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退屈しのぎ

amazon:[Blu-ray] SHERLOCK / シャーロック  シャーロック・ホームズの活躍はジョン・H・ワトソンの著述によって世に広く知られるようになった。『緋色の研究』によって明らかにされたのは、シャーロック・ホームズの優れた知能活動のみならず、彼の知識に偏りがある点だ。
 21世紀のワトソンは、そのブログにシャーロック・ホームズの冒険を綴っている。彼のブログは多数の読者を獲得しているようで、地動説の理解すら覚束ないホームズはよい恥さらしだ。彼を軽蔑するスコットランドヤードの連中に笑われる始末。
 探偵自身の意識では己の活動に不必要な情報をゴミ箱に捨てているだけだし、知識の断捨離は一面で真理を突いているのだが、それが負け惜しみにしか聞こえないのがシャーロック・ホームズという個性である。たとえ教育システムの整った現代であっても、彼なら知識の偏向もあり得ると思わせるのがシャーロック・ホームズである。
 BBC製作のテレビドラマ「SHERLOCK」の第三話のタイトルは、「大いなるゲーム」だ。
 軍事機密の漏洩疑惑に絡む殺人事件が起きて、その調査と機密情報を取り戻すことを兄のマイクロソフトに依頼される。
 本作の幕開けは聖典における「ブルース・パティントン設計書」を彷彿とさせるも、直後には予想だにしない急展開が待っている。これには意表を突かれた。
 ベイカー街221Bの目と鼻の先で起こった爆発は、それによってシャーロック・ホームズを亡き者にしようと意図したものではないが、明らかに探偵を標的としている。これは挑戦状であり、今後の爆破予告への信憑性を高めるデモンストレーションでもある。
 かくしてシャーロック・ホームズと姿の見えない犯人とのゲームが始まった。

 退屈を持て余して壁を的に射撃。これはシャーロック・ホームズの奇行を語るのに代表的なエピソードだ。ガイ・リッチー版「シャーロック・ホームズ」でも描かれた場面を21世紀のロンドンで再現させて、それでいて「さもありなん」と納得させる個性は、やはり彼がシャーロック・ホームズであるからにほかならない。
 探偵の無聊を慰めるのは知的興味を刺激する事件のみ。
 いささか強引な招きを受けて、五つの謎解きゲームに挑むことになったシャーロック・ホームズ。
 この謎解きの難解なところは、謎自体は何を解くべきものか提示されてない点だ。
 提示された材料からそこにどんな謎が秘められているのか探り出し、その謎を解く。時間内に正解を出さなければ爆弾がドカン! 人質となり犯人の"スピーカー"の役割を担わされた人たちは、指示以外を口にすることはできず、それを破って余計な情報を探偵に与えようとすれば、やはりドカン!
 ルールは厳格。ゲームに敗れた場合のペナルティーは甚大。退屈しのぎにはお釣りがくるほどだ。

 シャーロック・ホームズの冒険は、ミステリではあるけれども実は活劇の要素が強い。彼がバリツやボクシングといった格闘技の達人である設定も、この探偵が頭脳労働一辺倒でないことを示している。
 活劇の要素の多いところは、それだけが理由ではないにしても、ホームズ譚が映像化に適していることの要因なのだろうか。
 グラナダテレビ製作の「シャーロック・ホームズの冒険」は聖典に概ね忠実であり、従来のシャーロック・ホームズ像を踏襲した内容だった。主演のジェレミー・ブレットは、最もシャーロック・ホームズらしいシャーロック・ホームズを演じあげて、今も高い評価を得ている。
 聖典に概ね忠実ということは様々な点で現在の感覚と合致しないことではあるものの、それ自体は欠点といえない。そこにはシャーロック・ホームズの生きた時代が再現される興味があり、それでこそ「シャーロック・ホームズの冒険」を観る喜びがある。現代を舞台とした「SHERLOCK」においては、ホームズ譚をそのまま移しかえるわけにはいかない。
 19世紀を舞台にした「シャーロック・ホームズの冒険」と21世紀の「SHERLOCK」とでは、同じ視聴者であっても物語の展開におけるスピード感覚と刺激に対する慣れに違いを求める。ヴィクトリア時代のテンポで現代を見られなくなっているのだ。
 電報と電子メール、埃の積もった書類棚を引っかき回すのと携帯端末でインターネット検索するのとでは、費やす時間に雲泥の差がある。ニュースはテレビ中継によって即時性を手に入れた。
 この時代性の違いが、厳密な時間制限を設けたゲームの成立を可能にし、本作の展開をスリルあるものにした。活劇の要素の強かった「死を呼ぶ暗号」とは正反対に、本格的な推理によるパズル解明を繋ぎ合わせた内容にもかかわらず、観ていて退屈を感じるどころではない。

 シャーロック・ホームズが挑む五つの謎は、彼自身の原点に纏わる事件から進行中のものまで多種多様にわたる。事件の背景も関係者も犯行動機もそれぞれ異なる。五つの事件に共通するのは、計画立案したのが同一人物であることのみ。
 本作でいよいよ姿を現すのは、犯罪界のナポレオンことジム・モリアーティ。シャーロック・ホームズの宿敵だ。
 シャーロック・ホームズが嘱託であることを己に認めて「コンサルタント探偵」を名乗っているように、ジム・モリアーティは「コンサルタント犯罪者」を標榜する。モリアーティは、犯行動機を持つものの犯行計画を立案できない者にかわって巧妙なる犯罪計画を立案し、これを彼らに授ける。
 自らの手を汚すことなく世に犯罪を蔓延らせてきた天才。犯罪者と探偵の関係を芸術家と評論家に譬えることがあるが、それでいうとモリアーティはレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロのようなマエストロだ。
 評論家さえその存在に気付かないほど密やかに花開く芸術の担い手が、好敵手たる評論家の存在を認めて、自分自身の手によるかつての犯罪とコンサルティングを請け負った事件の数々を表沙汰にする危険を背負ったとでもいうのだろうか? なぜ?
 退屈だったから?

amazon:[Blu-ray] SHERLOCK/シャーロック シーズン2  疑問がある。自らの手を汚さない主義のモリアーティが、ワトソンを人質に取ってホームズと対決する? この場合の勝利条件は?
 モリアーティが「世界に唯一のコンサルタント犯罪者」を標榜するなら、本人は出張らないのではないだろうか?
 優しい声の持ち主は、ジム・モリアーティと名乗る若い男なのだろうか?
 そもそも、優しい声の持ち主が「世界に唯一のコンサルタント犯罪者」なのか?
 聖典におけるジェームズ・モリアーティはジムとは異なり老齢にある。ジムはジェームズの愛称と思われるが、初対面のうえに自らが好敵手と認める相手に自己紹介するのに、果たして愛称を使うものだろうか?
 シャーロック・ホームズの原点であるカール・パワーズ事件を振り返ってみる。モリアーティが「コンサルタント犯罪者」ならば、この事件も彼によって立案され授けられた犯罪ではないのか?
 ジム・モリアーティを名乗る若い男は、その役割を与えられただけなのでは?
 埒もない想像をめぐらせたくなるほどにモリアーティという人物は謎めいているし、謎めいていてほしいと思わせる存在なのだ。ライヘンバッハの滝で殺してしまうのが惜しくなるほど、ミステリのキャラクターとしては貴重な人材なのである。
 ジムは、「最後の事件」で滝に落ちるために用意されたキャラクターではなかろうか?

 本作で「SHERLOCK」第1シーズンは終了。第2シーズン開幕が楽しみである。

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