Buy or Die | HOME | うつし世は夢

夜の夢こそまこと

 その少年は地球に母の面影を求めた。母なる惑星でひとりの少女に想いを寄せたのは、彼女自身を好きになったのか、それとも父と母との出逢いをなぞったものか。その出逢いに少年は一時にせよ、己が背負う使命を忘れた。人類の希望を託さたことを自覚していたにもかかわらず。
「ねらわれた学園」を観た。
 光とともにこの世界に現れた少年は、なにかと異性の好意をひく存在。彼は、やがて自分の生きるべき場所へと帰る宿命を背負っている。少年が真に求めたのは絶対に手にすることのできないもの。
 その人は月より訪れ、月へと帰る、ひとときの来訪者。まさに「竹取物語」だ。

 前回に引き続いて「ねらわれた学園」を取り上げる。今回も存分に語っており、勢いにのってネタを割る内容となっている。公開前の作品だけに、どんな展開になるかをまだ知りたくないという向きもいるだろう。
 今回の記事は中村亮介監督作品「ねらわれた学園」のみならず、眉村卓『ねらわれた学園』についてもネタを割ることになる。
 それは勘弁知りたくないというのであれば、このまま「戻る」をクリックです!

amazon:[Blu-ray] ねらわれた学園(完全生産限定版)  本作は眉村卓『ねらわれた学園』から数十年後にあたる物語。関耕児には孫がいて、そこにあの京極の息子が現れる。本作では阿倍野第六中学校を舞台とした闘争は明示されないが、関ケンジと京極リョウイチとの間には昭和の時代から途切れずに続く因縁がある。
 かつて自分の邪魔をした宿敵の存命する時代、その孫に秘めらし能力に覚醒するときを見計らって、京極は我が子を地球に送り込んだ。いざとなればケンジの力を頼るしかないからだ。未来において人類はそれほどまでに切羽詰まっていた。
 リョウイチは父親からすべてを聞いていた。父と母との馴れ初めとなると、そこには関耕児がかかわってくる。それに対してケンジは祖父から何も聞かされてなかった。これには、片親でしかも人間社会全体の先行きさえ考えなければならない立場の者と、子育ての二周目に入って余裕のある者との違いもあるといえるかもしれない。あるいは、それは敗者と勝者との違いなのかも。
 何も背負わずに青春を謳歌するケンジ。人類の希望を背負って、それと自分の思いとの狭間で悩むリョウイチ。この二人の邂逅はいずれ果たされるべく仕組まれてはいたものの、あの日あのときにケンジと出会ったことにリョウイチは運命を感じたことだろう。
 学校生活を通じて二人は互いに影響を与え合う。否、十代の日々は何からでも影響を受けるものだ。ケンジとリョウイチの間だけでなくナツキやカホリ、他のクラスメイトと生徒会役員との間においても相互に影響し合う。特にリョウイチとって目にするものすべてが新鮮で楽しいものである。そんな地球での生活は、彼のうちにジレンマを生じさせる。
 京極リョウイチの帯びた使命には、彼の時代の人類の存亡がかかっている。地球の環境は人類によって生存不能なまでに汚されてしまった。未来において人類は月に生きている。彼らは逐われた楽園を取り戻すべく、現代の地球人類に働きかけるのか? だから京極リョウイチが遣わされた?
 未来の世界が現代人に対して実力行使に出たとしてもおかしくはない。未来の人類は、彼ら自身の先祖によって生存が脅かされるのだから。生存権を主張するのも宜なるかな。
 しかし、京極リョウイチの任務は復讐でも制裁でもない。そんなことに意味はない。それどころか、それらの行為によって子孫たる自分たちが苦しむ羽目となるかもしれない。

amazon:[文庫] ねらわれた学園 (講談社文庫)  かつて、ひとりの少年が地球に降り立った。彼は未来から派遣された超能力者。彼らの時代の人間社会はそれまでの人類の行状を反映して衰退の一途を辿っていた。来たるべき破滅を避けるには、過去の人類の意識変革しかない。規律と統率をもって人類に正しい道を歩ませれば、結果としてあのような悲惨な未来を招くことはない。このように考えた一派が、地球人類の善導を使命として京極ら超能力者を過去へと遣わしたのだ。
 面白いのは、京極ら未来人のターゲットが柔軟な思考を持ち自我の完成されてない十代の少年少女である点だ。これは、SF読者の裾野を広げようとジュブナイルに力を入れた眉村卓らSF作家の作戦と同じ。種をまき、育て、花が咲くのを待つ。結果としてSFは市民権を得たが、未来人の企みは頓挫した。それが証拠に、新たな使命を帯びてリョウイチが現れたではないか。
 人類を善導するという未来人の計画において、京極少年は失敗する。その原因となったのが、当時中学二年生だった関耕児だ。彼に計画を邪魔された京極は、ひとりの少女を伴って自分の世界へ帰った。少女の名は高見沢みちる。リョウイチの母親だ。
 原作小説『ねらわれた学園』では、阿倍野第六中学校を舞台に関耕児らと高見沢みちる率いる生徒会との対決の構図ができあがる。これは物語が進むにつれてよりいっそう鮮明となり、みちるが京極とともに去るまで崩れることはない。
 過ちを犯す地球人類を善導すべくこの星に降臨した超能力少年は、己が任務を全うせんとやや強引に邁進した。少年によって超能力に目覚めた少女は、少年の掲げる理想を自らが通う学校で実現しようと生徒会長に就任する。理想と任務に忠実だった二人と比較して、彼らの息子は両親ほどの情熱を使命に対して傾けられない。使い魔に尻を叩かれる始末。
 京極リョウイチには迷いがある。リョウイチの迷いが物語の展開に影響している。進展がどうにも遅いのだ。
 彼の父親は地球人類とその文明を救うため、いわば予防措置として人類の善導を試みた。それは"劇薬"であったがために受け入れられなかった。リョウイチは月への移住を余儀なくされた人類のひとりであり、その繁栄のためにかつて彼の父親が為したことを期待されて地球に派遣された。
 リョウイチの任務とは、自分たちの世界にこの時代の地球人類を送り込むこと。それは誰でもよいというわけではない。若くて、しかも超能力を有する者が望ましい。それが叶わないなら関ケンジを連れ帰ることを彼は求められている。

 リョウイチの生きる時代、地球は既に生存可能な環境にない。そんな状況にあって生き残っている人類は数少ない。彼らは月を住処としている。
 月に生きる人類は新たなる繁栄を期するべく人口の増大を目指すのだが、これが思うように進まない。このことに未来の人類は危機感を覚える。このままでは人類は滅亡してしまう!
 それに加えて、月における生活環境は地球に比べて厳しい。この世界では、生き残るには超能力が不可欠なものとなりつつある。京極リョウイチは父母ともに超能力者だ。彼の遺伝子には超能力が形質として刻まれているものと考えられる。この仮説が正しいならば、超能力者同士を結婚させるのは、一方の問題の解決となる。
 世界に必要なのは、生殖可能な超能力者だ。ただし、これも簡単なことではない。そもそもが母集団として小さいという現実がある。母集団が小さければ生殖可能な男女の数も少ないということになる。まして超能力者となれば、その数は絶望的な値となるだろう。
 だから、京極リョウイチは派遣されたのだ。若くて健康な超能力者を連れ帰るために。かつて少年だった京極が高見沢みちるを連れ帰ったように、過去から超能力に目覚めた少年少女を迎え入れるのが目的である。
 母集団が大きければ、その身に超能力を秘めた者の数とて比例して多くなるだろう。力に目覚めないまま一生を送るはずだった者も、超能力者の導きによって眠っている能力を覚醒させることが可能だ。これは、高見沢みちるによって実証済みだ。彼女は京極によって超能力に目覚めた。
 この点については彼女ひとりの実例があるわけではない。超能力者との接触による超能力の覚醒というのは、関耕児の身にも起こったようである。そしてその力はケンジにも伝わって。
 関ケンジの名は最強の超能力者として未来に伝えられているようで、だから導師としての役割をケンジは求められている。超能力に目覚めた少年少女を連れ帰れないなら、超能力を目覚めさせる装置として関ケンジを連れてこい! 手段は問わない。
 京極リョウイチは人攫いの任務を帯びているのだ。

amazon:[Blu-ray] ねらわれた学園  リョウイチの迷いは母に起因する。同じ地球とはいえ、自分が暮らしてきたのとはまったく違う時代に移り住んで、それで果たして幸せだったのだろうか? そもそも人は生きるべき時代にこそ生まれるものではないだろうか? 父と母が出逢ったのは間違いだったのではないだろうか?
 だから、この時代の人間を未来へ連れ帰ることは許されないのでは?
 懊悩を胸に、しかしリョウイチもまた父親と同じように出逢ってしまった、運命の少女と。しかし、春河カホリのうちに超能力は眠っておらず、このことから、リョウイチはカホリを連れて行くわけにはいかないのだ。好きだから、という理由だけで連れて行けるほど使命は軽くないし、そんな場所でもない。第一にその選択は彼女を不幸にするかもしれないのだ。もしかしたら母がそうであったように。
 だからリョウイチは悩む。カホリを苦しめたくない。かといって他の誰かを苦しめることに平気というわけではない。この思いはケンジにも向けられる。親の代からの宿縁はあれど、自分には何の恨みもない。彼の祖父とはいずれ話してみたいけれど、それにしたって恨み節を聞かせるつもりはない。在りし日の母のことを聞いてみたいとは思うけれども。
 リョウイチの悩みと迷いは母の不在に理由がある。
 時間旅行は肉体に負担を強いる。特に心臓に悪影響を及ぼす。若い者でも一度の往復が限界だ。リョウイチは"父親"との会話のなかで母の帰還について語っている。それにもかかわらずこの地球に母親はどこにもいないことも。異世界に生きて家庭を成したところで、郷愁には勝てなかったのか環境の変化に耐えられなかったのか、過去へと旅立ったはずの母親は、しかし幸せに暮らしているわけではない。少なくともリョウイチは母親を見付けられなかった。このことからリョウイチは思うのだ、父親が母親を殺したことになりはしまいか、と。
 高見沢みちるは自ら望んで京極と行動をともにした。その帰還も自分の意思だろう。自己責任ではあるものの、みちるが京極と生きるのを決めたのは、彼女が中学二年生の時分だ。この頃の決断に責任を問うのも酷である。
 中学生であろうと人生を左右する意思決定を為す。自分の道を自分で決める。春河カホリも自分の想いを貫きたかった。京極リョウイチは悲しみの種を蒔くことを己に許さなかった。カホリは連れて行けないというのに、他の誰かなら自分たちの世界へ連れて行けるのか?
 悩むことに疲れた少年の欺瞞がここにある。

amazon:[DVD] ケネス・マクミランのロミオとジュリエット  かつて京極少年をはじめとする超能力者は、阿倍野第六中学校に代表される中学生に対して自由意思をスポイルしようとした。自由な発想や感情を抑圧して、それが劣った存在への善導だと信じていた。
 京極リョウイチはまったく違う理由で父親と同じことをしてしまう。カホリをはじめとする、彼に好意を持つ者への気持ちを踏みにじることさえ辞さないつもりだ。誰よりも彼自身の気持ちに嘘を吐いている。そしてそのことにリョウイチは気付いている。
 このままではリョウイチもカホリもそしてナツキも救われない。超能力に目覚めた者も超能力がないというだけで虐げられた者も歪な優越感と不条理な劣等感をそれぞれに抱えたまま永遠に別れることになる。物事の決着として、まして十代の少年少女が辿るものと考えたとき、これは到底受け入れらるものではない。
 若い頃に挫折を経験することとそれを描くことに文句はない。問題は、若者が自分でも正しいと信じきることのできない事柄を、彼自身の確固たる決断なしに成し遂げてしまうこと。そして観客にそれを当たり前のように受け入れさせることだ。本作のターゲットを考えると、これは少年少女に人生を諦めろと云うようなもの。だから、失意のなかで自棄を起こす京極リョウイチを制止しなければならない。
 誰が?
 事件の内側にいる子どもには無理だろう。彼らは彼ら自身が作り上げる世間に思考そのものを形成されてしまう。リョウイチを中心とする世間から自由なのは、いったい誰だ?
 リョウイチとの距離こそ遠くはないものの、学校生活における話題や活躍とは無縁の男子生徒だ。
 関ケンジ。
 京極家の男を止めるのが関家の務めであるかのように、宿命の両家は再び対峙する。このときのために身につけたとでもいうように、他を圧するレベルの超能力に覚醒する。リョウイチに勝ち目はない。勝機があるとすれば、それはリョウイチに一日の長があることだが、それすらも圧倒的な力の差があってはどこまで通用するかわからない。
 二人の間に緊迫の時間が流れて、ケンジが発した言葉は、「海へ行こう!」。

「ねらわれた学園」公式サイト  京極リョウイチに戦う意思はなかった。ただしそれが避けられないなら戦うことを辞さない覚悟はあった。使命がある。タイムリミットを目前に控えていた。決着はつけなければならない。一言では云い表せないほど多くの事柄について、ここで自分たちが決着をつけなければならないのだ。
 それをケンジは「海へ行こう」の一言で片付けてしまった。物事は二者択一ではない。戦うとか戦わないとか勝ちとか負けとかどうでもいい。物事は点で存在するのではない。流れの中に浮かんだり沈んだりするものだ。勝ちも負けもその瞬間だけを見たところでそれが永遠に続くわけではない。
 失われるものが多いのにそれでも勝ち負けに拘るのはナンセンスだ。それよりみんなで海へ行こう!
 台風が迫っていた。超能力で台風の針路を変えられるかというとそれはさすがに無理だ。可能かもしれないが、それをすることに何の意味がある? それより台風が迫っているというのに海水浴に来たことを楽しもう! ここに自分たちはいるのだから。この実在は、誰が何と云おうと揺るがないのだから。
 携帯電話がどうだろうと揺るがない。超能力があろうとなかろうと揺るがない。現代に生きても未来へ行っても揺るがない。自分は自分だ。過去の因縁さえも知ったことではない。自分の自由意思で行き先を決める。
 だから、関ケンジは旅立つことを決めたのだ。だから、関耕児は孫の旅路に自らの生命を危うくしたのだ。だから、京極リョウイチの父親は、自分がどうなろうとも息子を見守ることを選んだのだ。
 使命ではない。意地でも面子でもない。自分が自分であることの当たり前を彼らはその行動のうちに示した。それは幼い頃にナツキがケンジに向けた行為においても同じ。
 使命を背負うのも任務に忠実なのも個々の意思だ。愛を貫くのも己の感情に従うのも、それが自分を生きるため。京極みちるはその選択に後悔することはなかったろう。もし悔いが残ったとしたら、それは息子へ向けたものだったはず。
 誰よりも母から愛された少年は、そのことに思いが至っただろうか? きっと気付いただろう。そう信じたい。

 その少年は、ある春の日に地球に降り立った。見知らぬ少年を前にして、二人の少女は胸にこみあげる狂おしいまでの感情を覚える。そのとき、少年が声をかける。
「ただいま」
 決着はついた。

Buy or Die | HOME | うつし世は夢

Comments:0

Comment Form

Trackbacks:1

TrackBack URL for this entry
http://mescalinedrive.com/mt-tb.cgi/169
Listed below are links to weblogs that reference
夜の夢こそまこと from MESCALINE DRIVE
ねらわれた学園 from 象のロケット 2012-11-09 (金) 08:28
古都鎌倉の中学に通う関ケンジのクラスにやってきた転校生・京極リョウイチは、クラスに溶け込みながらもどこか普通の生徒とは違う雰囲気を漂わせていた。 ケンジが...

Home > 夜の夢こそまこと

Feeds
blogram投票ボタン フィードメーター - MESCALINE DRIVE 人気ブログランキングへ
Message
Visitor

Return to page top