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ゴンドラの唄

amazon:[DVD] 生きる  常にその悪弊を指摘されながら一向に改善の見られぬ縦割り行政。システムの有する強固な自己防衛本能は、志高い若者を事勿れ主義の木乃伊へと変える。
 出る杭は打たれるという気風が蔓延しているこの島国の役人は、なにもしないことが出世の絶対条件であるらしい。どの国の箴言だったかは忘れたが、良い役人は死んだ役人だというのは全面的には首肯できぬものの、そうかといってまったくの戯言にも聞こえない。オヤ、そんな箴言はなかったかな?
 黒澤明監督作品、「生きる」は素晴らしい。
 主人公の渡辺は市役所に市民課長の席に就いている。目立つことはせず、周囲と同じように毎日を無駄に忙しく働いている。持ち上がった厄介事には丸投げ先送りというような、無責任としか思えない対応に終始する。いわゆる役人の鑑である。入所以来勤続三十年。流れた時間は、渡辺を面白味のない人間に作りあげた。
 そんな渡辺は、自身が胃癌を患っていることを自覚する。それは決して自意識過剰からくる思い込みではない。彼は本当に胃癌であり、既に手を尽くせないところまで進行していた。いきなり死を突きつけられて、それを契機に今までの自分やその生き方に関してもどかしいまでの憤りを感じるようになる。人生をかけて愛した息子からは、最近の様子が変わったことを老いらくの恋に狂ったと勘違いされる。それだけならばまだしもその云い種を煎じ詰めれば、どれだけの金銭を自分に遺してくれるのかということに尽きる。頭のなかで父親を換金している始末。
 情けない。いったい自分の人生とはなんだったのか。渡辺は死ぬための生き甲斐を求める。
 生命力に満ち溢れた若い女性との交流を通じて生きていることを実感していた渡辺だが、あまりに執拗に迫るものだから彼女からも撥ね付けられる。万物は身ひとつで死んでゆくのだから、今の自分には縋るものがない。だから、一度夢中になるとそれにすべてを預けたくなるのは道理ではないか。若い人はその若さ故に死ぬなんてことを考えられないから、この気持ちを理解実感できないのだろう。これも無理からぬことだ。
 意気消沈の彼の目に飛び込んできたのは、小公園の造園請願を市役所窓口に陳情に来る地域住民の姿。ここにおいて、限られた時間を充実させる生き甲斐をようやく見付けた市民課長。自分の人生に意味の残る何事かをやり遂げよう。
 公園の竣工直後、渡辺家を訪れる弔問客。渡辺の告別式が営まれた。

amazon:[CD] ハルカリノオカワリ  本作は黒澤明監督の1952年作品。掛け値なしに傑作だと思う。
 戦後の経済復興を推し進めるなかで、見過ごされがちだった福利厚生施設の整備に尽力したひとりの役人の、遅れ馳せながらも取り戻した公僕としての本分。生きることに奮闘する姿の美しさを、老いさらばえた人物に託して描いた、堂々たる人間讃歌だ。
 主人公が作中前半に歌う「ゴンドラの唄」と、ラストでブランコに腰掛けて口ずさむ「ゴンドラの唄」との、響きの明らかな違いに耳を澄ましてみてほしい。歌う彼の真情にきっと触れられるだろうから。その音色に人間という存在の奥深さが込められている。
 黒澤組の役者が揃うなか、主演を務めた志村喬が本当に素晴らしい。本作における志村喬の演技を一言で表現するならば、それは「凄味」である。惰眠を貪るような生活を送っている時分の弛緩しきった表情。死の宣告を受け取った後に見せる、空っぽな内奥を覗き込むような瞳。無理矢理にはしゃぐさなか、間歇的に襲ってくる死への恐怖に全身が凍りつく様子。これらを見事に演じあげている。死を感じることのない日常、死を突きつけられる非日常と、それすらも日常のうちに抱えなければならない絶望。確実に死へと向かってゆく日々は、しがない公務員の手に余る案件だ。
 生きているという実感に飢えていた渡辺の、死を覚悟してから急いで取り戻そうとして焦る、その立ち振る舞い。そして生き甲斐を見付けた後の目的にひたすら邁進する際の姿勢の良さは、冒頭の半死人と同一人物であるとは思えない。腹が据わったのだ。背中に芯が通ったのだ。もうブレることはない。

amazon:[game] シムシティ (初回特典:『シムシティ ヒーロー&悪党セット』付き)  戦争を生き抜き、老境に入り、在りし日の情熱は冷め切って諦観が身に染み付いてしまった男。日常に流されているところを蹴躓き、世界が揺らいでいるかのような眩暈がして足許をふらつかせたものの、しゃんと背筋を伸ばして最後まで歩みを止めない。周りの規範になって自分の評価を上げようとか、名誉欲を満たそうとか、官僚主義を糺すとかいう意図を抱いているわけではない。他者の目を気にしている暇は自分には残ってない。これからは自分の人生を自分のために生きる。ただそれだけ。その生き方が多くの人の生活に役立てれば、それに勝る喜びはない。
 物事をシンプルに捉えられれば、できることとできないことが自然と浮かび上がってくる。しかし世の中は得てして様々な思惑が複雑に絡み合っているものだ。
 告別式で故人を悼む同僚たちの口吻は次第に熱くなってゆき、しかし興奮はすぐに冷めて。死ぬ気になって自分の生き方を変えるだけの理由を彼らは持ってない。仕事への態度を改めることは公務員の道を外れることに繋がる。故人は浮世の些事に煩わされずに済んだろうが、今後を生きる自分たちにはあんな破天荒な真似はできやしない。世の中はそんなに単純ではない。
 個人的にも仕事上でも故人とは関係があったとは思えない弔問客を迎えて、渡辺の生き様に思いを馳せる。自分が死んだとき、誰が花を手向けてくれるだろうか。誰が涙を流してくれるだろうか。没後の花と涙のためだけに生き方を変えられないが、生き方を変えたからこそ渡辺はその死を心から悼んでもらえるのだな。眼前の光景に打ちのめされる同僚たちであった。
 生者たちの敗北感は故人の大いなる勝利の前に霞む。ひとりの役人が成し遂げた偉業は語り継がれ、その実績が彼の同僚たちを追い立てる。閉じた社会の約束事は外の世界に通用しない。役所が改革を阻む際にその盾として使う「前例」が、しかしここに生まれてしまった。もはや後戻りはできない。
 彼はその人生のなかで躓き挫折し戦意を喪失して日々を過ごしてきたけれど、最後の最後で大いなる勝利をおさめたのだ。大逆転の勝利だ。その後ろ姿が格好良いのは当たり前なのである。

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生きる from 象のロケット 2012-11-14 (水) 12:59
自分が胃癌に冒されていることを知った公務員の生きざまを描いて、人間の真の生きがいを問う黒澤明ヒューマンドラマの傑作。

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