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勝利こそが一番のファンサービス

amazon:[Blu-ray] マネーボール プレミアムエディション(初回生産限定)  日本プロ野球も2012年の開幕を迎え、連日のように熱戦が繰り広げられている。今シーズン、我らが中日ドラゴンズは監督が落合博満氏から高木守道氏へと代わり、三連覇という大事業の実現を目指す。前任者の落合博満監督は球団初の連覇を成し遂げた。続く高木守道監督は果たして三連覇を実現できるだろうか?
 高木守道氏は穏やかそうに見えるが、あれで実はむちゃくちゃ短気だという。今シーズンはキャンプから時間を設けてサインに応じたり出迎えたりとファンサービスを積極的に行ってきたが、その結果がナゴヤドームの観客動員数に表れてないとぼやいているようだ。結果を求めるのが早すぎるだろうに。こういうのは長い目で見なければ。
 野球ファンには貧打でお馴染みのドラゴンズ打線だけに、高木監督は我慢の用兵を続けられるだろうか心配である。

 ブラッド・ピット主演作品、「マネーボール」を観た。
 ブラッド・ピットが演じるのはオークランド・アスレチックスのゼネラルマネジャー、ビリー・ビーン。監督のアート・ハウを演じるのはフィリップ・シーモア・ホフマンだ。
 2001年のポストシーズン、アスレチックスはニューヨーク・ヤンキースとディビジョンシリーズで戦った。選手年俸の総額は、3972万2689ドルのアスレチックスに対してヤンキースはそれを優に上回る1億1445万7768ドル。その差が試合結果に反映したかのようにアスレチックスは敗れた。
 そして翌シーズン、アスレチックスは看板選手を三人も失うことが明らかとなっていた。選手を一流に育てても、そういう選手は自らの価値に見合ったギャラを支払ってくれる球団へ移籍する。
 資本主義の現実を受け入れなければならないとはいえ、悔しい気持ちは隠せない。貧乏球団は金持ち球団のための選手育成組織ではない!

 弱小集団が知恵を絞って巨大組織に立ち向かい、これに勝利する。いわゆるジャイアントキリング。判官贔屓というわけではないけれど、この気持ちは日本だけでなく世界に共通するようだ。強者に対して彼らを否定するつもりはないし、頂点に立ち続けることへの敬意や羨望を禁じ得ないけれど、それでも弱者による下剋上には心躍るものがある。
 日本プロ野球でいうと読売ジャイアンツは自ら「球界の盟主」を標榜しているが、それに相応しい実績を、今はともかくかつては文句のないそれを積んでいた。日本プロ野球界においてジャイアントキリングとはそのまま「ジャイアンツ殺し」を意味していた。
 日本プロ野球とは比較にならないほどの規模を誇るメジャーリーグにおいて、ニューヨーク・ヤンキースこそが絶対王者だ。
 ダビデとゴリアテ。本作は現代における巨人殺しの神話である。

amazon:[DVD] メジャーリーグ  メジャーリーグを舞台に"巨人殺し"を描いた作品といえば、その名もズバリの「メジャーリーグ」がある。チャーリー・シーン演じる抑え投手の登場曲「Wild Thing」は、作品を離れて、ここ一番というときの「頼れる男の登場」を演出する楽曲となっている。
 万年下位に甘んじていたクリーブランド・インディアンスの本拠地移転を円滑に進めるため、新オーナーは球団の観客動員数を減らそうと企む。
 野球ファンが球場に足を運ぶのは、贔屓のチームが勝つと思えばこそである。勝負に絶対はないけれど、負けて悔しい思いを味わうとわかっていてそれを求めはしないだろう。
 年間の観客動員数が80万人を下回ることが本拠地移転の条件であるから、オーナーとしてはそれを満たすチーム作りをしなければならない。そのために徹底的に"負ける"チーム作りに邁進する。 監督以下チームスタッフも選手も三流どころをかき集めてどうにか野球チームの体裁を取り繕い、経費をケチってモチベーションを下げる足の引っ張りよう。とにかく"負ける"ことの実績を積んで本拠地移転を目指す。その執念は凄まじい。
 オーナーの真意を悟ったインディアンスの面々は、野球選手として「役立たず」の烙印をおされていることを知り、一念発起して優勝に邁進する。これぞ雑草軍団の逆襲である。
 雑草軍団を象徴するベテランとルーキーがバッテリーを組んで阿吽の呼吸を見せるというのも燃える展開だ。
 それはともかくここで留意すべきは、地域密着型のメジャーリーグにおいて観客動員数というものが市場原理と密接に関係していることだ。「客を呼べない」ということは市場価値がないことを意味し、だから旨みのない市場からの撤退と新規市場の開拓という道筋が規約で認められている。
 そして「客を呼べるか否か」は勝利を期待させられるかどうかにかかっている。贔屓チームの勝利を観戦できると思えばこそ、野球ファンは球場まで足を運ぶのだから。
 だから良い野球選手とは、球場まで足を運ばせる魅力がある選手であり、つまりはチームに勝利を齎す能力を有する選手なのだ。そして当然のことだが、こういう選手は年俸が高額である。

 ビリー・ビーンがGMを務めるオークランド・アスレチックスは貧乏球団だ。同じアメリカンリーグに属するニューヨーク・ヤンキースとは選手年俸の総額で大きな開きがあることは、本作の冒頭で示される。
 ビリーの敵はニューヨーク・ヤンキースではない。ニューヨーク・ヤンキースとの選手年俸の総額に象徴される、球団間に厳然として存在する如何ともしがたい経済格差が彼の敵だ。
 金のあるチームに良い選手が集まり、良い選手の集まるチームが強いチームとなり、強いチームに金が集まる。これは単純化しすぎているけれど、経済的に恵まれているということは正のスパイラルを生む。
 金がすべてではないが、経済力は戦力を左右する大きな要因ではある。その点で勝負できないならば、費用対効果を精査したうえで資金を運用しなければならない。このとき、リスクを分散して安定した資金運用を行うか、リスクを度外視して自らの信念に殉じる覚悟で突っ走るか、トップに立つ者は頭を悩ませる。
 自分は正しい道を進んでいるのだろうか?
 ビリー・ビーンは業界人が歯牙にもかけない野球理論に賭けた。貧乏球団がジャイアントキリングを成し遂げるには、通常のやり方では駄目だ。資金力に劣る球団が金満球団と同じ方法論で挑んでも通用しない。正攻法で選手の補強をしたとしてヤンキースを上回る強化が叶うのか?
 無理だ。
 ならば、業界で奇策とされている理論で挑むのもひとつの手ではないか?

amazon:[文庫] マネー・ボール (RHブックス・プラス)  価値基準が異なれば価格設定に大きな開きが生じる。
 一般に悪い選手と目されていてもチームに加える意味があるならば、彼には野球選手としての価値がある。投球フォームが滑稽だろうと防御率が高いのなら、肩を壊して送球に難があろうと選球眼が良いのなら、シーズン通して活躍できないロートルだろうと若手の規範になるのなら、その野球選手にはギャラを支払うだけの価値があるのだ。
 その価値を見出せない市場、つまり野球業界は宝をみすみす捨てているようなものだ。しかし考えてみると、価値が定まってないからこそ貧乏球団が手を出せる人材なわけで。
 ビリーの補強は業界歴の長いスカウト陣から嘲笑を浴びる。ビリーがチーム再生の根拠としたものは、野球に本格的に携わったことのない男が打ち立てた理論だったからだ。野球というのは頭で理屈をこねまわしてどうにかなるものじゃない。男と男の真剣勝負であり、その機微を見極められるのは長く野球に携わってきた者だけ。
 くだらない考えは捨てて俺たちに任せておけば五拍子揃った金の卵を見つけ出してやるよ。
 かつてニューヨーク・メッツのスカウトに説得され、大学進学の道を大きく逸れた男がいた。男はドラフト一位指名を受けて球界入りするも、しかし野球選手としては満足な結果を出せずに引退し、現在はオークランド・アスレチックスのGMの座に就いている。
 ビリー・ビーンはスカウトの言葉を信じない。モノになるかどうかもわからない若造を美辞麗句で飾り立て、球界を代表する大スターに成長すること間違いなしと太鼓判をおすだけで、それが覆ったとしても何の補償をもしない。「確かに活躍しなかったし成功しなかったけど、勝負の世界ではままあることさ」
 スカウトの甘言に乗せられて勝負の世界に足を踏み入れるのは、それが夢と大金に魅せられた若者本人の自由意思であり、成功も失敗も自己責任に負うところが大きいとしても、貧乏球団であるからには限りある資金をそんな夢物語のような博打に使えやしない。先行投資を否定しないが、投資した分を回収できなければただの大損だ。ギャンブルの才能がないではすまない。
 世知辛いのは否定しない。しかしこれが現実だ。
 現実の世界で神話のようなジャイアントキリングを成し遂げるには、それを心底から信じなければならない。信じなければ前に進めない。振り返ったり立ち止まったりする暇も余裕もない。
 細心の注意を払いつつも思い切って決断を下し大胆に行動しなければ何も動かせない。一種の馬鹿にならなきゃ。

amazon:[単行本(ソフトカバー)] 采配  野球は、とにもかくにも得点しなければ勝てない。出塁し、ダイヤモンドを一周してホームベースに生還する。これで1点。たったこれだけ。しかしこの道程が果てしなく遠い。
 中日ドラゴンズの前監督、落合博満氏は「勝つ野球」ではなく「負けない野球」を目指した。失点しなければ負けない。至極シンプルな答えに行き着いて、その実現を目指した。それを証明するかのような事実がある。2011年のシーズンにおいて、中日ドラゴンズのチーム打率と総得点はセパ両リーグ中12位。つまり12球団最下位の得点力にもかかわらず、落合博満監督率いる中日ドラゴンズは連覇を成し遂げたのだ!
 最少得点で勝つ。特に"スミイチ"で勝利することこそ、落合博満監督の理想であったろう。
 ドラゴンズ連覇の大いなる要因は投手力だ。2011年シーズンの球団防御率は12球団トップ! 三冠王に三度輝いた、日本を代表する大打者が辿り着いたのは、「野球は投手力」との答え。
 落合博満氏によると、"先手必勝"とは打者について語るに非ず、投手を語る際に用いられるべき。攻撃は投手の指先から放たれる。そもそもは投手がボールを投げなければ勝負は成立しないのだ。
 この極端な解釈とそれに基づく理念は、しかし落合氏がこれを押し進めたからこそ近年のドラゴンズの栄光がある。
 翻って本作の主人公、ビリー・ビーンの貫いた理念は、「出塁しなければ得点するのは難しい」とでも云おうか。言葉からは消極的な印象を受けるかもしれないが、どんな手段であろうと塁に出るという剥き身の闘争本能がこの理念にはある。
 派手でもスマートでもないががむしゃらに前進する意識をチーム全体に浸透させるには、想像を絶する苦労があった。

 どの業界にもその業界で普遍にして不変とされる固定観念が存在する。それは経験則であり慣例であり、長年にわたって業界を支配してきた理屈であるばかりに考え直す機会の持たれなかった、あるいはそのような動きを封じ込めさせる。このような動きがあるのは、そこに既得権益があるからだ。それがどのような種類のものであれ、既得権を保持しようとする勢力を生む。
 ビリー・ビーンがオークランド・アスレチックスを再建するにあたって押し進めた野球理論はセイバーマトリックスだ。
 セイバーマトリックスとは、統計学的見地によって野球を分析する方法論だ。考案者はビル・ジェームズ。
 1970年代に提唱されたセイバーマトリックスだが、従来の野球観を覆す内容が含まれており、また、提唱したビル・ジェームズ自身が野球の素人であったために顧みられることはなかった。バントや盗塁を否定する野球理論は野球経験者には信じられないものがあったろう。
amazon:[文庫] 野村ノート (小学館文庫)  野球を統計学的に分析するというと、日本プロ野球においては野村克也氏のID野球を想起する。野村監督はデータを重視し、選手に"考える野球"を浸透させ、そうすることで弱小球団だった当時のヤクルトスワローズを日本一に導いた。これもまたジャイアントキリングだ。
 日本においてもデータ野球は管理野球とも呼ばれ、勝利至上主義が悪いとでもいうように扱われることがある。況や野球の本場においてをや。
 セイバーマトリックスは勘や経験といった主観を排して客観的数値に基づいて選手を起用する。このとき特に重視するのは出塁率。ヒットだろうと四死球だろうと内容は問わない。
 野球選手もスタッフもチームの一員でありながら個人で球団と契約している事業主である。現在の活躍が次の契約に影響する。チームの利益と個人成績とはその内容によっては一致しない場合がある。自分を高く売るためにチームの方針とは異なる行動に出る者が現れる。また、己を過剰評価して自分が切られるはずはないと高をくくる者、能力は高いがチームの方針に合致しない者、集団の意識を統一するのに邪魔な存在を排除することは非情なようで、しかしそうではない。
 才能がないわけではないのにチーム事情によって出場機会が与えられない。ならばトレードで自分を必要としてくれるチームで出番を獲得したほうがよい。結果としてそういう状態になったのだとしても、飼い殺しは誰も幸せにならない。
 勿論、どうにも要らない者だって存在する。貧乏球団にはそんな人間のために割ける費用はない。だから、切る。これも当然。
 内憂外患の状況におかれたビリーが、自らのジンクスを破ってまで積極的に働きかけた結果、オークランド・アスレチックスはセイバーマトリックスを実行するための陣容を整えつつあった。
 その結果が奇跡の20連勝だ。

 本作のクライマックスは、オークランド・アスレチックスが成し遂げた前人未到の20連勝達成の瞬間にある。
 来期のための就職活動中のアート・ハウ監督との確執を伏線に、一塁手として再起を図るスコット・ハッテバーグのここ一番の一振りで劇的な展開をクライマックスの頂点に配するところは定石通りだが、これがフィクションではなく事実なのだから「野球は筋書きのないドラマ」は名言であると云わざるを得ない。
 鳥肌立ちまくりですよ!
 メジャーリーグ史に燦然と輝く大偉業を成し遂げたオークランド・アスレチックスだが、ポストシーズンのディビジョンシリーズでミネソタ・ツインズに敗れ去る。このときも前年と同じく二勝三敗。あと一歩が届かない。
 結果を出せなかったビリーとセイバーマトリックスだが、思わぬオファーが舞い込む。ボストン・レッドソックスから破格の年俸で招かれたのだ。このことはビリーとその挑戦が認められたことを意味する。
 メジャー最高額のゼネラルマネージャー。これはビリーが経済力でチームに勝利を齎したわけではないことの評価である。これを受けることは、セイバーマトリックスが一般に見直される契機となるだろう。
 しかしビリーはこの夢のようなオファーを蹴る。まだアスレチックスで勝ってない。セイバーマトリックスの正しさを証明しきれていない。
 ビリー・ビーンのジャイアントキリングは未だ成っていない。だから今も戦っている。

 ちなみに、アート・ハウの次にアスレチックスの監督を務めたケン・モッカは中日ドラゴンズに在籍し、1982年の優勝を経験している。そしてドラゴンズナインとして選手生命を全うした。我ら中日ドラゴンズファンには懐かしい顔なのである。
 さて、中日ドラゴンズの話題を引きずるようなかたちになるけど、落合博満監督はマスコミ対応やファンサービスに非協力的であり、それが観客動員数の低下を招いたとして非難され、契約満了を理由に解任された。優勝監督であるにもかかわらず、だ。
 そして今シーズン、問題の観客動員数は芳しくないようだ。もし年間の観客動員数が昨シーズンを下回った場合、高木守道監督はどのような責任を取らされるのだろう?
 そもそも観客動員の責任を現場の監督に負わせることが間違っている。
 監督は「勝たせること」、選手は「勝つこと」が仕事だ。その仕事のなかでおのずと「魅せる」プレーが出て、それによって野球ファンが球場で観戦することの価値を見出す。野球観戦とはこういうものだろ? まずは勝たなきゃ。
 落合博満氏がよく云うように、「一番のファンサービスは勝つこと」なのだ。

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