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縁は異なもの

 更新が滞っているので、かつてのブログから内田けんじ監督作品のレビューを多少の手を加えて再掲。手を加えてはいるけど、本当のところは手抜きなんじゃないの?
 その通りである! いや、ホント、「日本映画」カテゴリの二本目が再掲とはこれ如何に。

amazon:[DVD] 運命じゃない人 「運命じゃない人」を観た。
 桑田真紀は大きな荷物と共にその部屋を出た。将来を約束した男との同棲を一方的に解消。もう戻るつもりはなかった。これからはひとりで生きてゆくのだ。男に裏切られた不幸も悲壮な決意も空腹には勝てない。懐具合は心許ないが、今夜はレストランで食事をするとしよう。
 宮田武は平凡な会社員。ひとりで住むには贅沢すぎるマンションの自室に帰り着くと、友人から電話が掛かってきた。帰宅直後の落ち着く間もないところに食事の誘い。気乗りしない武だが、友人が云うには特別な話があるとのこと。武の別れた恋人について伝えたいことがある、と。武は部屋を飛び出した。
 神田勇介は私立探偵だ。浮気調査の一件を片付けて自宅兼事務所に帰ると、そこに見知った顔があった。幾つもの変名を持ち、その名前の数だけ男を騙してきた女だ。勇介の友人もこの女狐の詐欺の標的になった。幸か不幸か、この友人は貯金をはたいて大きな買い物をしたおかげで結果として財産を騙し取られずにすんだものの、騙された認識のない彼は"恋人"に去られたことのショックを今もひきずっている。今更、それも勇介の前に現れた女は、しかしその顔に改悛の色のないままに頼み事があると云う。
 女が先刻まで付き合っていた男、つまり最も新しいカモというのが実は暴力団組長だった。潮時なのでもう手を引くのだけれど、行き掛けの駄賃に金庫から大金をせしめた。今頃、事は露見しているだろうから、逃亡の手助けをしてほしい。勇介が想像していた以上に厄介な依頼内容だ。
 浅井志信は頭を抱えていた。極道として一家を構えるというのは、これでなかなか大変なのだ。面子を保つのも仕事のうちと、金遣いにも気を遣う。若い衆への小遣いやら事務所の維持費やらで支出は増える。それでいて昨今の暴力団排斥の流れのなかで収入源は減る一方。だからといって、金が無いでは格好つかない。頭の痛いところだ。金のない現実をそのまま受け容れることは組長としての求心力に影響する。沽券にかかわる一大事だ。極道として張らねばならない見栄が、浅井に詰まらない細工を弄させた。ところが、見栄を張ったが運の尽き。情婦が金庫の中身を盗んで逃げた。
 拙い。

amazon:[文庫] 文庫版 邪魅の雫 (講談社文庫)  登場人物がそれぞれに過ごした一夜。夜空に輝く星の如く、彼らの行動が描く軌道は、時に互いの引力によって接近交差し、時に慣性の法則そのままに離れてゆく。心のままに行動する者がいれば、知略を巡らせて勝利の為の布石を打つ者もいる。少ない情報から状況をつかもうと試みる者あれば、人海戦術に物を云わせる者あり。それぞれがそれぞれの個性を発揮して夜を駆ける。彼らに共通するのは懸命であったという一点。
 この夜の出来事をはじめから俯瞰で眺めたなら、そこには人と物との出入りがより一層に整理されたかたちで提示されていたハズ。手駒のように動き回る人や物の様子は、それ自体が喜劇性を帯びて、それだけでも観賞に値するだろう。
 神ならぬ身なればこそ、登場人物たちは自分の身に起きた出来事が意味するところの全てを知り得ない。ここに認識と事実との乖離が生じ、まさにこれこそが本作の面白いところだ。全ての事情を知る観客はニヤリと笑う。
 ふと、京極夏彦の『邪魅の雫』を思い出した。
 人は自分というフィルターを通して世界を観察し、それによって得たデータから自分のうちに"世界"を再構築する。個々の"世界"は、それだけで成立する限りは安定しているが、他の"世界"と接点を持つに至ってこれが揺らぐ。"世界"と"世界"が接すると、そこに"世間"が生まれる。
 かの『邪魅の雫』では毒薬が世間を紡いだ。小道具ひとつと暗躍する人物ひとりを用意しただけであれだけの作品を物した京極夏彦は、やはり凄い。絡まり綾なす真相を世間話の文脈で解きほぐした手腕には感服した。2006年9月の刊行から随分経った。シリーズ最新作を待ち焦がれているのは私ひとりではあるまい。

amazon:[Blu-ray] アフタースクール  本作を観るのに先立って、「アフタースクール」を観ている。この作品は、真相解明のベクトルと真相糊塗のベクトルとが奇妙な交差を見せる、ミステリ好きには堪らない趣向となっている。本作は、てんでバラバラの軌道を描いていた放物線が一点に収束する様を見事に描いていて、最後に真相が判明するということでやはりミステリ好きを虜にする。それは、あたかもパズルが完成するのを眺めているかのようで、それはそれは心地好い!
 すれ違いと鉢合わせを巧みに駆使して映画の面白さを盛り込んだ脚本と、脚本の意図するところをフィルムに焼き付けた監督に脱帽だ。脚本と監督を共に務めたのは内田けんじ。これは内田けんじ最新作「鍵泥棒のメソッド」にも云えることだが、脚本の意図を正しく汲み取って映像化できるはずである。
 世界を繋いでゆくことで小さな世間を紡ぎ、この生成過程をドタバタ喜劇に仕上げた内田けんじの手腕は評価されて然るべきである。こうして思うと、「アフタースクール」も本作と同じく世間を描いた作品だったな。また観たくなったよ。

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