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我慢大会

amazon:[Blu-ray] 4デイズ  私なら鼻面をガツンと殴られただけで、秘密だろうと何だろうとあること無いこと洗いざらい喋っちゃうね。それはそれでまた殴られそうだけど。
「4デイズ」を観た。
 主演はサミュエル・L・ジャクソン。彼は"H"の愛称で呼ばれる拷問のプロフェッショナルを熱演する。Hが尋問の"ムチ"なら"アメ"はFBIのヘレン・ブロディ捜査官だ。演じるのはキャリー=アン・モス。
 ヘレンは仕事に情熱を傾けていてその結果として独身でいるのだが、子ども好きの一面を持つ。家庭よりキャリアを選んだであろう彼女と対照的に、仕事柄、人非人の所業も辞さないHが妻子に恵まれ、家庭人として満たされているのは皮肉だ。

 FBI捜査官のヘレン・ブロディと彼女のチームは極秘の任務である建物に赴く。敷地内を軍人が闊歩するそこで会ったのは、直前に危険人物として取り調べをした男、通称"H"。あのときはCIAの横槍が入って男の正体はわからずじまいだったが、ここでようやく男の仕事が判明する。
 建物内にひとりの男が監禁されている。男の名前はスティーブン・ヤンガー。彼は生粋のアメリカ人だが中東への派兵をきっかけに内面に変化が生じ、今やイスラム教徒に改宗済み。ヤンガーには特殊部隊所属の経歴があり、特に爆弾や爆発物に関するエキスパートだ。
 そのヤンガーがアメリカ国内に時限式の爆弾を仕掛けた。彼が送りつけた映像には国内三カ所に核爆弾を仕掛けたとある。ヤンガーの要求が飲まれない場合、これらの核爆弾が爆発する、と。
 ヤンガーの身柄は確保した。次にすべきは爆弾の在処を自白させること。
 ヘレンがこの場に喚ばれたのは、彼女がテロ犯罪の部署に所属してそういった犯罪者の扱いに長けているからだ。ヘレンが犯罪捜査のプロフェッショナルなら、Hは拷問のプロフェッショナルだ。彼の仕事はヤンガーに核爆弾の在処を自白させることにある。

amazon:[単行本] 拷問の歴史 (Truth In Fantasy)  ヤンガーは既に逮捕済みだが口を割らない。爆発までにヤンガーに核爆弾の在処を自白させなければならない、どんな手段を使っても。一方で犯人の基本的人権を尊重しなければならない、どのような事情があっても。生きるために人としての尊厳を捨てるか、それとも理想に殉じるか。人間性や良識をかなぐり捨てても生きることを望むか、人として侵すべきではない領域に足を踏み入れるくらいなら死んだほうがマシか。
 まず手始めに小指を切り落とす。陰部を傷付ける。体に電流を通す。爪を剥いでそこに刃物を突き立てる。Hが執行する拷問は、苦痛だけでなく「このまま殺されるかも!」と死の恐怖を抱かせることを狙いとする。効果的に自白させるには拷問対象者が心に纏った鎧の弱点を注意深く探ってゆき、そこを的確に突かなければならない。ただ闇雲に苦しませたり痛めつけたりしても、強い覚悟でもって武装した者から何も奪えない。
 まずは心を折らなければならない。心に纏った鎧は強い覚悟によって高い強度が維持される。ならば、強い覚悟を挫けばよいのだ。死の恐怖は人を挫けさせるには適している。
 よしんばヤンガーが死の恐怖すら克服するほどに強い覚悟を保っていられるなら、死すら凌駕するほどの恐怖を探り出す。必ず自白させる。赦される限りにおいて、どんな手段を使っても!
 自白させるためならば誰にどう思われようと構わない。Hはアメリカが抱く恐怖を背負って、恐怖を乗り越える代償行為としての暴力を肩代わりしている。Hの暴力はアメリカ合衆国の暴力だ。核の恐怖に怯えて、なりふり構わず手段を選ばずただただヤンガーに自白を強いているのは、Hという個人ではない。Hは汚い仕事を請け負っているだけだ。

 Hのふるうムチは、アメリカ合衆国の抱く恐怖の裏返しである。法律に則った捜査と尋問を行うべきだと考えるヘレンは、その理念と良識をHに見込まれて彼の尋問術の一部に組み込まれる。絶え間ない苦痛と死への恐怖に苛まれ、ヤンガーの心は疲弊している。そこに人間扱いしてくれる者が現れれば、地獄に仏とばかりに意思とは関係なく心がその人物を頼ってしまう。自分の味方だと思ってしまう。それを狙ってのヘレンの起用だが、ヤンガーはヘレンのようなアメリカ合衆国市民こそを憎んでいる!
 アメリカの法とアメリカの理念に裏打ちされた正義に、ヤンガーは何の価値も見出してない。むしろ満腔の怒りがある。ヘレンの生温い"真実"に対してヤンガーは53人分のしっぺ返しを食らわせ、そのことに詰め寄る彼女にそれまで秘めていた本心をついに吐き出す。
 53人の被害者と云ったが、その53という数字はアメリカが毎日殺している人数と思え! アメリカ市民がアメリカの平和を謳歌するとき、アメリカ以外の国と地域はアメリカに蹂躙されているのだ! その事実に気付かずにのうのうと生きている貴様らが人命の何たるかを語るな!
 ヤンガーにとってみれば、ヘレンは拷問に一時の休憩を齎す役割でしかなかった。Hのほうがよっぽど自分の奥底まで踏み込んでくる。
 理想を説いたところで何も変わりはしない。ここは闘争の場だ。戦場だ。相手を屈伏させる気概のない者は利用されるだけ利用されて、ついには居場所を失うだろう。
 ヤンガーが自分の使命に忠実であるように、Hもまた自分の職務に忠実だ。そこに相通じるものがあるが、だからといって心通わせる間柄ではない。二人の間にあるのは、勝敗のはっきり決まった闘争だけ。

 Hの方法論は残虐であり、法律に照らし合わせても到底認められるものではない。正当な捜査と尋問を旨とするヘレンはHを詰るが、そこで彼はヘレンが考えもしないことを云う。自分たちは既に"負けて"いるのだ、と。
 確かに考えてみると、先に殴りかかったのはヤンガーだ。その拳を未だに振り下ろすつもりでいる。殴られる前に殴り倒すのは正当防衛ではないのか?
 これは詭弁だ。しかし理解できないわけではない。このまま殴られるに任せていれば被害は甚大。三つの核爆弾の爆発によって1000万人からの被害者が見込まれる。かつてない規模の大量死に耐えられるのか?
 ヤンガーがようやく明かした要求は、アメリカが中東への干渉から手を引くこと。彼の声明をテレビ放映することまで求めているわけではない。これはアメリカ合衆国政府がテロリストの要求に屈したというかたちを取らなくて済むということだ。合衆国政府の政策方針として中東から手を引くことを決定したと発表すればよい。アメリカ合衆国政府の体面は保たれ、ヤンガーは満足し、1000万の人命は助かる。
 政府に配慮したヤンガーの要求も、テロリストごときに政策を左右されないとの姿勢から受け入れられない。人口の実に数パーセントが一瞬にして地上から消え去ることになろうとも、それでも答えは「NO!」だ。
 純粋な生存本能だけなら、実行可能なヤンガーの要求を飲んだはず。そこに大国の論理が行動に影響を及ぼして。
 ここにおいてHとヤンガーの闘争に僅かばかりの変化が生じる。アメリカの抱く恐怖、アメリカの生存本能を背負ってヤンガーを責め立てるHにとって、ヤンガーとの間に折り合いをつけられるにもかかわらずそれをアメリカが選択しないのであれば、自分の仕事に一分の理をも見出せなくなる。何のための暴力なのか? 誰のための暴力なのか?
 先に殴りかかってきたのはヤンガーだと述べたが、ヤンガーにしてみればアメリカこそ自分たちイスラムの民に殴りかかってきたのだ。Hがヤンガーにしているのと同じことをヤンガーはアメリカ合衆国に対して行っているだけ。Hはヤンガーから核爆弾の在処を引き出そうとし、ヤンガーはアメリカ合衆国政府から中東への不干渉宣言を引き出そうとする。

 もし万が一、アメリカ本土で核爆弾が爆発したとする。それを未然に防げなかったということで、合衆国政府の安全保障は失墜する。国内外に多くの問題を抱えるアメリカが、敵対行為の抑止力としていた"強さ"を失って、どうして平和でいられようか。また、それが本当にあるのかどうかは別として「自由の国」という看板は、これも強いアメリカであってこそ成立していたのだ。
 アメリカは死ぬ。ヤンガーの核爆弾が爆発すれば、もはや生きてはいられない。つまり、だったひとりの男に殺されるのだ。
 虚無感に囚われたHが拷問行為の意思決定を自分以外の誰かに委ねるのもむべなるかな。一国を殺す覚悟を決めた男と対決するというのに、後ろから味方に撃たれるのだから。硝煙の上がる銃口をこちらに向けたまま成果を上げろときた。
 Hが汚れ役を請け負っているのは、誰もそれに手を出したくないからだ。これも隙間産業といえるのだろうか。H自身は必要悪と捉えているかもしれない。しかし、それにしても報われない。
 彼は求められるままに仕事を完遂するにすぎない。他者の目的のために技術を提供しているだけだ。なのに恨まれるのはHだ。彼の妻は訪問者があるたびにそれが何者かモニターでチェックする。日常生活において、そこまで用心を強いられるのだ。常に命懸けと云える。
 ヤンガーもHも命懸けで臨んでいる。どちらが正しいとか間違っているとかではなくて、命懸けの真剣勝負が繰り広げられていて、その場に立ち入ることのできるのは、やはり命懸けの者である。

 とうとうヤンガーの弱点を見つけたH。どんな理由があろうとこれを攻めない手はない。そしてHはそれなりの成果を上げた。
 しかし、まだ終わってない。
 ヤンガーにも奥の手がある。あえて敵地に乗り込んだのだ。何も用意してないわけがない。
 勝つためには人事を尽くさなければ。それをできないというのなら、敗北が待つのみ。
 そして勝負は決着した。勝敗を分けたのはヘレンの選択。男二人がそうであったように、彼女にも譲れない思いがある。

「4デイズ」公開時、同じようなタイトルの作品が続けざまに公開されていて、三日も四日も五日もあまり変わりゃしねえか、なんて思ったくらいだから配給会社も頭の痛かったことだろう。本作は内容も万人向けではないし、キャストも派手ではない。興行成績は相当に苦戦したことだろう。
 DVDとBlu-rayのソフトが発売ということで、それを記念して試写会が催されたのは、本作とその良さを知ってもらい、ひとりでも多くの映画好きに興味を持ってもらおうという狙いがあるのだろう。
 確かに拷問映画は珍しい。そのなかでも本作はナチスの女将校が色気半分で迫るようなそれとは違う。
 主体と客体との人間性をともに剥落させゆく営為のなかに、"人間"というものの本質が隠れている。それをまざまざと見せつけられて忌避感を覚えるのもまた人間らしい弱さではある。ただ、良識や正当性を振りかざしてその行為をなじる一方で、行為による成果を求める輩の薄汚さには反吐を催す。
 剥き身の人間がそこにいて、Hもヤンガーも自らの行為とそれをせざるを得ないことに苦悩する。かたや拷問、かたや大量殺戮。人間として恥ずかしくない生き方をするならば互いに退くべきだが、退いたら負けだ。

amazon:[文庫] 独白するユニバーサル横メルカトル (光文社文庫)  本作は拷問映画だが、内容に比して痛覚をあまり刺激されなかった。これは正直に云ってとてもありがたかったのだけれど、その反面、なんとなく物足りなくもあった。痛いのは嫌いなんだけどなあ。我ながら平山夢明の作品に毒された感はある。
 人体損壊を詳らかに描写しないのはありがたいけど、それがためにHのやり方が手ぬるく感じられて、人物造型の完成度の甘さとして目に映ってしまい、サミュエル・L・ジャクソンの熱演があるだけにどうにも勿体ないのだ。
 見世物的好奇心に訴えるような作品ではないので残酷描写に走らなかったのだろうけれど、思い切った描写を差し込むことで生と死の狭間で闘っていることを表現できたのではないだろうか。「SAW」並みとまでは云わない。もうちょっとだけ頑張ってもよかったのでは?
 あ、やっぱり毒されてる?

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