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桃色遊戯

amazon:[Blu-ray] SHERLOCK / シャーロック 「名探偵」という単語を目にしたり耳にしたりすると、そんなときに頭に浮かび上がるシルエットというのは、鳥打ち帽にインバネスコートを身に纏い、パイプをくわえた長身痩躯の男性。こういう向きも多いのではないか。
 これは勿論、アーサー・コナン・ドイルの生んだ「世界一の名探偵」、シャーロック・ホームズのいでたちだ。名探偵といえばシャーロック・ホームズ、シャーロック・ホームズといえば鳥打ち帽に代表されるこの服装。罪人を追い立てる狩人の戦闘服だ。
 ところが、この装いをドイルは聖典に書き記してないという。ホームズ譚の舞台化の際に役者が衣装として身に纏ったものが広く知られて、ついにはシャーロック・ホームズの代名詞として認知されるようになったということだ。
 今やシャーロック・ホームズ像として半ば固定されたイメージは、その多くの要素において実は原典にはないものなのだ。
 イギリス人映画監督のガイ・リッチーがロバート・ダウニーJr.と作り上げた、いささか破天荒にすら感じられるシャーロック・ホームズ像こそ、あるいは聖典に沿っているのかも。
 ロバート・ダウニーJr.がシャーロック・ホームズ、ジュード・ロウがジョン・H・ワトソンを演じた、ガイ・リッチー版「シャーロック・ホームズ」シリーズは、ホームズ譚の冒険活劇の側面を魅力的に描いて、世のシャーロッキアンに歓呼として迎えられた。これはこれで面白い、と。私も泣いた。
 既存のイメージにとらわれることなく、そうはいってもオリジナルにはきちんと敬意を抱いて、新時代の「シャーロック・ホームズの冒険」を作り上げる。ガイ・リッチーが成し遂げたのは、こういうことだ。
 ガイ・リッチーとは違うアプローチでホームズ譚に挑んだ者たちがいる。
 その成果が、BBCこと英国放送協会製作のテレビドラマ、「SHERLOCK」である。
 このドラマのシャーロック・ホームズは、21世紀の現代に生きている!

 軍医としてアフガニスタンに赴任したワトソンは、そこで心身ともに深手を負う。帰国しても心的外傷は治らず、今も杖なしでは歩けない。カウンセリングに通ってはいるものの、快方に向かっているとはとても思えない。
 ロンドンで無職となると遠からず住む所にも困る。かといって家族に頼る気にはならない。
 研修医時代の友人からルームシェアを募集しているという男を紹介された。その男は初対面にもかかわらずワトソンがアフガン帰りであることを見抜く。
 その男の名はシャーロック・ホームズ、住まいはベイカー街221B。
 これがシャーロック・ホームズとジョン・H・ワトソンの出会いである。

amazon:[文庫] 緋色の研究【新訳版】 (創元推理文庫) 「SHERLOCK」第一話のタイトルは「ピンク色の研究」。そのタイトルとホームズとワトソンとの出会いを描いていることから、本作がシャーロック・ホームズ譚の第一長編小説「緋色の研究」の翻案だということがわかる。
 本作は時代背景や舞台設定、人物像等の作品における世界観を御披露目する顔見世興行の意味合いがあり、それが見事に為されている。
 現代社会に舞台を移したホームズ譚。携帯端末によるインターネットの駆使、これによって情報の収集と発信とが瞬く間に可能な社会となり、その技術は犯罪行為と犯罪捜査に大きく寄与している。
 ヴィクトリア朝と現代との違いは通信技術だけではない。科学捜査技術は著しく進歩している。今やDNA鑑定で個人を、GPSでリアルタイムに位置を、それぞれ特定できるようになった。
 そんな世界観のなかで「探偵物語」を成立させるのは難しい。なぜなら、しっかりとした犯罪捜査の方法論が確立しているから。ここに素人が割り込むには、それなりの理由が必要となる。
 だからこの時代の探偵は、それこそホームズが自称する嘱託探偵として、規定の方法論を超越した観点を持ち発想をしなければならない。そうでなければこの時代に「探偵」として存在する意味がない。
 21世紀のシャーロック・ホームズは聖典の描写にあるように、外見から人の職業や家族構成等の個人情報を云い当てるし、ロンドン市街と近郊の地理や気象を頭に入れて判断を下すし、犯罪現場の地べたに這いつくばって拡大鏡を覗き込みもする。警察からはその能力を買われて捜査協力を惜しまないが、それとて探偵の興味をひくような事件でなければならない。
スコットランド・ヤードの刑事たちは捜査協力こそありがたく受けるものの、ホームズの性格や彼への対応を持て余している。この名探偵をあからさまに歓迎してない、さらにいえば面と向かって軽蔑の色を隠さない者すらいる。それも納得できないではない。警察に限らず、シャーロック・ホームズの対人行為には問題がある。
 現代においてもシャーロック・ホームズはシャーロック・ホームズであり、社会不適合者であるところも変わってない。

 聖典の「緋色の研究」は二部構成だ。ホームズとワトソンの出会いにはじまり、事件発生と犯人逮捕までが描かれる第一部。犯人がその半生を振り返り、犯罪動機となる経緯を語る第二部。
 事件の核心は第二部で明らかとなるのだが、その内容の大部分はミステリとしては面白いものではない。しかも、特定の宗派を攻撃する内容となっているので、当時のイギリスではともかくも今の世にそのまま甦らせるのは如何なものか。
 そこでドラマスタッフは大胆な改変を施す。
 犯人像の「見えない存在」という特性を取り上げて、これを現代に通じる職業へとわずかに変更する。そして動機の点で大胆な変更を施した。そして最大の変更点は、この犯罪計画にシャーロック・ホームズの宿敵を絡めたこと。
 モリアーティの名前だけではない。本作にはマイクロフト・ホームズが早々に登場する。
 聖典やあのガイ・リッチー版でも良好な兄弟関係が、本作では非常に険悪だ。殴り合いの喧嘩こそないけれど、会話に揶揄や挑発が織り交ぜられる。二人の間には独特な緊張感がある。
 そして、モリアーティ。ガイ・リッチー版でもその酷薄な知性と強大な組織力でシャーロック・ホームズを何度も危地に追い詰めた「犯罪界のナポレオン」だが、本作における描写もそれに勝るとも劣らない。自らは手を汚さず、人を操る。
 世界一の名探偵と犯罪界のナポレオンの対決の構図を、ドラマスタッフは第一話から匂わせる。開幕早々にモリアーティの存在を匂わせたのには理由がある。シャーロック・ホームズに相対するには、普通一般の知性の持ち主では力不足。ホームズがそうであるように犯罪を芸術の域まで引き上げるような天才でなければ、世界一の名探偵の相手は務まらない。だから、モリアーティという革命家が必要とされたのだ。
 シャーロック・ホームズを世界一の名探偵たらしめるには、ありきたりな事件を解決させるわけにはいかない。たとえそれが殺人事件であっても。
 シャーロック・ホームズの天才を証明する装置としてモリアーティは用意された。凡庸な男の閃きをきっちりとした犯罪計画に高めてこれを伝授した点において、モリアーティの「教授」としての特性は健在だ。
 問題は、シャーロック・ホームズとモリアーティの結末は「ライヘンバッハの滝」で終結することだ。モリアーティ亡き後、並び立つ者のない天才シャーロック・ホームズはどうなってしまうのか。
 今から興味深い。

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Comments:2

ETCマンツーマン英会話 2013年9月 5日 17:13

こんにちは。「Study in Pink」を見てから「Study in Scarlet」を読みました。本当に良くできていて関心しました。

>そして動機の点で大胆な変更を施した。

まさに、その点はとても興味を持ちました。130年というときを経ても、ホームズもワトソンも、ほぼ同じようなキャラクターとして描かれていると感じましたが。しかし、殺人を犯す何人の姿が、原作のそれとは大きく違う。現代に巣食う病理のようなものを見たようなきがします。ドラマの作者が最も伝えたかった部分がその部分ではないだろうかとさえ感じました。

サテヒデオ 2013年9月 8日 17:13

ETCマンツーマン英会話さま
 コメントありがとうございます。
 ミステリは社会を映す鏡ですからね。犯罪に時代性が色濃く反映するのも当然といえましょう。だから、このジャンルは死に絶えることがないのですけど。
 本作を経て「緋色の研究」を読まれたということですが、よいきっかけを得られました。ドラマ製作者も喜んでいることでしょうね。

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