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揺籃の波に浮かぶ

amazon:[Blu-ray] ボーン・アルティメイタム  マット・デイモン主演、「ボーン・アルティメイタム」を観た。
 モスクワにて満身創痍のジェイソン・ボーン。応急処置のために飛び込んだ洗面所でまたもやフラッシュバック。水を湛えた水槽に叩き込まれる男。あれは自分か?
 自分が知らなければならないことがあの場所にあるなら、必ず辿り着いてやる。もう逃げない。置いて行かない。必ず"自分"を見つけ出す。
 ロンドンでひとりの男が携帯電話での会話中、ある単語を口にする。「ブラックブライアー」がそれだ。エシュロンがこれを発見、男はCIAの対テロ極秘調査局の監視対象となる。男はガーディアン紙の記者だ。サイモン・ロスはCIAの"トレッドストーン"計画とそれが生み出したジェイソン・ボーンを追跡調査していた。そのサイモンが発した一言が彼自身を窮地に追い込む。
 緊急事態の勃発にCIAの対テロ極秘調査局と内部調査局とが合同で作戦行動を行う。組織の中でも最重要機密である"ブラックブライアー"について漏洩のおそれがある。それにジェイソン・ボーンの関与が疑われる。この男についてはそろそろ決着をつけなければならない。

amazon:[Blu-ray] ボーン・アイデンティティー  本作で描かれる事件の中心にあるのが"ブラックブライアー"計画だ。この黒薔薇計画は、その内容こそ本作ではじめて聞かされるものだが、名称だけなら「ボーン・アイデンティティー」で登場している。コンクリンを始末して"トレッドストーン"計画を終了したアボットがその後継の作戦として挙げたのが"ブラックブライアー"計画だ。これについて委員会で発言するアボットの姿を私たちは目にしている。
 現在、"ブラックブライアー"を統轄しているのは対テロ極秘調査局だ。局長のノア・ヴォーゼンが内部調査局長のパメラ・ランディに説明したところによると、"ブラックブライアー"は作戦行動の決定権を現場に委ねるものだ。CIAの活動においては事前に議会へ申請をし許諾を取るのが通常だが、対テロ工作においてはこの一連のプロセスが命取りになる。事態は一分一秒を争うのだ。現場の判断で自由に活動できなければ事態は取り返しのつかないところまで進んでしまう。たかが書類一枚を作成するために、部下を危険に曝し、そのうえアメリカ合衆国の無辜の市民がテロリズムの犠牲となるかもしれない。
 ヴォーゼンの言葉には説得力があることを認めざるを得ない。綿密な作戦を立てても上からの許諾が得られなければ指一本動かせない現状に苛立っているのはパメラも同じ。枷を強いられたままでは十分な活動はままならない。それは理解できるし自分のこととして実感できる。ただし、チェック機能のないままに自在に振るわれる強大な力には注意しなければならない。それが正しく扱われる保証はないのだから。
 先だっても人間兵器を自分の利益のために使った過去を追及された男がいた。男は自供した内容を録音され、その事実に観念して自殺した。
 大いなる力には責任が伴う。腐敗を避けるためには適時のチェックが必要だ。それこそ自分たち内部調査局の領分だ。
 ジェイソン・ボーンを生んだ"トレッドストーン"計画は、人間兵器養成だけを指してそう呼ばれるのではなかった。その成果を実際に活用した作戦行動そのものが、"トレッドストーン"の名のもとに行われてきた。それは"ブラックブライアー"も同じ。人間兵器の養成と彼らによる作戦行動(暗殺等の不正行為を含む)、そしていかなる不正行為であっても事前申請と報告の必要を持たない超法規性。この矛と盾が"ブラックブライアー"計画の二本柱だ。
 黒薔薇の名のもとに不可視の絶対的な暴力を手に入れたCIA。それだけに「ブラックブライアー」の全貌が暴かれることだけは絶対に避けねばならない。だから、サイモン・ロスはCIAに狙われたのだ。"ブラックブライアー"の秘密に迫る危険分子として。実際は何の背景も持たない、ただの新聞記者なのだけれど。
 そこに現れたのはジェイソン・ボーン。彼が記憶を取り戻していて"トレッドストーン"計画のことを新聞記者に話すのなら、"トレッドストーン"に連なる"ブラックブライアー"まで白日の下に曝されてしまう!
 この仮定はヴォーゼンにとって最悪のシナリオだ。絶対に回避しなければならない。現場の判断でサイモン・ロスの暗殺は決定した。"ブラックブライアー"の発動だ。

 クライマックスはモスクワで死闘を演じた前作。ネスキー夫妻の遺児に真相を述べた後と思われる逃避行から本作は開幕する。ここにマリーを喪って立ち止まることを自らに許さないジェイソン・ボーンの本気が窺える。
 マリーの兄と会って彼女の死を伝えたボーンは、生前のマリーが彼に願ったように過去の記憶のすべてと向き合う覚悟を決める。この宣言の後、ボーンは"ガーディアン"の記事を読む。記名記事の主は"トレッドストーン"についてかなり詳しく取材しているのが窺える。サイモン・ロスに会って情報の出どころについて聞きたい。
 慎重に連絡をとってサイモンと接触。ボーンは記者に監視がついていることを看破する。このままではサイモンは殺されてしまう。彼がつかんでいることの詳細はわからないが、サイモンが何らかの重要な情報を握っているからこそのこの事態であるのは確定的。サイモンを守らなければならない。
 ウォータールー駅を舞台にした盤面の戦いは、指し手の息詰まる攻防が素晴らしい! 数的不利も群集を味方につけてこれを覆し、優勢に立っていたボーンだったが最後はサイモンの死で投了。サイモンを無事に逃がすという勝利条件はCIAの腕利きを相手にするには簡単ではないにせよ、サイモンが指示通りに動いていたらボーンは負けなかったはず。敗因はサイモンが素人だったこと。
 しかし、転んでもただでは起き上がらないジェイソン・ボーン。サイモンの荷物から資料を持ち出して 、彼の情報提供者が誰かを探る。CIAの反応から自分は核心に近付いていることを確信する。

 ボーンがニール・ダニエルズに迫るようにパメラもマドリード支局長に照準を合わせる。組織の外部と内部から真相へと肉薄する二人。"ブラックブライアー"に関する本当の機密事項を守りたいヴォーゼンはパメラを牽制する。ニールを餌にボーンを釣り上げて一網打尽にする。殺害対象が広がろうと"ブラックブライアー"の矛は仕事を仕損じないし、"ブラックブライアー"の盾があるおかげで後始末に頭を悩ます必要もない。これが「最上を望み、最悪に備えた計画を立てるべし」というものだ。
 ここでニッキー・パーソンズが三度登場。地味に皆勤賞だ。"トレッドストーン"計画でボーンら人間兵器の管理を行っていたニッキーは、彼らのメンタルケアをも任務としていたようだ。ボーンとの会話から窺えるのは、彼女がどういう手段をもってその任務を遂行していたのか、ということ。ニッキーもまた"トレッドストーン"の被害者だ。
 マリーを死なせてサイモンを救えなかったボーンにとって、ニッキーを無事に逃がすことが己に課する責務となった。人を殺すことしかできなかった自分との決別を死んだマリーに誓ったからには、それを実現してみせなければならない。
 タンジールでの調査は失敗に終わった。ニールをむざむざと死なせてしまった。しかし一方でニッキーを守りきった。偽の報告を流して時間稼ぎをした。つかんだ手掛かりはひとつ。それは、"トレッドストーン"計画が始まったのがニューヨークだということ。
 ボーンは敵地に乗り込むことを決意する。

amazon:[Blu-ray] ボーン・スプレマシー  パメラ・ランディの携帯電話に着信がある。書類に目を通していた彼女が電話に出ると、相手はジェイソン・ボーン。ここからの二人の会話に既視感を覚える。アレ、この会話って?
 そして思い出す。前作「ボーン・スプレマシー」はモスクワで終わったのではないことを。すべてが終わった後、ニューヨークに現れたボーンがパメラに電話をかけ、自分が近くから彼女を監視していることを匂わせる言葉を発し、それに振り返ったパメラを映してモービーの「Extreme Ways」がエンドクレジットを誘ったことを。
 ああ、あの場面はここに繋がっていたのか。対テロ極秘調査局のエシュロン使用とCIA内部の力学を把握したうえでボーンとパメラの会話を聞くと、これがただの挨拶ではないことが理解できる。意図のない行為とは無縁のジェイソン・ボーンが、盗聴の危険を承知で連絡をとる理由とは?
 これはヴォーゼンが行使した作戦と同じだ。ニール・ダニエルズを餌にボーンを釣り上げようとしたのを、ボーンは配役を変えただけ。パメラ・ランディを餌にしてボーン殺害を狙うノア・ヴォーゼンを誘い出す作戦だ。ボーンの狙いはヴォーゼンのオフィスに入り込んで、金庫の中身を奪うこと。
 ボーンが自分の過去を清算するのを目的とするなら、パメラはCIAの暗部を清算するのが目的だ。自分と自分の所属する組織に不正があることをパメラは許さない。ここにボーンとパメラの共闘は成る。二人は東71丁目の415番地で待ち合わせる。デビッド・ウェッブの生年月日は71年4月15日ではなかった!
 ヴォーゼンが隠してきた"ブラックブライアー"計画の最重要機密とは、国益を最優先するためとの名目で暗殺対象をアメリカ国民に広げていることだ。国家が刑事罰としての刑の執行とは別に国民を殺害する。たとえ諜報機関といえどこんなことが赦されるわけがない。"ブラックブライアー"は、全体主義へのはじめの一歩だ。
 ヴォーゼンが懸命になって"ブラックブライアー"計画を隠してきた理由、エズラ・クレイマーCIA長官の関与が認められる機密書類は、ボーンからパメラの手に渡った。これをどうするかをボーンはパメラに一任する。告発するも昇進の切り札にするも彼女の自由だ。艱難辛苦を乗り越えてこの書類を手に入れたジェイソン・ボーン。CIAの不正を世に問おうとするも志半ばに命を落としたサイモン・ロス。自らが所属する組織の暴走を止めようと新聞記者に接触したニール・ダニエルズ。パメラが手にしている書類は、彼女が自分の出世のために利用してよいものではない。
 パメラ・ランディは彼女の闘争を始める。

 この部屋でジェイソン・ボーンは産声をあげた。
 デビッド・ウェッブは志高くその計画に志願したが、その実態を知って翻意する。拷問と不眠が若き兵士を苛んで、徐々に思考能力を奪う。眼前の標的は殺されて当然の男で、手にした拳銃で狙いをつけてトリガーを引けば後は好きなだけ眠ってよいのだぞ?
 黒い袋を被されていて顔の見えない男。この肉袋に撃ち込まれる銃弾。その手に残る銃の感触と発砲の衝撃。デビッド・ウェッブは人を殺した。アルバート・ハーシュ博士が祝福の言葉をかける。
 おめでとう! 君はジェイソン・ボーンだ!
 このアルバート・ハーシュ博士 こそが、特別研究所の主席医師として"トレッドストーン"の人間兵器を生み出したのだ。そしてニール・ダニエルズは、特別研究所の訓練監督官だった。記憶のなかでボーンを拷問する二人が、分娩室の雰囲気を醸す一室で実体を取り戻す。デビッド・ウェッブが体験した通過儀礼によって彼は死に、ジェイソン・ボーンが生まれた。ここが始原の海。
 コンクリンはヴィクター・フランケンシュタインではなかった。ハーシュこそが怪物の生みの親だったのだ。ここで生みの親と対決するのが物語の約束事だ。諸悪の根源を倒さなければジェイソン・ボーンことデビッド・ウェッブは前に進めない。その決着として彼はここでも殺人を犯さず、殺人機械に立ち戻ることだけは断固として拒絶した。
 ハーシュ博士は壊れかけた最高傑作を直すため、自分の身を晒したのではないだろうか? 自分を人間兵器と変えた博士に対して怒りでもって銃弾を撃ち込めば、ボーンに残るのは殺人機械としての自覚である。殺人でしか問題を解決できない人間がCIAの何を糾弾できる?
 しかし、その目論見は外れる。かつての被験者は立ち去り、アルバート・ハーシュは敗北感に打ちひしがれる。思えばジェイソン・ボーンは正当防衛でしか人を殺してない。コンクリンもアボットもその手にかけてない。彼らの死は彼ら自身の価値観が齎したものだ。

 イーストリバーに浮かぶ男の体。闘争の果てにジェイソン・ボーンは死んだのか?
 その通り。ジェイソン・ボーンは死んだ。人生の節目を海の中で迎えた男は、再生の海の中でまたもや生まれ変わる。その姿はフランケンシュタインの怪物のそれではなく、紛うことなく人間の姿をしている。過去を洗い流した男がそこに浮かんでいる。
 すべては終わった。君は自由だ。さあ、泳げ!

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Comments:2

umekou 2012年10月 3日 00:11

こんばんは。

「ボーン」シリーズ、何度見ても面白いですね。
いつ見ても思うのが、「俺もボーンになりてぇー」。
この能力あったら絶対生き残っていけますね。

サテヒデオ 2012年10月 3日 12:57

umekou様
 コメントをくださいましてありがとうございます。
 ホント、「ボーン」シリーズは面白いですよね。あらすじを知っていてもやっぱりドキドキわくわくしてしまう。何度も観られる三作品です。
 さすがにボーンになりたいとは思いませんねえ。能力を身につけるために水槽に顔を突っ込まれるのも眠りを妨げられるのも絶対にイヤです!

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