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Over the Rainbow

amazon:[Blu-ray] 【Amazon.co.jp限定】 マイティ・ソー ブルーレイ&DVDセット スチールブック仕様 「マイティ・ソー」を観た。
 本作の主人公は、DCコミックと双璧を成すアメリカンコミック最大手、Marvelが生み出したスーパーヒーローだ。
 このソー・オーディンソン、その名の通り大神オーディンの息子である。このことからわかるように、本作の世界観は北欧神話を題材にとっている。神話に登場する神々は強大な力を有する生命体であり、神話で語られる内容は実際に起こった出来事である、というのが基本設定だ。
 タイトルロールのソーをクリス・ヘムズワース、ロキをトム・ヒドルストンの若手が演じる。オーディン役でアンソニー・ホプキンスが出演し、その存在感で作品を締めている。ソーと絆を結ぶ地球人ジェーン・フォスターをナタリー・ポートマンが演じているのが意外だ。才媛もこういう作品に出演するのだな。ジェーンの指導教授にステラン・スカルズガルド。
 また、本作は浅野忠信が出演していることでも話題となった。
 本作は、目下公開直前となった「アベンジャーズ」に連なる作品だ。これまでもヒーローと接触し、その活躍に関与してきたS.H.I.L.D.の組織活動が本作でも見られる。というわけで、またまたS.H.I.L.D.エージェントのコールソンが登場。本作では、これまでにないくらいの出番が用意されており、地味ながらもその活躍に驚いた。
 S.H.I.L.D.長官、ニック・フューリーも例の如く登場。相変わらず出番は少ない。そして弓の名手、ホークアイことクリント・バートンが初見参。「インクレディブル ハルク」から皆勤賞のサミュエル・L・ジャクソン、「ハート・ロッカー」で命知らずの戦士を好演したジェレミー・レナーが、来るべき大演目に向けての顔見世で、それぞれに存在感を示す。

amazon:【ムービー・マスターピース】 『マイティ・ソー』 1/6スケールフィギュア ソー  本作を「地球を舞台としたスーパーヒーローの物語」とするには、少なからず違和感を覚える。地球は主要な舞台のひとつではあるけれど、広い視野で物語を眺めたなら通過点にすぎないことがわかる。
 異世界に飛ばされたヒーローが、そこで挫折を味わい誇りある人物と出逢うことによって、劇的な意識の変革を迎え、人間性の大いなる成長を果たして故郷へ帰還する。アスガルドと地球(ミッドガルド)、ヒーローが異なる二つの世界を往還する、これは紛れもなく通過儀礼の物語だ。
 通過儀礼の物語とは、これまでにこのブログで何度か取り上げたように、若者の成長を描いたものだ。アメコミにはこの文脈を敷衍した内容が少なくない。これは、主人公の人間性の成長が物語の中核をなすからだろう。

 ミッドガルドに侵攻した氷の巨人を退け、その力の源である「箱」を奪い、巨人たちをその住処であるヨトゥンヘイムに封じ込めた、偉大なる英雄オーディン。世界樹ユグドラシルに連なる九つの世界を治めるオーディンには、息子がいる。
 快活だが思慮の足らないソーと、頭は切れるが内向的なロキ。暴れん坊の兄と悪戯好きな弟は偉大なる父をともに尊敬し、また、幼心に父の栄光を引き継ぐことを願う点で兄弟の思いは一致していた。
 時は流れ、老いたるオーディンは後継者にソーを選ぶ。祝いの日に、アスガルドは凍てつく世界からの侵入者を許す。晴れの舞台を汚されたソーは面白くない。支配下にある蛮族が身分も弁えずに反逆の姿勢を見せるなど決して赦されることではない。相応の罰を下さねばならぬ。
 父王からは無益な争いは避けるべしと厳しく命じられたが、強権をもって支配せねば平和は保たれない。このように考えるソーは、配下であり友人でもある戦上手どもとロキを連れて、ヨトゥンヘイムに出征する。
 九つの世界を往来するには虹の橋(ビフレスト)を使わなければならない。ビフレストの番人を務めるヘイムダルの眼からは何者であろうと逃れることは不可能。しかしそうなると、アスガルドに現れた氷の巨人はどんな手段を講じて侵入したのか?
 ヨトゥンヘイムで大暴れの若武者たち。特にソーはムジョルニアを自在に操って戦場を縦横無尽に飛びまわり、巨人どもを倒してゆく。対してロキは魔法を駆使して奮戦する。
 腕に覚えの強者ばかりとはいえ、多勢に無勢は如何ともし難い。ヨトゥンヘイムの王、ラウフェイが若く愚かな跳ねっ返りに引導を渡そうとするその瞬間、氷の世界にオーディンが降り立つ。
 オーディンの登場により劣勢は覆るはずが強制的に撤退を強いられて、ソーは納得できない。そのソーに対してオーディンは浅慮を叱責する。それにもかかわらず考えを改めないソーの様子を見て、父王は息子をアスガルドから追放する。しかも、ソーの力の源といえるムジョルニアを取り上げて。

amazon:[文庫] 人身御供論―通過儀礼としての殺人 (角川文庫)  アスガルドに軸足を置いた通過儀礼の物語において、ソーの追放までが第一段階「分離」の経緯である。
 通過儀礼の物語には、三つの過程がある。「分離」「移行」「再統合」だ。第一段階の「分離」は、これまでの境涯から離れること。これは共同体の外、境界線を越えて異界に足を踏み入れることを指す。第二段階の「移行」では試練が与えられる。異界にて若者は新たな知見を得て、正しい判断を下せるようになり、それをもってして試練を克服する。このとき"死"を体験することでそれに対応する"再生"への道筋を進む。そして最終段階、異界から社会へと復帰する「再統合」だ。
 本作の内容を約めると、主人公が異世界である地球へと放逐され(分離)、そこで意識の転換・試練の克服・"死"を体験して(移行)、アスガルドに帰還して謀反をおさめる(再統合)、ということになる。このようにソー・オーディンソンを追うことで、本作が通過儀礼の物語であることがはっきりとわかる。
 通過儀礼とは、人が成熟する過程で経なければならない、人生における重要なイベントである。
 共同体において、構成員の成熟度はその存続に大いにかかわる。成人を数多く出すことは最重要課題だ。この成人というものは、ある年齢に達しさえすれば自動的に認められるというものではない。一定の条件を満たさなければそれと認められない。
 子どもばかり抱えていてもその共同体は発展しない。子どもを大人へと育てなければならない。その際に子どもと大人との区切りとして行われるのが通過儀礼の儀式だ。
 国としてまだまだ若いアメリカ合衆国が、アメコミや映画で通過儀礼の物語を必要としているところは、実に面白い。未だ成熟期を迎えてないことの後ろめたさと気恥ずかしさ、自らの大人願望と幼児性とを自覚しているようで、その一方で糊塗しているようにもとれる。
 そもそもがアメリカ合衆国は移民の国だ。海を渡って辿り着いた先は、広大な異界と解釈できなくもない。通過儀礼の文脈で考えるなら、アメリカは国家ぐるみで人格形成のさなかにあるといえよう。試練を克服し、"死"を体験しないことには、その後に待つ「再統合」を果たせない。これまでにも南北戦争をはじめとする民族意識の転換等、国内から生まれた変革こそ何度か経験しているが、アメリカ合衆国は外側から迫られる変革を非常に嫌う。ヒステリーを起こす。
 その点、日本は何度も死んでいる。海外からの変革も何度も経験している。天災があり、政治形態の転換があり、死と再生を何度も繰り返している。再生を果たすたびに成長してきたことが、現在の日本を形成している。牽強付会といわれるかもしれないが、昨年の東日本大震災とその後に続く問題の噴出は、新たな通過儀礼の契機となるだろう。そのためにも正しい判断をして試練を克服する必要がある。

amazon:【ムービー・マスターピース】 『アベンジャーズ』 1/6スケールフィギュア ニック・フューリー  若さ故のひたむきな態度は、それだけを見るならば好もしいが、これに物事の道理を弁えない傲慢と青臭さが加わると、どうにも鼻白む。ソーもロキも未熟である。視野の狭さも愚かしさも同じようなもの。
 偉大なる父王を尊敬し、その思いが募るほどに後継者たらんと欲する。地位や権力を求めているわけではない。父親のようになりたいだけ。彼らは父親の背中を眺め、それを範として育った。ソーは父の強さを、ロキは父の聡明なる点を、それぞれ自分のものしたいと憧れた。
 老いたる父親にかつて己が憧れた姿を見出せなくなって、父王の栄光を汚すまいとする気持ちが強くなる。それには、自分が後を引き継ぐしかない。
 オーディンは衰えてはいない。オーディンの強さはソーが考えるようなものではないし、聡明である点でロキはオーディンに到底及ばない。明日を信じる強さと相手の立場になって物事を考えること、これらを理解できない了見の狭さが若い二人にはある。そして、そのことをソーは思い知るのだ、地球で。
 ジェーン・フォスターと出逢うことで、ソーの意識に変化が生じる。ジェーンは、成果がなかなか出ないからと研究を投げ出さず、正しい評価を得られないと腐らず、自分の研究が人類にとって役立つことを信じ、研究がいつか実を結ぶことを信じている。自分の研究の可能性と重要性を信じるように、ジェーンは見知らぬ男を信じた。男の立場になって彼を思いやり、何くれとなく世話を焼く。
 このときソーは神ではない。アスガルドを追放され、ムジョルニアからは所有者として認められず、ただの人間になっていた。ソーとジェーンの間には階級の違いはなく、対等の間柄にありながらソーはもてなされたわけだ。
 ここにおいてソーは思い知る。最前までの己の浅慮と傲慢を。オーディンを継ぐべき正当性を失い、神の力を失ったのなら、ここで地球人として生きるのも悪くない。ミッドガルドと呼んでいた世界の住民は、気高くも心優しく、且つ、聡明だ。好奇心に満ちて遊び心もそなえている。ここで平和に暮らすというのも楽しそうだ。
 王位継承権を剥奪され、一心同体も同然だったムジョルニアからはその所有者として認められない。ただの人間として不案内なミッドガルドで右往左往。世界を統べる王を継ぐ者として生きてきたソーにとってみれば、短い間に起きた転落は悪夢でしかないだろうに、ここで彼は多少の回り道をしたにせよ腐らずに自棄にならずに自分を見失わなかった。辿り着いたのは、神の子であろうと人間だろうとソーはソーであるという認識。
 自分であることの誇りと生き方を貫く。死より恐ろしいのは不名誉だ。それよりも恐ろしいのは、守るべきものを守れないことだ。己を犠牲にしても優先することがある。守るべきものとは、仲間であり友人であり想い人であり己の矜持である。それをできなければ自分が自分である意味がない。
 大人になるということは、一方で自分が何者であるかを知るということだ。ソーは自分がソー・オーディンソンであるという認識を持つが故に、人間の身でありながらデストロイヤーの前に立った。
 見栄や外聞を気にしての行為ではなく本心から自己犠牲を為したソーには、世界を統べる王者としての資質が顕現する。オーディンの言葉、「相応しき者がハンマーのパワーを授かるであろう」が脳裏に甦る。
 ひとりの若者が息を引き取り、そこへ神の鎚が飛来すれば、雷の申し子ソー・オーディンソンの復活は成る。英雄の誕生だ!

 人格形成の得難い機会を与えられたソーと与えられなかったロキ。これに関してオーディンの判断が正しいとは思えないが、父親としての迷いがあるから彼に等身大の魅力が生まれているのを否定できない。いずれにせよ、ソーは試練を与えられた。この結果次第では、アスガルドは勿論のこと、ユグドラシルに連なる九つの世界すべての存亡が危うくなる。
 それには正しい判断を下して試練を克服しなければならない。ビフレストこそ破壊したものの、優先順位をつける時点でソーは過たなかった。通過儀礼を成し遂げただけはあったのだ。
 人格形成の過程を描く点で本作は主人公に蹉跌や苦悩を体験させねばならず、彼に感情移入する私たちにもそのストレスは襲いかかるわけで。痛快無比のヒーロー物を期待すると失望してしまうかもしれない。
 しかし、ひとりの若者の目覚ましい成長を目の当たりにして、爽やかな気分になるのも悪くない。
 問題は、本作で通過儀礼を成し遂げたソー・オーディンソンが、「アベンジャーズ」でも「神失格の男」のキャッチフレーズで呼ばれていることだ。どうなっているのだろう?
 また力頼みの筋肉バカに戻ってしまうのだろうか?
 そもそもどうやってミッドガルドに渡って来るのか? ビフレストはムジョルニアでバッコンバッコン壊してしまったぞ。もう使い物にならない。
 謎を解くためにも「アベンジャーズ」を観るしかないな!

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マイティ・ソー from 象のロケット 2012-08-13 (月) 09:12
神の世界<アスガルド>を戦乱の危機に巻き込んでしまった最強の戦士ソーは、神々の王で父であるオーディンの怒りを買い、地球へ追放されてしまう。 力と最強の武器...

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