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ぐるぐるまわって

amazon:[大型本] マイマイとナイナイ (怪談えほん2)  怪談えほん『マイマイとナイナイ』を読んだ。
 本書は、岩崎書店の「怪談えほん」シリーズの二冊目。文章を皆川博子、絵を宇野亜喜良が担当している。
 大ベテランがタッグを組んで、その実力を遺憾なく発揮。このコラボレーションは物凄い作用を読者に対して齎す。特に幼い魂には要注意な代物だ。保護者は本書を危険物扱いしなければならない(わりと真剣にこう思う)。

 先だって催された、本格ミステリ作家クラブのトークショー&サイン会。このイベントは、本格ミステリ作家クラブの運営する本格ミステリ大賞、その受賞者を一般に御披露目する意味合いがあり、また、これを機会に一冊でも多くの本を手に取ってもらいたいという出版業界からの切なる願いがあって、作家と読者の交流と販売促進のコンセプトのもと、贈呈式の翌日に催される。今年は6月17日にこのイベントがあり、銀座は教文館がその会場となった。
 一般読者が集うこのイベントには、幾つかの企画がある。
 まずは、本格ミステリ大賞の小説部門と評論・研究部門の各受賞作家と受賞作品を推した作家が壇上に並び、受賞の喜びや創作秘話、推薦理由が語られるトークショー。作家の肉声を聞く機会は多くない。ましてや覆面作家ならばなおさらだ。
 この日、イベント会場となった書店で対象書籍を買うと、一冊につき一枚の抽選クジを会計時に手渡される。これを使った企画は、作家や出版社供出の品々が景品となるお宝抽選会だ。なかには世に一点モノのまさに「お宝」と呼ぶに相応しい品があり、コレクターの気味がある参加者の眼が怖い。
 そして本格ミステリ作家クラブに所属の作家による合同サイン会。作者とのささやかな交流の痕跡を著作に記してもらう。モノとしての本に愛着も思い入れもある人々によって行列は作られる。
amazon:[単行本] 開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU― (ハヤカワ・ミステリワールド)  愛読する作品を書いた敬愛するミステリ作家を目の当たりにし、ささやかながらもしっかりと交流のできる貴重な機会とあって、このイベントの盛況ぶりは凄まじい。
 お宝抽選会にサイン会と付加価値があるとはといえ、高く平積みされた本がハードカバーや文庫を問わずにどんどん売れる。「出版不況」が海の向こうのどこか遠い国で起きている出来事のように感じられるくらい。
 本屋で本が売れている。この当たり前の光景がなんだか嬉しい。自分の懐が潤うわけではなく、自分も買う側にいるのだからむしろ財布が軽くなる一方なのだけれど、良書がそれを求める人の手許にちゃんと届いているところに居合わせて、どうにも嬉しいのだ。
 さて、第12回本格ミステリ大賞の受賞作品について簡単に述べておく。
 小説部門は二作品のW受賞。城平京『虚構推理 鋼人七瀬』(講談社ノベルス)と皆川博子『開かせていただき光栄です』(ハヤカワ・ミステリワールド)が同数の票を集めたということだ。そして評論・研究部門は笠井潔『探偵小説と叙述トリック』(東京創元社キイ・ライブラリー)が受賞。
 第12回本格ミステリ大賞記念トークショーの模様については、光文社の「ジャーロ」46号に特集記事が掲載されるとのこと。興味を持たれたのなら、それに目を通していただきたい。
 このイベントを取り上げた理由はひとつ。この日のサイン会で皆川博子女史から『マイマイとナイナイ』にサインを頂戴したということの、これはやはり自慢になるのだろう。我ながらイヤな奴である。スノッブ丸出しだ。
 それはともかく、もしも宇野亜喜良画伯のサインもいただけたなら、夢のWサイン本の完成である。しかも為書きのある、世界に二冊とない宝物! 問題は、どこに行ったら宇野亜喜良画伯と遭遇できるのか、という一点に尽きるのだけれど。

 あの子は、いつかパノラマ島にたどりつくのでしょうか?

 小さな小さな弟を見つけたところから物語は幕を開ける。しかし両親ともにその存在を認識できない。そこで物語は"弟"の実在と非在をはっきりさせる方向に舵を取らず、"弟"は居るものとして先に進む。
 ちょっと待て。それは本当か?
 気にかかるのは、父母とされる男女は「何に気付かなかったのか?」ということだ。彼らは、その視線の先に何かしらの存在を認めたのだろうか? もしや何も認識してない?
 だとするならば、それはなぜ?
 ミステリならば客観的事実を積み重ねて推理を論理的に組み立てる。パズル志向の謎解きを本質とする本格ミステリならば、なおさらにその傾向は強い。
 本格ミステリ大賞受賞作家の皆川博子女史は、受賞の喜びを語るなかで「自分は本格の名に値する作品を書いてない書けない」というようなことを述べているが、『マイマイとナイナイ』ではミステリの文脈を最初から用いるつもりはなかったようだ。
 絵本における文章は絵のための説明文ではなく、絵本における絵は文章のための挿絵ではない。一方がもう一方を支配するわけではなく、寄りかかるわけでもない、対等な関係。この関係性が『マイマイとナイナイ』の場合、過剰なかたちで表れている。
 皆川博子女史の文章は確定的な事柄を語らず、宇野亜喜良画伯の絵は饒舌すぎて何に焦点を合わせるべきか迷ってしまう。文章と絵の双方は見開きページにちゃんとおさまってはいるものの、その連絡が取れているのかどうかは判断しかねる。
 強烈なインパクトに度肝をぬかれた読者の傍らをパレードが行く。無愛想なまでに削ぎ落とされた文章と必要以上に飾り立てられた絵が狂気の隊列を作る。説明不足と説明過多が互いに補完することなく綯われ綯われて螺旋を描き、天空高く伸びてゆく。
 ナイナイは無い無い。
 ナイナイは亡い亡い?
 綯い綯いは二重螺旋の進化の夢を辿って。
 迷い迷いのマイマイは、マイマイツブリの殻の中。螺旋を描くドームは童夢。瞑った瞼に胡桃を挿して。
 言葉遊びに真理は宿る?
 どうにも解せぬ32ページ。なにやら仕掛けがありそうだ。思案顔の読者もパレードの最後尾につく。笛の音に合わせて進む、進む。

amazon:[文庫] ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)  螺旋は構造的に位相の変化を齎す。一周したところで同じ場所には戻らない。だから、ぐるぐるとページを捲れば捲るほどに物語は出発点から離れて行く。決して帰れはしないのだ。
 これは読者も同じ。
 初読と再読では読後の立ち位置が違う。それこそ位相が違ってしまっている。繰り返し繰り返し読むことで、文字と文字の間にそれまで読み取ることのできなかった意味を感得し、描線と色彩の奔流に溺れて見えなかった造形を新たに見出す。毎回が新発見の旅路となる。
 読者は既にパレードの一員なのだから。それ故に!
 螺旋の道をひたすら行って、果てのない高みへ駆け上がり、底なしの深みへ沈み込む。それはもう読めば読むほどに。
 小説家と画家のそのいずれもが脱力したような筆致で作品を仕上げた。まるで手遊びかとすら思われるほど、その文章と絵からは力が抜けている。「お気軽な手抜き仕事じゃないか」と思ったなら、それは大きな大きな間違いだ!
 皆川博子女史と宇野亜喜良画伯。実力派であるのは云うに及ばず、お二方ともに大ベテランでいらっしゃる。そのプロフェッショナルが絵本だからと手を抜くはずがない。力を抜いたように見せられるのも実力あってのこと。手抜きと同一視するのは思い違いも甚だしい。
 本作は、何度も何度も何度も読み返されることを企図して書かれ描かれたのだ。二周目三周目、イヤイヤ、十周目二十周目に不意に邂逅を果たすナニカとその出逢いのため、小説家と画家は作家性の表れる筆致において仕掛けを施したのだ。言葉足らずなのではなくて、下塗りで終わっているのではなくて、紙上に表出していないモノを感得させる意図をもって、小説家も画家も全身全霊をかけて力を抜いてみせたのだ。
 本の外側に化け物がいる!
 だから、『マイマイとナイナイ』は「怪談えほん」シリーズの中で最も「絵本らしい絵本」かもしれない。ハーメルンの笛吹き男のように子どもたちを彼方へと連れ去ってしまう。

 ぐるりと入れ替わった世界。ここは内側なのか? それとも外側?
 ぐるぐるまわる世界のほんとう。
 うつし世はゆめ、夜の夢こそまこと。ならば、世界から逐われ締め出されたのは、本当は誰なの?

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Comments:3

tenmama 2012年6月25日 20:14

素晴らしいレビューですね!
これは是非、宇野氏にもどこかでサインいただいて
物凄い記念の一冊にしていただきたいところです。
私的には字面の類似から「舞舞」「無無」と思ったり。
いや、深く考えてのことではないのですが。

会場のすごい熱気を思い出します。
もうあれから一週間以上経ってしまったのですよね。
忘れられない瞬間を得ました。宝物が増えました。

サテヒデオ 2012年6月26日 18:58

tenmama様
 お褒めの言葉を頂戴しまして光栄でございます。

 情報の欠落を読者が補完するようにベテラン小説家は仕組んでいるのです。だからマイマイは迷い迷いのマイマイツブリになり「舞舞」になるのです。ナイナイは無い無い亡い亡い綯い綯いに。
 言葉のチョイスが絶妙で、意味との連絡が繋がっているようで断絶しているようで。ギリギリのところを保っている。これが凄い。さすがです。

 宝物は増えましたが、懐は寒くなりました。ちょっと悩ましい。

サテヒデオ 2012年7月12日 13:48

 ちょっとした追記なのでコメント欄に残す。
 twitterでもつぶやいたのだが、“マイマイ”とその右目に暮らすことになった“ナイナイ”との共生関係に何かしらの既視感を覚える。それがどういうことかと気付いたのには、寄生虫として名高いロイコクロリディウムである。マイマイツブリと綯い綯い(つまり紐状)の解釈と彼らの関係性から思いついたのだ。
 ロイコクロリディウムの詳細と画像、まして映像はあまりにもアレだからここには記さないしリンクを用意しないけど(興味があれば各々で調べてください)、この寄生虫は宿主であるカタツムリをコントロールする点が恐ろしい。宿主を破滅へと向かわせるのだ。
 また、寄生虫というだけあってその生態には最終宿主を含む円環があり、ループ状に命を繋ぐという点において『マイマイとナイナイ』が形成する螺旋と合致するところが凄い。
 こうして考えてみると、皆川博子女史は凄まじいな。改めて思い知ったよ。

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