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信念を闇夜に照らして

amazon:[Blu-ray] 【初回生産限定スペシャル・パッケージ】バットマン ビギンズ  今年2012年はアメリカンコミックの雄、Marvelのヒーローを題材にした作品が続々と日本上陸を果たす。「アメイジング・スパイダーマン」はサム・ライミ版とは違うヒーロー像を提示した。
 そして大いに期待したいのが、全米興行成績歴代第2位の実績(2012年7月18日現在)を引っさげて襲来する「アベンジャーズ」だ。主役級のヒーローがチームを組んで強大な敵と戦う。この基本設定だけで燃える。むしろ燃え上がらない理由がどこにも無い!
 ところで、ヒーロー映画はMarvelだけの専売特許ではない。アメコミもう一方の雄、DCコミックも負けてはいない。
 DCを代表するダークヒーローの映画シリーズ第三弾がいよいよ公開される。夜の街を駆ける不法の自警市民、バットマンの活躍を描く「ダークナイト ライジング」だ!
 シリーズ最終章といわれる「ダークナイト ライジング」を観る前に、まずは復習。「バットマン ビギンズ」を振り返る。
 本作の監督は、シリーズを通して監督を務めるクリストファー・ノーラン。主人公を演じるのはクリスチャン・ベール。彼の忠実なる執事をマイケル・ケインが、飛行や不死身といった特殊能力を持たないバットマンの活動を装備や道具の面から支える"メカニック"をモーガン・フリーマンが演じる。この両ベテランの存在が作品を締めている。
 そして主人公が想いを寄せる幼なじみをケイティ・ホームズが、そして重要な役どころでリーアム・ニーソンと渡辺謙が登場する。悪役で独特な存在感を発揮するゲイリー・オールドマンが、本作では不正とは無縁の警察官を演じる。

amazon:[単行本] [第4巻 ゴシック]オトラント城 / 崇高と美の起源 (英国十八世紀文学叢書)  DCコミックには光と影をそれぞれに象徴するヒーローが存在する。キャプテン・マーベルやスーパーマンが光の化身ならば、バットマンは闇に溶け込む十字軍騎士だ。
 この三人のヒーローは、出自はそれぞれ異なるけれど、ヒーローへの覚醒についてはその物語の構造が驚くほど似通っている。そこにはゴシックロマンの定型を見出すことができる。
 ホレス・ウォルポールの『オトラント城奇譚』を嚆矢とするゴシックロマンは、構造として通過儀礼型の物語を内包する。
 ゴシックロマンにおいて、主人公は暗き地下の世界にて栄光ある将来への道筋を示され、あるいは約束される。主人公の敵にして世界の調和を乱す悪漢には人知の及ばぬ力による誅罰が降りかかり、主人公は勝利を手にする。そして、愛する者とともに栄光に包まれた未来を歩むことを示されて物語は閉じる。大団円だ。
 前述のヒーローたちが、強大な力を得たり自らの使命に目覚めたり力の象徴を着想したりするのは、いずれも地下の世界においてである(過去の記事「リコール製品自主回収」で、「アイアンマン」についてこれと同じ文脈で語っている)。
 稲妻の速さで空を駆るキャプテン・マーベルは、少年ビリー・バットソンが洞窟にて導師シャザムと出逢い、古代の神々や英雄の力を授けられたことで誕生した(Marvel作品の「スパイダーマン」で、特殊能力に目覚めたピーター・パーカーがスパイダーウェブを制御するのに試行錯誤する場面があるが、その際に唱えた呪文のひとつが「シャザム!」だったのは、サム・ライミの洒落っ気だ)。
 スーパーマンはいわずもがな。故郷クリプトン星から彼を運んできた宇宙船が埋まる穴で、地球人クラーク・ケントは己の本当の名前と特殊能力の根拠を知り、地球平和の使命に目覚める。そして、バットマン。
 ブルース・ウェインは自らのトラウマを克服する為に、恐怖体験の現場である井戸に潜り、そこから広がる洞窟に到る。そしてそこに巣くう蝙蝠、ブルースにとって恐怖の対象である蝙蝠との同化を図った。彼が格闘技術を身につけた「影の同盟」にしても、その拠点は異界に属する。

amazon:【ムービー・マスターピース DX】 『ダークナイト ライジング』 1/6スケールフィギュア バットマン  本作の主人公、ブルース・ウェインは弱虫として登場する。幼少よりのトラウマを抱え、そのうえ両親の殺害現場に居合わせたことにより、暗闇はブルースにとって恐怖体験と両親の死に対する罪悪感を刺激する。この恐怖と絶望の原体験はブルース・ウェインの健やかなる成長を阻害する。彼は長じてからもPTSD(心的外傷後ストレス障害)に襲われる。
 本作の舞台は、犯罪都市に数えられるようになったゴッサム・シティ。この街には経済格差の広がりを根本原因とする諸問題がいっこうに解決されないままでいる。貧困が犯罪を呼び、組織犯罪によって街の至る所に腐敗が蔓延するようになる。汚職は日常茶飯事となり、組織犯罪は摘発されない。
 問題点が明白ならば、事態を打開する目処はつく。貧困層の経済状態の浮揚が治安回復の鍵だ。ブルースの父親、トーマス・ウェインは身代を懸けてこれに挑んだ。彼は市民を信じて己の信念を貫いた。そして信じた市民に襲われて、志半ばにして命を落とした。
 高潔な精神を持った父親が卑劣漢の凶刃に斃れた。父親をその場に連れ出したのは自分の弱さである。自らの罪悪感を犯人に向けて、ブルースは復讐の一念で生きてきた。しかし自分が抱えてきた特別な情念も、マフィアのボスに一顧だにされない負け犬の遠吠えにすぎなかった。それを思い知らされた。
ここにおいて名門ウェイン家の跡取りは道を外れた。
犯罪を識る為に自ら犯罪に手を染める。しかしそれでもブルース・ウェインは社会の大きな枠組みから逸脱できなかった。彼はウェイン産業の商品をそれとは知らずに強奪したのだった。命懸けの冒険をするも、その果てにあったのは、本来は自分が自由にできるもの、正当な手続きで手に入れられるものであることの虚無感。
 やり場のない怒りが胸に燻り続け、それはゆっくりと心身を灼く。抑えきれない衝動に暴発を繰り返す日々。暗い独房の中、ブルースは導き手と出逢う。

 表社会にその名を決して知られることのない武装集団、「影の同盟」とその首領ラーズ・アル・グールは、ブルースに鍛練を施し、戦うための技術とそれを用いる心構えとを彼に叩き込んだ。それはブルースにとっても願ったり叶ったりである。
 一般社会と隔絶した地において自らを極限状況に追い込み、不屈の闘志で己のなかに巣食う恐怖を克服したブルース・ウェイン。高潔な精神を再び取り戻したブルースは、テロリスト集団としての正体を現した「影の同盟」に大打撃を与えてその地を去った。
 ゴッサム・シティにおけるブルース・ウェインの長き不在は終わった。精神的にも肉体的にも暴力を恐れることのなくなったブルースは、身につけた闘志と戦闘技術の高さ故に常人の為し得ない選択をする。
 ブルース・ウェインが僻地に身を置いてさえも強さを手に入れたのには理由がある。ブルースが強さを求めるのは、彼が広義の意味においての両親の敵討ちの実現を目指しているからだ。それは、偉大なる父が目指したゴッサムの健全化の実現である。強くなければ正しくいられないことを、ブルース・ウェインは身をもって思い知った。
 父親が愛して再建に努めたゴッサム・シティは、ブルースの不在の間も休むことなく腐敗を続けていた。彼の故郷は、現代のソドムともゴモラとも呼ばれるほどに堕ちていた。
 ブルースはゴッサム・シティの再建を誓う。先ずは腐敗の象徴である組織犯罪の撲滅に着手する。資金力と恐怖とを支配の両輪にするマフィアに対抗するには、それを凌駕する力を行使する。ブルースは闘争の末に平和を築くことしか選べない。父親の失敗を目の当たりにしたからだ。そして戦いに勝利するには、相手に対して数倍する戦力をぶつけるのが常道だ。
 資金力においてはウェイン家の財力に物をいわせる。恐怖においては法律の定めたるところから自由な存在を誕生させ、これの持つ圧倒的な暴力を行使することでマフィアを震え上がらせる。組織犯罪に向けてはいるものの、その戦法はテロリズムに属する。
 暴力を交渉術として使い、これによる恐怖心を金勘定にかえるマフィアにとって、自分たちの論理から外れた行動原理は、それ自体の存在が想定外である。そこには交渉の余地がない。
 ここにおいてブルース・ウェインは、社会の大いなる通念の枠組みからようやく自由になった。どこまで行っても釈迦の掌の上というようなことを、若き日のブルース・ウェインはその冒険の果てに気付かされたが、今の彼は社会の仕組みの中で大きな力に翻弄される存在ではない。ブルースは自らにそなわる大いなる力を揮って、思いのままに状況を変える存在となっていた。
 かくして、何者にも買収も脅されもしない無法の自警市民、バットマンがゴッサム・シティに降臨する。

amazon:[大型本] バットモービル大全 (ShoPro Books)  果たしてバットマンは強いだろうか?
 バットマンには自ら定めたルールがあり、そのうえブルース・ウェインとしての私情からも完全には解放されていない。これらの弱みを突かれたらバットマンも冷静ではいられない。
 バットマンの最大の強みは匿名であることだ。だからこそ法の拘束から自由であり、マフィアの暴力にも世間からの圧力にも屈しない。父のトーマス・ウェインが自分を晒して腐敗と戦ったのに対して、その子ブルースは蝙蝠のケープを目眩ましに素性を隠す。これは彼がブルース・ウェイン個人としての無力を自ら認めたことにはならないだろうか。
 ブルース・ウェインが真に強い人間ならば、夜の闇に乗じてマフィアと戦うなどという方法をとらないだろう。陽の光の当たる場所から正々堂々と不正を糾すことを選ばなかったことが、ブルース・ウェインの弱さの証明なのだ。
 ただし、バットマンは弱い存在であってはならない。その敗北はゴッサムの希望の敗北なのだ。その行為が不法行為であっても腐敗と戦い続けるバットマンは、ゴッサム・シティの希望だ。そして彼がゴッサムの希望で在り続けるためには、自ら定めたルールを遵守しなければならない。ゴッサムの腐敗を駆逐するとの大義名分を振りかざして、やりたい放題ではマフィアと大差ない。
 バットマンがバットマンたるには、彼の強い克己心が必要なのだ。自らを厳しく律して、そうして初めてその行為に大義が宿る。
 ましてバットマンの能力は天与のものではない。それらは、自らの血と汗で身に付けた技能である。鍛錬を怠ればその手を摺り抜けていってしまう人間の技である。また、ルーシャス・フォックスの協力に負う科学技術がバットマンの戦闘能力を補強する。これは人間の叡智である。いずれも超人の持つような特殊能力ではない。ブルース・ウェインはただの人間だ。神が与え給う恩寵とは無縁である。
 ブルース・ウェインが財力と戦闘能力とを手にしなければ、或いは彼は光の騎士になったかもしれない。法を遵守し、自分の身の丈に合った戦いを展開したかもしれない。その場合、ブルースが戦いに勝利できたかどうかは、これは別の話だ。
 ブルースが直面しているのは、必ず勝たなければならない戦いだ。ゴッサム・シティに正義を取り戻すための闘争だ。
 必ず勝利しなければならないとの強い思いからバットマンのマスクを被ったブルースに、個人の幸福を追求するより使命を果たすことを選んだ彼に、そのマスクを脱ぐ日が来ることを願って。

 ブルース・ウェインは弱い。だからこそバットマンは強い。

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『ダークナイト ライジング』 from 京の昼寝〜♪ 2012-08-08 (水) 12:51
□作品オフィシャルサイト 「ダークナイト ライジング」□監督 クリストファー・ノーラン□脚本 ジョナサン・ノーラン、クリストファー・ノーラン □キ...

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