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めぐりあい宇宙

「メランコリア」公式サイト  彼女は予言者だったのか?
 それとも預言者だったのか?

「メランコリア」を観た。
 ラース・フォン・トリアー監督作品。シャルロット・ゲンズブールとキルスティン・ダンストが姉妹を演じる。シャーロット・ランプリングは彼女たちの母親を、ジョン・ハートが父親を演じる。「24」のキーファー・サザーランドが姉の夫を演じる。
 デヴィッド・フィンチャー版「ドラゴン・タトゥーの女」で重要な役どころを演じたステラン・スカルズガルドが広告会社の社長をいやらしく演じている。また本作で彼は息子のアレクサンダー・スカルズガルドと共演しており、アレクサンダーは花嫁に翻弄される花婿を演じている。

 それはまるで夢の中で見るような光景で、通常の時間の流れをどこかに置き忘れてきたかのようで。
 ありうべからざる、だからこそ美しくもある光景は、やがて壮大な最終局面を迎える。
 そのカタストロフはやはり美しくて、だからこれは"啓示"なのかもしれない。

 婚礼の日、花嫁姿のジャスティンはどこか様子がおかしかった。結婚披露パーティーは彼女の義兄の大邸宅で催されたが、田舎道にリムジンは大きすぎて、途中から花婿と歩かなければならなかった。それが理由で二時間の遅刻をしてしまったが、それで塞ぎ込んだわけではない。何が理由かはわからないが、心ここにあらずといった様子。
 祝福の声にも上の空。たびたび宴席を外して奇行を繰り返す。敷地内のゴルフコースで放尿し、来客を待たせたまま入浴。花婿から結婚記念にと贈られたリンゴ園、その写真を渡されて「肌身離さず持っている」と約束したにもかかわらず、次に立ち上がった時にはもう置き去りにしている。新婚初夜にお預けを食らわし、その日が初対面の男と野外でセックス。自らが勤める広告代理店の社長が来賓として出席しており、その席で彼はジャスティンの昇進を伝えたのだが、こんな日にまである宣伝のキャッチコピーを求める態度に彼女は侮蔑の言葉で応える。
 結果、ジャスティンは結婚生活と仕事を失った。

 夜空に赤く輝いていたアンタレスが、いつの間にかその姿を消していた。

 奇矯という表現が追いつかないくらいに花嫁の行動は常軌を逸している。この土壇場にきてマリッジブルーかと思うほどに尋常ではない。まるで意味不明。情緒不安定といってもいい。
 クレアやジャスティン自身の言葉から、彼女がかなりエキセントリックな性格の持ち主であることは窺えるも、その一方でジャスティンが正体不明の恐怖におののいているらしいことがわかる。
 いったい何が理由でジャスティンは心を乱したのか?
 母親のスピーチ、祝福の気持ちなど欠片たりとも感じられなかった言葉に傷付いたのだろうか?
 社長に昇進を告げられて、それを契機に「家庭より仕事」と考えを改めたのだろうか?
 結婚相手に物足りなさを感じたのか?

 誰も自分のこの恐怖をわかってくれなくて、それが耐えられないほどに辛く苦しいのか?

amazon:[Blu-ray] メランコリア  結婚披露パーティーで花嫁にかけられる言葉の数々。それらはこの佳き日を祝福するのは勿論だが、幾久しく幸せであれと新郎新婦の将来を寿ぐものであり、だからこそジャスティンは居心地の悪い思いをしなければならなかった。
 将来?
 そんなもの、どこにある?
 結婚生活に限らず、将来に対する不安がそこにはある。否、不安というより諦念かもしれない。彼女にとってみれば何もかもが意味をなくして、だから自暴自棄に陥ったいるのかも。

 ジャックがジャスティンを手放しに称賛するには、コピーライトの能力に関して彼女は神憑りとさえいえるほどの境地にある。これを「コピーのセンスがある」と云うのは簡単。しかし、それはただ単に言葉選びが巧みということではない。
 コピーのような短い文章において優れたものを作るには、時代と社会の文脈を読み取り、その本質を表す言葉を自分の有する語彙から汲み出すことをしなければならない。そのうえで多くの人に驚きと発見を与えるものが、時代を代表し社会を揺り動かすコピーと成り得る。
 時代と社会の文脈をつかむアンテナの感度の高さにかけて、ジャスティンのそれは常人の及ぶところではない。その彼女だからこそ感じ取ることのできた予兆。それが示す途方もない事態は、言語化する能力に秀でた彼女であってもすぐにはそれが何なのか把握できなくて、どうにももどかしくてなんだか恐くて、だからあの奇態だ。
 混乱のなかで表現し切れぬイメージを既存の美術作品を並べることで形にしようとするも、それでもまだ足らない。達成感は得られない。ここはジャスティンの美術に対する造詣の深さを窺い知ることのできる場面であり、同時にジャスティンの得た兆しを彼女自身が持て余していることが明らかとなる場面だ。

amazon:[Blu-ray] アルマゲドン  冒頭、観客を作品世界に引きずり込むほどの力を有する、幾つかの幻想的な場面。これらはジャスティンの高感度を誇るアンテナが感知した予兆であり、美しくも逃れようのない"未来の体験"を己の感性のままにジャスティンが再構築したものなのだ。
 この圧倒的なまでのイメージの奔流には、さすがのジャスティンも手に負えず、そもそも自分の内部で起こったことの何たるかすら把握できないでいる。
 あまりのことに父親や母親、姉に助けを求めるが、返ってくる言葉はてんで的外れ。それらの言葉からわかるのは、今日がそうであるように明日もまた今日と同じような一日が訪れるものと、彼らが信じて疑ってないこと。
 なぜ明日が来ると無根拠に信じられるの?
 未だ名付けられていない惑星が齎す事態の予兆に触れて、それが何なのかわからないまでも日常が走り去ってゆくのを感得したジャスティンにとって、すべては空虚であると感じられたことだろう。愛する家族や結婚相手にしても、言葉の通じない苛立たしさと虚しさを新たにするだけ。
 多くの列席者がごった返すなか、その日の主人公であるはずのジャスティンは孤独を味わっていたのだ。こう考えると、花嫁のイカレっぷりも却って悲哀を感じずにはいられない。
 こうして狂騒と懊悩と虚脱の一夜は明けて、ジャスティンは幸福が約束されていたはずの将来を手放した。

 それは不意に、無慈悲に、遠慮会釈なく、さも当たり前のような顔をしてすべてを奪ってゆく。
 人は失うそのときになってはじめて気付くのだ。それがどんなにか貴いものなのか、ということを。自分たちがその本当の価値にこれまで気付かずにいたことを。そして、取り返しのつかない思い違いをしていたことを。
 思うままにならないことに腹を立てたところで、それが何になる?
 嘆いても泣き叫んでも、それが何になるというのだ?
 財産も地位も美醜も、それらがあろうとなかろうと関係なくなる境地というのがある。

 アブラハムが橋を渡れないように、誰もがどこにも逃げられない。

amazon:[単行本(ソフトカバー)] 心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣  メランコリアの急接近。この状況にあってジャスティンは惑っていない。何も確かなことがわからずにひたすら混乱していたあの夜とは違い、幾つもの断片が今や繋がってひとつの答えを指し示す。あれは"啓示"だったのだ。
 だからもう恐くない。不安に感じることもない。これから待ち受けているのは、誰しもが逃れ得ない、確実に決まっている事柄なのだから。悩むだけ無駄。
 ここに至ってジャスティンは「人間は邪悪だ」と結論付けてそこに理由を求めたようだが、彼女自身、どこまでそれを信じたものか。邪悪だの罰だのといったものに意味なんて無いのに。
 そのようにできている世界のひとつの衝突。ただそれだけ。
 小さなレオの短い生涯を思うとそれは哀しいけれど、でも恐くはない。不確かなことなどもう何もない。だから、心安らかにその時を待とう。

 満天のメランコリア。美しくも見事な結末。突き抜ける衝撃。
 本作にブルース・ウィリスは要らない。

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