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我思う故に我あり

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 主演はリーアム・ニーソン。主人公と行動をともにする移民女性にダイアン・クルーガー。映像加工の素材としてよく用いられる「ヒトラー 最期の12日間」、この作品で総統を熱演のブルーノ・ガンツが、かつて東ドイツ秘密警察"シュタージ"で活躍した男を演じる。
 リーアム・ニーソンはかつてアマチュアのボクシング選手だったそうだ。ある試合の後、トレーナーの云っていることの意味がまるでつかめないという体験をしたそうだ。ロッカールームへ行けという指示に、「お前は何を云ってるんだ?」と思ったとのこと。自分にとって当たり前の事柄も認識ひとつで覆ってしまう。
 自明と思われたことがそうではなくなる体験を経て、認識するということの危うさを身をもって知るからこそ、リーアム・ニーソンは本作で扱う題材の面白さを信じられるのだろう。そして、物語の約束事を逆手に取る仕掛けも映画人として気に入ったはず。

 ベルリンのホテル・アドロン。タクシーからひと組の男女が降り立った。女はフロントに向かい、男が荷物を降ろすのを待っていた。タクシーが去ってから、男はあることに気付く。荷物の中にブリーフケースがない。きっと空港でタクシーに乗ったときに忘れたに違いない。あの中にはパスポートが入っている。男は新たにタクシーを捕まえて空港にとって返す。
 予定外のことに焦る男は、渋滞を回避するために裏道を行くよう運転手に指示する。女性運転手は指示通りにタクシーを走らせるも、その後、思いがけない事故に遭ってタクシーは橋から川に転落する。
 次に目覚めたとき、男は病室にいた。医師によると川から引き上げられた際、数分間にわたって心臓が停止したらしい。そして四日間の昏睡状態が続いた、と。
 事故の影響で記憶の混濁があるかもしれないということだが、四日も行方知れずということなら妻が心配しているはず。病室のテレビが、中東の王子がバイオテクノロジー学会に出席することを報じていて、それを見て自分もその学会で発表することを思い出した。
 自分は植物学を研究するマーティン・ハリス博士で、妻の名はエリザベスだ。大丈夫。記憶は欠落してない。そうとなればいつまでも入院なんかしてはいられない。妻に自分の無事を知らせなければならない。
 ホテルに戻ったマーティンはエリザベスと対面するも、彼女は眼前の男を夫とは認めない。そこにマーティン・ハリスを名乗る見知らぬ男が現れて、エリザベスはその男こそ自分の夫という。
 そんな馬鹿な! どうなっているんだ?

amazon:[文庫] 異邦の騎士 改訂完全版  自分の身分を他人に奪われる。名前や履歴を騙られる。まして身分を証明する何物をも持っていなければ、本人であってもこちらが偽者の汚名を着ることになる。
 記録の改竄は簡単ではないにせよ絶対に不可能というわけではない。ならば、人の記憶はどうか?
 リーアム・ニーソン演じるマーティン・ハリスは事故後はじめて対面した妻に夫ではないと否定される。記録だけならば改竄の可能性を指摘できなくもないが、愛妻の記憶すら自分の認識を裏切る事態にマーティンは信じられない思いだ。彼には自分がマーティン・ハリス博士であるという確固たる認識がある。インターネットを介してのみ交流のあったブレスラー教授が面識の無かった自分をマーティン・ハリスと断定できないのは歯がゆくあるけれども理解できる。しかし、妻であるエリザベスがブレスラーと同じ反応なのはわけがわからない。四日も連絡せずにいたのは悪いと思うし怒っているのだろうけれど、事情がないわけではないしそれを説明させてほしい。
 マーティンの思いも空しく、そこにひとりの男が現れる。

 本作が主人公の記憶の混濁を起点に物語が開幕するのなら、主人公の自己同一性こそをまず疑わなければならない。しかし、本作ではマーティンがエリザベスとともにベルリンに降り立ち、入国審査をパスする場面が描かれている。ここでリーアム・ニーソン演じる男が「マーティン・ハリス」なる人物であることは、観賞上の前提となったわけだ。
 そのうえでリーアム・ニーソン演じる男が「マーティン・ハリス」ではない、ということがあり得るかを考えてみる。
 リーアム・ニーソンは俳優なので何者であろうと演じられる。たとえば本作の登場人物で本物のマーティン・ハリスとは別に「自分はマーティン・ハリスである」と強く認識する者がいると仮定する。その人物をリーアム・ニーソンが演じるということは彼の内面に寄り添うかたちとなり、これは演出の手法としてあり得る。つまりこの場合、リーアム・ニーソンはマーティン・ハリスと他の何者かを一人二役で演じているわけだ。そのうえで件の人物にとって自分は「マーティン・ハリス」なのだから、その外見さえもマーティン・ハリスのそれと認識しているかもしれない。しかし、この人物の外見がマーティン・ハリスのそれと合致するのは彼の内面世界においてのみ。実際のマーティンを知る者からは似ても似つかぬ外見をした男がマーティン・ハリスの名を騙っているようにしか見えない。
 リーアム・ニーソン演じる人物がマーティン・ハリスではない可能性を考えてこのような解釈に到達したが、この解釈はしかしすぐに覆される。なぜなら、もうひとりのマーティン・ハリスが現れるからだ。そう、エリザベスとの対面の場に現れたのは、マーティン・ハリスを名乗る男だ。
 自分を「マーティン・ハリス」と思い込む人物の存在があろうと無かろうと、実際にマーティン・ハリスが現れたならその外見はマーティン・ハリスそのもの、つまりリーアム・ニーソンのそれでなければならない。本物のマーティン・ハリスが眼前にいて、そのうえで自分を「マーティン・ハリス」と認識するなら、その人物にとってその状況は自分と瓜二つの人間、さながらドッペルゲンガーと相対するような心地がするはず。ところが、リーアム・ニーソン演じるマーティン・ハリスはエイダン・クイン演じるもうひとりのマーティン・ハリス(ここではそれぞれ"リーアム"マーティン・ハリス、"エイダン"マーティン・ハリスとする)と対面する。"リーアム"マーティンの内面で"エイダン"マーティンの外見と自分のそれを同一化しないことで、ここに提示した考えは否定できる。また、後にユルゲンが空港職員から入手した入国時の監視カメラの画像、そして取り戻したパスポートから"リーアム"マーティンがマーティン・ハリスその人であることが客観的事実として示される。
 それでは、なぜ「マーティン・ハリス」を名乗る"エイダン"マーティンが現れて、しかもエリザベスがその人物を夫と認めているのか?

 マーティン・ハリスという人物をめぐる一連の不可思議な出来事には、何やら陰謀めいたものを感じずにはいられない。陰謀を疑うには理由がある。マーティンを付け狙う二人組の男がいて、彼らはマーティンの身柄を押さえようとし、それを達成するためなら殺人も辞さない。この二人組が何者かはわからないが、目的のためなら手段を選ばないところや殺人の手口から、彼らが表沙汰にできない種類のプロフェッショナルであることはわかる。そしてマーティン・ハリスを名乗る男の出現だ。これらは、マーティンがベルリンの地に降り立ってから相次いで起こった。厳密に云えば、事故による昏睡から目覚めてから始まった。
 マーティンを攫おうとする二人組と、マーティン・ハリスを名乗る男。彼らが機を同じくして現れたことは偶然とは考えにくい。この二組には何らかの関係性があるに違いない。男たちの出現と、身分証明書の偽造やインターネット上画像等の情報改竄の事実、個人的なスナップ写真さえも用意していることから、組織的な陰謀が張りめぐらされていると考えても、これは大袈裟でも何でもないだろう。彼らが犯罪組織の構成員なら、彼らに話を合わせるエリザベスはそうせざるを得ない理由があるはずだ。これについては、彼女が脅されていると考えるのが普通だ。
 マーティンとしては自分の身分を証明して、妻を救い出さなければならない。犯罪組織を相手にするのだから、その行動は慎重を期さなければ。
 しかし、それにしてもなぜ自分なのだ? なぜマーティン・ハリスが狙われるのだ?
 彼が出席を予定していた会議やパーティーには重要人物が列席する。マーティンと研究上の交流のあったブレスラー教授は、中東のシャーダ王子と親交がある。王子は世界的な食糧危機が起こると予見して、その問題を解決するであろうブレスラーの研究に財政支援をしている。しかしこの支援をめぐって王子は自国の原理主義者を敵にまわした。
 こうした背景から何かしらの暗殺計画が進行しているとしてもおかしくない。そしてマーティンは、その暗殺計画に巻き込まれてしまったのではないか? マーティンは学会にもシャーダ王子歓迎パーティーにも出席するので、その席での暗殺を企てているのではないか?
 こうなると事態はマーティンが自分の身の証を立てるに留まらない。マーティンは現在進行中のテロ行為を未然に防ぐことが可能なのかもしれない。

 さて、ここまで読んでもらっておきながらこれを持ち出すのは今更だが、これから本作のネタを割る。まだ観てない知りたくないという向きはこのまま「戻る」をクリック。

 マーティンが暗殺計画に巻き込まれて、その身分を奪われたとする考え方には、大いなる矛盾がある。
 組織的な陰謀があり、それがバイオテクノロジー学会やその出席者に関係するという点に異論はない。しかし、その計画にマーティン・ハリスが巻き込まれたというのは理に合わない。
 マーティンの個人的な事情を正しく把握し、偽者を用意するなんて、簡単にできることではない。絶対に不可能ではないが、相応の準備期間が必要だ。しかし、マーティンが行方不明になったのは、たったの四日間だ。この短期間にマーティン・ハリスの来し方を探って偽者を用意してネットや写真の偽造工作を完了する?
 さすがに無理だ。そもそも四日間というのはマーティンが昏睡状態にあった期間であって、これは予定されていたものではない。もしマーティンが事故に遭ってなければどうするつもりだったのか?
 偽造工作の内容から準備期間を考えると、マーティン・ハリスの身分を騙るのは最初から計画のうちだったのだろう。そうなるとマーティンを見舞った事故も疑わなければならない。偽者とのすり替えを行うために計画された事故だったのか?
 いやいや、それはない。
 一旦はホテルに着いたマーティンが空港にとって返したのは、ブリーフケースを積み忘れたからだ。そのタクシーに荷物を積むのを手伝っていたマーティンに寒いからと乗車を促したのはエリザベス。空港から乗ったタクシーが暗殺計画の一端だとして、マーティンがブリーフケースを取り戻すのに自ら空港に戻るかどうかはわからない。ホテルから空港に連絡して、見つけ次第投宿するホテルに配達するよう求めるかもしれない。このようにブリーフケースひとつで人の行動を操ろうというのは、手段として用いるには不確定要素が多すぎる。これでは計画に組み込むことは躊躇われる。
 不確定要素といえばジーナのタクシーに乗ったのも渋滞に捕まったのも不確定要素だ。そのうえ、裏道を行くよう指示したのはマーティン自身だ。これらの事態を予測して事故を起こすのは、神以外には成し得ない。つまり、マーティンが事故に遭ったのも昏睡状態に陥ったのも偶然であり、この点に関しては何らの陰謀をも働いていないことがわかる。

 マーティンの遭遇した事故とその昏睡が偶発的なものだとすると、それらが起こらなかった場合、暗殺計画はどのように展開していただろうか?
 チャンスを窺って拉致するのか? それはあり得ない。
 空港にとんぼ返りのマーティンはともかくエリザベスはチェックインの最中だった。先程述べたように、マーティンはそのままホテル内に入ってくるかもしれなかった。フロントで人相を記憶されるかもしれない。そうでなくとも監視カメラに記録される。何がきっかけで計画が露呈するかわからない。マーティンをホテル内に入れてはいけないのだ。しかし、ホテル内に入るかどうかはマーティンの意思決定に任せている。この不徹底ぶりは奇妙だ。
 奇妙といえばエリザベスだ。彼女の行動が奇妙なのではない。彼女が無事であることが奇妙なのだ。マーティンの偽者を用意したのなら彼女の偽者を用意すべきだろう。マーティン・ハリスの偽者を用意するよりエリザベス・ハリスの偽者を用意するほうが事は簡単だ。ネット上に顔写真が転がっている科学者と一介の主婦とでは情報改竄するにも難易度は雲泥の差だ。それとも、エリザベスの顔がホテルマンに知られてしまったから偽者とすり替えることができなくなったのか?
 エリザベスには協力しなければ夫の命はないと脅したのか? だとすると、当の夫が現れたにもかかわらず彼を知らないとする態度は解せない。衆人環視のなか、脅されているだのこの男は偽者だのと騒げばいい。
 決定的なことを云うと、現地ベルリンで実行間際にドタバタする必要はない。ベルリン行きの飛行機に乗った時点で偽者とすり替わっていればよいのだ。否、「マーティン・ハリス」なる人物を作り上げて、実在しないその人物が暗殺を行えばよい。

 あべこべだ。
 マーティン・ハリスが彼の身分を奪われたのではない。「マーティン・ハリス」という人物を演じていた彼がそのことを忘れていたのだ。
 暗殺組織「セクション15」は暗殺の実行メンバーが行方不明になり、任務達成のために最善を尽くしただけだ。つまり、万が一に備えて用意していた"エイダン"マーティン・ハリスを投入したのだ。
 そこに自分はマーティン・ハリスと思い込んだメンバーが現れて、計画を台無しにしようとする。セクション15にとってこの暗殺計画に費やした時間は短くなく、まして自分が立てた計画を自分で壊そうとするメンバーが出たのだから、彼らにとっては「余計な手間!」と云いたくもなるだろう。「エエ加減にせえよ!」って。
 マーティン・ハリスを名乗っていた男は、今回の暗殺におけるプロジェクトリーダーだったのだ。マーティン・ハリスの身分が嘘ならエリザベス・ハリスも嘘。彼らと親交があるというロドニー・コールの正体はセクション15のトップだ。
 本作を観賞するにあたって前提となるべき「リーアム・ニーソン演じる男はマーティン・ハリスである」というのは、映画の約束事を逆手に取った叙述トリックだった。リーアム・ニーソン演じる男は「マーティン・ハリス」という男を演じていたにすぎなかったのだが、それが心肺停止の後遺症が残って記憶の混濁が起こった。彼自身が微細な点にわたって作り上げた「マーティン・ハリス」の経歴は、このような事情から作り物だと認識されず、男は「自分はマーティン・ハリス」との自己認識を持つに至ったのだ。
 そういえば違和感を覚え場面があったっけ。た一介の科学者にしては運転技術が抜きん出ていると思った。あれは暗殺者として身につけた技術だったのだな。
 ベルリン空港での入国審査で「バイオテクノロジー学会で発表を行う」と答えてパスした「マーティン・ハリス」に「エリザベス・ハリス」が軽口を叩く。「発表を行うだけ?」と。それに対して「答えとしては十分だ」と応じた男は、確かにセクション15の一員だった。一見すると夫婦の間で冗談を交わしたようにしか取れないが、実は身分も入国の目的も偽っていることを自ら揶揄していたのだ。

 今や名も知らぬ男となった「マーティン・ハリス」は、記憶を取り戻しても暗殺者としての自我を失った。一度死んだことが意識の変化を呼んだものか、男は暗殺を阻止せんとする。
 この暗殺に関してもその実態には「あべこべ」の状況が生まれている。それについてはここでは触れない。すべてを明かすのはさすがに申し訳ない。観てもらうとしよう。

 男は一度死んで生き返ったのではない。死んで、生まれ変わったのだ。傍らにはともに死線をくぐり抜けた女性がいて、これも悪くない人生だ。

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