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殺人事件講座

 第14回本格ミステリ大賞記念イベントについて、前回からこれを纏めようと鋭意努力をしているのだが、そもそもが素人の駄文書き。これがまた捗らないこと。
 余計なことを書いてしまうのが問題だ。その意味では、この部分がまさに本題から外れているわけで。
 だから、「6月29日、日曜日。東京堂書店神田神保町店六階の東京堂ホールにて、第14回本格ミステリ大賞受賞記念トークショー&サイン会が催され、私サテヒデオはこれに参加した」ということをそのまま記せばよいのだ。小説部門と評論・研究部門のそれぞれの受賞作品を挙げ、トークショーで語られた内容をそのまま書けばよいのだ。
 要らンこと書くからやたらと長くなって、だから一回の記事で纏められなくなる。理由はわかっているのだ。
 でもって今も植木等がスダラタスイスイスイと無責任節を口ずさんでいるのだが、これをそのまま放置しているから面倒くさくなるのだ。むしろ煽っているのがタチの悪い。
 えっ、「そのうちなんとかなるだろう」って?
 やかましい!
 だから、これが要らないンだってばよ!

 前回申し上げたように、この鳥頭において起こり得るのが、忘却と記憶違い、そして理解力が及ばない等の理由による事実誤認。
 それにもまして起こり得る事態が。発言内容を纏めるにあたって私が自分の言葉に置き換えるのですが、それによって発言者の意図が変質してしまうおそれがあります。私の理解力の範囲内でしか「翻訳」できませんので、そこから零れるものも出てくるでしょう、きっと。
 今回はトークショーについて纏めるつもりですが、文中には上記にあるような事実誤認と、発言意図とは異なる内容の記述が出てくるかもしれません。
 その場合、そういった記述における責任は、勿論のこと発言者には無く、その一切は私サテヒデオに帰することを、ここにお断りするものです。
 また、敬称につきましても前回に引き続いて「氏」「女史」とさせていただきます。

 第14回本格ミステリ大賞、小説部門は森川智喜氏の「スノーホワイト 名探偵三途川理と少女の鏡は千の目を持つ」が、評論・研究部門は内田隆三氏の「ロジャー・アクロイドはなぜ殺される? 言語と運命の社会学」が、それぞれに受賞。まずはおめでとうございます。
 本読みとしてのアンテナの感度が低いものですから、恥ずかしながら受賞者お二方ともにそのお名前を知らずにいました。
 よしんば知っていたにせよ、かたやライトノベルの書き手、かたや社会学者では、読書の守備範囲の外と自分で決めつけて、やはり著書に手を伸ばすことはしなかっただろうと思われる。
 ライトノベルはその軽さに、評論はその重さに、それぞれ食わず嫌いを発揮していたようなわけで。だから、買うことはまずなかったはず。
 また、価格も手が出ない理由のひとつ。高くなってきてるとはいえ文庫本には手が出せる気軽さがあり、単行本にはそれがない(個人的な印象に過ぎないけど)。ましてや三千円超の価格ならばなおさらだ。
 今回の受賞作品は、講談社BOXに岩波書店のハードカバーなんだもの。おいそれと手は出せないよ。
 それが「面白そうなら読んでみようかしら」という気持ちになったのだから、本格ミステリ大賞の受賞には影響力があるといえよう。
 読むまではゆかずとも、興味を持つだとかその存在を知る契機となるのは大きい。少なくとも私が森川智喜氏と内田隆三氏を知ったのは、このたびの本格ミステリ大賞ノミネートのニュースがきっかけだ。
 知るには知ったがそれも作品名と著者名だけ。情報量としては著書の購入を後押しするほどではない。作者の人となりも読書歴も執筆動機もその方法論も知らない。そこのあたりに購入へと踏み切る要因が隠れているかもしれない。
 よろしい。ならばトークショーだ(ここで名高き「少佐」による演説のパロディを挿入しようかと思ったのだが、そうするとなると「この暗い闇の底で半世紀もの間、堪え続けてきた我々にただのトークショーでは、もはや足りない!」だの「大トークショーを! 一心不乱の大トークショーを!」だのと、横道に大幅に逸れてしまうので、そこらへんはほんのちょっと匂わせるに留めて)。

 会場前方にテーブル席が設けられ、六人の男女が着席する。五人はミステリ作家でひとりは社会学者。
 聴衆の向かって右から芦辺拓氏、法月綸太郎氏、内田隆三氏、森川智喜氏、千澤のり子女史、黒田研二氏。司会は芦辺拓氏が務める。

amazon:[単行本(ソフトカバー)] スノーホワイト 名探偵三途川理と少女の鏡は千の目を持つ (講談社BOX)  トークショーのはじまりは選評から。
 司会者に促されて黒田研二氏が語ったのは個人的な事情。評論はよくわからないので例年は評論・研究部門に投票しないとのこと。今回も小説部門だけ投票したのだが、トークショーで喋ることが決まったので、内田隆三氏の受賞作品を読んだ、と。
 そのうえで明かしてくれたのは、前日の授賞式での様子。森川智喜氏の受賞作品について、先輩作家はその誰もがまず貶す。一旦は貶すものの、本格ミステリの賞として相応しいのは「スノーホワイト」であるから推すしかない、と。
 これは黒田研二氏も同じらしい。小説部門の大賞に輝いたものの、「スノーホワイト」はまず貶してみたくなる作品だ。それでいて最後に褒めるしかないというのも、これまた理解できる、と。
 ミステリ作家として、現実に則したミステリ作品を書くことに力を注いできた経験からすると、受賞作品の現実社会と遊離した世界観・設定に「ミステリとして大丈夫か?」と先行きに不安を覚えるのだけれど、これがちゃんと着地させるのだから見事だ。
 このことは、次に発言を求められた千澤のり子女史も強調していた。女史曰わく、個人的には長岡弘樹氏の「教場」が好みだが、本格ミステリとして評価するなら「スノーホワイト」だ、と。
 本格ミステリは見せ方が命。受賞作品はそこのところがきちんと成されている。
 また、「スノーホワイト」の特色であるメルヘン趣向も、単に甘ったるい印象を齎すものではなく、「すごく攻撃的」であると、そこが魅力的だと評価。

amazon:[単行本] ロジャー・アクロイドはなぜ殺される? 言語と運命の社会学  一方で内田隆三氏の「ロジャー・アクロイドはなぜ殺される?」に関して、冒頭に評論への苦手意識を吐露した黒田研二氏は、楽しく読むことのできる評論について述べる。
 アガサ・クリスティの「アクロイド殺し」を題材にした評論には、これより先に出ているピエール・バイヤールの『アクロイドを殺したのはだれか』が内田隆三氏の受賞作品より先に出ていて、黒田研二氏はこれを面白く読んだそうだ。この評論は、「アクロイド殺し」を読み込むことで、テクストの矛盾を見出し、エルキュール・ポアロが名指しした犯人とは別の人物を真犯人と指摘する。評論でありながらも趣向としての謎解きが成立しているとのことで、すごく楽しんだとのこと。
 今回の受賞作品はそれよりは難しい。サクサク読めるものではないが、「重箱の隅をつつくような」というと表現は悪いけれど、それくらいに細部への目配りがきいている。文句なしの説得力を有しているのは、さすがである。。
 ミステリ史に燦然と輝く問題作の「アクロイド殺し」だが、それだけにこの作品ほどネタを割られているミステリ作品もないだろう。
 古典の傑作だけに、ジャンル内の教養としてこの作品の真髄について目にしたり耳にしたりする機会もあるだろう。ネタを割られるもなにも、既に読んでいるということであっても、特に不思議はない。海外作品に限らず、ミステリを読むなら最初期に通過すべき儀式である。
 千澤のり子女史は強く語る。「アクロイド殺し」を読んでいても、ネタを知っていても「ロジャー・アクロイドはなぜ殺される?」は面白く読むことができる、と。読者とともに楽しめる評論なのだ。

 ここからは受賞者へとバトンが渡される。
 ミステリ遍歴を問われて森川智喜氏が答えたのには、ミステリ初体験はアーサー・コナン・ドイルの「四つの署名」であると。これがとても面白かったのでシリーズ第一作目の「緋色の研究」に手を伸ばした。
 そうすると作中にオーギュスト・デュパンなる人物名が出てきて、世の中には謎解きを芯に据えた文学ジャンル、「ミステリ」が存在することを教えられた。
 内田隆三氏が語るミステリとの出会いは、おそらくは「少年探偵団」の映画であろう、と。理髪店に置いてあった漫画もそうだったろう。
 また、ミステリを研究で取り扱うきっかけを問われて内田隆三氏は、社会学で実際の事件を題材とするのは特別なことでもないのだけれど、いざ事件現場に出向くとなるとやはり怖いと答える。
 フィールドワークで怖い思いをするよりは小説を取り扱うほうが、ネ。
 社会学者と陰陽師のコンビが凶悪事件の謎を解く、まるで本格ミステリそのもののような鮮烈なイメージを聴衆に植え付けながらも、しかし本人はいたって真面目である。
 ミステリを研究材料にする理由はわかった(どこまで本当かはともかく)。
 そこで心配になる。ミステリのような娯楽作品を取り扱うのは、学問の世界では「大丈夫なの?」と。なんだかんだでミステリは作り話だ。それを真面目に扱うのはアウトかセーフかでいうとやっぱりアウトなんじゃないの?
 これにも飄々としたものである。「もう大丈夫でしょう」ときた。都市を研究課題とする内田隆三氏にとって、都市を形成する諸要素の詰まったミステリ作品はかっこうの研究材料となるそうで。
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 内田隆三氏が最も好きなミステリ作家は横溝正史だそうだ。横溝正史作品には女性が犯人のものが少なくない。これに関して、家庭にあってこれを守るものとされてきた女性による「家殺し」の構図について言及した。
 この「家殺し」というフレーズの破壊力たるや、この発言の直後に会場の空気は一変した。司会の芦辺拓氏も興奮気味に「横溝正史論を書かれるご予定は?」と斬り込む次第。
 それはそうだろう。横溝正史作品というだけでなく、時代や社会の文脈においてスポイルの対象と位置付けられていた女性が、しかし実のところは社会の最小単位である「家」を崩壊せしめていたとする考えは、とても刺激的で、且つ魅力的で!
 女性による「家殺し」を横溝正史作品の隠されたテーマだとするならば、市川崑によるあの改変は間違っていなかったことになる。むしろ横溝正史の作家性を強調した妙手といえよう。
 この時点で、『ロジャー・アクロイドはなぜ殺される?』を買ってないことに後悔した。内田隆三氏は所用あってトークショー終了の後に帰られるとのこと。サインはわずかな時間で為されるということだった。
 とてもじゃないが間に合わない!
 しまった。すごく面白そうだ。「家殺し」の語感にある、ミステリとしての美しさ。その着想。素晴らしい! この人の著作は面白いに決まってるじゃんよ!
 ちなみに、「横溝正史論」については考えてみましょうとの回答を得た。実現するかどうかは措いて、とりあえず万歳!

 次は、本格ミステリ作家クラブの会長職を辻真先氏から引き継いだ法月綸太郎氏だ。
 法月綸太郎氏は、新本格ミステリを代表する書き手のひとりにして、優れた論客としても知られる。
 そして、すこぶるつきの遅筆家であることも本格ミステリの読者は知っている。法月綸太郎氏と綾辻行人氏の遅筆は、本格ミステリにおける「あるあるネタ」だ。

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 それでもミステリ研究会に変わった奴がいるとは聞いていたらしい。その変人は先輩作家のコネクションなしにデビューを果たした。作品をどんどん発表しているところは羨ましいかぎりだ、と。当然のようにここで笑いが起こるわけで(笑えない人がいるなら、それは担当編集者だろう)。
 ミステリ作家にして数学者の天城一はかつて「密室犯罪・不可能犯罪はメルヘンである」との言葉を残したという。
 それではメルヘンとは何かを問うと、ファンタジーとの同一視するきらいがある。どちらも空想世界を描くという点で一致するが、それでも同じものではない。
 作中における現実と空想の配置において、ファンタジーとメルヘンとの間に違いが表れる。
 ファンタジーにおいては、現実と空想とは対比の関係にある。現実社会の諸問題を浮き彫りにする手段としてファンタジーが書かれることを考えると、この二項対立は至極当然といえようか。
 それに対してメルヘンは、現実と空想とが対比ではなく混在している。この線引きのない世界にメルヘンの特徴がある。そして、こういうマージナルな感覚や世界の在り方こそが、現在においてはリアリティを有するのではないか。
 法月綸太郎氏はこのように述べる。
 自分たち60年代の生まれにとっては、森川智喜氏の作風は「大丈夫か?」と反応してしまうものだけれど、今となっては彼の構築するような世界観のもとで作品が描かれることがリアルだ。

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 これまでに語られているように、評論は難解だ。そのうえで受賞作品は歯応えがある。そして、ただ難解であるというだけではない。内田隆三氏はその著述のなかで導きの糸を繰り出して、読解の助けをしてくれる。
 ミステリとしての特殊性から一発ネタと思われる「アクロイド殺し」だが、アカデミックな場では先鋭的な議論が為されている。そこでは「フェアかアンフェアか」というような観点での対立は見られない。そのような対立では済まなくなっているのが実状だ。
 内田隆三氏は様々な材料を組み上げて「アクロイド殺し」とは何なのかを導き出そうとする。その命題を解くのに、内田隆三氏は「運命」という補助線を引く。卓抜たるプロットでなくトリックでなく、「運命」。
 ここで思い出されるのは、「最も好きなのは横溝正史」との言葉だ。
 横溝正史の代表作品に挙げられ、国内オールタイムベストで必ず上位に顔を出す「獄門島」。この作品は、まさしく「運命」が惨劇を読んだ傑作だ。
 この「運命の支配」は、ロジックで書かれるミステリだからこそ、その凄みが立ち現れる。ここに着眼したことが素晴らしい。
 受賞作品は、内田隆三氏がロジャー・アクロイドの殺害に関してロジックを積み上げる過程が、ミステリ読者の評論を楽しむ過程とがリンクする、そのような構造を持っている。

 ここで法月綸太郎氏から受賞者にそれぞれ質問をする。
 それに答えて森川智喜氏は、「自分で物語を考え出すというより、物語が生まれてくるのを邪魔しないように心掛ける」と。生まれてきた物語をそのまま文字に起こして出版社に渡す。
 自分は作り手というより作品の秘書のようなもの。
 こうなると、そのスタンスは平井和正と同じだな。ちょっと心配になっちゃうというのは失礼に過ぎるか。
 一方で内田隆三氏への質問は、ユニークな観点から「アクロイド殺し」を再構築してみせたのには特別な読解法があるのか、ということ。そして、執筆に際してどのような準備をしたか、と。
 独特な読み解き方はない。そして、何かしたかと問われれば、「本に線を引いた」程度。
 ただし、「アクロイド殺し」に関しては翻訳本だけでなく、原書も映像も新聞も目を通した。
 新聞!
 徹底してテクストにあたる姿勢には、「家殺し」発言時と同じように驚きの声があがった。資料を渉猟するだけでも大変な労苦であろう。

 この後、トークショーは登壇のミステリ作家と社会学者の近況やら刊行予定やらがあって、そして終了する。
 これに充てられたのは一時間。そこで語られた内容を丸暗記できるほどの頭脳は持ってない。そこで語られた内容を理解する頭脳も。そもそも頭蓋骨におさまっているのは本当に脳味噌なのか? 生湯葉ではないのか?
 というわけで、第14回本格ミステリ大賞受賞記念トークショーについては、私にとっては上記の内容がすべて。これ以上は逆さに振っても何も出てきやしない。スイスイスッカラカンだよ、スラスラスイスイスイ。
 でもってトークショーの後には恒例のお宝抽選会が控えていたわけだが、恒例であるだけに特記すべき事柄はなく。つまり、宿願の寄せ書きサイン色紙は当たらなかったですよ! やっぱりね!

 そしてサイン会。会場が広くないことで、一般参加者の間で混雑が不安視されていたが、混沌のなかに生まれた秩序が勝り、大きな混乱もなく終わることができた。確かに、「ここって綾辻さんの列じゃないんですか?」「いえ、折り返して皆川さんの列になってます」程度の些細な混乱はあったけれど。

 お宝抽選会とサイン会につきましては、下記リンクから昨年の同イベントを纏めた記事に飛んでいただきまして、なんとなくその雰囲気を感じ取っていただきますようお願いします。
 最後になりますが、サイン会に参加してくださったミステリ作家諸氏のお名前を挙げさせていただき、今回のレポートを締めさせていただきます。
 芦辺拓氏、綾辻行人氏、大倉崇裕氏、大崎梢女史、太田忠司氏、北村薫氏、霧舎巧氏、黒田研二氏、篠田真由美女史、千澤のり子女史、知念実希人氏、辻真先氏、法月綸太郎氏、初野晴氏、東川篤哉氏、麻耶雄嵩氏、水生大海女史、三津田信三氏、皆川博子女史。こちらの方々が会場でサインをなさっておられた。覆面作家である「坂木司」氏と、シャイな森川智喜氏は別室にてのサインを受け付けてくださった。

 来年は記念すべき第15回。第10回のイベントがそうであったように関西で開催されるとの噂も立ったが、どうやら東京での開催が決まっているようで。東京在住者としてはありがたいかぎり。でも、地方在住のミステリ好きにも気軽に参加してほしい気持ちもある。
 しかし、遠いと参加できないし。どうにも悩ましい。いっそ本格ミステリ大賞受賞記念イベント全国ツアーをするってのは?

 絶対無理!

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