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あなたの親愛なる隣人より

amazon:[Blu-ray] 【Amazon.co.jp限定】アメイジング・スパイダーマンTM IN 3D 変身スリーブ付デジパック仕様(完全数量限定生産)  現在、シリーズ最新作が公開中。映画館に足を運ぶ前に観ておかなければ、と「アメイジング・スパイダーマン」を観た。
 アニメーション作品を含めると、このヒーローの映像化はこれで何度目になるのだろうか。映像化のひとつは日本の特撮ヒーロー番組。「鉄十字キラー、スパイダーマン!」ってヤツだ。巨大ロボットに搭乗するスパイダーマンというのは、今から思えば違和感を覚える。
 DCコミックとともにアメリカンコミックの双璧をなすMarvel。このアメコミ大手においてスパイダーマンは古株である。
 このヒーロー譚では、スパイダーマンは平和の実現・治安維持の役割を黙々とこなすのではなく、時にジョークを交えながらヴィラン(悪党)と戦う。
 陽気さを持ちあわせる一方で、その正体であるピーター・パーカーは常人と同じような事柄に悩む。
 それまでに描かれてきた万能型ヒーローの物語とは異なり、「スパイダーマン」ではその正体であるピーター・パーカーの日常生活が描かれる。そこにあるのは、世を忍ぶ仮の身分でもって犯罪を監視する姿ではなく、読者となんら変わるところのない、青少年としての等身大の姿である。
 ピーター・パーカーという「特別だけど、どこにでもいる」主人公の姿を提示することから、「スパイダーマン」はそれまでにない画期的なヒーロー像を打ち出すことに成功した。このヒーローは感情移入の器としてうってつけであり、だからこそ熱烈なファンを獲得した。
 ピーター・パーカーは常人を凌駕する力を有する一方で、同世代の少年とかわるところのない感性を持つ。自らの強大な力を認識すれば得意になるし、それも過ぎると増上慢に陥る。あるいはミスを犯して反省し、と思えば感情のままに行動する。
 スパイダーマンは、世界の高みから人の世を睥睨する、神の如き姿形を持っていない。もっと気安い存在だ。他愛ない事柄を話しかけてくる隣人のような。

amazon:[Blu-ray] ブルーレイ スパイダーマン トリロジーボックス  サム・ライミ版の成功でアメコミヒーロー映画の隆盛を招来した「スパイダーマン」。本作は、件のシリーズの続編ではなくリメイクでもなく、リブートだという。
 リブート?
 日本語に訳すと「再起動」が適当だろうか。
 スタッフ・キャストを一新しての再出発。サム・ライミ版「スパイダーマン」シリーズで改変のあった設定の幾つかを、リブート版「アメイジング・スパイダーマン」では原作に準拠するものへと語り直す。
 とはいうものの、本作における基本設定はそのすべてが原作通りというわけではない。むしろサム・ライミ版よりも大胆な改変が施されているところがあって。
 リブートによって先の「スパイダーマン」シリーズと大きく変わったところは幾つもあって、そのうち特筆すべきは次の二点だ。
 まずはピーターの父親リチャード・パーカーに焦点が当てられる点。そしてピーターのはじめての恋人として「グウェン」ことグウェンドリン・ステイシーが配置される点だ。

 ピーター・パーカー自身の科学的知識においても思考においても卓越したものがある。それにしても亡父に及ぶところではない。
 リチャード・パーカーは、ノーマン・オズボーン率いるオズコープの研究者だった。現在、オズコープが世界の遺伝子工学においてトップランナーであるのは、ひとえにリチャードの功績が大きい。
 そのリチャードが妻メアリーとともに失踪を遂げたのはピーターが四歳の頃。夫妻はその後に飛行機墜落事故に遭って死亡したが、一連の出来事には未だに謎が残る。
 ここで主人公ピーター・パーカーからオズコープへと一本の糸が張られて。
 リチャードとメアリーのいきなりの失踪は、ピーターにとって自分が捨てられたという認識でしかなく、それまで愛されていた記憶を持つ彼には自分が置き去りにされたことがどうにも理解できないことで。
 リチャードの忘れ形見。普段使いの鞄が出てきたからには、ピーターがそれから何かしらの真実を探り出そうと必死にもなるのも、彼の背景を思うと不思議ではない。
 父親のかつての同僚カーティス・コナーズへと繋がる糸を辿ってピーターが侵入したオズコープ内のバイオケーブル開発室で、彼は運命の一撃を受ける。本作では放射線を浴びた蜘蛛ではなく遺伝子操作の施された蜘蛛という設定だが、これに刺されてピーターは劇的な体質変化を起こす。その後、地下鉄車内でのうたた寝、つまり束の間の「死」を経て凡人は超人へと生まれ変わった。
 すべてはリチャードの遺品から始まったわけで、その意味合いから考えると、ピーター・パーカーの超人化は父親リチャード・パーカーの導きによるものといえなくもない。
 亡き父親からのギフトに戸惑い、すぐに有頂天になったピーターは養父である伯父をそれまでより顧みなくなる。
 ベンとの別れが後のヒーロー「スパイダーマン」を生むのだが、これに関しては後述する。

 ピーターの通うミッドタウン・サイエンス高校で首席を獲得しているのがグウェン・ステイシーだ。彼女はカート・コナーズ博士の主任研修生であり、オズコープに比較的自由な出入りができる。
 つまり、グウェンもまたピーターとオズコープとを繋ぐ糸となるわけで。
 リブートによって改変のあった設定のうち、リチャード・パーカーとグウェン・ステイシーがいずれもオズコープとピーターとを結び付ける。これは「アメイジング・スパイダーマン」シリーズにおける敵はオズコープ絡みであると断言するようなものだろう。なにせ運命のグリーン・ゴブリンが控えているのだから。
 さて、科学者としてピーターとオズコープとの縁を結び、そして彼と恋に落ちるグウェン・ステイシー。科学的素養を必要とされ、やがてはピーターを地獄へと突き落としつつも彼をそこから這い上がらせる。それだけの役目を担うのは、だから「グウェン・ステイシー」でなければならなくて。
 グウェン・ステイシーはピーター・パーカーにとって「運命の女性」なのだ。だから、それに相応しい運命を辿らなければならなくて。
 後にピーターは「MJ」ことメリー・ジェーン・ワトソンと恋仲となり、最終的に二人は結婚するのだが、それまでにピーターはグウェンと辛い別れを経験しなければならない。
 でもそれは本作で迎えるのではなくて。

 本作でピーター・パーカーは四人の「父親」との別れを経験する。
 第一の「父親」とは、実の父親であるリチャード・パーカーだ。
 リチャードから贈られたことの多くをピーターは未だに受け取れずにいる。それはその別れが幼い頃に突然に訪れたものだから、十数年を経た今になっても消化できずにいるのだ。
 リチャードの息子への贈り物は、謎に満ちた失踪と事故死によって、直接に受け渡すことはできなくなった。それは別人の手に委ねられる。
 その役目を託されたのがリチャードの兄、ベン・パーカーだ。彼は弟の尻拭いでピーターを育てたのではない。人として当然のことをしたまでだ。
 家族の約束を果たさなかったピーターにベンは叱責する。「人のために何かできるなら、それをする責任がある」と。
 この言葉こそがリチャード・パーカーの信念であり、亡き弟に恥じないベン・パーカーの生きるうえでの指針である。そして、パーカー家の家訓ともいえるこの文言こそは、「大いなる力には大いなる責任が伴う」との名文句に通じる。この信念こそはスパイダーマンの物語の底流に存在し続けるのだ。
 ピーターは個人的感情によって犯罪行為を見逃した。犯罪者はその逃走行為のさなかに眼前に立ちはだかった市民に銃を向けた。発射された弾丸はその市民、「息子」を心配して街中を走り回り、犯罪者と出くわしたベン・パーカーの体を貫いた。
 自分には犯罪者を制する能力があったのに見て見ぬ振りをした。その結果が第二の「父親」の死だ。
 リチャードによって与えられた肉体と、ベンによって鍛えられた精神とが、スパイダーマンを生んだ。しかし、スパイダーマンをヒーローへと導いたのは第三の「父親」だ。
 それはグウェン・ステイシーの父親、ジョージ・ステイシーだ。
 覆面男の標的がいずれも似通った外見を有していることから、ステイシー警部は蜘蛛男の目的が私怨を晴らすことにあると看破。ピーターは図星をさされて我が身を振り返る。
 犯罪者逮捕に繋がってはいるものの、自分がしていることに正義はない。ベンを殺害した犯人に未だ巡り会ってないから何事もなく済んではいるが、もし見つけ出したなら自分はその男をどうするだろう? 警察に引き渡して「ハイ、おしまい!」と決着をつけられるだろうか?
 復讐心にかられて私刑にかけることをせずにいられるだろうか?
 自分は今や誰であろうと屈伏させられる力を持つ身だ。ピーター・パーカーは圧倒的な暴力を身につけたのだ。
 それを一個人の復讐のために使う?
 ステイシー警部は、何のルールをも課されていない強大な力を社会秩序を乱す脅威と目し、法の万人としてこれと相対することを宣言する。これは、ピーターに「その力をもってして何を為すべきなのかを、お前は考えなければならない!」と告げているにほかならない。
 人は時に誉められて時に叱られて、そうして成長するものだ。誉められると得意になる。叱られれば気落ちする。ふてくされることもある。超人的肉体を手に入れ、カート・コナーズに誉められて有頂天になったピーター・パーカー。しかし、ベンに叱られ、直後に死なれて。今また恋人の父親から指弾されて、ピーターはようやく自分を省みることができた。
 そして、ステイシー警部はリザードとの決戦において警察官の職務に殉じる。このとき、彼はピーターに重すぎる約束を背負わせて。
 それはそれとして、家族団欒の場に似つかわしくない、警察組織の一員として放たれたステイシー警部の指弾。その直後、カート・コナーズが変身したヴィラン、リザードの巻き起こした騒動が起こり、この出来事はピーター・パーカーにはっきりと道を示した。
 最後の「父親」はカーティス・コナーズだ。

 カート・コナーズはピーターにとって実父リチャードの同僚だ。リチャード亡き今、異種間遺伝子交配を研究するただひとりの研究者だ。
 カートは、ピーターの科学的興味への探究心を称揚した。それは、本来ならリチャードが息子に与える言葉であり、これに関してはいくらベンが努めたところで肩代わりできない。最先端科学の泰斗でなければ与えられないものを求められはしない。
 カート・コナーズとの交際は、ピーターに亡き父と持てたであろう時間を思わせたろう。ピーターがカートにリチャードの姿を託したとして、ベンとメイの二人以外に誰が彼を責められようか。
 しかしカート・コナーズは変わる。
 リチャードの負の遺産、パンドラの箱に封印されていた災厄が飛び出して、そのひとつが「リザード」というヴィランに結実する。
 肉体とともに精神にまでも変化を遂げたカート・コナーズは、いつしか優生学的思考に囚われる。
 人類であることからの逸脱は進歩なのか、はたまた増殖への飽くなき欲求か。
 より良い世界を実現する一助を担えたなら、辛い人生を余儀なくされている人々を救えたなら、と研究に打ち込むカート・コナーズの姿に、自分の理想とする科学者の姿を見たピーターだったが、道標となる科学者は生き方を変えてしまった。
 その原因に気付いて、ピーターは周章する。カートの変心(変身でもある)は、自分の責任だ、彼を止めなければ!
 科学の暴走とは、即ちその科学計画に携わる人間の暴走にほかならない。
 ピーターは、一時は父親の如く慕ったカートを反面教師とする。
 そしてリザードとなったカート・コナーズが与えてくれた試練によって、ピーター・パーカーは自分が何を為すべきなのかを悟る。
 それと望んで身につけた力ではないけれど、「大いなる力には大いなる責任が伴う」ということを身をもって実感したピーター・パーカーは、弱き人々の盾となることを誓う。その表明が、スーパーヒーロー「スパイダーマン」なのだ。

amazon:[単行本] ベスト・オブ・スパイダーマン (ShoPro Books)  さて、カーティス・コナーズだ。
 本作の彼には二重人格描写が示される。これは、原作やサム・ライミ版「スパイダーマン」におけるノーマン・オズボーンに見られるものだ。
 この二重人格設定が意味するところは、人類の科学に対するスタンスの提示である。あたかも相反するかのような理念を一個の人物のうちに並び立たせて、そのどちらも人の心の赴くところとして考えるに無理がない。
 誰に対しても何に対しても引け目を感じず負い目を感じず、何不自由なく暮らす。五体満足に生きられれば、少なくとも要らぬ諦観を胸に生きることはなくなるだろう。
 右腕の肘から先を欠損しているカートは、それが理由で多くの困難と向き合わねばならず、苦労と苦悩を味わう生涯であった。
 爬虫類の持つ肉体再生能力に活路を見出した科学者は、己よりも優秀な共同研究者に期待をかけた。しかしその人物、リチャード・パーカーは追われるようにオズコープを去り、そして死んだ。
 天才不在のまま、たったひとりで研究を続行しなければならない秀才は真理に到達できず、ただ時間のみが流れた。
 そこに現れたのが旧友の息子。のどから手がでるくらい欲しかった、今なお欲しい理論式を携えてピーター・パーカーは現れた。
 宿願は叶えられ、カートは右腕を得た。身体の奥底から膨れ上がるのは、これは自信か? 今までに味わったことのない満足感というものなのか?
 心の持ちようが、意識のありようが変わった。同一人物とは思えないほどに一変した。
 カート・コナーズにとって、生えてきた右腕は、欠けたるを補ったのではない。失ったものを取り戻したわけでもない。
 自分はようやく人並みになれたのではない。ついに人を超えたのだ!
 人類の進化は、ヒト科ヒト属の狭い範疇の中で成されなければならない理由はない。
 蜥蜴の、爬虫類の優れたる形質を受け継いで、否、それだけでなく強く美しい種の力を身につけて、人類はその弱々しく惨めな生物から生まれ変わるべきなのだ。ヒトという種からの逸脱は不可逆の飛躍、素晴らしき進化への大いなる第一歩なのである!

 針が振り切れてしまったカート・コナーズ。
 その責任は自分にあるとピーター。彼はまず警察組織に事情を話したが(自分や父親に関する事実を伏せたうえで)、蜥蜴エキスでモンスターと化した科学者なんてパルプ・フィクションに登場するマッド・サイエンティストそのままじゃないか。確たる物的証拠がないというのに、いったい誰が信じる?
 ピーター・パーカーは、スパイダーマンを正義の味方と語る、頭のおかしな少年だ。娘には彼に近付かないように厳命しなければ。ステイシー警部の心のうちはこんなところだろう。無理もない。
 一方でグウェン・ステイシーはピーター・パーカーを信じる。なぜなら巷で話題のスパイダーマンの正体を知ってしまったから。
 蜘蛛男がいるなら蜥蜴人間だって存在するはず。

 そもそもグウェンにそんな意識はなかったけれど、彼女にとってピーター・パーカーは冴えないカメラ好きの同級生ではなくなった。グウェンはピーターの正義感を承知していたけれど、彼が今や正義を実現しうる力を持ったことを知った。
 スパイダーマンが正義を志すのであれば自分は陰ながら見守りたい。あいにくだけどグウェン・ステイシーはそんな殊勝な女性ではない。
 ピーター・パーカーがスパイダーマン? ならば、ワタシが手助けしてあげなきゃ!

 ああ、グウェンドリン・ステイシー!

amazon:[大型本] スパイダーマン大全 (ShoPro Books)  ニューヨークに現れたタイツ男、スパイダーマンの存在とその活動を警察組織は認めるわけにはゆかない。
 正義は法とともにある。覆面を被って己の素性を隠すような男に道理はあるものか。
 正しいことをするのなら、正体を明かして正々堂々と行えばよい。
 これは警察だけでなく、ニューヨーク市民にも同じ思いを抱いている向きもあるだろう。公明正大を旨とする紳士淑女には、珍妙な扮装で壁を這う変質者を、もしかしたらテロリストの一員かもしれない男を、ヒーローどころか同じ社会の構成員として受け入れなければならない理由はなくて。
 オズコープ・タワーへと向かうさなか、ニューヨーク市警との衝突があり、スパイダーマンはその正体をステイシー警部に知られることとなる。
 ステイシー警部にしてみればここで覆面男を逮捕拘留し、返す刀で蜥蜴人間の追跡に向かえばよいはずだった。「スパイダーマン」を名乗る愉快犯の正体を知るまでは。急ぐ先に何が待っているのかをピーターから告げられるまでは。
 行為の正当性はともかくとして、グウェンのためにこの男は急いでいる。どれだけ強靱な肉体かは知らないが、その身をもって強大な敵に立ち向かおうとしている。警察官の鑑たるジョージ・ステイシーはひとりの父親に立ち戻り、スパイダーマンことピーター・パーカーを送り出す。
 ステイシー警部はスパイダーマンに対する考え方を改めた。ステイシー警部とは経緯が異なれども、スパイダーマンこそは現代社会が必要とするヒーローと信じる者が存在して。
 行動に信念は宿る。弱き人々の盾たらんとするスパイダーマンの思いは、ひとりの少年の救出劇に表れる。
 信念の宿った行動は、人の心に通じる。わが子をスパイダーマンに救われた男は、ヒーローの窮地に手をさしのべる。
 オズコープ・タワーへと至る長い距離。とてもじゃないけど到達できそうもなかったそれを結ぶのは、次々に交わされる信念の握手!

 なかなかにあざとい演出だが、こういうの嫌いじゃない。
 スパイダーマンがニューヨークに受け入れられた瞬間である。得体の知れない男ではあるけれど、彼がヒーローであるのは明白であって。だから、人々は歓声を上げる。
 このシンプルな図式が安心させてくれる。実に心地好い。

 リザードとの最終決戦に終止符が打たれて、しかしそれで物語は幕を下ろさない。
 本作は、「アメイジング・スパイダーマン」というヒーロー譚は、ヒーローの勝利で大団円を迎えるというものではないのだ。
 リザードの鋭い爪にその身を貫かれたステイシー警部は、死に際してピーターとの間に約束を取りつける。「グウェンに近付くな」と。
 死に瀕して男が思いを残すのは家族。いつもいつまでも幸せであるべき娘の人生に、ほんの少しであっても禍根を残すわけにはゆかない。
 眼前の男はイイ奴だ。だけど、娘の恋人としては合格点をやれない。大いなる減点要素がある。「ピーター・パーカーは良い若者だ。しかし、残念ながらスパイダーマンでもある」ってところだろう。
 死を覚悟した男の顔に、否定も反論も許さない固い意思が感じられて。ピーターは、自らの始めた活動が副次的に生んだ犠牲の大きさを目の当たりにして、ジョージ・ステイシーの言葉に同意するほかはなかった。
 カーティス・コナーズをリザードにしてしまったのは自分だ。彼を止めるためにステイシー警部を死なせてしまった。
 これまでの行動を悔いて、自分がこの世界に悪しき影響を及ぼさないよう自室に引きこもる、という選択肢はピーター・パーカーにはない。
 自分は力を得た。大きな力を。「大いなる力には大いなる責任が伴う」のだから、自分には果たさなければならない使命がある。それは警察官ジョージ・ステイシーが死に際に認めたところだ。

amazon:[Blu-ray] 【Amazon.co.jp限定】アメイジング・スパイダーマン2TM スチールブック仕様 (エマ・ストーンポストカード付) [Steelbook]  若者は悩む。それがたとえ自分に関する事柄であっても真剣に考える。苦悩する。
 大人は「自分」とうまく渡り合うためにさえ駆け引きを使う。自分でも本心から信じちゃいない「言い訳」を、その瞬間をやりすごすために飲み込む。
 それは悪いことではない。前に進むための方便だ。だが、それが胸を張れるようなことではないことを、誰でもない「自分」が知っている。
 けれど若者はその点で素直だ。まっすぐに「自分」と向き合う。少なくともピーター・パーカーはそういう人物だ。
 故人との約束。自分がかかわることで直接的にも間接的にも生じるであろう犠牲。これらを踏まえたうえで、ピーター・パーカーは選択を下した。
 スパイダーマンであることを。ヒーローとして生きることを。
 だから、「スパイダーマン」の物語とはそういうものなのだ。そこに描かれているのは、主人公ピーター・パーカーの人間的な成長である。魂の軌跡である。
 親愛なる隣人が、顔を合わせれば冗談を言い交わす彼が、悩んだり苦しんだりしてゆくうちに、人間として大きくなってゆく。
 近所の仲良しさんとしては、彼がどこまで行くのか、ずっと見ていたいじゃない?

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Comments:2

白猫 2014年5月17日 01:51

この映画は体調の都合がつかず、映画館に見に行けずWOWOWで放送されたときに主人と見ました。

まっさらな状態で見たので、恋人がMJでなくグウェンなことにとても驚き、
また、サム・ライミ版のグウェンはとても大人っぽく品のある年上の美女に見えていたのですが今作ではあまりお金持ちな感じや上品な外見でなく、ピーターとお似合いの様な感じでグウェン役というより、ピーターの頭のとてもいいガールフレンドという感じに見えました。
(先に二人が実際に付き合ってていろいろとインタビューで恋人同士として仲のいい姿を見てしまったせいが大きいと思われます。)

私はサム・ライミ版のテンポや、蜘蛛の糸でN.Y.の空や壁の間を自由に飛び回るスパイダーマンの描写の躍動感がとても好きで、見るたびに自分も飛んでみたいとか、飛んでいるような気分になれるところが好きでした。

でも、サテヒデオ様が触れていらした車に取り残された少年の救出シーン。
私たちはそこの描写に急に時間をかけ過ぎてテンポが止まった気がして、違和感を覚えました。
でも、そういう重要なメッセージがあったのかとレビューから解りました。

実はテレビで見ていてあんまりおもしろくない。という事で二人とも見るのを止めてしまったので、
恐らく他の方のレビューだったら読まなかったでしょう。

これまで何本ものレビューを拝見してなるほど!と思って来たサテヒデオ様のレビューなので最後までじっくり読ませていただきました。

私のこの映画への表現などに不愉快な点がございましたら申し訳ありません。

2の方はCMなどを見ていると面白そうなので見に行こうかなと思っていたので、もしかしたらサテヒデオ様は既にご覧になられレビューの下書きもあるかもしれませんが、
2の方も見に行けるか解らない状態なのでレビュー、楽しみにしております。

サテヒデオ 2014年5月17日 19:21

白猫さま
 コメントをくださいましてありがとうございます。
 サム・ライミ版を基準として考えますと設定の違いに戸惑われるかもしれません。特にグウェンドリン・ステイシーの扱いに。メリー・ジェーン・ワトソンとのパーソナリティの違いが本作と次作における展開上の鍵となるので、その意味でもグウェンドリン・ステイシーの出馬は正しいと思います。
 アンドリュー・ガーフィールドとエマ・ストーンが交際しているのは最近になって知りました。実際の恋愛感情が作品に反映されるなら、そういうのも悪くないでしょうね。
 本作は、「どこにでもいるような普通の少年が超自然的な力を得て、それをどのような事柄に使用するか決める」のを描いたものであり、彼はヒーローとして生きることを選びました。その気になれば一流の盗賊にだってなれたものを。
 つまり、「大いなる力には大いなる責任が伴う」ことを肉親の死とともに実感し、責任のあり方をあの救出劇によって学んだのです。マックス少年とその父親がピーターに「ヒーローとしての生き方」を示したのです。
 超人がヒーローへと変わる瞬間です。重要な場面です。

 さて、現在公開中の「アメイジング・スパイダーマン2」ですが、ご指摘のとおり観賞済みです。
 面白かったです。もう一回観に行こうか悩むくらいに好きな作品となりました。
 好きであると同時に衝撃を受けました。シリーズを通して重要な意味合いを持つ作品といえるでしょう。
 レビューについてはいつ書き終えられるかわからないのですが、ネタを割るのは必至ですので、お早めに観られることを推奨します。絶対に観ておいたほうがいいです。
 もちろん、本作「アメイジング・スパイダーマン」も!

 

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