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「推理作家ポー 最期の5日間」公式サイト 有楽町はよみうりホールにて「推理作家ポー 最期の5日間」の試写会があり、これに足を運んだ。
 本作の主人公はエドガー・アラン・ポー。怪奇幻想文学の歴史を繙くと、特にミステリ史においてその名は燦然と輝く。 謎解きそのものを物語の主題に据えた作品を物した革命家である。その業績はミステリに限らず、ホラーはいうまでもなくSFのジャンルに及び、その影響を受けた作家は枚挙に暇がない。本邦には彼の名に漢字を当てて筆名とした作家がいたくらいだ。その探偵小説界の巨人は、いわずもがなの江戸川乱歩である。
 探偵推理小説の父と呼ばれるエドガー・アラン・ポーだが、作中にあるように本人は詩作を愛し詩人としての成功を望んでいた。成りたい自分と成れる自分は違うというわけで、ポーは散文において評価を得ることになる。これは詩人にとっては甚だ不本意だったかもしれない。
 ポーは詩人として全く成功しなかったわけではない。代表作「大鴉」は大層な評判となった。しかし、初出掲載の際にポーに支払われたのは9ドルにすぎなかった。
 エドガー・アラン・ポーを語るのに、波乱に満ちた私生活に触れないわけにはいかない。私生活においては決して幸せとはいえず、父親の失踪にはじまり母親の死と兄弟の離散、大学と陸軍士官学校を中途で辞め、愛する妻とは死に別れ、酒に溺れて放浪を繰り返した挙げ句、ボルティモアで帰らぬ人となる。1849年10月7日のことだ。
 本作の邦題はネタを割っているようなもので、彼が死ぬまでの数日間を取り上げている。これは史実とは異なるのだが、真相が解明されてないことをよいことに想像の翼を羽ばたかせたのが本作である。

 19世紀半ばのボルティモア。ひとりの詩人が久方ぶりに姿を現す。酒場で騒ぎを起こし、新聞社に寄せた評論がボツを食らったので猛抗議。愛する女性を掻き口説いてはその父親に追っ払われる。その才能がなければただの厄介者である。その才能すら好事家にのみ評価されるにとどまるが。
 闇夜をつんざく悲鳴。警官隊が事件現場へと通じる扉に辿り着いたところ、部屋の内側から鍵がかかる。すわ犯人かと勇んで扉を破り室内になだれ込む警官隊。しかし部屋には喉を裂かれた女性と、暖炉の煙突に押し込まれた少女の死体があるだけ。犯人の姿はどこにもない。扉は施錠され、窓には釘が打たれているのが見える。しかも残された脱出経路の煙突は、少女の死体で塞がれていた。これは脱出不可能な状況、密室ではないか!
 不可能犯罪の現場にエメット・フィールズ刑事が到着する。彼は密室状態の殺害現場でその謎を解き明かそうと頭を悩ませる。怪しいのはやはり窓だ。釘が左右に打たれているが、これはいつからこの状態なのだろうか? 釘の頭をカリカリと引っ掻いていると突然に窓が跳ね上がった。バネ仕掛け。何のことはない。現場は密室ではなかった。
 ここに至って、フィールズは妙な既視感を覚える。この状況に思い当たることがあるような。ほどなくしてそれがある謎解き小説であることが判明した。
 世界初の探偵推理小説、エドガー・アラン・ポー執筆の「モルグ街の殺人」である。犯行現場はこの小説に書かれているのとまったく同じなのだ。

 本作は公開直前である。ミステリ作品なのでネタを割ることは避けるつもりだけれど、語ることに夢中になると禁忌を忘れる嫌いがある。万が一にも真犯人の名前を挙げてしまったら申し訳ない。興が乗って大事なことを明かしてしまう気がする。ポロッとこぼしちゃう。
 本記事を書き終えて読み返してみる。すると、自分でもびっくりするほどネタを割っちゃってる。犯人の姓も主人公が迎える結末も明かしてしまった。
 だから、ここから先は本作を観てから進むことを推奨します。いや、ホント。
 本作の内容をまだ知りたくない向きは、速やかに「戻る」をクリック!

amazon:[文庫] 黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫)  犯罪の立案者にして世間の評判の芳しくない男に嫌疑が向けられる。これは無理からぬこと。エドガー・アラン・ポーを参考人聴取するのは警察としても当然だろう。しかしこれはてんで的外れ。自分が思い描いた出来事や光景の現実化を作家は望んでいるわけではない。想像が具現化したものを見て感慨を抱くことはあれど、状況次第によっては喜ぶことはないだろう。
 論敵のグリズウォルドが惨殺された事件でその現場を目の当たりにしたポーは、自らが「落とし穴と振り子」で描いた装置の現実的な大きさに驚く。想像と現実との違いに作家は戸惑いさえ感じる。
 アリバイの成立したポーは、容疑者から晴れて捜査協力者の立場となる。殺人犯に対する警察捜査陣の見方は、小説の内容を実現させる狂った小説家から小説の内容を現実にて模倣する狂った読者へと変わった。つまり、これはコピーキャットによる連続殺人事件なのだ。
 コピーキャットを扱う場合、その事件は複数を用意しなければならない。これが一件だけだと模倣なのか偶然に似てしまったのか判別できないからである。模倣の確固たる意思を示すには複数からなる事件を作り出さなければならない。コピーキャットは自らの精緻なる模倣を誇る場を欲している。そのためならば声明すら残す。
 本作のコピーキャットが望む観衆はただひとり。偉大なる作家、エドガー・アラン・ポーのみ。すべてはポーに向けられたファンレターであり挑戦状である。そして招待状でもある。コピーキャットはエドガー・アラン・ポーとの二人きりの対決を望んでいる。
 こういう作品の場合、ポーとコピーキャットの直接対決が最後に用意されていると考えられる。となると邦題が気になってくる。"最期の5日間"だと? そうするとつまりポーは負けるのか?

amazon:[DVD] 世にも怪奇な物語 HDニューマスター版  エドガー・アラン・ポーが恋愛に関して情熱家だということは巷間に知られている。愛さえあればその相手が親戚であることも彼女が結婚を許される年齢に満たなくても関係ない! そんなポーの一面を反映して、本作ではひとりの女性への愛が彼を衝き動かす。世間には秘匿している婚約者のエミリーを救出すること、それこそがポーの行動原理となる。ただし、このヒロインには個人的に魅力を感じないのでどうにも乗れない。ジョン・キューザックが懸命になればなるほど冷めてゆくのを自覚する。また、二人の愛の軌跡があまり描かれていないのもイマイチ盛り上がれない理由のひとつだ。その愛情の深さが台詞でしか担保されてないので、どうにも上滑りな感じがして物足りない。
 とにもかくにもエミリー・ハミルトン嬢の奪還がなるかどうかが、ポーとコピーキャットの勝負を決する。
 そのエミリーは誘拐された後、「早すぎる埋葬」そのままに生き埋めにされる。コピーキャットが四件の殺人で手本としたのは「モルグ街の殺人」、「落とし穴と振り子」、「マリー・ロジェの謎」と「アモンティリャードの酒樽」。また「赤死病の仮面」や「告げ口心臓」をモチーフとして自分の犯罪芸術を彩る。「早すぎる埋葬」と「アモンティリャードの酒樽」が"生き埋め"というモチーフで重なるところが味噌で、この類似点が展開において起伏を生む。巧い。
 エミリーが試みる脱出劇は失敗するのだが、その過程で彼女はコピーキャットの生活環境を目の当たりにする。このおかげで真犯人がどういう人物なのか多少なりとも示すことができた。ここからコピーキャットの芸術家たらんと欲する心性が浮き彫りとなり、ポーに対して崇敬と羨望と嫉妬があるのだろうと考えられる。曰く云いがたい感情が転じて、このエドガー・アラン・ポーのファンは自身が敬愛する作家を超えようとしている。

amazon:[Blu-ray] 推理作家ポー 最期の5日間 ブルーレイ+DVDセット  作家の想像を現実化することで作品への理解度を高める。作品を自分なりの方法で咀嚼し自らの血肉にすることによって作者との同化を図る。これはカニバリズムに通じるものがある。
 カニバリズムとは、優れたる者の身体の秀でた部位を食すことでその能力を己のうちに取り込むという考え方だ。例としては、腕力に勝る者を打ち倒した後、その腕を食らうことでその腕がそなえていた力を自分のものとする。行為自体はおぞましいが、そこにあるのは憎悪ではない。その力を認め、自分のものにしたいと望む気持ちがある。カニバリズムには征服の喜びはあるだろうけれども、むしろ現状からの"成長"を意図するところが大きい。食の嗜好や愛情の表現方法などではない。
 このカニバリズムの考え方を敷衍したのが本作のコピーキャットだ。エドガー・アラン・ポーが生み出した作品群は彼の血と肉でできた分身と考えると、ポーの熱烈なファンは作家の作品を現実化することでそれらを"食らった"、つまり獲得したものと捉えられる。だから、本作で著しく"成長"するのは実はコピーキャットなのだ。
 主人公のエドガー・アラン・ポーもまたポー文学の最高傑作を物するまでに至る。心身ともに疲弊の極みにありつつも、ポーの天才は悲壮感に満ちた結末を書き上げる。これはコピーキャットに導かれてその高みに押し上げられたかっこうだ。そしてその結末が故にポーは毒を呷らねばならなかった。コピーキャットは、これまでポーの作品を現実化してきたように、書き上げられたばかりの作品を遺作にすべくその結末を現実化するのだから。
 最終対決の場面で監督は意を用いている。ポーと正対したコピーキャットの動作はまさに鏡像の如し。この場面で読者が作家との同化を完了したことを示す。しかし、それは本当だろうか?
 コピーキャットはその主観においてエドガー・アラン・ポーを食い尽くした。その貪欲は次の標的を定めてフランスを目指す。
 自らの死を前にしてエミリーを奪還し、自分の求めるところを成し遂げたポー。彼は朦朧した意識のなかで最後の言葉を吐く。
 エドガー・アラン・ポーは死を前にして譫妄状態にあり、その際に「レイノルズ」と口走ったとのことだ。"レイノルズ"が誰の名前なのか何を意味するのか判明していないが、本作ではこれを真犯人の名前としている。この符合は史実に引き寄せていて、なるほど面白い。
 果たしてレイノルズはエドガー・アラン・ポーのすべてを喰らい尽くしたのだろうか?

 エドガー・アラン・ポーは文学と恋愛へ情熱を傾けるだけの人ではない。生涯にわたって死に魅入られた男だ。幾つもの死別を経験して、それらが作品に投影されている。ポーがあの時代において殺人事件を創出し、そこに"祝福される死"を描き得たのは、死生観に独特なものがあったからに違いない。論理によって死を超克せんとするも、この真理は闇の中にある。手をのばせば闇に引き込まれるは道理。ポーは既に大鴉に見詰められていたのだ。ならばレイノルズはどうか?
 ポーに惹かれ、ポーに憧れ、ポーを自分の血肉にしようと挑んだ。彼に引導を渡し、凱歌をあげたレイノルズだったが、ポーを食らうということは彼が纏う死の影をもその身に取り込むということだ。つまり、死ぬ。
 ポーの残した言葉が示すその遺志は、彼とともに戦った同志が果たす。敵は生きながらに墓穴に身を横たえているようなものだ。もう手遅れだ。大鴉が傍らで啼いている。

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