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ケネス・キットソンに花束を

「ボーン・レガシー」公式サイト 「ボーン・レガシー」を観た。
 マット・デイモンが主演して世界的大ヒットとなった「ボーン」シリーズ。三部作は見事に完結した。彼らの陰謀うずまく物語は幕を閉じたとばかり思っていたのが、ジェレミー・レナーを主演に据えて新たな伝説を紡ごうとは。
 ジェレミー・レナー演じるアーロン・クロスは、ジェイソン・ボーンとは異なり遺伝子操作を為された人間兵器。彼は"トレッドストーン"計画で生まれたのではない。彼を生んだ人間兵器養成計画の名前は、"アウトカム"。
 ガーディアン紙の記者が"トレッドストーン"とジェイソン・ボーンについて嗅ぎまわっている。しかもサイモン・ロスは"ブラックブライアー"にさえも辿り着いたようだ。これはアメリカ合衆国の情報工作のすべてに影響を及ぼす緊急事態となる可能性がある。これに対してCIAは事態を収拾できないかもしれない。重要度の高い作戦を守るためには最終手段をとるしかない。
 国家調査研究所のリック・バイヤーは優先すべきことを心得ている。事態の速やかなる収拾を託された彼は、さながら天才外科医がメスをふるうが如く的確な指示を下す。何を守り、そのために何を切り捨てるのか。手遅れになる前に病巣となりそうなものは切除しなければならない。

amazon:[Blu-ray] 【Amazon.co.jp限定】ジェイソン・ボーン・トリロジーBOX スティールブック仕様(完全数量限定)  これは紛れもなく「ボーン」シリーズの作品だと宣言するように、水に浮かぶ男から物語は開幕する。雪深いアラスカ、身を切るような冷たさを感じる川に飛び込んだのはアーロン・クロス。彼もまたジェイソン・ボーンと同じように人間兵器である。彼が被験者となった"アウトカム"では、二種類の薬物によって身体と神経のそれぞれの働きを飛躍的に向上させる。見方を変えると、薬がなければ常人に戻るわけだ。
 ジェイソン・ボーンとパメラ・ランディとの共闘は"トレッドストーン"と"ブラックブライアー"だけではなく、進行中や準備中の作戦にも影響を及ぼす。"トレッドストーン"計画でこれの中枢を担ったアルバート・ハーシュ博士が親交を深めているのがダン・ヒルコット博士。彼は"アウトカム"計画の中心人物だ。この二人の交友を示す映像は動画サイトにあげられていて世界中でシェアされている。ハーシュが逮捕となれば彼もろともヒルコットとその事業までも表沙汰になるかもしれない。彼らの軽はずみな行動をここで悔やんでも意味はない。今は"アウトカム"計画を守ることを考えなければならない。
 国家調査研究所のリック・バイヤーは全作戦計画の即時停止を選んだ。こうして"アウトカム"計画の人間兵器は、彼ら自身に非はないにもかかわらず切り捨てられることとなった。また、"消去"されるのは彼らだけではなく、"アウトカム"に関係した科学者も同じ道を辿る。

 ジェイソン・ボーンは、記憶を失ったことでCIAの支配下から逃れるも、自分自身の過去と決着をつけるために巨大組織との闘争に身を投じた。ジェイソン・ボーンの闘いは、いうなれば自分を取り戻すためのものだった。彼はデビッド・ウェッブであった記憶を取り戻し、再生の海へと還っていった。
 それでは、アーロン・クロスはなぜ闘うのか?
 アーロン・クロスの事情はジェイソン・ボーンとは異なる。突然の襲撃から身を守ったアーロンは考える。どんな事情があるかわからないが自分が組織から切り捨てられたことだけは確かだ。アーロンは生き延びるために身代わりを用意して自分の死を演出した。これによって彼は自由を手に入れられたし、偽装工作を駆使すれば身分を偽って生きてゆけるのに、それでも知人に会うという危険を冒す。その相手は職場において同僚の銃乱射から生き延びた女性研究者、マルタ・シェアリング。彼女の生存によって国家調査研究所は二つめの失敗を犯したのだが、彼らはアーロンを仕留め損なったことを知らない。自分と"アウトカム"を繋げるステリシン・モルランタ社で起きた事件を知って、そこに何らかの思惑があることに気付きながらも、アーロンがマルタに会いに行くのには理由がある。アーロン・クロスもジェイソン・ボーンと同じく理由なき行動はしない。
 せっかく手に入れた自由を脅かしてまでアーロンが欲したのは薬だ。"アウトカム"の核心、人体に化学的な変化を齎す薬を求めて彼はマルタと接触した。アーロン・クロスは、たとえ生涯にわたって薬を手放せなくとも己が超人であることを捨てられなかった。人間兵器であることに未練はないが、超人であることにしがみついたのである。

amazon:[新書] アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)  私は「ボーン」シリーズを、死と再生を繰り返すジェイソン・ボーンが人間へと生まれ変わるまでを描いた物語と捉えている。物語の出発点でボーンは"フランケンシュタインの怪物"である。この怪物は、彼が積み上げた数十体の死人によって作り上げられ、特殊訓練によって高い知性と身体能力を誇る。それにもかかわらず名前を持たず、自分の出自を知らない。
 ジェイソン・ボーンは空っぽな記憶のなかに自分を取り戻そうと、過去と向き合って自分が積み重ねた屍から死者の名前を知ろうと努める。それは死者との決着の後にその屍をその身から引き剥がし、怪物性を脱ぎ去ろうとしているかの如く。
 人間への転生を図るジェイソン・ボーンに対してアーロン・クロスは怪物性を自分のものにすべく闘う。それに協力するのはマルタ・シェアリング。その名前にメアリー・シェリーを重ねるのは牽強付会にすぎるだろうか? ただし、アーロン・クロスは名無しの怪物ではない。彼にはバックボーンがある。
 アーロンが肉体はともかく知性の現状維持を望んだのは、彼のそもそもの知性の低さが理由だ。それは本来ならば入隊試験をパスできないレベルである。それが故の迫害を受けても軍隊にしがみつく男にチャンスが与えられた。"アウトカム"の薬は男の世界に大きな変化を齎した。実験の成功例となったNo.5は、"殉職"の栄誉と新たな身分が与えられた。ケネス・キットソン上等兵はもういない。アーロン・クロスが誕生した。
 アーロン・クロスは自分を失わないために闘う。ケネス・キットソンに戻るということは、頭の弱い男になるのと同義。そうなってしまっては普通に暮らすのも困難となる。かつての自分を客観視すればするほど、その状態に逆戻りすることには恐怖しか覚えない。アーロンは超人のままでいたいのではなく、役立たずの無能に戻ることを回避したいのだ。それ故に怪物となることを選んだアーロン・クロス。
 本作は、知性を保つのに薬を必要としない肉体をアーロン・クロスが手に入れるまでを描いている。ジェイソン・ボーンとパメラ・ランディの共闘が契機となり、そこにアルバート・ハーシュとダン・ヒルコットの交友が分岐点となってリック・バイヤーがお膳立てをした。そして遺伝子操作による超人が生まれた。"アウトカム"計画における最高にして最強の人間兵器が誕生したわけだ。アーロンが、組織の拘束から自由となってはじめて最高傑作と成り得たのは皮肉である。

amazon:[Blu-ray] 【Amazon.co.jp限定】ボーン・レガシー スチールブック仕様ブルーレイ(デジタルコピー付)(完全数量限定)  本作におけるアーロン・クロスの物語がどういうものかは理解した。物足りないのは怪物を追う者の描写だ。国家調査研究所のリック・バイヤーは造物主の眼差しをもって"消去"を敢行する。眉ひとつ動かさずに指示を下すリックだが、想定外の事態が続出して眉間には皺が寄る。表情が変わったのはアーロン・クロスの生存が事実として眼前に立ち上がったとき。リックにはアーロンとの間に何か抜き差しならない事情があるように思われるのだが、これが明らかにならない。
 アーロンとリックの関係だけではない。まるで続編あることが前提となっているような脚本で、回収されてない伏線が山盛りだ。「ボーン・アルティメイタム」で明らかになったはずの"トレッドストーン"と"ブラックブライアー"も、計画における中心人物の不慮の死によって真相究明は為されず、パメラ・ランディは窮地に陥っているようだ。ここにおいて"ラークス"計画の「完璧な」人間兵器を退けたアーロンはマルタとのんびりバカンス気分。そこにモービーの「Extreme Ways」って、アレ、これで終わり?
 映画館で目にした予告編、そしてテレビCM。これらの映像から思い描いていた内容と本作は大いに違っていて、それは全然構わないのだけれど、期待していたようなカタルシスを得られなかったことの失望はある。自分の望みが叶ったら知らん顔か、アーロン・クロス。この男の尻の穴は小さいな。
 とにかく次回作を観るまでは新たな「ボーン」シリーズの評価は控える。この時点で本作自体の評価は高くないと云わざるを得ないのだが、嫌いにはなれないのだなあ。これはアーロン・クロスも同じ。瑕疵はある。不満もある。でも、だからといって切って捨てられる作品ではない。
 どことなく消化不良の残る旅路であった。でも全然嫌いじゃないからまた観ることもあるだろう。不思議な作品だ。

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