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動かざること山の如し

amazon:[DVD] スティーヴン・セガール 斬撃 ZANGEKI 「斬撃 ZANGEKI」を観た。
 本作では感染症の蔓延する世界が描かれる。とはいうものの、物語の舞台となるのはごくごく狭い地域。ほとんどが病院の中での出来事。お手軽に撮影を済ませたな、といった感じは否めない。
 件の感染症の症状は、欲望のままに吸血行為に駆り立てられるというもの。血に対する欲求はよほど強いのか、その行為のさなかにある彼らの瞳の奥に理性の光はない。
 感染は唾液や血液を媒介にするようだ。咬まれたら終わり。
 そのうえ、感染症患者は日光を避けるようになるらしい。彼らが活動するのは専ら夜間とのことだ。昼間は建物の中にこもる。
 なるほど、吸血鬼というわけか。
 本作に登場する吸血鬼は感染症患者という位置付けであるので、吸血鬼ならば有するはずの不老不死や超能力を持たない。ブラム・ストーカー以降の吸血鬼が見たら嘆きたくなるような餓鬼が本作の吸血鬼だ。否、鬼ではない。血に狂った人間だ。人であるが故に心臓が拍動を止めれば即ち死ぬ。
 本作で吸血行為に勤しむのは人だ。あくまで感染症患者だ。元気過ぎるくらいに元気な病人だ。しかし、健常者とは決して相容れない。
 この症状は前述したように、経口感染する、咬まれることで人にうつる、その症状は人を襲う。まるでアクションゲームの設定のようだ。あれはゾンビ化するのだったか。
 ゾンビ化でも吸血鬼化でも、感染によって人の領域から外れてしまうことの基本設定は、ゲームや漫画、映画で数多く取り扱われているだけに広く知られていて、だから今や説明をそれほど必要としない利点がある。
 本作が吸血感染症を題材としたのには理由がある。それは現在のスティーヴン・セガールを擁するからには絶対に必要な約束事と結び付いている。
 あるいは、あらゆる敵と戦ってきたスティーヴン・セガールだから、いくら強かろうとも人間と戦うのでは物足りない。こう思う向きもあろう。
 違う。違うのだ。
 本作で吸血感染症を題材としたのは、もっと哀しい理由があるのだ。

 アクション映画において「沈黙の」と冠したり「~撃」と付いたりしたらば、それはいうまでもなくスティーヴン・セガール主演作品である。
 本作のタイトルも「斬撃」だ。しかし、本作をスティーヴン・セガール主演作品としてしまってよいものだろうか。というのも、スティーヴン・セガールの出番は想像していたほどに多くはないのだ。
 本作の敵は吸血感染症患者だ。その牙にかかることは人間を辞めることに等しい。また、夜の眷属にならずとも生きながらにして喰われる恐怖に勝るものはない。
 ホラー映画としてのお膳立ては揃っているが、この方程式にスティーヴン・セガールを代入するとなると、事は少々厄介だ。なにせスティーヴン・セガールである。あの大男が、たとえ本物の吸血鬼を前にしたとして悲鳴を上げるだろうか? スティーヴン・セガールが悲鳴を上げてもよいものだろうか?
 否。断じて否!
 ホラー映画にあっても冷静沈着であるべき男。それがスティーヴン・セガールである。考えてみれば辛い立ち位置だ。
 スティーヴン・セガールは何よりも強い男との姿勢を保たねばならない。だから、本作では彼のかわりに悲鳴を上げて逃げ惑う人員が用意されている。彼らが窮地にあって明日への希望を捨てなかったのは、都市伝説でしかなかった「ハンター」に救われたことにある。
 しかし、考えてほしい。
 恋人や仲間を喪っても、自分たちが少数派なのではないかという恐怖を抱いたとしても、それでも立ち止まらずに前に進み続けたのは、合気道の達人ではない。弱き人々だ。本作の主人公は、だからスティーヴン・セガールではない。かそけき希望を掲げながら前へと進む彼らこそが主人公なのだ。

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 いきなり主役の座から蹴り落とされたスティーヴン・セガール。しかし、これは已むを得ない。感染症患者が飛び出してきても慌てず騒がず斬り倒す姿はまるで悪鬼羅刹のそれである。その一挙手一挙動は、ホラー作品の登場人物にまるでそぐわない。
 スティーヴン・セガールはホラー作品に出演すべきではないのだ。
 同じアクション俳優のウェズリー・スナイプスが、タイトルロールの吸血鬼ハンターを演じた「ブレイド」。人間を凌駕する身体能力を持ち、一方で吸血鬼が求めて已まない、太陽光を克服するヴァンパイアハーフ。そういう設定の主人公でさえも時に周章狼狽を顔色に滲ませるというのに、スティーヴン・セガールはそれすらも自身に許さない。なぜなら、それがスティーヴン・セガールというものだから!
 それでは、なぜスティーヴン・セガールは相性の悪いホラー要素との融合を図ったのだろうか?

 本作のアクションにおいて、そのほとんどを担当するのはタガート役のタノアイ・リードだ。彼は悲しいほどに下働き。
 タノアイ・リードは従兄弟がプロレスラーのザ・ロックことドウェイン・ジョンソンである。このことから、彼は映画出演時のジョンソンのスタントを数多く経験している。本作ではスティーヴン・セガールに次ぐ実力の持ち主として、彼の配下で奮戦する。つまりはスティーヴン・セガールの下働きだ。
 タガートはスティーヴン・セガールほどの実力を持っていないというかたちを取っているので、彼はそれが当たり前であるように窮地に陥る。タガートは幾つもの死線をくぐりぬけるが、それに対してスティーヴン・セガールは常に磐石。
 本作はホラーとアクションとにパートを分けられるけれど、そのいずれの要素においてもスティーヴン・セガールはその中心にいない。ホラー・パートを弱き人々が、アクション・パートをタガートが、それぞれに担っているとなると、いったい何のために出ているんだスティーヴン・セガール!

 スティーヴン・セガールのアクションは合気道をベースにした、多人数を相手の戦闘スタイルだ。本来ならば積極的に後の先を取ってゆくものなのだろうが、常に相手との間合いをはからねばならない合気道で、太って動けなくなったというのは致命的である。その傍証として、カット割りの忙しないことが挙げられる。
 これは、一連の流れのなかでアクションを見せられなくなったが故に、小手先の撮影技術で誤魔化しているものと考えられる。
 本作の敵である吸血感染症患者は人間の肉体を持っているので合気道の技が通用する。人体の約束事を有しつつ、本物の吸血鬼ではないので超人的身体能力も不死性も持たない。そのうえで、理性を失っているということもあって、彼らは遮二無二に達人に襲いかかるわけだ。そうなると武術の達人が勝てない道理はない。
 ひたすら欲求を解消するためだけに襲いかかる彼らは、暴徒以下の組織力も持ち得ない烏合の衆は、面白いように吹っ飛ばされてしまう。このとき、スティーヴン・セガールはほとんど動いていない。まさに達人による演舞だ。
 勿論、これは皮肉である。

 スティーヴン・セガールとしてはあまり動きたくない。このことからドラマを進めるのは他の者に任せたい。そのうえアクション映画と銘打つならば、それなりの見せ場が必要である。それすらこなすのは億劫だ。これも若い者に任せよう。
 あれもこれも他人任せにするとなると、いよいよ出番がなくなる。作品におけるスティーヴン・セガールの存在意義がなくなってしまう。さすがにこれではいけないので、あまり動かなくてよいアクションを選ぶしかない。
 そこで選ばれたのが剣技であり、横綱のぶつかり稽古のような合気道である。勿論、剣技や合気道が体力を使わないアクションというつもりはない。
 現在のスティーヴン・セガールによるアクションを成立させるという点で、剣技と合気道はいろいろと誤魔化すことができるので重宝される、ということだ。
 ジャバ・ザ・ハット並みに動かないアクション俳優を擁するという大きな矛盾が、本作を珍妙な作品に仕立て上げた。これがすべてだ。
 人でありながら吸血行為に狂う者どもを敵としたのも、勢いだけは素晴らしい剣捌きがメインのアクションとなったのも、スタントマンに破格の見せ場が与えられたのも、すべては大看板のスティーヴン・セガールが動けなくなったことに原因がある。これが全ての出発点。そして、アクション俳優としての哀しい現実。

amazon:[DVD] 風林火山【期間限定プライス版】  威風堂々ということにしたいのか、作中ではほとんど歩いているハンターだが、彼らのそんなテンポが作品全体に影響を及ぼしたかのように、本作の展開は実に緩やかだ。生き残りを描いたホラー作品として観た場合、あるいはアクション作品として観た場合、このテンポの遅さがどうにも物足りない。
 無理矢理に電力が死んでしまう可能性や空爆までのタイムリミットを設定しているが、そうなるとこれらに関する状況の推移を描かなければならず、却って勢いを殺してしまっている。
 踏んだり蹴ったりとはこのことだ。全体的にマンネリズムとは別の種類の怠さが漂う本作だが、スティーヴン・セガールさえ出ていれば文句のないという、生粋のスティーヴン・セガール馬鹿には喜ばれることだろう。客を選ぶにもほどがある。
 ちなみに、本作でスティーヴン・セガールが演じるのはタオという役名だが、あまり気にすることはない。スティーヴン・セガールは何をどう演じてもスティーヴン・セガール以外の何者でもないのだから!

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Comments:2

白猫 2014年5月13日 03:49

「生粋のスティーヴン・セガール馬鹿には喜ばれることだろう。客を選ぶにもほどがある。」というフレーズが気に入り過ぎて堪りませんw

私はセガール映画の一番の特徴は、セガールが一発も殴られないことだと思っています。

次々と屈強な相手や、凶器を持った相手が何人も現れるのに、セガールは一発も殴られず痛快に終わる。
初期のヒットした作品はこの痛快さが良かったのではないかと思っています。

ですから今回の動かないセガールは斬新ですが、余程のセガール信者みたいなファンでないと満足しないだろうなと解るレビューでした。

その後、腕の調子はいかがですか?
この頃長文の記事をいくつも投稿されているので、大丈夫なんだろうなと思いつつ、酷使しすぎないよう気を付けながら更新してくれてたら…と読ませていただいております。

サテヒデオ 2014年5月14日 21:00

白猫さま
 コメントありがとうございます。
 かつては通用し、大いに効果のあった「強さの表現」が、それを作り出した当人の変化によって損なわれる、失われる。
 残念だけど仕方ない。セガールは真に達人ではなかった、ということです。

 左手は順調です。やはり更新頻度が問題だったようで。最近はのんびりやってますので、酷使するほどではないですね。
 気にかけてくださいましてありがとうございます。

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