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世界一の名探偵!

amazon:[Blu-ray] 【Amazon.co.jp限定】シャーロック・ホームズ ブルーレイ スチールブック仕様(完全数量限定)  ガイ・リッチー監督作品、ロバート・ダウニーJr.、ジュード・ロウ、レイチェル・マクアダムスが見事なアンサンブルを見せる冒険活劇、「シャーロック・ホームズ」を観た。
 世に名探偵は数多く存在するが、「世界一の名探偵は?」との問いに対して即座にシャーロック・ホームズの名を思い浮かべるのは私ひとりのことではあるまい。鳥撃ち帽にインバネス、長身痩躯のその姿は貧弱とは別種のもので、身中にその眼光の如き鋭さを秘めている。
 その人となりを表すにあたって、彼と生活をともにし、その探偵活動で良き相棒を務めたジョン・H・ワトソンの著述に勝るものはない。あえて要約すると、シャーロック・ホームズなる人物は「特定の分野における知識を抜群に有しているが、その反面、知識人としてそなえていて然るべき教養が欠如している」。また、「バイオリンを自己流だがよく奏で、ボクシングをはじめとする格闘技はお手のもの」である。
 この時点でワトソンはホームズの職業を知らない。この犯罪学に通じた同居人が世にもユニークな嘱託探偵として数々の難事件を解決していると知るや、その特異な能力にすっかり魅了されてしまう。そして軍医としての経験を買われて事件解決の協力を請われる。
 ただの同居人であったホームズとワトソンが相棒になった瞬間だ。

 本作の描く「シャーロック・ホームズ」は聖典に記述のある通りの人物なのだろうか?

amazon:[文庫] シャーロック・ホームズの冒険 (創元推理文庫)  ロンドンを舞台としたチンピラとギャングの抗争を多視点による喜劇的展開を取り入れつつドライに描き、その構築性の高さと胸のすく結末が多くの映画ファンから称賛を得て、それにより注目を浴びることとなったガイ・リッチー。彼が母国の生んだ英雄の映画化に携わった。数え切れないほど為された映像化作品で踏襲されたイメージ、それこそ冒頭で述べた鳥撃ち帽にインバネスに代表されるシャーロック・ホームズ像とは大きく異なるそれを、この映画監督は打ち立てた。
 ガイ・リッチーはシャーロック・ホームズをアメリカ人俳優のロバート・ダウニーJr.に演じさせ、シャーロック・ホームズの幾つもある特徴のうちの「社会不適合者」に比重を置いたキャラクターを作り上げた。
 ジョン・H・ワトソンにはジュード・ロウ。このワトソンはホームズの奇行に手を焼いて、彼に辛辣な言葉を吐く。それは窘めるといったレベルのものではなく、容赦なく打ちのめすといったもの。尤も、それをせざるを得ないほどにホームズが傍若無人なのだけれど。
 このように社会不適合者であるホームズに対して常識人のワトソンという図式が二人の間に成立しているわけだが、己を弁えている秀才が天才の破天荒な行動に巻き込まれるというのは物語の定型である。婚約者を得て彼女と新生活に踏み出そうとしているワトソンには気の毒だが、彼が関わりを持った奇人はそんじょそこらの奇人ではない。不世出の奇人にして犯罪捜査の第一人者なのだ。
 このような人間関係を結び、このような役割分担のもとにあって、ワトソン医師が事件に巻き込まれないはずがない。そもそも彼自身、冒険を求める気質を有するのだから、なんだかんだでホームズとの冒険を進んで求めている。

 麗しのアイリーン・アドラーが登場する本作は、『シャーロック・ホームズの冒険』に収録の「ボヘミアの醜聞」より後の事件ということになる。かつて彼女によって手痛い敗北を喫したホームズにとって、アイリーン・アドラーという女性は特別な存在である。
 女性相手にしてやられて、満足のゆかぬ結末を迎えたことにホームズは報酬を受け取らず、自らの戒めとしてアイリーンの写真を受け取ってこれを手許に置き、時折眺めるのだった。
 本作でベイカー街221Bの居室を襲撃したアイリーン・アドラーから見つからないようにホームズが写真立てを伏せたのには、こんな事情があったのだ。そしてホームズの内心の動揺を見て取ったアイリーンはやおら交渉に入る。
「ある人物を探して」
 多くの謎を残して彼女は立ち去る。ホームズが伏せた写真立てを元に戻して。
 さて、何の目的もなくアイリーン・アドラーが行動するはずがない。まして危険を冒してロンドンに舞い戻りはしない。なにしろ彼女は指名手配の身なのだから。あえて好敵手に調査の依頼をするのだから、それ相応の理由があるはず。それは何だ?
 それはひとまず措いて、彼女の云うがままに行動を起こすのは業腹ではあるが、アイリーン・アドラーが一枚噛んでいるというだけで事態は尋常ならざるものに違いなく、それだけに非常に興味がわく。
 アイリーンの背後関係を含めて、きっちり調査しようじゃないか。

 本作の敵役はヘンリー・ブラックウッド卿。冒頭に展開するのは、彼がまるで「切り裂きジャック」の正体であるといわんばかりの所業と犯罪行為としての"劇場性"。劇場型犯罪ということで、見た目は黒魔術の儀式のようでいて実は新しい時代の到来を予感させるところは、まさに世界一の名探偵の敵役に相応しい。
 死者の復活や浴槽での突然死、そして人体発火。ブラックウッドが齎すのは、この世の理から外れているように思われて。
 こうなると、ブラックウッドの名の由来はゴーストハンターの草分けである「ジョン・サイレンス」の生みの親、アルジャーノン・ブラックウッドであろう。
 グラナダテレビの「シャーロック・ホームズの冒険」でジェレミー・ブレットが演じたシャーロック・ホームズその人を彷彿とさせるブラックウッドのスタイル。このブラックウッドにシャーロック・ホームズは挑み、そしてその野望を打ち砕く。
 これは従来のシャーロック・ホームズ像をガイ・リッチー流"シャーロック・ホームズ"が打ち破ることによって為される、本物志向への高らかな宣言なのだ。
 つまり、今や常識と化した科学知識とオカルトとの線引きが為されていない状況だったヴィクトリア朝時代に、"最先端"を行く科学の知識と技術を用いた犯罪が行われ、この時代の誰をも経験したことのない事例を前にして、それでも本物の名探偵は事件を解決に導く。時は移ろい、それに伴って人の意識もそれが引き起こす事件も多種多様となるけれども、それでも探偵の仕事が変わることはない。
 鋭い観察眼のもとに物的証拠と信用するに足る証言を集め、それらから仮説を立て、検証実験をしてその実験結果から改めて仮説を立てる。不断の考察から推理を構築してゆく。時代が移り変わり社会情勢が変わっても、事件の本質を捉えるのは探偵に託された役割なのだ。探偵の外見的特徴やスタイルに変化があろうと、絶対に変わらないものがあるのだ。
 そして幾人もの俳優がそれぞれに演じ、それらの間にいろいろと差異はあるものだけれど、シャーロック・ホームズは誰がどう演じようといかなる味付けをしようとただひたすらにシャーロック・ホームズなのだ。

 ボクシングや杖術といった格闘技に優れ、それは極東の島国由来の"バリツ"を修めるほど。ロンドン市街の詳細な地図を頭に思い描くことができ、一方でズボンの裾にはねた泥からその人物がどこから来たのか当てるくらい地質の違いを把握している。時にバイオリン演奏に興じ、時に麻薬に耽溺する。変装の名手にして言語も堪能。そして何より論理的思考の優れたること比類ない。それでいて実証主義者としての一面を持つ。
 シャーロック・ホームズのシャーロック・ホームズたる特徴のすべてが本作には詰め込まれている。
 忘れてはならないのが、事件解決の確信が持てるまでは推理を開陳しない点! ブラックウッドの"死者の復活"などは、とうにそのトリックを見抜いていたわけだ。それこそ"詐術"である、と!
 ブラックウッドは自らの演出のために五人もの女性を殺し、捕まってみせた。すべては"復活"を果たしたと広く世間に思わせるために。
 とことん下衆である。貴族といえどその本質は下衆。彼は扇動者でありテロリストであった。
 ブラックウッドはかねてから欲しかったものを正当な手段で手に入れようとはせず、略奪するしか方法を知らないのだ。遵法精神の欠片もない。だからこそシャーロック・ホームズの敵役として選ばれたわけだが。

 ブラックウッド卿の失踪とアイリーン・アドラーの依頼。複数の事件を並行して抱えることも稀ではなかったホームズだが、かたや劇場型犯罪の先駆けによる新時代の事件であり、かたや自らを破った女傑の関与がある事件である。これらが一体の死体で結び付いた。謎は深まるばかり。
 解決できないとまでは云わないにせよ、苦戦を強いられるかもしれない。
 ホームズが単独で事件に臨むことは珍しくはないし、ワトソンと出会う以前はずっとひとりで活動していた。しかし、世界中で誰よりも信頼を置ける相棒を得てからというもの、難事件解決にワトソン医師は欠くべからざる要素となっていた。
 だから、稀代の難事件であろう二件の調査活動にワトソンは必要だし、ワトソン自身もこんなにも興味深い事件に自分抜きで携わるなんて我慢ならないはず。二人の関係が解消されるはずがない。このようにホームズは考えていただろう。きっとまた二人で冒険できるもの、と。
 こんな時にワトソンの協力を得られないなんて、そんなことはあり得ない、と。

 ワトソンはホームズとの非日常的冒険を愛する一方で、ひとりの常識ある社会人として日常の繰り返しを、平凡なる生活に身を置くことを望んだ。その契機となったのは、「四つの署名」事件で出逢ったメアリー・モースタン嬢との恋愛だ。シャーロック・ホームズ譚で重要となる三角関係は、本作に登場するアイリーン・アドラーをひとつの頂点とし、残る二点をシャーロック・ホームズとジョン・H・ワトソンとで形成するそれではなくて、アイリーン・アドラーをメアリーに置きかえたものである。
 そもそも女性不信の気があるホームズにとって、メアリーとは自分にとって得難い存在であるワトソンを拐かす大罪人にも等しい。
 ワトソンの幸福は喜ばしいことだが、それが結婚となると素直に祝福できない。
 だから、つい云わなくてもよいことを口にしてしまう。目に映る些細な点から初対面の人物についてそのプロフィールを読み解く、「これぞシャーロック・ホームズ!」という論理的考察を駆使してメアリーを丸裸にするも、純粋な推理に終始できなかったからか、彼女を辱める結果となった。
 ホームズのスランプを思わせる場面を挿入することで物語は俄然に盛り上がる。そうでもしなければ、ただでさえホームズの勝利は揺るがないというのに、完全なる銀行レースを眺めることになる。
 それはさすがに面白さの魅力に乏しい。ミステリ好きはドキドキハラハラが大好きで、いつもそれを求めているのだ!

 真相は明らかとなった。そこには時代を先取りする仕掛けがあり、時代を超越する名探偵の活躍がある。
 そして、アイリーン・アドラーの背後にいた人物の名前も彼女によって告げられる。ジェームズ・モリアーティ教授だ。犯罪界のナポレオン! シャーロック・ホームズの宿敵の登場に心が躍る。

 不可思議な表層を見せる出来事であっても、事実をつぶさに観察し、検証実験と考察を積み重ねて事件の本質に迫る。かの名探偵が世界中で愛されるのはその頭脳の明晰さだけが理由ではない。
 偏屈な皮肉屋はお茶目な横顔を持ち、何よりも強い信念を持っている。それは純粋な"正義"ではないかもしれないが、そこには偽善の欠片もない本物の輝きがある。
 幾つかの悪徳に染まってはいるものの、何にもまして素晴らしい美点を有するが故に、人はシャーロック・ホームズというこの愛すべき男に魅了されるのだ。
 そしてシャーロック・ホームズの魅力は彼ひとりに負っているわけではない。世界一の相棒、ジョン・H・ワトソンとのコンビネーションが彼を世界一の名探偵へと押し上げているのだ。このことは本作でもちゃんと描かれている。二人が並んでいる"絵"の美しさはたとえようもない。完璧な絵だ。溜め息が出るよ。
 主従でなく、患者と主治医というだけでなく、ただ友情で結ばれているわけでなく、探偵と助手という世にもユニークな関係を築いた二人。阿吽の呼吸とはまさに彼らの辿り着いた境地のことをいう。

 本作は聖典に忠実なシャーロック・ホームズ譚であり、それもあって頗るつきに面白い!
 ちなみに、2009年に公開の本作は思い入れの強さと依怙贔屓によってその年のマイ・フェイヴァリットとなった。「シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム」は2012年一番の作品となるだろうか? ライバルは多いぞ。

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