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我が家

「ドリームハウス」を観た。
 主演はダニエル・クレイグ。権謀術数の世界を生き抜く男の代表格、ジェームズ・ボンドを演じて世界に広く知られるようになった彼が、本作では良き家庭人の顔を見せる。その妻を演じるのはレイチェル・ワイズ。本作での共演が縁で、二人は結婚する。
 近所の住人にナオミ・ワッツ。個人的に、ハリウッド版「リング」のヒロインとしてのイメージが強い。
 イメージといえば、登場するだけで役柄の背景を観客にあれこれと想像させる俳優、イライアス・コティーズも出演している。この曲者俳優は、冒頭にチラリと顔を見せた後、次にはなかなか姿を見せないのだが、彼がただの通りすがりで終わるわけがない。どのような役回りなのだろう? あまり良い身なりではないことから、悪役モードかしら? いやいや、そう思わせておいて実は違うというミスディレクションかも?
 この時点で、既に術中に陥っている。見事に絡め捕られているではないか。

amazon:[Blu-ray] ドリームハウス  幽霊屋敷を題材にしたホラー作品を取り上げる際に、これまでにも何度か引用してきたのが、ホラーの帝王たるスティーヴン・キングの金言、「幽霊屋敷に遭遇する本当の恐ろしさは、それによって生活の場を喪い経済的に逼迫することにある」だ。
 一般市民にとって住宅の購入は、人生の一大事業である。何十年にもわたるローンを組んで、これを返済するために働き続ける。終の住処を手に入れるとともに、借金返済の日々が始まるのだ。
 それは辛く苦しい歳月となるだろうことは否定しない。しかし、そうやって手に入れたのは我が家。ここでの生活は、楽しいこともそうでないことも家族のものとして受け入れる。その覚悟なくては住宅購入など踏み切れられない。
 生活の基盤たる住居に幽霊が出る。それ自体は怪奇現象であるものの、生活に支障がなければ、そこには隣人トラブルほどの深刻さはない。たまに存在を主張する同居人のようなもので、介護を要する身内を抱えるよりよっぽど気楽だ。ただし、共存が難しいとなれば話は別。その悪影響は自分ひとりだけにとどまらず、家族にまで及ぶことも。
 そもそも家に取り憑いているのが悪霊ならば、それを放っておくと取り殺されそうだ。こうなると愛しの我が家なんていってられない。
 命の危険が迫っていると明らかになればともかく、何の確証もなく家を手放すことはできない。簡単に転居できるほど身軽ならよいが、これが家族のある身となると難しい。一世一代の買い物をささいなことで捨てるなんて、普通に考えるとできない相談だ。第一、先立つものがない。
 ウィル・エイテンテンの物語では、有能な編集者が作家へ転身するべく退職する。これに先立って、ウィルはニューヨーク郊外に家を購入し、愛する妻(リビー)とかわいい娘二人(トリッシュ、ディディ)との一家四人で新生活を始めたばかり。
 新居には前の住人が残した背くらべの痕跡がある。高い位置に印があるのは「B」、低い位置に印があるのは「K」と、それぞれ年月日とともに残っている。最新のものは約五年前を示している。これを見付けたリビーは、他人の子の成長の跡ではあるが、どうしても消す気分になれないという。
 ある夜、夫婦の寝室にディディが駆け込んできた。窓の外に知らない男が立っているという。
 他日、物音に目覚めたウィルが音の発生源を探して地下室に降りると、若者たちが儀式めいた集いを開いている。家主の登場に驚いて走り去る若者のうち、逃げ遅れたひとりを捕まえて事情を尋ねる。尋ねられた方こそ驚いた。オッサン、この家に住みついていながら、過去に起きた事件を知らないのか?
 かつて、この家には四人家族が住んでいた。その主人、ピーター・ウォードは、ある夜、妻子を次々に銃殺し、自らは瀕死の妻に撃たれたということだ。
 これにはさすがに驚いた。人に歴史があるように建物にも歴史があるものだが、まさかこの家にそんな過去があるとは。向かいのパターソン宅がセキュリティーのサービスに加入しているのは、この家に起きた惨劇がきっかけとなったのだろう。
 あの夜、ディディが見た男。そして地面に残る足跡は、誰かが家の中を窺っていたかのように思われる。この家を監視するかのような行動があるとするならば、それは誰だ?
 生き残ったといわれるピーター・ウォードなのか? これについて警察に直談判をしても、軽くあしらわれるだけ。どうにも頼りにならない。
 妻子に心配をかけまいとするが、ウィル自身、不安を募らせるのだった。

 さて、本作を語るのに、私はネタを割らずにはそれをなし得ない。
 ネタが明かされたところで、本作の魅力が全くなくなるというわけではないけれど、作中の大仕掛けを知らずに観るにこしたことはない。何も知らずに観ると、想像以上の驚きを味わえるだろう。
 これから、「ドリームハウス」について内容を詳らかにする。ある程度までネタを割り結末を明かす。
 全く知りたくないという向きは、このまま「戻る」をクリック。観賞後の再訪をお待ちいたします。

 ウィル・エイテンテンの物語は、幽霊屋敷ホラーの条件を満たしている。
 作家を目指して職を辞した男。その直前には一軒家を買っている。失職と住宅購入、男としては再出発の剣ヶ峰に立つ覚悟を示したのだろうが、安定した収入はたたれ、大きな金額の支出があったとなれば、家計は厳しいものにならざるを得ない。つまり、「経済的逼迫」だ。
 そこに脅威が現れる。
 我が家の平和を脅かすものとしてウィルが認識するのは、この家の幽霊といえるピーター・ウォード。愛妻エリザベスと愛娘のベアトリスとキャサリン、家族全員が死んでしまったのに、手を下した当人はそれもわからなくなってしまった。それでいてこの家に拘るというのなら、それは地縛霊も同じだ。家族を守るため、ウィル・エイテンテンはピーター・ウォードの居場所を突き止めて、完全なる決着をつけなければならない。
 幽霊屋敷の物語にしてはそれらしき描写に乏しい。一家皆殺しのかたちで表れた悪魔崇拝だの、過去の因縁だのが語られるかと思いきや、そんな展開はまるでなくて幽霊出現の気配すら感じられないし、まして子どもたちと死者との危険な交流も描かれない。
 中盤、娘たちの姿が見えず、リビーが家中を探しまわる。その後、夫婦は子ども部屋に通じる一室に、ままごとに興じるトリッシュとディディを発見。この場面では、幼い二人が遊んでいたのが亡くなった子どもたちの玩具であることが示されて、胸に嫌な気分が広がった。ただし、嫌な気分になっただけで、これはこれで別段に怖く感じたわけではない。これからどんどん怖くなるのかな、なんて期待したのだが、話はウィルのピーター追跡にシフトしてしまって。
 アレ、見当違いだったかな?
 邦題が「ドリームハウス」であり、ジャンル作品の条件が揃っていることから、本作は幽霊屋敷のホラー作品だと思っていたのだが、これは完全に勘違いだったのかもしれない。
 疑問符を頭上に浮かべながら展開を追うと、衝撃の内容が。ピーター・ウォードの正体が明かされるのだが、これが想像もしない人物だった!

 いよいよだ。このときがきた。
 本作のキモ、大仕掛けについてその種を明かす。幽霊屋敷の住人の名前を告げる。ピーター・ウォードがどんな人物なのか、その正体を暴く。
 だから、再度の警告だ。
 ここまで読んできて、「やっぱりアレだな、この先は観てから読むことにしよう」という向きは、今度こそ「戻る」をクリック!

 事件以降、心神耗弱状態にあったピーター・ウォードは精神病院に入院していたのだが、最近になって症状がおさまったものか、軽度の患者を収容する施設に転院したとのこと。この記事を新聞で読んだウィルは、自ら足を運んでピーターと接触しようとする。
 ピーターの居室に忍び込むと、そこには自宅にあるはずの写真が。リビーとトリッシュ、ディディが笑って写っている写真だ。なぜこんな所にある? そこへ部屋に現れた見知らぬ男。すわピーター・ウォードかと怒鳴りつけると、男は戸惑いながらもピーター・ウォードとは同室というだけで別人だと答える。
 この件で「外敵」ピーター・ウォードの脅威をウィルは実感した。ピーターについて聞き込もうと、向かいのパターソン家の母娘に尋ねると、どことなく様子がおかしい。考えてみれば、惨たらしい殺人事件が目と鼻の先で起きたのだ。その衝撃はいかばかりだろう。振り返りたくないのということも理解できる。
 ウィルはピーター・ウォードを追いつめるべく、彼が事件後に収容されたグリーンヘヴン精神医療施設を訪れる。この施設では患者の様子をビデオ撮影しており、ウィルはピーター・ウォードの入院中の様子を撮したそれを見せてもらう。
 映像のなかにアン・パターソンの姿があり、彼女がピーター・ウォードと会話を交わすところを目の当たりにして、ウィルは興奮する。ピーター・ウォードとアン・パターソンには何かしらの関係があった。彼女はそれを隠していた! これは何か事情がありそうだ。
 ピーター・ウォード追跡の糸口をつかんだと意気込むウィルに、医師はひとつの事実を突きつける。「以前にも君に見せた映像だ」と前置きして再生したビデオ映像には、五年前のピーター・ウォードが映っている。それまでに見てきた映像では明瞭に撮れていなかった顔が、この映像では目鼻立ちまではっきりと。
 この顔は知っている。いや、知っているどころではない!
 医師がいうには、妻子の死という事実、それを己が手で為したということを受け入れられず、ピーター・ウォードは名前を捨てて、新たな人格を生み出した。医師がウィルに差し出したビニール片には番号がふってあり、それは「W1-1L 8-10-10」と。
「ウィル・エイテンテン」
 それはピーター・ウォードが自分に付けた新たな名前。「W1-1L」がウィル、「8-10-10」がエイテンテンとなった。
 ピーター・ウォードは自分だ。

amazon:[DVD] エンゼル・ハート  残酷にして圧倒的なまでの事実に打ちのめされて施設を立ち去ろうとするウィルの前に見知った顔が。出版社を去る自分に楽しくも盛大に見送ってくれた同僚たち。彼らもまたここの患者なのだ。思い返すと、ピーター・ウォードを捜す自分を見る周囲の目はどこか冷ややかで、対応には投げやりなところがあった。それも今となっては頷ける。探偵こそが尋ね人なのだから。「鏡を見ろ」という話だ。
 ウィル・エイテンテンを名乗るピーター・ウォードが普通の精神状態にないのはすぐにも理解できる。三人も家族を殺しておいて心神耗弱を理由に刑に服さず、五年で娑婆に戻ってきた男。こんな奴にかかわったところで損はあっても得はない。殺されでもしたらとんだ大馬鹿野郎だ。当たり障りのない対応に終始するべし。そんなところだろう。
 ピーター・ウォードの自室にリビーたち家族の写真があったのも道理。リビーたちこそピーター・ウォードの家族なのだ。だから家族写真を持っていた。
 トリッシュもディディもリビーも愛称。トリッシュの本名はベアトリス。ディディは、キャサリンの愛称のケイティを幼いベアトリスがティティと呼び、それが転じてディディとなった。そしてリビーはエリザベス。この三人は、五年前の殺人被害者だ。
 かくして、ウィル・エイテンテンの物語は現実に侵蝕され、崩壊の危機を迎えた。ウィルの前に姿を現す妻子。これは狂った頭が見させた幻影か、それとも本当に幽霊なのだろうか。

 パターソン家はウォード家と家族ぐるみの付き合いがあった。アンとリビーは親友。彼女らの娘たちも仲が良くて。
 だから、五年前の事件にアンとクロエは衝撃を受けた。この事件をきっかけに、アンは防犯設備を自宅に導入した。
 そこにピーター・ウォードが戻ってきた。アンはグリーンヘヴンまで「親友の夫」の面会に出向いていたが、彼の様子がその頃とは違う。そもそもが自分をウィル・エイテンテンと名乗っているくらいだ。
 しかも、妻子があるかのような口ぶり。彼が語る妻子というのは、五年前に喪ったはずのエリザベスたち。この男は正気を失っているのか、それとも家族の幽霊と暮らしているのか。
 先だってウィルがパターソン宅を訪ねた際、アンの対応にぎこちなさを覚えたのには、ちゃんと理由があったのだ。

 リビーとトリッシュとディディ。彼女らはピーター・ウォードの病んだ内面世界に住まう幻影か? それとも超自然の存在たる幽霊なのか?
 己を見失うくらいに自我の窮地に立つピーター・ウォード。彼の精神状態を思えば、愛する家族をウィル・エイテンテンの名のもとに復活させたのだろうと考えられる。やはり彼の意識は現実世界に生きていないのか。
 いや、待て。
 彼女らがウィル・エイテンテンことピーター・ウォードの内面にしか存在しないのなら、彼が睡眠等の意識を失っている間は姿を現さないのでは?
 また、彼女らがピーター・ウォードの内面世界にのみ存在するのなら、現実世界のどこにいようとウィル・エイテンテンの前に現れるはずだ。いつも家族とともにいられるというのなら、ウィルがあの家に拘る理由はない。それでは、あの家でしか会えないのだとしたら?
 それは幻影ではなく幽霊なのではないのか?
 土地に、建物に結び付いた幽霊を地縛霊という。リビーとトリッシュ、ディディは地縛霊なのだ。夫を、父親を想い、その帰りを一途に待っていた。自分たちを殺した男、その男に保険金目当ての妻殺しを託した人物については、怨みを抱くだとか呪い殺すだとかをするつもりはなく、ただひたすらに愛する人の無事を願う。
 ああ、本作は幽霊を取り扱ってはいるが、それは「優しい幽霊」なのだ。

 さて、「本作のネタを割る」と前述したものの、すべてを明かすほどの人非人ではない。すべてを曝け出すほどに豪胆でもない。
 ここで秘匿するのは、五年前の事件の真相だ。既に少しだけ触れてはいるけれど、肝心なところは明かしてない。
 本作について興味を持たれた向きは、ぜひとも「ドリームハウス」を観てほしい。後悔はさせない。

 念願だった自著の上梓。本屋の店頭に並べられた夢の結晶に視線を注ぐ主人公。その顔に喜色は窺えない。喪失感すら漂わせて。
 エンドクレジットを眺めながら思い至る。本作はピーター・ウォードの社会復帰を描いたものなのだ、と。
 妻子を殺害し、精神を病んだ者として社会から隔離されたピーター・ウォード。彼の汚名を濯ぎ名誉を挽回することを、登場するキャラクターの誰が企んだわけではないが、そのような帰結へと物語は導かれる。リビーたちのピーターへの想いが結実したかのように。
 壊れたピーター・ウォードを修復するには、上書きされたウィル・エイテンテンを消去しなければならない。それにはウィル・エイテンテンの「真実」を破壊しなければ。グリーンヘヴン精神医療施設における医師からの事実の提示は、「彼」の自己同一性に強烈なパンチを食らわせた。
 次は五年前の事件だ。家族への愛情と事件の真相とされている事柄との乖離があまりにも大きくて、だからピーター・ウォードは同一性を保てなかったといえる。自分の心のどこを探しても妻と娘たちへの殺意が見つからないのだ。
 それも当たり前。事件には真犯人がいて、殺害計画に狂いが生じたものだから結果として完全犯罪が成立してしまった。
 真犯人による自供があって、それを証言してくれる人物を得て、ようやくピーター・ウォードの名誉は回復した。そのかわり に彼が喪ったのは家族、我が家。
 ウィル・エイテンテンの「真実」は悪党たちとともに焼失した。九死に一生を得る体験を通して、ピーター・ウォードは通過儀礼を経たといえよう。本作を振り返ると、「分離・移行・再統合」のプロセスが成立していることに気付く。「ウィル・エイテンテン」とはピーター・ウォードの繭だったのだ。
 望まぬままに大人にさせられて、子どもの頃を愛おしく振り返るのも無理はない。彼は自分を取り戻すと同時に大人になって、自著を上梓するとこれが話題となり、社会的な成功をつかみつつある。けれど、喪ったものの大きさに、それを簡単には諦められない。
 本作はピーター・ウォードの社会復帰するまでの経緯を描いてはいるものの、果たしてピーター・ウォードとして生きるのとウィル・エイテンテンでのそれ、果たしてどちらが彼にとって幸せだったのだろうか?

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ドリームハウス from 象のロケット 2013-06-02 (日) 09:35
仕事人間だったウィルは、会社を辞めてニューヨーク郊外にマイホームを購入。 今後は小説家へ転身し、妻リリーや二人の娘たちとの時間を大切にするつもりだった。 ...

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