英雄はここにいる | HOME | ワタライケンヤの弁明

虫めづる狩人

amazon:[文庫] 堤中納言物語 (岩波文庫)  昨年のことになるが、ブログ更新に百日ものブランクが生じた。その理由は、つまるところ私がそれをする気持ちにならなかっただけ。興味が別のことに向いていた。
 それが「モンスターハンター4」だということを以前の記事で書いた。完全に言い訳。でも事実だから仕方がない。
 このゲームが発売されてからというもの、ひねもすよもすがら狩猟にかかりきり。それにしても程度というものがあるだろう。我ながら呆れてしまう。
 どれだけ遊んだかというと、この記事の更新時において四百時間をゆうに超える。時給千円なら四十万円以上稼ぐ計算だが、これをして勿体ないというのはすこぶるつきに賤しいし馬鹿らしい。
 捕らぬ狸の皮算用の四十万円はともかく、私は「モンスターハンター4」に費やした四百時間超を後悔してない。それだけ費やしてもハンターランクが8に届いてない自分の技量には忸怩たるものがあるけれど。
 ゲーム内でランク付けされることで、プレイヤーは自分の技量を推し量ることができる。ランキングを上げることはクエストの難易度と比例し、プレイヤーのモチベーションを上げることにも繋がる。
 でも、このゲームの面白さはそれだけではない。今からここに挙げてゆく。

 設定された目標に挑み、それを成し遂げる。挑戦と達成、この一連の流れがゲームには仕組まれている。
 目標とは勝利条件。それが相対的なものか絶対的なのかはともかく、勝利条件を満たすことが求められる。
 相対的とはつまり「競合相手より多くの点数を獲得する」というようなことだ。絶対的な勝利条件を持つゲームとは、たとえば「モンスターハンター」がそれである。
 モンハンには幾つかの種類のクエストがある。指定アイテムを集めてまわる採集系のクエストと、指定モンスターを討伐あるいは捕獲する狩猟系のそれと。これらのクエストで指定の条件を達成することが勝利、つまりクエストクリアとなる。
 クエストの一例を挙げると、ゲームにはティガレックスという大型モンスターが用意されているのだが、クエストにはこれを「狩猟せよ」というものと「捕獲せよ」というものとの二つがある。「狩猟」クエストは生死に関わらず狩ることが求められ、「捕獲」クエストは生け捕りにすることが条件となる。
 この二種類のクエストのうち、後者が難易度の高さに勝るのは自明だ。万が一にも殺してしまったら、捕獲するという勝利条件を満たさなくなり、そのクエストは失敗となる。

amazon:[DVD] ゴア・ゴア・ガールズ  ゲームとしての構造上、勝利条件をクリアすることの難易度は尻上がりに高くなる。だんだんクリアが難しくなるのは当たり前であって。これはモンハンに限ったことではない。
 しかし、難関があるからこそ挑むという逆説的な動機が存在するわけで。困難だからこそをそれを乗り越えられたときは感動するのだ。
 難関を突破することにより達成感を得て、それを積み重ねることで最終的に大いなる充足感を覚える。この点で、難易度と充足感の匙加減において「モンスターハンター」シリーズ作品は絶妙だ。
 このゲームにおける難易度は敵モンスターの「強さ」に拠っている。ゲーム開始直後には強大すぎて手も足も出なかった敵モンスターも、操作に慣れて装備を充実させることで討伐なり捕獲なりできるようになる。
 初見ではひたすら脅威を体現していたティガレックスも、やがては猫がじゃれつくが如くにかわいらしく感じられるように。
 為せば成る。これが実感できる。だからやめられない。困ったものだよ。

 剣と宝石と竜の世界観を持つ「モンスターハンター」シリーズ。けれど、本作は「ドラゴンクエスト」シリーズや「ファイナルファンタジー」シリーズのようなテーブルトーク型のロールプレイングゲームではない(これらの名作シリーズからは十年以上も遠ざかっているので、最近の作品はどのようなシステムになっているかわからないけれど)。ファンタジーの衣装を纏ったアクションゲームである。
 最近のオープンワールド型の一部のそれにおいてはその限りではないけれど、ロールプレイングゲームの多くは戦闘で自分と敵とが交代で意思決定を為す、逐次手番制をシステムにとる。このタイプは、操作とゲーム展開との間にタイムラグがある。
 敵と遭遇し戦闘が始まると、プレイヤーは自分のパーティーのメンバーそれぞれに作戦行動のオーダーを出す。オーダーが受け付けられるとキャラクターは行動を開始するのだが、その順番は各自の素早さとオーダーされた内容に応じたものとなる。
 物理攻撃と魔法攻撃、武装の軽重やキャラクターの種族に起因する身体能力の差、といったことが戦闘フェイズに関係する。プレイヤーはそういう要素を鑑みながらパーティーの陣容や作戦行動を決定する。この醍醐味を特化させたものがシミュレーション型のロールプレイングゲームといえよう。

 一方に逐次手番制の操作方式を持つゲームがあれば、他方にリアルタイムで操作するゲームがある。つまりプレイヤーの操作がダイレクトにゲームに反映する。むしろ割合ではこちらのほうが多数派だろう。
 プレイヤーの操作が即ちゲーム結果に繋がる。リアルタイムで進行するだけに、操作に関しては時に熟考を許さない厳しさがある。
 判断ミスもそうだが操作上のミスがゲーム結果に如実に反映される。つまり、ゲームプレイヤー自身の操作の習熟度が問われるのがアクションゲームである。
 アクションゲームにのみ限るわけではないが、リアルタイムで進行するゲームは遊ぶうえで躓きが付き物。しかし繰り返しプレイすることでコツをつかみ上達するものだ。その果てにゲームクリアがある。
 プレイヤーの分身たるキャラクターの強化がゲームの進行とともに用意されているのがロールプレイングゲームであり、プレイヤー自身が「強くならなければならない」のがアクションゲームである。このように限定してしまうのはいささか乱暴だが、要はゲーム内のパラメータによって「強さ」を担保されるのがロールプレイングゲームであり、それはアクションゲームであっても無縁ではないけれど、ゲームクリアの鍵を握るのはプレイヤー自身の操作である、ということ。
 アクションゲームの「強さ」の本質は、レバーとボタンをいかに操るかにある。

amazon:[DVD] コレクター  アクションゲームとしての本質とは別にして、「モンスターハンター」には蒐集の悦びがある。
 先にクエストの種類に「採集」があると述べたが、このゲームの目標こそ採集にあるといってよい。
 ゲームフィールド内にあって比較的採集の容易なアイテムは勿論のこと、敵モンスターからはその体組織からなる稀少アイテムが得られる。入手困難なアイテムこそが難敵に挑むモチベーションとなる。
 これらのアイテムは武器や防具の生産加工素材となり、現実が概ねそうであるように高いコストはそれに見合った製品を生む。
 狩りにて各種素材を手に入れ、これを武器や防具に加工して装備し、また狩りに出掛ける。そこで新たに加工素材を手に入れて装備を強化し、より強大な敵モンスターに挑む。
 つまり狩猟とは仕入れであり、仕入れたものを加工して次の仕入れに役立てる。完全に自転車操業だが、狩猟に成功すれば懸賞金が手に入る。だからクエストクリアが続けば、ゲーム内における実入りは悪くない。
 ただし、クエストに挑むには諸々のコストがかかるので、 クエストに失敗するとコスト分も回収できないかもしれない。

 狩猟採集に次ぐ狩猟採集は、仕入れと生産加工をひとつの単位とする。このルーティンワークを繰り返すことが「モンスターハンター」というゲームである。
 モンハンが「作業ゲーム」と呼ばれる理由がここにある。
 ゲーム内において資本の増殖運動としてのシステムが完成されており、プレイヤーはその中に組み込まれるのだから、モンハンを遊ばない向きから「社畜」との汚名を着せられるのも一理あるというもの。
 何を好き好んで作業に従事するのか。ゲームを買って時間を割いてルーティンワーク。傍から見ると奇人変人のたぐい。頭がおかしいとしか思えない。
 でも面白いんだよね。
 クエスト云々は別にして作業の最適化を目指すならゲームに終わりはないし、高めた技量を維持するためには勘が鈍らない程度に遊ぶ必要があるだろう。
 そこまでして遊ぶゲームなのか?
 その通り。それだけの魅力があるのが「モンスターハンター」シリーズだ。

amazon:[単行本(ソフトカバー)] モンスターハンター4 公式ガイドブック (カプコンファミ通)  先に、ゲームにおける「強さ」はパラメータに担保されることを述べた。アクションゲームではプレイヤーの操作次第、とも。
 そうはいってもゲームに設定された数値が「強さ」に関係するのも事実。モンハンでも武器や防具、ある種のアイテムがキャラクターの「強さ」に影響を及ぼす。
 武器や防具を装備しアイテムを所持する等、「モンスターハンター」のキャラクターは「強さ」を自分の外部から身につける。
 これが面白い。
 自らを高めて「強さ」を己のうちに積み重ねるのではなく、強くなるために外部から「強さ」を摂取する。この考え方は日本的ではない。術の上達から求道まで意識を発展させてしまう日本式ではなく、あくまで術の修得と割り切る考え方が影響している。
 目的と手段とがいつしか一体となるのが日本的であり東洋的ならば、目的と手段とがはっきりと区別されているのが西洋的か。
 つまり、自分の外部から「強さ」を求めるというモンハンのシステムは、そこに海外ゲームの影響を見ることができる。
 しかし、一方で人類にはカニバリズムの風習がかつてあった。否、現在も世界のどこかではそれが残っているかも。
 敵をたおしてその肉体の一部を自分に取り込むという考え方は正しくカニバリズムのそれであり、これは洋の東西を問わず、世界中にその痕跡を見つけられる。
 見せしめや食欲では括れない、「強さ」への欲求がその行為にはある。敵の「強さ」を自分のものにすることから、この行為には敵に対する敬意さえ窺える。

 たかだかアクションゲームの話題からカニバリズムまで飛躍したのは我ながら驚いた。気の向くままに綴っているとこうなるということの見本だ。
 本当は、外的要因による「強さ」とプレイヤー自身の鍛練による「強さ」が融合するところに奥深さがあるのだ、と申し上げたかったのですよ。なかなかに失敗しましたけど。
 外的要因によって身につけられる「強さ」には性質に違いがあって、だから幾通りもの作戦を立てられるわけで。この懐の深さが試行錯誤の手を休ませてくれない。いや、何かの所為にはできないけどね。
 これだけの魅力に加えて稀少アイテムの蒐集欲求を刺激されては堪らない。遊ぶなというほうが無理!

amazon:[game] モンスターハンター4  ゲーム内で入手できるアイテムがすべて武器や防具の素材となるわけではない。様々な消耗品の原材料となるアイテムもあって、ゲーム中はこれも頭痛の種だ。
 プレイヤーの分身たるキャラクターは四次元ポケットを持っておらず、持ち歩けるアイテムの種類と数には限度がある。これは当然だとして、問題は稀少アイテムを優先してしまうこと。
 狩猟採集を仕入れとして考えると、判断材料となるのは仕入れの単価。コストをかけて仕入れに出ているのだからそれに見合った結果を出さなければならない。貧乏性丸出しのこんな考え方に囚われてしまうと、もういけない。稀少性の低いアイテムをなおざりにしてしまう。
 その結果、攻略に役立ったり必要だったりするアイテムの生産に支障がでる。
 また、在庫としてストックできるアイテムの種類や数にも限度があり、不良在庫を抱えないように在庫調整をする必要がある。
 不良在庫。在庫調整。
 ああ、まただ。資金繰りの苦しい、自転車操業を余儀なくされる零細企業の社長のような愚痴をこぼしてしまった。アクションゲームを取り上げているというのに。さても詮無い詮無い。

amazon:[Blu-ray] 風の谷のナウシカ(1984)  いやァ、モンスターハンターひとつでここまで語れるものだなあ。とはいうものの、どれほどの言葉を連ねたところでモンハンの魅力をどれだけ伝えられるだろうか。否、どうやっても本当のところは伝わらないよ。
 このゲームの魅力は実際に手にとって遊んでもらうしかないわけで。でもって、このゲームを遊戯ではなく作業と感じられるようなら、そういった向きには私が感得しているような魅力はやっぱり伝わらないわけで。
 まるで会員制の秘密倶楽部。閉鎖的でも排他性があるわけでもないけど、愛好家しか楽しめない嫌いはあるよなあ。
 いやはや、全体を通して褒めてるんだかそうじゃないんだかわからない記事の内容になっちゃったけれど、喜びも苦しみもじっくりと味わえるのが「モンスターハンター」というゲームなんだよねえ。
 いやホント、全然纏まらないけどこれにて終わり。
 さあ、狩りだ!

英雄はここにいる | HOME | ワタライケンヤの弁明

Comments:0

Comment Form

Trackbacks:0

TrackBack URL for this entry
http://mescalinedrive.com/mt-tb.cgi/208
Listed below are links to weblogs that reference
虫めづる狩人 from MESCALINE DRIVE

Home > 虫めづる狩人

Feeds
blogram投票ボタン フィードメーター - MESCALINE DRIVE 人気ブログランキングへ
Message
Visitor

Return to page top