活字の国の人だから | HOME | 勝利こそが一番のファンサービス

バッド・カンパニー

amazon:[Blu-ray] ダーク・フェアリー 「ダーク・フェアリー」を観た。
 ガイ・ピアースとケイティ・ホームズは脇をかためているにすぎない。本作の主演はベイリー・マディソンだ。この子役が演じるサリー・ハーストが主人公である。
 配役の妙を云々するより、本作にはスタッフに注目すべき人物がいる。怪奇幻想ジャンルで次々に傑作を物しているギレルモ・デル・トロだ。
 本作はギレルモ・デル・トロが携わっているということで公開を待っていた。彼が四十年近く前のテレビ映画に惚れ込んでリメイク権を手にし、脚本まで手掛けたという。
 本当ならギレルモ・デル・トロ自身の監督作品、それもH・P・ラヴクラフト原作の「狂気山脈にて」を映画化したものを期待していたのだけれど、原作小説のそれとは筋書きを変えろとの製作会社上層部の要求に、ラヴクラフトの信奉者であるギレルモがブチ切れたとのこと。よって夢の企画は頓挫。確かにラヴクラフトの作品においてハッピーエンドなんてあり得ないけどさ。
 そういうわけで不足分のギレルモ・デル・トロ成分を補うべく、本作「ダーク・フェアリー」を観た。
 最近、ギレルモ・デル・トロは製作の仕事に魅力を感じているのか、彼の名前がクレジットされているのは「ロスト・アイズ」や「スプライス」といった若手監督の作品ばかり。これらの作品で渇を癒そうとするも、やはりどこか物足りない。期待値が高まっているのは自覚するが、これは仕方がない。「デビルズ・バックボーン」や「パンズ・ラビリンス」、「ヘルボーイ」シリーズが桁外れに面白いのだから。
 本作も新人監督の手になる。トロイ・ニクシーの本業は漫画家ということだが、初体験の試みは成功したのだろうか?

amazon:[大型本] トゥース・フェアリー―妖精さん、わたしの歯をどうするの?  本作の主要登場人物は多くない。少女と父親、父親の恋人。それぞれサリー、アレックス、キムだ。
 サリーはアレックスとジョアンの娘。両親の離婚後、サリーは母親と暮らしていたが、ジョアンが新しい恋人との生活を優先したものか、幼い娘は父親のもとへと送られる。こうした経緯もあってサリーには情緒不安定な気味があり、まわりの大人たちも彼女の奇行にはこのような要因があると捉えている。
 アレックスは建築家だ。旧家の邸宅を買い取ってこれに手を入れ、修復し終えてから売却する。現在手掛けているのは、動物画家として名を馳せたブラックウッドの邸宅。これの購入資金をはじめ、これまでに費やした金額と時間と労力に見合った収入を得なければならない。
 アレックスには結婚を見据えて交際している恋人がいて、ここに至って血を分けた娘と暮らすことになった。ブラックウッド邸の修復と売却は絶対に成功させなければいけない。

 本作は邦題にあるように妖精を題材にした作品。しかもこのトゥースフェアリーという妖精は"悪い"。尤も、妖精という存在のありようを考えると、本作に登場する妖精を単に"悪い"と捉えるのは間違いだろう。そもそも妖精に善いも悪いもない。そういう存在なのだ。人外に人間の倫理や行動原理を当てはめて善悪を語るほうがおかしい。筋違いだ。
 だから!
 だから、作中でサリーが連れ去られそうになっても、「まあ、連れ去られても仕方ないわな」と思っていた。彼女自ら招いたようなところもあるし。
 そうはいっても、彼女自身や彼女の家族にとってはたまったものではない。人間社会に則して考えてみると理不尽としかいえない成り行きで地下世界に連れ去られようとするのだから。
 毎日が楽しい別天地に遊びに出掛けられるなら、その都度、喜んで招待を受けよう。でも、"歯の妖精"ことトゥースフェアリーの目的はサリーの考えとは違うところにある。
 トゥースフェアリーの目的は幼児を拉致して歯を奪うことだ。乳歯はトゥースフェアリーの大好物なのだ。
 地上への出入り口を封鎖されてよりこちら好物を断たれていた彼らが、千載一遇のチャンスをふいにするものかとあの手この手でサリーを籠絡しようとする。
 最初は言葉巧みな交渉を試みる。これは成功しかけたが、些か拙速にすぎてサリーの不審を誘ってしまい、ついには交渉の席にさえついてもらえなくなる。
 こうなると次は脅して連れ込もうとし、それでも駄目なら暴力に訴えるしかない。そして最後の手段に出るトゥースフェアリーの描写こそが本作の白眉だ。
 サリーを求めるトゥースフェアリーの様子は、まるで女日照りの絶倫男だ。甘い言葉で誘いをかけるも必死な感じが表に出てしまって疎まれ、諦めきれないからストーカーよろしく付きまとい、はっきり嫌われてしまうと暴力に訴える。
 こんな風に解釈してみると、ホント、最低な男だな。
 確たる証拠がない限りストーカー被害を立証しにくいように、サリーもまたトゥースフェアリーからの被害を周りの大人に信じさせられない。妖精の存在を訴えて大の大人に即座に信じ込ませられる方がおかしいのだけど。
 ましてこのストーカーは成人男性を手玉に取るほど奸智に長けている。たいそう手強いのだ。

 本作におけるトゥースフェアリーの強みは"大勢"であることだ。個々の体が小さいことは利点であり欠点でもある。
 体が小さいということは質量が小さいということであり、そして彼らは頗るつきに敏捷であることから、隠密行動とヒット・アンド・アウェイ式の攻撃に秀でている。特に夜襲は彼らの特性を十分に活かす戦術である。
 しかし、一方で体が小さいことの弊害がある。体が小さいということは内包する力が大きくないということだ。それに加えて丈夫でもない。ハードカバーの本を上から叩きつけられたら「バチュン!」と潰されてしまうくらい。このように、本作におけるトゥースフェアリーは脆弱すぎる肉体を持っている。
 機動性に優れているが攻撃力と防御力が絶望的に低い。それでもトゥースフェアリーが脅威なのは、彼らが人間に引けを取らないほど計算高く、そして何より統率のとれた一個の軍隊であるからだ。

amazon:ジョジョの奇妙な冒険 第4部バッド・カンパニーiPhone4Sカバー  トゥースフェアリーがいくら自らの欲求に忠実で集団であることの優位性を誇っていても、軍隊だけに尚更に無駄な軍事行動は控えるという性格がある。いくら歴戦を誇る軍隊でも作戦行動に犠牲はつきもの。犠牲を払わずに済むのならそれにこしたことはない。彼らは自らが個々においては人間の幼児に劣ることを知り尽くしているのだ。闇雲に攻撃を仕掛けるのは得策ではない。
 まずは交渉によって友好的に事を進める。
 それが効果なしと見るや、次にブラフをちらつかせて有利に交渉を進めようとする。この時点での軍事行動は交渉を有利に進めるためのカード。あくまで交渉がメインだ。
 しかしながら交渉が決裂するとなると、いよいよ全面戦争に移る。いや、相手方に戦う意思なしと見るや、思うままに略奪に走るだろう。
 彼らの望みは乳歯だ。人の生涯の一時期しか生えないそれを定期的に入手するのは困難を極める。耕作するわけにゆかず、安定した猟場があるわけでもない。だから、貴重な機会を逃すわけにはゆかない。
 当然のことながらトゥースフェアリーの標的は幼児に限られる。気をつけるべきは彼らの保護者である。保護者が妖精を空想上の存在と思い込んでくれている間はトゥースフェアリーも安泰だ。しかし彼らの実在が明らかとなったら、保護者は子どもを守るために常識や先入観を捨てる。眼前の現実に対処する。
 ここでトゥースフェアリーにとって困ったことに、「子どもを守る」ことを第一に優先するあまり、とんでもないことをしでかす大人がいることだ。
 そんな行動の最たるものが、自らの命を投げ出す、という自己犠牲だ。
 ま、自己犠牲はどうでもいいが、逆襲を図られるのは御免蒙る。逃げ出すならばまだしもトゥースフェアリーの殲滅を企てるとなると、大人はなまじ自分の裁量で決断し行動できるだけに厄介だ。
 地上への唯一の出入り口から油を注ぎ込まれて火を放たれる。地下世界がどれだけ広いのかわからないということで、空気より重い毒ガスを流し込まれる。一般人がバンカーバスターを使うことはあるまいが。

amazon:[ハードカバー] Guillermo Del Toro: Don't Be Afraid of the Dark: Blackwood's Guide to Dangerous Fairies  アレックスは娘のいうことをなかなか信じない。恋人さえも真剣になって屋敷を逃げ出そうと云い出すも、これを却下する。そうせざるを得ない事情が彼にはある。
 全財産を懸けたブラックウッド邸を引きあげることは無一文になる覚悟を強いられる。邪悪な妖精が襲いかかる? このまま逃げ出せば、遠くない将来、債権者に追われることになるだろう。
 ブラックウッド邸に残って仕事を全うすることは、娘とその生活を守ることに繋がるのだ。
 とはいっても、娘を失っては何の意味もない。サリーの視点で事態の経過を眺めると、アレックスの悠長な態度は歯痒いばかりで怒りさえ覚えるが、アレックスの身になって考えると、彼が必死になって"家族"を守ろうとしているのがわかる。
 それにしても一家の長として配慮も努力も足らない、という指摘は尤もだけれど。
 しかし考えてほしい。物語の展開として、アレックスがサリーの異変にすぐさま気付いて、しかも「これはトゥースフェアリーの仕業だ! バルサン焚け、バルサン!」ってことになったら、どうよ?
 それはそれで面白いような気もするけど、そんな作品をギレルモ・デル・トロがわざわざリメイクするか?
 するかもしれないけど!
 とにかく、アレックスが仕事にのめり込むのは、彼の心情とドラマの展開上、それが必要なのだ。
 予算を睨みながら、しかも営業活動をもこなさなければならない。経済的窮乏から"家族"を守ろうと必死な家長の姿は、娘をめぐる異変に対して見当違いな対応をとってしまうのが観客にはわかるので、どうにも頼りなく感じられて仕方ない。
 本作は幽霊屋敷を題材にしてないけれど、スティーヴン・キングの「幽霊屋敷に遭遇する本当の恐ろしさは、それによって生活の場を喪い経済的に逼迫することにある。」はここでも有効である。

amazon:[DVD] スティーブン・キング短編シリーズ 8つの悪夢(ナイトメアズ)コレクターズ・ボックス(3枚組)  タイムリミットは迫っている。
 サリーに対する包囲網は完成している。一方でキムという若い女がどうやら自分たちの実在を信じつつある。
 確たる物的証拠は押さえられてないが、思い込みと母性愛が組み合わさるとどんな結論が導き出されるか予想もつかない。
 ここで退くわけにはゆかない。作戦行動を中止するには飢えが勝り、また、既に少なくない犠牲を出している。
 もはや、前に進むしかないのだ!

 タイムリミットは迫っている。
 ハリスから聞いたこと、図書館で調べたこと、地下室のブラックウッドの手になる壁画。これら指し示しているのが事実だとすると、サリーの身が危ない。
 サリーの描いた絵が示しているのは、事態は一刻の猶予もないってこと。
 たとえ私やサリーの思い違いであったとしても、それならばそれで笑い話になる日が来る。それから後のことはその時に考えよう。手遅れにならないうちに何らかの対処をしなければ。
 対処とは?
 簡単だ。生活の場をホテルに移すだけでよいのだ。
 まずは、ここから、逃げなきゃ!

 そして訪れるカタストロフ。
 サリーもトゥースフェアリーも"大事な"存在を失う。一方は去り、もう一方は軍師を得て次の機会を待つ。
 その屋敷はまだそこに建っている。

 本作はトゥースフェアリーの存在感が重要。本物らしさ、如何にも存在していそうな、ってところ。この空想上の存在をどのように描くかで作品の出来栄えが左右される。
 造形に拘った新人監督は、現実世界と幻想世界の境に居場所を求めているような、かわいらしさと不気味さを兼ねそなえた姿形を生み出した。パッと見てかわいらしく、よく見りゃ気持ち悪い造形。それが精巧なフィギュアであっても、目が合ったらその夜は悪夢に魘されそう。
 モンスター好きなギレルモ・デル・トロは同好の士を見つけたようである。
 トロイ・ニクシー。次も映画監督を務めるようなら、映画館まで足を運んでみるかな。

活字の国の人だから | HOME | 勝利こそが一番のファンサービス

Comments:0

Comment Form

Trackbacks:3

TrackBack URL for this entry
http://mescalinedrive.com/mt-tb.cgi/120
Listed below are links to weblogs that reference
バッド・カンパニー from MESCALINE DRIVE
ダーク・フェアリー from いやいやえん 2012-07-07 (土) 09:34
ギレルモ・デル・トロ監督の製作・脚本ってことで期待してました。残念ながら監督はしてないんですけれどね。 TV映画「地下室の魔物」のリメイクらしい...
映画『ダーク・フェアリー』を観て from kintyre's Diary 新館 2012-07-07 (土) 10:56
12-7.ダーク・フェアリー■原題:Don't Be Afraid Of The Dark■製作年・国:2010年、アメリカ・オーストラリア・メ...
ダーク・フェアリー : 生みの親より育ての親ってこと? from こんな映画観たよ!-あらすじと感想- 2013-01-22 (火) 14:18
 本日の業務は、早めに終了です。今から、スーパーに買い出しに行って某サイトのレシピを参考に酒の肴でも作ろうかと思っております。では、本日紹介する作品は、こ...

Home > バッド・カンパニー

Feeds
blogram投票ボタン フィードメーター - MESCALINE DRIVE 人気ブログランキングへ
Message
Visitor

Return to page top