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古書肆京極堂青山店

amazon:[単行本] 定本 百鬼夜行 陰  2012年7月7日、第19回東京国際ブックフェアでの読書推進セミナー、京極夏彦氏による「世界の半分は書物の中にある」を纏めた記事を前回書いた。そこで思い出したのは、以前にも京極夏彦氏の講演を聴いたこと。その模様を当時持っていたブログで記事にしたなぁ、と。
 データが残っているか調べたところ、記事そのもののデータは残ってないが草稿はあった。
 読み返して赤面。肩に力が入りまくっている文章に戦慄すら覚える。三年ほど前の文章なのに、どうにもこうにも気恥ずかしい。
 そして散見する「云いたいことがちゃんと整理されてない」パターンの悪文と「云いたいことを的確に表現する語彙がない」パターンの悪文。叫びだしたくなるしちょっと叫んだし。
 それでも貴重な体験の記録ではあるし講演内容も興味深いものなので、これを機に再掲することにした。
 再掲するにあたって何の手直しもせずに載せようとも思ったのだが、さすがにそれは私が耐えられない。当時のブログの体裁は現在のブログのものとも違うのでそれを修正するつもりで手を入れていたら、いつの間にかどんどん手直ししていた。ちょっとでも気になると手を入れずにいられない。困ったものだ。
 このときはメモをとってなかったようで、事実誤認の可能性はすこぶる高い。この講演でも京極夏彦氏は一時間強も言葉を積み重ねていた。その内容を細部まで漏らさず記憶できるような脳は過去から現在に至るまで積んでいない。
 それでもブログ記事を書き上げるくらいに講演内容をおぼえていられたのは、その内容が京極夏彦氏の著作で読んだことのあるものだから。その強烈な読書体験を踏まえて記事を纏めたようである。
 前回の記事でも断りを入れたが、記事の内容に事実誤認があれば、それは京極夏彦氏が間違いを犯したのではなく、このサテヒデオの全責任である。読者諸賢におかれましてはこのことをご了承くださいますよう宜しくお願い申し上げます。

amazon:[単行本] 定本 百鬼夜行 陽  2009年10月10日、青山学院大学のガウチャーホールにて読書教養講座の公開授業が催された。特別講師は小説家の京極夏彦氏。通俗娯楽小説における当代きっての書き手は、「抽象力」と題して講演を行った。
 まずは「抽象」とは何かを説明した京極夏彦氏。氏が次に語ったのは、過去の人間というのはその知性において現代人に劣るところはない、ということ。確かに科学の進歩と技術の発展については現代に生きる私たちに分があるが、だからといって即ち現代人が過去の人間より優れていることにはならない。
 ここではじまるのが妖怪談義。個別の妖怪について説明するのではなく、そもそも「妖怪」とは「幽霊」とは「モノノケ」とはどういったものなのか、過去の日本においてどう捉えられてきたのかを語りはじめた。
 驚く勿れ。今「妖怪」と聞いてイメージするものは、それが生まれて半世紀も経っていないのだ。昭和40年代に水木しげるという男が、それまで現存していた妖怪のイメージに姿を与えた。それが現在の「妖怪」である。「妖怪」は人為的に編集されているのだ。
 それでは、水木翁がひとり、個々の妖怪が本来有していた意味の改変を伴う編集作業を為したのか。これも間違い。そもそもは明治維新の後に推し進められた意識改革に端を発する。

amazon:[文庫] 文庫版 今昔続百鬼 雲 〈多々良先生行状記〉 (講談社文庫)  前近代的な事物を嘲笑い、これを反面教師とすることで現時点の自分たちに恰も優位性があるかのように認識する。より強く優越感を味わいたければ、劣位にある者をことさら貶めるのも厭わない。それがかつての己自身であっても。
 可及的速やかに為された意識改革のなかで排斥されたのが妖怪の類の伝承だ。つまり、迷信である。
 前近代であろうとそこに合理的精神がなかったわけではない。後に迷信として斥けられた伝承にも、それが通用した時代と社会においては通用するだけの至極尤もな理由があったはず。たとえば「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」といわれているが、前段と後段にさしたる関連はない。論理的ではないのでこの文言を守るべき理由はないかというとそうではない。これは、現在のように夜でも光に満ちているわけではなく、それに加えて使い勝手のよい爪切りがあるわけでもない時代に成立した言葉だ。わざわざ難儀な時間を選んで刃物を用いる作業をすることもあるまい、と戒めているのだ。
 このように時代と社会に即した見方ができずにただただ無意味だと断ずるならば、そんな現代人を果たして賢いといえるだろうか。
 このことは過去より伝えられるものを一様に排斥してきたことが原因だ。迷信が迷信としてその信憑性に疑問符がつくようになるまでは、それらは信じられる文言だった筈なのだ。そこには時代と社会の文脈において信じるに足る合理性があったのだ。これは妖怪についても同じだ。妖怪が語られるには相応の理由があった。
 現在の「妖怪」は昭和40年代に"生まれた"わけだが、その際、絶大なる妖怪人気にあやかって海外の「妖怪」についても子供向けに百科事典が編まれた。これに関して大変だったのがそのヴィジュアル化だ。
 日本の妖怪については少なからず典拠となる書物等があり、そこに図画があるのでこれらをもとにヴィジュアル化すればよい。しかし、インターネットもない当時のこと、海外の化け物についての詳細な情報をつかむのは難しい。名前やどんな化け物かということまではわかっても姿形を描いたものまでは入手できない、といったこともあっただろう。かといって絵を載せなければ意味がない。「妖怪」はヴィジュアル化できなければキャラクターとして機能しないからだ。そこで採られたのは、化け物と全く関係のない絵を掲載するという方法だ。
 京極夏彦氏が語るに、海外の海坊主として本邦に紹介されたものには、実在した僧侶を描いた風刺画から流用したものがあるらしい。僧侶を馬鹿にしてその体を魚にかえた絵があったものだから、これは海坊主っぽいということで採用されたとのこと。その僧侶にとってはとんだとばっちりである。資産運用の手腕が悪かっただけで悪し様に描かれて、挙句の果てに遠く極東の島国でその子供たちに海坊主として知られてしまう。そこまで悪いことしたか?
 昭和40年代、海外の「妖怪」として成立したものについては、それらが本来持つ性質等が改変されてしまっているものがある。指名手配の凶悪犯の顔写真に関係のない第三者のそれが使用されたようなものだ。そんな事情を知らない市民が手配書を見て「あの凶悪犯を目撃した」と通報しても、決して犯人逮捕には結び付かない。これが問題だ。誤った情報が流布することで、その情報に基づいた目撃談が語られてしまう。
 海外の「妖怪」については笑い話のような事情があるが、さすがに本邦の「妖怪」はそんなことにならないはず。そう思っているなら、これは認識が甘い。そもそも、民俗学自体が若い学問だ。
 民俗学のアプローチとして有効な聞き取り調査。これをするならば調査対象者の生まれる前の事柄については当該調査ではわからないとするのが学問に生きる者の姿勢だろう。わからないものをわからないとして処理せずにその説明に見当違いのものを引っ張り出してくることは絶対に避けるべきだ。
 講演中、京極夏彦読者にはお馴染みの台詞も飛び出した。
「この世には不思議なことなど何もないのだよ」
 わからないことをわからないと認めれば、世界は「わかること」と「わからないこと」の二つに分けられる。そして不思議なことというのはなくなるだろう。「不思議なこと」というのは認識における鬼子であり、それは「わかること」にも「わからないこと」にも含まれない。「不思議なこと」は世界にその居場所を失くす。
 古来より培われてきた日本式合理性を放棄しておいて、それとは説明体系の異なる博物学的アプローチで妖怪に迫る手合いが現れた。このことが個々の妖怪に変容を齎した。
 いわゆる知識人が何をしたかというと、全国に生息する妖怪に抽象化を施したのだ。
 抽象化とは何か?
 たとえば自動車を抽象化すると、これはタイヤが四つあってエンジンによって駆動する、と纏められる。エンジンの位置が車体の前方にあるか後方にあるかだとか、旅客だ貨物だとか、トヨタだ日産だポルシェだとか、そういった具体的なことを捨象するのが抽象化である。
 妖怪についての抽象化とは、たとえば川の妖怪であるとか山の妖怪であるとかで括って、個別の妖怪において具体的な特徴を削ぎ落とすことだ。そして、それら抽象化されたものをひとつの「そのようなもの」として捉え、この「本質」なるものに各地の妖怪譚を当てはめた。
 個別の妖怪は一旦抽象化されて、その後に土地において語られてきた具体的な特徴を身に纏わせられる。これは引き算をしておいて足し算をするようなものだが、勘違いしてはいけないのは、必ずしも引いた分だけを足すわけではない、ということだ。抽象化されたことで求められるのは平均値である。平均化された概念に何を付け加えても本来あったものには戻らない。
 つまり、昭和40年代に編集された「妖怪」は、しかしそれ以前に既に編集された妖怪を下地にした、本来の姿とは別物なのである。
 京極夏彦氏の妖怪に関する説明によると、反近代・前近代であることと民俗性の高さが妖怪を妖怪たらしめているのだが、近代における論法で解体され、民俗性と切り離された時点で「妖怪」は妖怪ではなくなった。
 先に本邦の妖怪には典拠となる書物があると書いた。僧侶への悪口を描いた風刺画がそのまま海坊主として流用されることは日本の妖怪においては考えられないかのように読み取れるが、実はそうではない。
 妖怪として描かれてはいるが、実は作者が洒落のめして描いたもののひとつに鳥山石燕の泥田坊がある。これは実在の人物をモデルに描いたものだが、そんな事情を知らない者にとっては泥田坊はかつていたとされる妖怪に違いない。
 実在の人物が妖怪にされてしまう。どこかで聞いたような話だ。かの僧侶はその画家も知らないうちに風刺画を流用されて海坊主になった。泥田坊の場合、画家がそもそも風刺の意味をもって、実在の人物を妖怪として描いた。
 虚構のなかに現実を織り込み、現実のなかに虚構を垣間見る。そんな生活を楽しんでいた過去の人間と、冗談を真に受ける一方で事情も知らずに先人を馬鹿にする現代人。さて、どちらが愚かだろうか?

amazon:[文庫] 文庫版 塗仏の宴 宴の支度 (講談社文庫)  日本には幽霊の概念がなかったというのには驚いた。
 御霊の概念はあったが、これらは為政者によるところの危機管理政策だった。天災等の責任を回避するのに必要とされた概念なのだ。
 雷が落ちたのは菅原道真クンが怒っているからであって、そういうことならば彼に怒りを鎮めてもらおうよ。
 御霊は、だから個人を祟ったり恨んで枕元に立ったりしない。そういうものではない。いってみれば一種の詭弁なのだ。
 為政者による危機管理政策としての御霊の概念があって幽霊の概念がなかったのなら、現在、幽霊として知られているもののステレオタイプはいつ生まれたのだろうか?
 歌舞伎の演目に幽霊を題材とするものは多い。役者が幽霊を演じる方法は現代において確立されている。それらはまさに幽霊を描いたり演じたりする時のステレオタイプだが、何をもとにこのスタイルが確立されたのか?
 これは順序が逆である。歌舞伎役者が演技に際して凝らした工夫が、幽霊のステレオタイプになったのだ。ステレオタイプからスタイルが抽出されたのではなく、スタイルをもとにステレオタイプが確立したのだ。

amazon:[文庫] 文庫版 塗仏の宴 宴の始末 (講談社文庫)  さすがは京極夏彦である。かの中禅寺秋彦もかくやの詭弁に、聴衆の財布の紐はゆるみっぱなし。数十人は壺を買ったようである。商魂逞しいな大沢オフィス。
 講演はまさに憑き物落とし。話題はあちこち飛ぶようでいてちゃんと着地点に降り立つのだから凄い。きちんと計算されているのがわかるのは、これは京極夏彦氏の語りが拙いのではなくて私が京極堂を知っていただけで、煙に巻かれぬよう身構えていたにすぎない。
 現実の人間がアレをできるのだから、虚構のなかの人間ならばもっととてつもないことをやってのけてもおかしくはない。個人的に『塗仏の宴 宴の始末』はシリーズ作品のなかであまり好きではないのだが、京極夏彦の騙りに触れたら、何だか前より好きになれるような気がする。
 講演の後、青山学院文学部准教授が詭弁家を相手に対談をしたが、これは大屋多詠子女史がかわいそうだった。対談というよりインタビューの体裁だったが、彼女は話題にしていることの聴衆への説明役を自任していたようで、そのことに言葉を費やさざるを得ず時間を食ってしまった。そのうえ、大屋女史の質問に京極夏彦氏がこれまた長々と答えるものだから、ますます時間が食い潰される。准教授は用意していた質問の幾つかを発することができなかった。はりきっていたであろうに気の毒でならない。
 終了予定時刻を少し過ぎたところで、この特別授業は幕を閉じた。勿論、サイン会はない。そんなもの催したら、京極夏彦氏は間違いなく腱鞘炎になっていただろう。それがわかっていても私もサイン会の列に並ぶけどねッ!

 この記事は「公開授業は二時間に満たなかったが、本当に充実していた。体調が万全ならばもっと楽しめただろう。ちょっと残念。また機会があれば京極夏彦の騙りに溺れてみたいものだ。それまでは著作を読み返すしかないのだな。」と締められている。
 読み返してみると、先日の講演内容と呼応するところがあり、この記事を再掲することの意義があると考えたものである。下に前回記事のリンクをはっておくので、興味を持たれたならお読みいただきますよう御願い致します。

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