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六月はメフィストフェレス

 先月は第二週の土曜日と日曜日に、本格ミステリ大賞関連のイベントが催された。私は16日のトークショー&サイン会に足を運んだ。
 第13回を数える本格ミステリ大賞。その記念イベントの会場となったのは有隣堂書店伊勢佐木町本店別館。横浜である。
 本のイベント、本を買うために東京を飛び出す事実に思いをめぐらせる。ウン、自分のことながらアホかもしれん。
 小雨模様の日曜日。心配したのは、せっかく買った本が雨に濡れること。無駄遣いとか衝動買いとかの懸念はなかった。そうなるだろうことは織り込み済みだった。
 魅力的な本が積み上げられていて、しかも作者本人がサインを入れてくれる。こりゃもう買うしかあるまい?

amazon:[単行本] 密室蒐集家 (ミステリー・リーグ)  本格ミステリ大賞とは、本格ミステリ作家クラブが主催する文学賞だ。公式サイトに掲載の有栖川有栖氏による「(本格ミステリ作家クラブ)設立に寄せて」にあるように、「本格ミステリと呼ぶべき小説の、さらなるジャンル的発展を目指し」て創設された。既存の文学賞とは一線を画した、「本格ミステリとしての評価を第一義にし」ている点に意義があるといえよう。
 本格ミステリのジャンル的発展を目指しているので、この文学賞は小説部門だけでなく評論・研究部門を設けている。毎年、それぞれに最優秀作品を選出し、表彰している。その選考は、あらかじめ選定された候補作をすべて読んだ本格ミステリ作家クラブ会員による投票で決まる。候補作の選定は、会員のアンケートをもとにして決められる。大賞を決定する投票権だが、「候補作をすべて読んだ会員による投票」とあるように、会員だからと無条件に与えられるわけではない。まず候補作を読まなければならず、投票に際しては選評を付けなければならない。ちなみに選評は後に発表されるので、投票者は書き手としてだけではなく読み手としての器量をも公にすることとなる。
 記名投票であるだけに、その行為には責任が生じる。年ごとに、また、部門ごとに有効投票数が異なるのも宜なるかな。
 今年の受賞作品は、小説部門が大山誠一郎氏の『密室蒐集家』、評論・研究部門は福井健太氏の『本格ミステリ鑑賞術』が、それぞれ栄冠に輝いた。

 大山誠一郎氏と福井健太氏。同年代の二人は、大学時代をミステリ研究会に所属するという共通点がある。むしろ特筆すべきは、意中のミステリ研究会に入るために進学先を決めたという点だ。
 トークショーは、芦辺拓氏の司会で進行。受賞者である大山誠一郎氏と福井健太氏のほかに、選考者の山田正紀氏と太田忠司氏と鳥飼否宇氏がテーブルにつく。
 居並ぶベテラン作家、前には大勢の一般読者。出版関係者も見守るなか、緊張するのはやむを得ないところだが、さて、受賞者ふたりの様子はどうだろうか?

 ここからトークショーの模様を自分なりに纏めてみる。
 敬称は「先生」と呼ばれることを嫌う方もおられるので、参加された作家については「氏」で統一する。
 発言内容については、ICレコーダー等の記録媒体に頼らずに纏めるため、実際の発言とは異なる可能性があること、私というフィルターを通して再構成されることをあらかじめ了承いただきたい。
 だから、読んでいてお気を悪くされたなら、それは発言者にその責を求めるのではなく、すべての責任は私サテヒデオに帰するものとご承知くださいませ。

amazon:[単行本] 本格ミステリ鑑賞術 (キイ・ライブラリー)  大山誠一郎氏の『密室蒐集家』を推した太田忠司氏がマイクを握って曰わく、「密室」はミステリ好きにとって一番美味しい食べ物。短編ミステリでは、人物像の説明にページを割かれるものだけれど、『密室蒐集家』収録の諸作品にはそれが為されてない。この潔さがイイ。収録作品の中では「理由ありの密室」がとびきりにイイ!
 福井健太氏の『本格ミステリ鑑賞術』については、これが簡単に評価を下せるものではなくて。そもそもミステリのレビューや評論は難しい。ミステリとは読者に謎解きを楽しんでもらうジャンルだけに、その興味をそぐようなことを作品の外ですべきではない。つまり、ミステリに関してネタを割る行為は、これを控えることが不文律となっている。
 笑い話にこういうものがある。古本屋でミステリを買ったら、本を開いてまず最初に登場人物名が列記されているページがあり、ある人物名のところに「こいつが犯人」とボールペンで書かれていた。
 ことの真偽はともかく、最悪なかたちでネタを割られた人物はその後どうしただろう? 私ならその本を壁に投げつけるね。世の中を呪うね。
 私自身の経験を挙げると、朝松健の『私闘学園』を読んでいたところ目に飛び込んきたのは、横溝正史『本陣殺人事件』の犯人を告げる台詞。島本和彦的な熱血学園格闘技小説を読んでいるはずなのに、日本家屋を舞台にした密室ミステリの傑作、日本ミステリ史に燦然と輝く金字塔における犯人の正体をサラッと明かされてしまう。それはもう無頓着に!
 ずいぶんと昔のことだけれど、今もこうして覚えている。ああ、そうだ。「SAW」を観る前に某巨大掲示板で、ジグソウの正体が明かされているのを目にしたこともある。このときもガックリきたものだ。実際に映画館で観たときにはネタを割られたことなど頭から消え去っていたけど。それくらいに夢中になっていた。
 このように、情報の取り扱いには細心の注意が必要なのだ、ミステリという文芸ジャンルは。
 その一方で評論は、作品を細部にわたって腑分けし、その構成要素を必要に応じて詳らかにしなければ、行為として成立しない。
 情報の秘匿性は、ミステリが構造的に持つ、評論行為への障壁。しかし、福井健太氏はこれをやすやすと乗り越えた。この点に拘泥するのではなく、ネタを割ることで作品の持つ面白さを思うまま解説することに成功している。山田正紀氏は、「ネタを割ってはいるけれど、個別の作品についてディテールを云々するのではなく、ミステリの成り立ちや、このジャンルの持つ小説としての特殊性を俎上にのせている」というようなことを語って、受賞作品を称賛した。ミステリの魅力は「謎解き」のひとつにあるわけではなく、だから「謎解き」に関してそんなに気にならない向きには受け入れられるだろう、と。
 ミステリの魅力に関しては、先ほど引用した、本格ミステリ作家クラブ公式サイトの「設立に寄せて」から有栖川有栖氏の言葉を再び敷衍させていただくと、「その答えは、ミステリファンの数だけ存在するはず」。つまり、「名探偵と名犯人の知的闘争を描いた謎解き」が魅力であるとか、「犯罪が論理的に解明されるプロセス」に魅力があるとか、「何らかの形のトリックが仕掛けられ」ていることの魅力であるとか。だから、ネタを割られたからと、その一点で『本格ミステリ鑑賞術』を低く評価するのにはあたらない。
 ただし、著者本人が語るところによると、初版の帯には「初心者向け」とあって、これについて綾辻行人氏から「ネタを割っているのだから、初心者向けとするのはちょっと違うんじゃない?」というようなお言葉を頂戴した、と。さすがに初心者相手にネタを割るのは如何なものか。これはこれで納得である。

amazon:[雑誌] 週刊文春臨時増刊 東西ミステリー ベスト100 2013年 1/4号  今回の受賞者は同年代ということで、その読書遍歴も重なるところが多くて。小中学生の頃は学校等の図書館で面白い本を探してこれを読んだというのは、聴衆の多くが自分に重なるところだったろう。この頃の読書傾向は雑多で、ミステリに限らずSFも多く読んだとのこと。
 我が身を振り返ると、「面白い」が唯一の選択基準だったので特にミステリに拘ってなかった。でも、面白い本、好きなタイプを追ってゆくと、自然とミステリに手をのばしていたなあ。まあ、「マガーク少年探偵団」で読書の愉悦に覚醒した経緯があるだけに、ね。
 今回の小説部門受賞作品、「密室蒐集家」の設定において「土地の流浪者」というSF的なものを選んだのは、小松左京や光瀬龍を愛読していたという大山誠一郎氏の読書体験からの決定とのこと。
 読書生活における座右の書であったと二人が二人ともに挙げたのが、文藝春秋社の『東西ミステリー ベスト100』だ。大山誠一郎氏は、高校一年生から本書に紹介されているミステリを全部読んでやると決めたのだそうだ。福井健太氏は、常に三冊ほど手元に置いていたそうだ。
 1986年刊行の本書は、本格一辺倒ではなく社会派やハードボイルド、冒険小説まで網羅するガイドブックとして優れていると高く評価。反面、昨年に出た新版『東西ミステリー ベスト100』は「イギリスの作品が全滅」、「日本の冒険小説が減りすぎ」と辛口評価の福井健太氏。それでも、『東西ミステリー ベスト100』に自分の原稿が載ったことは嬉しい、と。
 読書生活の指標であり、ジャンル読者としての里程標ともなった『東西ミステリー ベスト100』の話題が出たことから、司会者に「オススメのブックガイドは?」と振られて、福井健太氏は「自由国民社の総解説シリーズ」と答え、大山誠一郎氏は「こまめに本屋へ足を運ぶ」と。ブックガイドの紹介ではなくなっているけど、本屋での予想だにしない出会いというのも嬉しいものだ。「へえ、こんな本が出てたんだ」って。それはともかくとして、福井健太氏紹介の自由国民社の総解説シリーズは、ミステリに限らず、面白い本と出会うきっかけとなってくれるらしい。

amazon:[文庫] 改訂・受験殺人事件 (創元推理文庫)  それぞれ大学進学に際して、意中のミステリ研究会に入ることを目標とした二人。大山誠一郎氏は、新本格ミステリの旗手を多数輩出した京都大学推理小説研究会に憧れて、その一員になるために京都大学に進学。福井健太氏はワセダミステリクラブを目指して早稲田大学に入学した。ミステリへの情熱が、彼らをして難関大学の入学試験を突破せしめたのだ。
 二人はもともと学業優秀だったのだろうが、この点にはあえて目を背けて、そのうえ彼らの言葉の都合のよいところだけを抽出すると、結論として「ミステリのおかげで志望大学に合格しました!」となる。なにが結論なんだか。もはや「そんなこと誰も云ってない」レベルの改変が施されているけれど、これもミステリ振興のため。どんなに姑息な手段を用いようと、まずは実際に本を読んでもらわなければ!
 この文言に騙されて受験対策にミステリを手に取る十代の少年少女。ミステリの傑作は、無垢なる魂を惑わせ、人生の岐路に立つ者の耳元で甘くメフィストフェレスの如し。試験勉強を中断しての読書はただでさえ面白いのに、それが傑作ミステリとなるとどうなっちゃう? 一気呵成だね。一気呵成に読んでしまうね。気付けば朝だね。
 机の上に広げられたノートの白さが眩しくて、全然勉強してないことを意識の外に追いやって、そして少年少女は思うのだ。「本が面白かったので、勝ちか負けかでいったら勝ち!」と。彼らとて本当はわかっている、いろいろと負けていることを。それを認めたくない若さが自らに負け惜しみを吐き出させたことを。
 若いって愚かしい。でも、若いって素晴らしい!

 長々と受験生を陥れるハナシを書いてきたが、ハッと気づく。誰もこんなこと話してない!
 与太話はこれくらいにして、大学進学後の二人を追ってみる。
 追ってみるけど、それは次回の記事で。ちょっと長くなりすぎた。イベント内容とは無関係なことを書き綴って、それが大半を占めるというのは駄目だろう。その自覚はあるけれど、もう書いちゃったものは仕方ない。
 このところブログの更新頻度が低くなっているので回数を稼ぐために二回に分けただなんて邪推されませんようにお願いします。それは大きな間違いです。そんなことないですホントに。
 ということなので、第13回本格ミステリ大賞記念イベントについては次回更新の記事に続きます。最近こんなのばっかりだ。

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