に邁進する。違う思想は、闘争をもってしてこれを排斥する。
 オーディンの治世にデモクラシーはないとしても、マレキスの理念にそれがあるわけではない。むしろ独裁主義の権化である。
 ダーク・エルフにおいてはファシズムが実現していて、それを彼らが受け入れるというのなら、これは部外者が文句をつけることではない。ただし、自分たちの政治信条を外の社会にまで及ばせようとするのは問題だ。
 軋轢が生じる。
 本作ではマレキスの覇道を通じてこのことが描かれている。
 悲願達成に逸るマレキスは部下を兵器化するのも厭わない。部下もそれこそ武人の誉れであるかのように受け止める。この全体主義的行動原理がアスガルドを窮地に追い込む。

 ダーク・エルフはマレキスと腹心のアルグリム以外、誰ひとりとして「顔を持たない」。主人公陣営の「敵」であることの記号でしかなく、彼らを引き立てる役割のみを与えられている。
 個性を持ち得ないダーク・エルフに対して、その境遇に同情することも共感することもできない。
 英雄への情景や自己との同一視を夢想のうちにしてしまうのは、一般的な心の動きとして理解の及ぶところ。その一方で自他の区別がなくなるのを歓迎する気分にはなれない。厭だ。気味が悪い。考えられない。
 そして、そんなことを目論むマレキスを王に戴くなんてできない。マレキス、ヤバいよ。ついていけない、ってダーク・エルフは思わないのか?
 思わないのだろうなあ。
 かように自由意思の窺えないダーク・エルフ。マレキスの最終破壊兵器「エーテル」の色が赤であることを穿ってみると、そこにハリウッドの赤狩り後遺症を見出してしまうのだが、むしろ今もなお残る共産主義国家への牽制なのかしら。穿ちすぎ?

amazon:[Blu-ray] マイティ・ソー/ダーク・ワールド MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド]  何はともあれ、エーテルに象徴される強権を発動して独裁体制を敷くマレキスを倒すのに、民主主義国家アメリカ合衆国の生んだ英雄譚はどのような決着を選ぶだろうか。
 王の僕ではあるものの王命から外れた"叛乱者"による打倒?
 それとも自由主義社会に生きる者たちの結集? アベンジャーズ抜きで地球人にダーク・エルフ軍を倒せるか?
 ひとつひとつの力や特性で成し遂げられなくとも、それらを合わせればあるいは。
 一方で勇気の権化たるソーがいて、もう一方で地球を代表する叡智が集う。このチームの切り札はソーだけではない。地球人の開発した重力安定装置とのダブルエースだ。
 ロキに意識を乗っ取られ、テセラックから叡智を授けられたエリック・セルヴィグは、人並みはずれた経験から価値観の転換に見舞われた。それは社会性を置き去りにしてしまうほどのものだった。
 そのエリックの研究によると、惑星直列の間に九つの惑星の間で重力・光・物質の衝突が起こる。
 これらの衝突を避けるには惑星直列の中心を安定化させるしかない。これができたなら、重力も光も物質も衝突せずにただすれ違うだけ。
 マレキスはコンヴァージェンスがどういった状況を齎すのかを知悉しているだろう。
 壊滅的な衝突が、特に中心部たる地球で起こるものと思っている。破壊の効果を増すために、エーテルの発動をコンヴァージェンスの中心となるグリニッジに定めたのだ。
 しかし、地球人の智恵とアスガルド人の勇気とが、事態をマレキスの思うようには運ばない。
 陽動と時間稼ぎ。ソーの果たした役割は大きいものの、ロンドン決戦でマレキスの上手を行ったのはジェーンとエリックだった(ダーシーとイアンもいるけど)。
 ソーという破格のヒーローがいたからこそ、ジェーンとエリックは科学的アプローチで危難を乗り越えられた。
 ジェーンとエリックが使命を果たしてくれると信じていたから、劣勢のなかでもソーは戦局を維持することができた。
 信頼で結ばれたチームと孤独のマレキス。
 没個性の集団を率いるマレキスにも少し前まで信頼できる部下はいた。衷心からの諫言を躊躇わうことなくマレキスと向き合える部下が。
 己が身を戦鬼と変えて、マレキスの宿願を果たすための礎とする気概を持ったアルグリムは、ロキによって斃された。ロキの復讐心がアルグリムの忠誠心に勝ったかたちだ。
 もしアルグリムが生きてロンドン決戦に臨んでいたなら、マレキスの大願成就となっていただろう。カースと化したアルグリムはソーでも手を焼いただろうし、ソーがマレキスにかかりきりになった場合、アルグリムはジェーンたちを攻撃していたはずだから。  ともに戦う仲間の有無。それが勝敗を分けた。
 己の限界を弁えるようになったソーと、個の限界を突破する心づもりだったマレキス。相対する二人の間にある違い。それが結果に表れて。

 かくして惑星直列の影響を無事に乗り切った九つの世界。
 しかしこのたびの一件は幾つかの変化を齎した。
 それらは長い目で見たなら、果たして吉事だろうか。それとも凶事だろうか。

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