さわるな危険! | HOME | 縁は異なもの

名無しの権兵衛

amazon:[Blu-ray] ボーン・アイデンティティー  マット・デイモン主演、「ボーン・アイデンティティー」を観た。
 記憶喪失の男が、自分は何者なのかを探るため、わずかな手掛かりをもとに"自分"を追跡する。記憶を取り戻すべく動き回る男は行く先々で問題を起こし、現地警察に追われる身となる。そして、そんな男をCIAも追うのだった。
 銀行の貸金庫に預けてあったのは大金だ。しかも世界各国それぞれの紙幣で。そして、名義の異なるパスポートが六通あり、しかしいずれも自分の顔写真が貼り付けてある。最後に一丁の拳銃が。世界各国の金を持ち、幾つもの名前と身分を有し、拳銃を所持するというのは、いったいどんな人間なんだ?
 主人公の正体について今更隠すつもりはない。本名はともかくジェイソン・ボーンの名前で呼ばれる男は、CIAによって養成された凄腕の工作員である。「トレッドストーン」と名付けられた計画の全貌は本作では明らかにされない。
 人間兵器製造計画"トレッドストーン"の被験者はボーンのほかにも登場する。いみじくも「被験者」と表したが、彼らは条件付けによって行動をCIAにコントロールされているようだ。彼らは絶え間ない頭痛と幻聴に苦しみ、作戦行動を終えるたびにあたかも帰巣本能がそなわっているかの如く帰還するようプログラムされている。ボーンと死闘を演じた"プロフェッサー"は、トレッドストーン計画によって変えられた自分自身と現状を悔いて、こんな生き物に変えたCIA上層部を恨んでいた。
 ボーンは記憶を喪失して組織のくびきからの自由を得た。しかしそれも仮初めの自由だ。本当の自由を手にするには決着をつけなければならない。

 マーシャルアーツにカーチェイス、本作に盛り込まれたアクションの数々は主人公のバックボーンを提示するうえで必要不可欠な要素である。考える前に体が動くところを描いて、"トレッドストーン"の作り出した人間兵器の凄みを表現することに成功している。チューリッヒで職務質問を受けた際に警官の突き出した咄嗟に警棒をつかんで、パリで壮絶なカーチェイスを演じて逃げ切った後、ボーン自身、自分の行為に驚いているのがこちらに伝わってくる。何気ない立ち振る舞いのさなかに状況把握していること、目的とする情報を得るためにどのような手段を講じるべきか、自分が存在したことの痕跡を残さないようにするにはどうすべきかを常に考えて行動することが当たり前となっている。なぜだ? なぜこんなことが習い性となっている? 自分はどういう種類の人間なのだ?
 巨大組織に立ち向かう孤高のヒーロー。実は彼こそは巨大組織に所属する人間兵器だった。
 巨大組織の一員として改造を施された主人公が反旗を翻して巨悪に挑む。この図式は「仮面ライダー」や「サイボーグ009」で経験済み。楽しむための回路はできあがっている。数多のヒーロー像を受け入れてきた日本人にとって、悪魔の力を身につけた正義のヒーローは馴染み深いし、諸手をあげて大歓迎だ。
 ただしジェイソン・ボーンは正義の味方というわけではない。彼が望むのは世界平和でも何でもなく、自分の記憶を取り戻すことである。そして自分が何者であるか判明するにつれて、組織と暗殺稼業から自由になることを求めるようになる。この望みが易々と受け入れられるほど諜報の世界は甘くない。痛くもない腹を探りあって却って胃痛を催すような、そんな住人たちが揃っている。彼らは何事にも因果を求めて、それに納得できなければおさまらない。
 CIAはジェイソン・ボーンの"反乱"にもそれらしいバックボーンを見つけ出そうとする。通りすがりのマリーに政治的な背後関係を見出そうとして部下に発破をかけるコンクリンの姿は、彼が有能であることを辣腕をふるうところを描くことで示しているのだろうが、ボーンの事情を知る私たちにとっては彼が空回りしているのをわかるだけに失笑モノである。
 真相を解明しようとするジェイソン・ボーンも真相を闇に葬ろうと画策したジェイソン・ボーンも、その技術はCIA仕込み。同じ方法論を用いるも、立場が異なれば正反対の結果を得る。現在のジェイソン・ボーンが成功し、以前のジェイソン・ボーンが失敗したのは、いずれも同じ理由だろう。それは彼が"機械"に成りきれなかったという一点。
 幾つもの名前と身分、殺人の罪をその身に刻む肉体。高い知性と卓抜な技能をそなえるも、自分を失って世界を彷徨う。その姿は、メアリー・シェリーの物した『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』に登場する怪物ではないか!
 ジェイソン・ボーンは仮面ライダーでありサイボーグ009でありデビルマンであり、彼らがそうであるように"フランケンシュタインの怪物"の直系の子孫なのだ。

amazon:[文庫] フランケンシュタイン (光文社古典新訳文庫)  自分を生きるために彼は殺人兵器のジェイソン・ボーンを殺した。生き返った男は過去と決別するために"前世"を探り当てなければならない。そうしなければ前に進めない。そんな彼の前にマリーが現れたのは天の配剤である(ああ、その名はメアリーならぬマリーである!)。すべてにおいて計画を立てて最善を図るボーンとは正反対に「当たって砕けろ!」式を貫くマリーは、彼に新鮮な驚きを与えてくれる。予定調和を打ち破るマリーは、それまでにボーンが身につけた方法論とは全く違うやり方で物事を進めてゆく。そんな彼女の姿はボーンの目には眩しく映ったことだろう。その手は、地獄に垂れた蜘蛛の糸のように感じられたかもしれない。
 その糸を断ち切らんとするのがコンクリンに代表されるCIAだ。諜報戦の亡者どもが糸に群がってボーンを引きずりおろそうとするのは、彼がこの地獄から抜け出すのを許せないから。人を疑って、ちょっとした行動もその裏を読んで、出世と保身のために同僚さえも裏切って。そんな生活から自分勝手に離脱しようなんて、どうして認められるものか!
 自身もまた組織の力学に翻弄されるコンクリンには、神の領域に挑んだヴィクター・フランケンシュタインの戴いたような哲学はない。哲学をそなえた科学技術でさえ怪物を生み出すのに、そこに哲学がないのであればいったい何が生まれてしまうだろうか?
 壊れかけの人間兵器が幾人もボーン抹殺に投入される。言葉もなく、感情の起伏も感じられない死闘が演じられ、生き残ったのはジェイソン・ボーン。三千万ドルを投じて育て上げた人間兵器も手に負えないようであれば費用対効果が思わしくないと評してこれ以上の計画続行を停止せざるを得ない。ああ、「費用対効果」。やっぱり哲学がない。
 かくしてコンクリンは失敗の責任を取らされ、"トレッドストーン"計画は頓挫した。その責任者であったアボットは新たに"ブラックブライアー"計画を推進する。この黒薔薇計画もジェイソン・ボーンとの間に関係が生じるのだが、それはまた別の話。
 ジェイソン・ボーンが人間としての自分を取り戻すのは容易ではないだろう。その手は何人も殺している。全身は返り血で真っ赤に染まっている。自分の"仕事"を思い返すたびに苦しむことになるだろうが、過去は変えられない。振り返ると、暗殺者として生きた自分がそこに立っている。
 次にジェイソン・ボーンが対決するのは、過去からの亡霊である。

さわるな危険! | HOME | 縁は異なもの

Comments:0

Comment Form

Trackbacks:1

TrackBack URL for this entry
http://mescalinedrive.com/mt-tb.cgi/158
Listed below are links to weblogs that reference
名無しの権兵衛 from MESCALINE DRIVE
ボーン・アイデンティティー from 象のロケット 2012-09-30 (日) 03:40
自身の身元も経歴もわからない記憶喪失の男ジェイソン・ボーン。 しかし、彼は語学に堪能、そして強靭な肉体に恐るべき戦闘能力を身につけていた! 一方CIA本部...

Home > 名無しの権兵衛

Feeds
blogram投票ボタン フィードメーター - MESCALINE DRIVE 人気ブログランキングへ
Message
Visitor

Return to page top