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妹よ

「ボディ・ハント」を観た。
 ジェニファー・ローレンスは、彼女が「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」で少女時代のミスティーク、レイブンを演じているのを観て、絶妙なバランスの上に立っていることに感動を覚えた。そのバランスとは美醜に関するものだ。この女優は少女ながらに肉感の美を纏っていて、それが「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」では絶妙なバランスを保っている。この奇跡をいつまでも維持してもらいたいと心から願った。そして、同時にこうも思ったのだ。この美しさは少女時代に限定のものかもしれない、と。この危うさもまた期間限定の魅力なのだろう、とも。
 ジェニファー・ローレンスの美しさに魅入られたのは私だけではなかった。今年に入って「ハンガー・ゲーム」に本作と、彼女はジャンルの違う作品で主演を務めあげる。短期間での躍進は大したものだ。しかし私が驚いたのは、予告編に見るヒロインにかつての奇跡がその片鱗も残ってないことだ。やはり、束の間の奇跡だった。刹那に輝くからこそ奇跡なのだ。
 断っておくと現在のジェニファー・ローレンスに魅力がないわけではない。ムチムチな肉体には特有の色気が感じられる。ただ、最高の状態を知っているからこそ、それが失われたことを惜しむのだ。これは理性によって納得できるものではない。
 つまり、アレだ。太った。否、デカくなった。

amazon:[DVD] 篠崎愛 甘い果実(2011)  本作は現時点で公開前である。上映予定の映画館の数は多くはない。配給会社が期待するほどには興行成績をあげられず、大ヒットを飛ばすこともあるまい。気付いたらいつの間にか上映期間は過ぎていたなんてことになるだろう。多くの映画好きにとって、そんな映画の一本でしかない。
 だからといってネタを割って構わないなんてことにはならない。ただ、ネタを割らずに本作の面白さは語れない。それをせずに本作について何か語るとしたら、マーク・トンデライ監督のフェティシズムを云々するほかはない。
 ジェニファー・ローレンス演じるエリッサとエリザベス・シュー演じるその母親サラ。他にもジリアンに"キャリー・アン"といった登場人物を演じる女優は、その誰しもが肉付きのよいプロポーションを誇る。先ほどからジェニファー・ローレンスの肉体変化に対して嘆いてきたが、本作の女優陣のなかにあってはそのだらしなさがあまり目立たない。どの女優も二の腕や肩の線、後ろ姿に頼もしさすら漂わせて、マックス・シエリオット演じるライアンが一番脆弱に見えてしまう。男女の性差をまるで感じさせない、むしろ逆転させてしまう配役に、マーク・トンデライの抑えきれない性的欲動を感じ取ってしまうのだが、どうだろう?
 どうだろうも何もない。我ながら失礼なことを書き散らしている。しかし、可憐で儚げなスクリーミング・クイーンなど本作にはお門違いだと云わんばかりの圧倒的な肉の存在感は、脳裏から決して消せはしないのだ。どうしてくれる。
 ネタを割らずともこれだけの分量を書くことができた。ネタを割るどころか、物語の導入部分すらも明かしてない。ただ肉がデカイだの怪獣プロレスがどうしただのでこれだけの文章を書かせる魅力。
 魅力?
 魅力だろうとも。そうはいってもこれで終わるのはあまりにも酷い。私がこの記事を読んだなら確実に怒る。もしくは呆れる。
 本作の真の魅力をどれだけ伝えられるかわからないが、ネタを割ってでも語りたいことがある。だからまだ知りたくないという向きは、とりあえず「戻る」をクリック!

amazon:[Blu-ray] ハンガー・ゲーム (2枚組)初回限定仕様: スペシャル・アウターケース付き  両親の離婚により母親とともにシカゴから引っ越してきたエリッサ。彼女らの新居が立地条件のわりに格安の家賃なのは、隣家が理由である。噂に聞いたところでは、ジェイコブソン家は四年前に13歳の少女が両親を殺したということだ。その後、少女の行方は杳として知れない。
 曰くつきの屋敷に灯が点る。事件の内容が内容だけに幽霊が闊歩するのかと思いきや、事件当時は伯母の家で暮らしていたというジェイコブソン家の長男が今は独居しているらしい。あんな事件のあった屋敷で生活する気持ちは理解不能。やはりどこかおかしいのかしら?
 ライアンと出会ってみて、エリッサは自分が彼を色眼鏡で見ていたことを気付かされる。興味本位で無責任な噂好き。人を噂だけで判断して、その人の本質を見ようとしていない。外聞で人を評価できないことは身をもって体験した。そのクソ野郎と比較するまでもないけど、ライアンは少なくとも紳士ではある。
 自らのうちにあるライアンへの偏見に気付いて、エリッサは罪悪感を覚える。両親の不仲のなかで育ったエリッサは、両親と妹の不在という運命を背負うライアンに共感するところがあった。そして、同年代の男子とは違うライアンに魅力を感じて。
 二人の距離は次第に縮まってゆく。
 エリッサとの親密度を増すほどに、自分の抱える秘密を守らなければならないとの思いをライアンは強くする。彼は屋敷の地下室にひとりの少女を監禁している。ライアンが少女に向かって呼びかける「キャリー・アン」というのは、彼の妹の名前だ。両親を殺害し、今も行方がわからないとされる少女の名前だ。

 両親の離婚。新天地での生活。不吉な噂のある土地柄と惨劇の過去がある屋敷。不安をかきたてる要因は揃っていて、タイトルが「ボディ・ハント」だ。これらのことからヒロインの肉体が亡霊に乗っ取られるものと想像した。本作は幽霊屋敷のホラーに違いない、と。
 しかし、惨劇の現場は隣家だ。幽霊が出没するにしても関係のないご近所に現れる理由はない。あるいは、森へ逃げたと思われたキャリー・アンは隣家に忍び込み、そこで非業の死を遂げたのかもしれない。きちんと葬られてないことを嘆き悲しんで化けて出るのかも。となると、過去を探るミステリ的要素が盛り込まれているのだろうか? そこに秘められた事実があるのかしら?
 物語を追いながら次の展開を予想していると、地下室に"キャリー・アン"がいた。予想を覆す展開に驚いた。彼女は、少女と呼ぶのを躊躇われるくらい立派な体躯を持っていて、疲労こそ窺えるものの紛れもなく健康そのもの。絶対に死んでない。アレ、この作品ってホラーじゃないの?
 ライアンの昔語りによると、幼い頃に事故があったという。ブランコからの転落。頭を打ったキャリー・アンは、その後遺症で言動が普通ではなくなった。そういう事情のもとに自分は伯母のところに預けられたのだ、と。事故の情景が繰り返されることから、ライアンの心にその出来事が深く刻まれているのがわかる。あのとき手を繋ごうとしなければ妹はブランコから投げ出されなかったに違いない。あんな事故が起きなければ、その後の家庭崩壊も惨劇も起きなかったはず。
 だから、ライアンは今度こそキャリー・アンを守るつもりなのだろう。彼女を地下室に監禁するのも、妹に平穏を与えるのが目的なのは想像に難くない。四年前の事件は、近在の住人にとっては未だ風化していない。その犯人が生きているとなると、これは一大事である。大騒ぎになるのは目に見えている。だから、それが犯罪であることは承知のうえで、ライアンは妹を匿っているのだな。すると屋敷を修理して売るというのは、彼が秘密の地下室を使用し続けるための方便か。
 ホラーという見当は覆されたが、これはこれで面白い。四年間も妹の存在を隠匿できたものか気にはなったが、もともとがジェイコブソン家の生き残りという色眼鏡で見られているのだし、そのこともあって人付き合いがないようだから、たまに缶詰め等の保存食を大量に買い込んだところで、誰からも不思議に思われなかったのかもしれない。と、このようにライアンの事情を私自身が進んで補完する始末。このとき、私の心は来たるべきカタストロフに向かっている。
 ライアンの日常は歪だ。ひとり静かに暮らすこと自体に歪んだところはないが、起居の場は両親が身内によって殺された場所であり、その地下室で秘密の存在を監禁している。そんな生活においてストレスが生じないわけがない。しかもライアンの閉じた世界には、最近になって頻繁に足を踏み入れる者が現れた。この刺激はきっと大爆発を引き起こすだろう。それは四年前の惨劇を上回る規模の地獄絵図となるはずだ。否、そうならなければおかしい。物語の定石から外れる。
 またしても地下室から脱走。彼女が向かったその先には、夜中に車内で睦みあう若い恋人たち。さあ、殺戮ショーの開幕です! ボッコボコにしてやってください!
 カタストロフの予兆が示された。まずは若いカップルが生け贄に捧げられるかと期待に胸を躍らせていると、追いついたライアンが組み付いている。そこは兄の手をどうにか振り払って殺ってしまおう。固唾を呑んで見守っていると、ポキッと乾いた音が。ライアンの腕のなかで"キャリー・アン"が身じろぎひとつしない。首の骨が折れてます。
 え、死んじゃったの?

amazon:[文庫] キャリー (新潮文庫)  またも想像は覆された。確かにカタストロフはカタストロフだし悲劇ではある。だけど、この時点でこんな展開になるなんて!
 何が「物語の定石」だ! 的外れなことを偉そうに! オマエの浅い考えなど通用するものかよ!
 罵声が飛んでくるなか、ちょっとした恐慌に襲われる。この先どうなるんだ? バンド大会? その場で豚の血が降りそそぐのか? だから"キャリー"・アンなのか? 豚の血にまみれた太めの女がイイのか? 性的嗜好は人それぞれだけど、マーク・トンデライのそれは業を感じさせるなあ。
 ここでも見も知らぬ他人に対して失礼千万なことを思う。液体で汚すのがアナタの趣味なのね、と。
 運命の夜を迎えた。血の祝祭日を期待したら、そんな事態にはならない。ちょっとした騒動は起こるものの、想像を下回るレベルの"事件"。ライアンの車がタイラーとその取り巻きによって傷付けられ、そのお返しとばかりにタイラーはライアンに負傷させられる。復讐の連鎖はどこまでも続いて、反撃された腹いせにタイラーの取り巻きたちはライアン宅に火を放つ。
 タイラーの足を折ったことから考えても、ライアンが凄腕のサブミッションマンだということは確定した。ただし、この程度の事件は若者の小競り合い。その報復としての屋敷への放火は、エリッサによって消し止められる。この二つの"事件"に関しては、ひとりの死者をも出さずに収束してしまった。
 私が期待していたのは、狂乱の場における地獄絵図の再現であり、業火による罪と秘密の浄化である。そのいずれも果たされないまま、物語は次の段階へ移行する。もはや先行きなんて読めやしない。
 どこへ向かっているんだ、「ボディ・ハント」は!

amazon:[Blu-ray] X-MEN:ファースト・ジェネレーション 2枚組ブルーレイ&DVD&デジタルコピー(ブルーレイケース)〔初回生産限定〕  肉の量が多すぎたと書くと誤解を生むだろう。正しくは「肉体について語った文章量が多すぎた」だ。全然違う。こんなことを書くには理由がある。というのも、思った以上に本作を語るのに文字数を費やしていることに気付いたのだ。そのわりに振り返ってみると大したことを書いてない。これはどういうことだと考えてみるに、やっぱり肉がどうのこうのと書いてきたことが影響している。
 自分でも驚くのだけど、ジェニファー・ローレンスの変化がそんなにショックだったのか。
 ここから先は本当にネタを割る。真相を明らかにする。ここまで読んで興味を持たれたのなら、実際に本作を観ることをお勧めする。まずは観て、その後に再びここを訪れていただきたい。「サテヒデオのいうとおり、ムチムチ祭りだ!」と納得されるはず。
 肉はともかく、この手のジャンルを好きなればこそ有する先入観を巧みに利用して、それを裏切ることで驚きを提供する。
 さあ、とりあえず「戻る」をクリックしてみよう!

 ライアンは女の死体を捨てに行き、次の候補と出会う。自分にはどうしても必要なのだ。
 屋敷に放たれた火を消し止めたエリッサは、異音を耳にして発生源を突き止めようと歩き回る。好い雰囲気になってから急にライアンの様子がおかしくなったあの日。それ以来の彼の家で、しかも主人不在ではあるけれど、私がいなければ彼が大事にしている家は焼失していた。今、聞こえている音も何か異状を告げているのかもしれない。ライアンがいない今は私がこの家を守らなければ。小さな探検のさなか、エリッサはゴミ箱に生理用品とコンタクトレンズのそれぞれの空き箱が捨てられているのを見つける。違和感を覚えるが、このことについては後でライアンに尋ねるとしよう。まずは音の正体を確かめなければ。
 異音の正体は乾燥機だった。これには肩の力が抜けた。いろいろなことが一度に襲いかかってきて、自分でも知らないうちに緊張していたのだろう。だから他愛のないことを大きく捉えすぎたようだ。
 ふと、床に目をとめる。地下への入り口がある。探検をもう少し続けてみよう。
 エリッサが進む先には一枚のドア。ドアノブの鍵をひねる。部屋の外側から鍵をかける? ドアを開けるとそこは小汚い部屋。ベッドがあり、使われた痕跡が残っている。子どもが描いたであろう絵が飾られ、そしてひとりの女が襲ってきた!
 すんでのところで二人の間に割って入ったのはライアン。見知らぬ少女は彼に任せて、エリッサはキッチンまで戻る。今、ライアンは「キャリー・アン」と呼ばなかった? 彼女がキャリー・アンなの? そういえば、彼女の瞳は、以前にライアンが自慢していた鮮やかな青だ。
 エリッサの目が財布にとまる。開くと先ほどの女性の身分証が。ペンシルバニア大学の学生証だ。名前もキャリー・アンではない。しかも瞳の色が違う。ゴミ箱を漁ってコンタクトレンズの空き箱を確認すると、そこにはカラーコンタクトの文字が。青い瞳はこうして作られた。
 あの女性はキャリー・アンではない!
 この時点でエリッサが辿り着いたのは真相ではない。正しくは「あの女性もキャリー・アンではない」である。

amazon:[CD] かぐや姫ベスト  ブランコでの事故によってキャリー・アンは死んだ。彼女は即死ではなかったようだ。事故後、適切な手当てを受けなかったことが死の理由である。あのとき、家には両親が揃っていた。妹の危機にライアンは声を限りに叫んだ。キャリー・アンを救ってと母親に呼びかけた。しかし、その声は届かなかった。両親は二人とも麻薬によって桃源郷へと旅立っていた。
 最愛の娘を亡くした母親は、事故死を引き起こした息子に仕置きをした。お前はキャリー・アンだよ、と云い続けた。男児なのに髪を伸ばさせて、服装も女の子のそれを着せる。ジェイコブソン家の中心たるキャリー・アンの喪失が、この家族の歪みを一気に顕現させた。
 妹の死の原因は自分にあると考えるライアンであっても、自分が自分であるために実力行使に出なければならなかった。自分への罰を両親に止めさせなければ、ライアンは自分を取り戻せなかった。何事かを止めさせるには、その行為の主体が死ねばよい。このように考えるまでにライアンは追い詰められていた。その後、両親は死んだ。殺されたのだ。
 事件当時、ライアンは伯母のところに引き取られていたことになっていた。キャリー・アンの事故死は無かったこととされていた。この二つの嘘が真相を覆い隠した。三人暮らしで二人が死んでひとりが失踪した。犯人は明白だ。逃げ出したのが犯人である。単純な減算。本当の事情を知らない者にとっては、状況からキャリー・アンが両親殺しの犯人と考えるしかなかった。十三歳の少女にそれが可能かどうかは疑問視されただろうが、犯行現場に残る痕跡から内部の者の犯行ということはわかっただろう。まして真相を証言する者は誰もいない。この家族はライアンを残して全員が死んだのだ。
 かくしてキャリー・アンは両親殺しの汚名を着ることとなり、ライアンは悲劇の一家のただひとりの生き残りとなった。好奇と同情の視線を向けられたライアンは、常にひとりの女性を必要とする。金髪に青い瞳を持った、「キャリー・アン」と名前を呼びかけられる存在だ。
 中心たる存在を喪って崩壊する家庭というのは、特別に珍しいものではない。事故とその後に適切な治療を為されなかったことはともかくとして、キャリー・アンを喪ったことでジェイコブソン家が完全に壊れてしまったことを誰も責められない。物事には乗り越えられることと乗り越えられないことがあり、それは人によるのだけれど、乗り越えられなかったからといってそのこと自体を責められはしない。ただし、ジェイコブソン夫妻がひとり残った息子に加えた虐待を擁護するつもりはない。己の弱さを受け入れずに自分よりも弱い存在を虐げることで心の平安を保つなんて、ましてその対象が実の子どもだなんて、いったい誰が擁護できようか。
 キャリー・アンの喪失はライアンを不幸にした。この不幸がライアンにキャリー・アンを自分の生活の中心へと据えさせた。中心を失うと物事は崩壊を来す。それを身をもって体験し実感するライアンは、キャリー・アンの"不在"を耐えられない。中心を失ったのならそれを補うしか方法はない。喪失に対してはそれを克服することを両親から教わらなかったライアンは、だから生活に"キャリー・アン"を補うべく、それに相応しい少女を拉致監禁して、己の心の平安を保った。大いなる過ちだ。
 ライアンが拉致監禁をこなしてきたのは、その方法を両親から身をもって教わったから。地下の監禁部屋を用意したのも、おとなしくさせるのにクロロフォルムを使うのも、すべてはジェイコブソン夫妻がライアンへの仕打ちのために為したこと。これを彼は援用しているのだ。
 自分の秘密を知ったエリッサには消えてもらわなければならない。彼女は特別な女性だけど、それでもキャリー・アンの必要性は何人たりとも代えられない。そして、キャリー・アンは二人も要らない。誰か他の人間が代わりを務めるなんてできないのだ。自分がキャリー・アンの代わりを務められなかったように。キャリー・アンはキャリー・アンだ。だから、エリッサはいなくなるけれど、キャリー・アンは素晴らしく魅力的な変化を遂げるだろう。
 ライアンは気付いている。かつて両親から受けた仕打ちを自分も他者に対して行っていることを。それでも止められないのだ。まさに呪いである。

amazon:[Blu-ray] ボディ・ハント  ジェイコブソン家は、外側を曽祖父から受け継ぐ屋敷が成し、中心をキャリー・アンが担うことで、ひとつの魔法陣と化した。家庭崩壊の後にライアンは家を出るべきだった。罪悪感と両親への愛憎半ばする感情と生活力の乏しさが彼をこの屋敷に縛り付け、次第にキャリー・アンの呪縛が彼を雁字搦めにする。ライアンが囚われていたのは、ジェイコブソン家の呪縛だったのかもしれない。それに象徴されるのは、キャリー・アンではなくて曽祖父から受け継いでいる屋敷だ。
 屋敷に自分が囚われていることを彼は気付いていただろうか。自分を縛り付けているのはキャリー・アンではなく、ジェイコブソン家自慢のこの屋敷であることを。
 この魔法陣は外敵からの攻撃を無化するために生贄を必要とする。多くの少女を屠ってきたことだろう。生贄を捧げるほどにライアンへの呪縛は強くなって。もう引き返せないところまで彼は行き着いていたのだろうか?
 もし屋敷が焼失したなら、そこには外側がないのだから中心もない。キャリー・アンの必要性も消失するかもしれない。こうして考えてみると、ジェイコブソン屋敷は紛れもなく幽霊屋敷なのだな。
 幽霊屋敷についてのスティーヴン・キングの言葉、「幽霊屋敷に遭遇する本当の恐ろしさは、それによって生活の場を喪い経済的に逼迫することにある」はライアンには当てはまらないが、彼が本当に屋敷を売るつもりだったのなら、本人もうっすらと気付いていたのかもしれない。この屋敷に住んでいたら自分は駄目になる、と。この呪いの魔法陣から抜け出さなければならない、と。

 亀の甲より年の功? それとも母性が為せる第六感? 結果的に彼女は正しかった。子が親の言葉を受け入れるのは云われたそのときではない。後になって思い返してあのときの言葉は正しかったと受け入れられるのだ。親は親で自分が余計なことを云ったりしたりするのを反省するものだけれど。
 別れた夫のジッポーを弄ぶというのはサラの落ち着かない精神状態を表し、この行為は彼女が不安に苛まれていることのバロメーターとして機能する。また、着火装置という点に注目すると、これは暗闇の中で生存への道を照らす灯火となる。そして、その場面がやってくるのだが、伏線と思われたジッポーは火を点すことはなかった。またもや想像を裏切られたが、この作品についてはもう慣れてしまった。

 いろいろと多くを語ってしまった「ボディ・ハント」。打ち明けてしまおう。これは好きなタイプの作品だ、と。傑作とは云えない。隠れた名作との評価も得られないだろう。はっきりと「面白くない!」と腐されるかもしれない。不評の嵐が巻き起こるかも。
 でも、私は好きである。筋立てには稀に見るサービス精神が横溢していて好もしいし、個人的にどんでん返しが頻発して楽しかった。ジェニファー・ローレンスのだらしない肉体変化も見慣れてみれば、えっと、やっぱりだらしない。まあ、それも悪くないかも。

 どうだろう?

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ボディ・ハント from 象のロケット 2012-11-13 (火) 13:43
女子高生エリッサと母親のサラは、都会から郊外へ引っ越してきた。 家賃が格安な理由は、隣家で4年前にキャリー・アンという娘が両親を惨殺し行方不明になるという...

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