アパートの鍵貸します | HOME | レッドデータアニマル

水辺にて怪を語らば

 2012年3月25日、東京都中央区は佃の「相生の里」にて前日から「第三回あいおい古本まつり」が開催されており、この日はその一環としてある企画が催された。アンソロジストにして文芸評論家の東雅夫氏を講師に迎えての「橋のあやかし、川の怪 水辺の文豪怪談」と題する講演会がそれだ。
 本記事では、私の理解の及ぶ範囲で、そして記憶に基づいて東雅夫氏の講演会についてその内容を纏めてみたい。
 記事の内容に何かしらの誤りがあった場合、それは東雅夫氏の事実誤認等が理由ではなく、私に起因するものとご理解いただきたい。私の理解力と記憶力とが曲解と記憶違いとを起こしたに違いないのです。
 そうそう。本文中、敬称を省略することもあるかと思いますが、予めご了承くださいますようお願い申しあげます(特にお岩様!)。

 佃はそれこそ「川向こう」と呼ばれた周縁地域だ。そしてそういう場所こそが怪談やホラー、怪奇幻想文学の舞台となる。これが人跡未踏の地となると、怪談の舞台にはなり得ない。なにしろ怪異を体験する人がいないのだから。
 水辺の会場とは、まさに"橋のあやかし"と"川の怪"を語るに相応しい。
 川や橋は境界であり、物資流通の要衝でもあった。そこは水害被災の最前線であり、その一方で物流のために作られた運河は清流にはない停滞した水面を見せ、いずれにしても死を思わせる不気味な場と認識される。

amazon:[文庫] 鏡花百物語集―文豪怪談傑作選・特別篇 (ちくま文庫)  怪談といえばこの人抜きには語れないという作家に泉鏡花が挙げられる。泉鏡花の「化鳥」は口語文体、しかも子どもの一人称で書かれている。物語の舞台は石川県の浅野川。この川は卯辰山と金沢市街との境界となっていると同時に、物語上では生と死のあわいを端的に示している。橋のたもとに小屋を建てて住む母子は橋を渡る者から通行料をとってそれを生計としている。この橋銭から東雅夫氏は橋姫に言及する。
 また、関東大震災や東京大空襲の際の生死の境が隅田川においても顕著に現れたとのことで、そこから"流れ着く死"と川のそばに寺があることの必然にまで話は広がる。なるほど、境界ということでは、川と寺社は二重の意味で区切りが成立するわけだな。
 怪談と寺社との関わりといえば、それらが所蔵している幽霊画についても面白い話が。幽霊画はそもそも商家の旦那が絵師に依頼したものであり、これには商人らしい理由があった。幽霊は陰陽でいうところの陰の気であり、幽霊画を掛けていると陰の気がたまる。陰の気が強くなれば反作用が生じるが如く陽の気が満ちると考えられていて、陽の気満ちて商売繁盛するよう願いを込めて幽霊画を飾ったとのこと。加えて火事除けがある。幽霊は陰の気であるとともに水気でもある。火事と喧嘩は江戸の華とはいうが、店を消失なんてことにならないように幽霊画を飾ったらしい。

amazon:[単行本] お岩 小山内薫怪談集 (幽クラシックス)  有名な怪談を数えてゆくと必ずその名を挙げられるもののひとつに「四谷怪談」がある。講演会の会場「相生の里」は中央区にあるが、同じ中央区新川に於岩稲荷田宮神社があるのをご存知だろうか?
 四谷怪談といえばその名の通り新宿区の四谷が舞台だろうに、と思うのは当然。現に四谷左門町には於岩稲荷田宮神社がある。
 もともとは良妻で知られるお岩を祀るお岩稲荷が四谷にあって、ここは開運や災難除けとして人気を得ていたらしい。それが四世鶴屋南北の手になる「東海道四谷怪談」の大当たりによってお岩は大怨霊として広く知られるようになった。
 それではなぜ新宿区の四谷左門町にある於岩稲荷田宮神社が中央区新川にもあるのかというと、明治12年の火災で四谷左門町の社殿が焼失した際に新川に移転したのが理由である。後に四谷左門町の於岩稲荷田宮神社も復活し、現在では二カ所の於岩稲荷田宮神社が存在する。
 映画や演劇に限らず、「四谷怪談」を題材にする場合、於岩稲荷田宮神社に参詣するのが通例となっている。これを欠くととんでもないことが起きるというのは広く知られている。ただの迷信と侮り、あるいは軽い気持ちで扮装等、「四谷怪談」に手を出した者の末路までは東雅夫氏から聞かれなかったが、氏本人も仕事柄「四谷怪談」に関わることが少なくはなく、その都度、お参りに行っているそうだ。
 さて、講演会のテーマに則して「四谷怪談」を語ると、砂村隠亡堀がズバリそのもの。ここでは有名なお岩と小仏小平の戸板返しの場面があるが、これも川を舞台設定としている"水辺の怪談"だ。

amazon:[文庫] 幸田露伴集 怪談―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫)  東雅夫氏の仕事に筑摩文庫の「文豪怪談傑作選」がある。
 十八巻にもなるシリーズにおいて2010年に刊行されたのは、『幸田露伴集 怪談』と『芥川龍之介集 妖婆』。
 この二冊については裏話があって、密かに"水"をテーマにしていたそうな。幸田露伴と芥川龍之介のそれぞれの作品、「幻談」と「妖婆」から一部抜き出したものをコピーして、これが資料として配付されたのだが、なるほど、かたや海かたや川を舞台にした怪談だ。
 幸田露伴の「幻談」は昭和13年の作品。老境に至って小説の類を書かなくなっていた作家がどうした気紛れか、ひとりの編集者の依頼に「小説は用意できないけれど」と口述筆記によって完成させたのが「幻談」とのこと。語りの極致にあるこの作品が晩年の創作に繋がるのだから、怪談ファンにとっては奇跡のような巡り合わせがあったものである。
 江戸怪談には死者がつかんだり握ったりするものを生者が強引に振り払ったり奪い取ったりするモチーフがよく用いられており、先の「四谷怪談」の小仏小平の死に際がまさにこれにあたる。そうしたことを知り尽くした露伴は「幻談」にその趣向を織り込んだ。土左衛門の握る「野布袋」の釣竿だ。
amazon:[文庫] 文豪怪談傑作選 芥川龍之介集 妖婆 (ちくま文庫)  芥川龍之介の「妖婆」は、「今昔物語集」や中国の志怪小説を読者として愛する一方で、同時代に発展する英米の怪談とその旗手を好みながらもライバル視していたらしき作家の挑戦だった。この挑戦は当時は評価されなかったが、時代は移り変わって怪談の文脈で語られるようになった。
 芥川龍之介の「妖婆」の舞台となったのは堅川、一の橋付近。この作品には淫祠邪教をもって託宣を下す、いわゆる魔女が登場。魔女によって依代とされた女性が偽りの予言を齎すも、実際にその予言通りの結末を迎えるというもの。恋人と添い遂げるための方便であったはずの"予言"が本物の託宣だった"逆転の妙味"に、龍之介の企図した時代に合った怪談への挑戦が窺える。

 川や橋が境界であり物資流通の要衝であったと前述した。物流の要とはつまり人が集まることを意味し、様々な経歴を持つ者が集まるだけに多くの話が集まる。そのなかには不思議だったりあやしかったりする話もあるわけで。
 柳田國男「遠野物語」の遠野も東北の物流の拠点のひとつであり、人と物資の集積地というだけでなく怪談話をもここに集まったのだ。
 それは隅田川も同じ。
 謡曲「隅田川」が題材にとっているのは、梅若丸の非業の死。父親の死後、比叡山で修行をしていた梅若丸は、その美貌が故に同輩に疎まれてついには下山の仕儀と相成り、そして人買いの信夫藤太と出会う。藤太は梅若丸を売り払おうと企み、奥州へと連れ立つ。梅若丸が病を得て死を遂げるのが隅田川のほとり。臨終に際して梅若丸は、死して後に柳の木を植えてほしい、と云い遺す。
 遺言通りに柳の木が植えられて一年。梅若丸の一周忌法要に偶然にして現れたのはその母親、花御前。彼女は梅若丸の失踪後、その行方を捜すために物狂いを装って旅をしていた。
 我が子の死を知った花御前が悲嘆にくれていると、塚から梅若丸の姿が現れる。再び息子に会えたことの喜び。そしてこの土の下に眠るはやはり息子であるとの確信を得て、信じたくなかった息子の死を受け入れざるを得ないことの悲しみ。
 この後、花御前は出家して梅若丸の菩提を弔うも、悲しみに堪えかねて池に身投げする。
 梅若伝説が多くの人に愛されたのは理由がある。当時の人々にとって生き別れの親子が再会するハッピーエンドには慣れていても、梅若伝説の悲劇的結末はそれだけで衝撃を齎すものだった。だから多くの人の心をとらえたのだ。それはただ物語としてのみ受け止めるのではなく、生活に根付くようになる。民俗芸能や年中行事、また天候の名称に梅若伝説の名残りがあるのがその証拠だ。
 それは悲劇の舞台となった地域のみならず、北は奥州街道を上って岩手まで伝わっている。これには驚いた。信夫藤太の故郷とされる福島県の泉崎村では、梅若丸の菩提寺である木母寺に足を踏み入れると風雨の災難があると伝えられて隅田川に行くことを禁じられていたという。ここまでくると御霊信仰だ。
 中世の謡曲は、恨みを残して死んだ者が舞台上に立ち現れてその思いを口にする。この御霊信仰から繋がるありようは怪談のルーツではないだろうか。

amazon:[単行本] 文学の極意は怪談である 文豪怪談の世界  東雅夫氏が発起人を務めている「ふるさと怪談トークライブ」は、関係者全員が手弁当の活動で、それだけにただの参加者としては頭が下がる。東氏の云うことには、全国を行脚しているとその土地その土地の特色が怪談にも表われているのが実感できて、そこが実に面白い、と。
 昨年3月11日の東日本大震災以降、梅若伝説と同じように、また「遠野物語」99話にあるように、死に別れた家族や友人等との、束の間の、しかし決して真に交わることのない邂逅とそれによる喜びと悲しみ、かつて花御前が体験したものと同じく相反する感情がせめぎあうのを被災地の方々は味わっている。
 現在、被災地で語られる怪談というのは、「怪談」として騒いでいるのは他県から入ってきている労働者だったりボランティアだったりで、地元の人間はさほど不思議なことと捉えていないそうだ。

 講演会終了後は先だって刊行された東雅夫『文学の極意は怪談である 文豪怪談の世界』サイン会が開かれ、当然のようにその列に並んだ。サインには為書きが入って、そこには「語りつなぐ怪談の絆」とある。過去と現在と未来とを繋ぐ怪談の精神と役割。小揺るぎもしないな東雅夫!

アパートの鍵貸します | HOME | レッドデータアニマル

Comments:0

Comment Form

Trackbacks:0

TrackBack URL for this entry
http://mescalinedrive.com/mt-tb.cgi/112
Listed below are links to weblogs that reference
水辺にて怪を語らば from MESCALINE DRIVE

Home > 水辺にて怪を語らば

Feeds
blogram投票ボタン フィードメーター - MESCALINE DRIVE 人気ブログランキングへ
Message
Visitor

Return to page top