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父、帰る?

amazon:[Blu-ray] ウィンターズ・ボーン スペシャル・エディション 「ウィンターズ・ボーン」を観た。
 主演は「ボディ・ハント」公開中のジェニファー・ローレンス。彼女がまだ巨大化する前の姿を拝める貴重な作品だ。
 森を背負ったかっこうの家。そのまわりで遊ぶ腕白盛りの少年と幼い少女。十二歳と六歳の弟妹の世話をするのは彼らの姉。リー・ドリーは疲れていた。母親は心を病んで廃人同然。ちょっとした家事さえも任せられない。父親は麻薬精製の腕こそ確かだが、それだから警察に捕まって。同年代の子がそうであるように私も高校に通いたいけれど、状況がそれを許してくれない。家族を支えなければならない。
 そうはいっても十七歳の少女にできることは多くない。当たり前だがリーには経済力がない。養えなくなった馬を手放し、隣家の好意に甘えて糊口を凌ぐ日々。このような生活から抜け出すには金だ。金が必要だ。父親は当てにならない。自分が稼ぐしかない。働き口を見つけなければならない。リーの目標は軍隊に入ること。軍隊に入れば、まとまった金を手に入れられると聞いた。特に資格を持っているわけでもない十代の少女を雇ってくれて、しかも倒産の心配がない。願ったり叶ったりだ。
 ある日、保安官が家を訪ねてきた。父親が保釈金を支払って娑婆に出ているという。保安官が云うには、その際にジェサップ・ドリーは自宅と森とを担保に保釈金を捻出。裁判の出廷日がすぐそこに迫っているのだが、もしこれにジェサップが従わなければドリー家はその地所を失ってしまうし、立ち退かなければならなくなる。
 寝耳に水とはこのことだ。たった今聞いたことの何もかもが初耳だ。父親の近況はともかくも、家を追い出される? 考えられないあり得ない。そんなことになったら母もソニーもアシュリーも守れなくなる。
 リー・ドリーは決意する。父を捜す、絶対に捜し出す。

 ニューヨーク。ボストン。ロサンゼルス。シカゴ。ラスベガス。
 華やかなりし景観とそこでの生活。そこに住む者とそこを訪れる者とに「ここが世界の中心だ!」と確信させるのも当然の巨大都市。多くの映画やドラマで舞台となる摩天楼は、しかしそこだけがアメリカ合衆国のすべてを表しているわけではない。本作に見られる、粗野で閉塞感に満ちた田舎町もまたアメリカ合衆国の一部である。実際のところ、このような地域は少なくない。
 環境の荒廃は人心に影響を及ぼす。人心が荒廃すると、それは環境に影響を与える。卵が先か鶏が先か定かではないが、人と環境とは相互に影響し合うものだ。リー・ドリーを取り巻く環境はどう転がったものか、現時点で最悪といえる。それは家庭環境にのみ原因を求められるものではなく、この地域全体が彼女に苦労を強いているのであり、しかし畢竟は家庭内の問題に帰結する。問題の中心にはリーの父親がいる。
 冒頭に提示されるドリー家の日常にジェサップの居場所は見当たらない。そこにあるのは十七歳の少女が大黒柱として一家を切り盛りする姿だ。この家では、ジュサップの不在が当然のこととして受け入れられている。そのような心情になるまでには様々な出来事と葛藤があっただろう。それを経ての日常だというのに、今更になってジェサップを必要としなければならないとは。
 家族を守るために家庭を壊した男を捜さなければならない。しかも日々の生活をつつがなく送りつつ。学校にも通わず遊びもせず、かといって働けもせずに家事と父親の捜索。頼りにできる友人といえばただひとり。その友人も乳飲み子を抱えていて、その状況で手一杯。べったりと甘えられない。そもそもが十七歳の少女に背負いきれる問題ではないのだ。しかし「自分がやらなければ誰が代わりに背負ってくれる?」との思いは強く、それがリーの原動力となっている。

 まず伯父に会う。ティアドロップはドリー一族を象徴する男だ。つまり、合衆国の法律より自分のルールに忠実ということ。この男は弟のしでかした不始末それ自体には眉ひとつ動かさない。男なら自分の尻は自分で拭くべきだし、今更どうでもいいことだ。それでも姪が困っているというなら助言しないでもない。ティアドロップはリーに、父親の捜索はするな、差し押さえられる前に木を伐採して売れ、と告げる。
 伯父の態度もそうだが、何かおかしい。リーがジュサップを捜すことを誰もが歓迎してないような。
 もしかして、父親は死んでる?
 だから探すな、と?
 もし死んでいたとしても、それを悲しんだり悼んだりする暇はない。死んだなら死んだで死体を見つけ出して届け出る。法廷に出られなかったのは死んでいたから、と訴えなければ、この寒空に一家四人が路頭に迷うことになる。まず優先されるべきは死者より生者だ。
 父親が死んでるとなると周囲の視線の意味が理解できる。ジェサップ・ドリーの死はいわば公然の秘密なのだ。ならば、そこには警察沙汰にしないという、地域としての意思ががあるに違いない。ジェサップが死んでいるとして、その死がそこまで秘匿されるならそれは自然死ではあるまい。事故死、もしくは殺人だろう。
 ジェサップは、ただヘマをしでかしたのではない。己が命を代償にしなければならない"罪"を犯したのではないか。大きなペナルティーを科せられるほどのルール違反を犯したのではないか。それならば死んでしまったこと、殺されたことをどうこういうつもりはない。殺人者を責め立てることはしない。ただし、死の証拠は、絶対にこれを手に入れなければ!
 地域住民の多くが秘密を共有し、それを口外しないというのは、ルールに強制力があるのみならず執行者に力があることを示している。このことから、ジェサップの死には地域の実力者が関与しているに違いない。
 そういうことならばサンプ・ミルトンだ。

 孫娘すら逆鱗に触れることを恐れるのは、"西部の男"を思わせる、固い意思を相貌に刻んだ老人。サンプ・ミルトンの名前は、「恐怖」とラベルのついた棚に並んでいて、厳重に保管されている。ミルトン家の者はこの暴君の機嫌を損ねないように、彼の気を散らす些細なな事柄の排除に努める。そこにジェサップ・ドリーの娘が拝謁を申し出て、それが叶うなんてことは絶対にあり得ない。
 サンプ・ミルトンを知る者は、その実体を知るほどに彼を恐れる。それは公権力よりも。サンプ・ミルトンに逆らえるのはイカレた一家の人間くらいのものだ。
 どんなに恐ろしい存在だとしても、目的を達成するためには手段を選んでいられない状況がリーにはある。人事を尽くして天命を待つ。それがたとえ自分の死を招くとしても!
 リーの覚悟はしかし彼女が思うほどに十分ではなかった。サンプ・ミルトンに直接ぶつかろうとして叶わず、家を訪ねたらそのことでミルトンの女性陣から私刑を受ける(この家の男は、女に手をあげることをひどく厭うらしい)。その場で殺すことも辞さないと告げられて、自分が父親と同じように不始末をしでかしたことを少女は自覚する。もう後戻りできない。
 そこにサンプ・ミルトンが息子を引き連れて登場。この男の裁定次第でリーは殺されるかもしれない。ここではじめてリーは心のうちを吐き出す。
 自分の与り知らぬところで人生にかかわる重大事を決められて、それに唯々諾々と従うならばその結果として一家四人が家を追い出されてしまう。自分だけならまだしも病んだ母親と幼い弟妹までもが路頭に迷ってしまう。そんなこと許せるはずがない。父親が消えたとしても、それはそれで受け入れられる。稼ぎ手を失ってもそれだけで死ぬことはない。生活能力に乏しい自分たちでも家さえあれば家族の絆は守れる、生きてゆける。でも、家を失ったら家族はバラバラになって終わってしまう。父親が死んだとか殺されたとかはどうでもいい。残った家族で平穏に暮らしたい。ただそれだけだ。
 絶体絶命の危機に、誰ひとりとして味方のいない状況で少女は叫び、その言葉にはドリー家の凄みがこもる。そして招かれざる客が訪れる。ジェサップの兄、ティアドロップだ。ミルトン家の人間に緊張が走る。荒くれ者という点ならドリーの人間は筋金入りだ。懲役食らうことを何とも思わない。対応次第ではとんでもないことになるだろう。
 ティアドロップは姪を引き取りに来ただけ。であるならば、リーにせよティアドロップにせよミルトンに仇なすつもりがないということ。目的を果たすほかに何も求めてない。その目的というのも第三者を陥れたり被害を与えたりするものではない。父親の死の証拠を寄越せ、姪を返せ。どちらもシンプルだ。
 リーは解放されてティアドロップの要求は通った。しかし、リーの目的は果たされてない。ミルトンの家人は、ドリー家の人間の厄介なことを改めて実感することになる。

 共同体が生きてゆくにあたっては、その構成員が守らなければならないルールが存在する。そのルールは明文化された法律とは限らない。時に法律より拘束力の強いルールが存在し、掟に背けば処刑されることも。法律には逆らうドリー家の人間も掟に背くことはなかった。これまでは。
 ジェサップは生業としていたことにより逮捕された。ジェサップは法律を犯すことの禁忌を感じないドリー家の男だが、懲役の恐怖に耐えられなくなって掟に背いた。密告したのだ。
 ジェサップの密告はたちどころに共同体の知るところとなり、彼に用件のある者によって保釈金の一部が支払われた。娑婆に出てきたジェサップは、掟に背いた咎で処刑された。
 ジェサップがドリー家の男にあるまじき密告に走ったのは、なぜか? なぜ彼は懲役を恐れたのか?
 本当は何を恐れた?
 リーが心を病んだ母親と幼い弟妹を残してどこにも行けないと泣いたように、ジェサップもまた家族を思って懲役を逃れようしたのかもしれない。ドリー家の人間の行動原理はシンプルだ。目的のためならば法律を犯す。掟も背く。
 ティアドロップは弟を弱くなったと表現したが、実は兄さえ雁字搦めに拘束されている掟からジェサップは解き放たれたのではないか。結局、出る杭は打たれて内密に処理されたのだが、生まれもっての反乱者の血筋を手にかけたことで、共同体は爆弾を抱えることになった。ティアドロップ・ドリーは勿論だが、リー・ドリーも年齢や外見に似合わずなかなかに手強い。

amazon:[単行本] 光る 人体骨格模型キット (科学と学習PRESENTS)  揺さぶりの結果としてリーはジェサップの両手を手に入れた。やはり父親は死んでいた。これで家も森も手放さずに済む。何もかもが安泰というわけではないけれど、家さえあればなんとかなる。
 形見となったバンジョーを手にして、リーははじめて父親の死を悼む。父親も娘も家族を守るのに必死だった。娘はようやく父親と向き合うことができた。ティアドロップはティアドロップで思うところがあるのだろう。リーからバンジョーを受け取ってほしいと云われて、束の間爪弾いた後、預かってくれとそのまま返す。兄もまた弟を思う。思えばこそ怒りが込み上げる。掟が何だ、それに背いたからどうしたというのだ。これから姪の後見をしなければならない立場だが、それを勘定に入れずに思うままに行動するさ。
 ドリー家の人間の行動原理はシンプルだ。目的を果たす。ただそれだけだ。
 弟の遺族に見送られて、この後、ティアドロップはどこへ行くのだろう? 何をするのだろう? その不器用な実直さに、いやな予感を募らせてしまう。

 冬来たりなば春遠からじ。
 ソニーはドリーの男になるだろう。アシュリーも姉に負けないくらい強い女性になるはずだ。リーは軍隊に入らずとも既に戦士である。家族を守るために闘い抜く覚悟ができた。さあ、春を迎えに行こう。

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ウィンターズ・ボーン from 象のロケット 2012-11-29 (木) 15:32
アメリカ・ミズーリ州南部オザーク山脈に住む17歳の少女リーは、病気の母の代わりに幼い弟や妹の世話と家事一切を引き受けていた。 生活費も尽き果てたある日、保...

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