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天国に結ぶ恋

amazon:[Blu-ray] キラー・インサイド・ミー 「キラー・インサイド・ミー」を観た。
 主演はケイシー・アフレック。彼の兄はベン・アフレックだ。俳優としてのみならず、脚本や監督、製作においても実績を持つ才人だ。ケイシー・アフレックの名前は、今はベン・アフレックの弟という位置付けで記憶に留められるにすぎないかもしれないけれど、今後の活躍次第ではベンこそケイシーの兄と呼ばれる日がくるかもしれない。
 共演者は、主人公の「運命の女」にジェシカ・アルバ、恋人にケイト・ハドソン。

 舞台は1950年代の西テキサス。油田開発と有力な企業のおかげで、町は貧困の苦しみを免れている。保安官助手のルー・フォードは上司から指示を受ける。ボブが云うには、町に売春婦が流れてきた。派手に"営業"してないが、今のうちに"排除"したい。そういうことなのでどうにか処理してくれ。
 町の誰からも好人物と認められ、実際に善人そのものであるルーならば、波風立てずに事をおさめられるだろうと期待してのボブの指名だ。この町には犯罪者がいないと保安官は嘯くが、要は犯罪を犯罪として立件せずにこのように穏便におさめるのが実情であり、これが彼のやり方なのだ。
 かくして保安官助手ルー・フォードは売春婦ジョイス・レイクランドの自宅に出向き、そこで彼女と出逢い、その日のうちに二人は恋に落ちた。
 相手がどのような立場にあろうと、紳士的に対応するルー。家に自分を訪ねてくるのは男で、しかもセックス目当てでしかないことを承知しているジョイス。あくまで紳士的に職務を全うしようとするルーと、訪問者が客ではなく保安官助手と知るや暴力に訴えるジョイス。何度となく殴られるうちにルーのなかに衝動が芽生える。それは圧倒的なまでの強い力でルーの紳士面を引き剥がした。ジョイスをうつぶせにして組み伏せ、下着を下ろし、ベルトを引き抜くとこれで尻を打擲する。何度も、何度も。
 スパンキングのさなか、ルーとジョイスに心情の変化が訪れて、二人は互いを激しく求め合い、そして最愛の恋人と思い定めた。
 毎日のようにジョイスを訪ねるルー。愛を交わすうちに二人の絆はますます強くなってゆく。ジョイスは、二人でこんな町を出て行こうと誘うも、ルーは首を縦に振らない。自分が商売女だからかと尋ねるとそうではない、と。先立つものがない。ならば、あの男に金を出させるわ。あの男は私に岡惚れしているから、私が頼めば大金だって出してくれるはず。幸いにして父親は金持ちだから、ふっかけたところで連中にとってみればはした金よ。
 ジョイスの云うあの男とはエルマー・コンウェイだ。彼はルーの旧い友人だし、その父親のチェスターは建設会社を経営していて、町の有力者だ。

 さて、本作「キラー・インサイド・ミー」を取り上げるのだけれど、この作品を語るのにネタを割らないではそれをできそうにない。いつものように、本作を観ていない向きはこの先を読み進めないことを推奨!
 さあ、おもむろに「戻る」をクリックするのだ!

amazon:[文庫] おれの中の殺し屋 (扶桑社ミステリー)  ルー・フォードはジョイス・レイクランドと出逢って、自らの奥底にひそむサディズムに目覚め、ジョイスはマゾヒズムの悦楽に溺れた。割れ鍋に綴じ蓋ではないけれど、性的嗜好のピッタリ合う二人が西部の田舎町で出逢ったことは、偶然にすぎない。この出逢いを「運命」と捉えるのは、頭のなかがロマンスの神様に支配されているか、もしくは物事が起こるのを外的要因に求める性向なのか、そのいずれかだろう。
 ジョイスとの出逢いがルーにとって「運命」ならば、次の出来事も「運命」だ。ジョー・ロスマンが内々の話をしてルーに語ったのは、ひとりの男の死について疑惑が持たれるということ。その男とは、ルーが兄と慕い、そしてルーが少年の頃に犯した過ちを引き受けてくれたマイクである。ジョーが語るところでは、マイクの死はチェスター・コンウェイが仕組んだとのこと。建設会社社長のチェスターと対立する立場にある建設労働組合長の云うことだからどこまで信用できるかしれないが、この「運命」の悪戯によって殺人計画は生まれてしまった。
 ジョイスに夢中になっている男は、チェスターの息子のエルマー・コンウェイである。ルーは家族に等しい男を奪われた。チェスターもかけがえのない家族を奪われなければ対等にならない。マイクの死がそうであったように、突然に、理不尽に!

 エルマーはジョイスと結婚したい。ジョイスはエルマーから大金をせしめてルーとこの町を脱出したい。チェスターはジョイスに息子と手を切らせたい。三者がそれぞれの思惑を抱いて、そして三者ともに自ら状況を打開できないでいる。
 ここに登場するのがルーだ。
 ジョイスと結婚したいというエルマーに駆け落ちをけしかけ、ジョイスにはエルマーの持参金を手にこの町から逃げようと持ちかけ、チェスターにはジョイスに金を払って町から追い出そうと提案する。
 エルマー、ジョイス、チェスターの思惑が交差する夜、ルーは計画を実行する。ジョイスの自宅で彼女を瀕死に至るまで殴りつけ、そこに現れたエルマーを射殺。この状況を説明する筋書きは以下の通り。
 エルマーがジョイスを訪ね、そこで諍いが生じ、それは暴力に発展する。エルマーの殴打にジョイスは銃でもって反撃した。
 狭い田舎町で、かねてから関係を取り沙汰されていた二人だ。かたや金持ちのボンボン、かたや商売女。価値観から境遇からすべて違う二人の間にどんな修羅場が訪れたかはともかく、こんな最期を迎えたとしてもおかしくない。誰もがこう思うことだろう。
 今は瀕死状態のジョイスだが朝までは保つまい。虫の息のジョイスを放置して現場を立ち去るルー。彼は帰宅の途中でチェスターと遭遇する。チェスターはジョイスの家に押しかけるつもりだという。ルーは同行を頼まれた。チェスターの「頼み事」は「命令」と同じ意味を持つ。二人は死体の待つ家に入る。
 息子の死体を目にしたチェスターを悲しみが襲うが、すぐに怒りが全身を駆けめぐる。犯人をこの手で痛めつけなければ気が済まない。クソ売女をこのまま死なせてたまるものか。治療を施してきっと生き延びさせる。事情を吐かせて、その後にこの思いを遂げてやる。
 ルーにとって計画外の出来事だ。

 エルマー・コンウェイ殺害事件に新任の郡検事がしゃしゃり出る。あのときチェスターが現れなければ翌朝にはジョイスは死んでいた。事件はエルマーとジョイスの相討ちとして解決していたはず。
 しかもハワード・ヘンドリックス郡検事はルーに疑いを抱いている様子だ。いや、ヘンドリックスだけではない。ボブやマイクの死について密告してきたジョーがルーに疑惑の目を向ける。本当はお前が殺ったんだろう?
 今にして思えば、あのときジョイスと出逢っていなければ、マイクの死がチェスターによって仕組まれたと聞かされなければ、状況は今とは大きく違うものになっていただろう。
 いや、せめて性的嗜好がジョイスと合致しなければ、せめてその謀殺を憤るくらいマイクを慕っていなければ、今の状況は回避できたはず。やはり「運命」か。
 運命が作用したかはいざ知らず、亡父の書棚にあった聖書を手に取ったことで、ルーは遠い過去の記憶を蘇らせる。
 ルーの父親は町で唯一の医師だった。ルーは幼い頃に母親を亡くし、やはり片親を亡くしていたマイクと兄弟同然の交流があった。ある日、自宅を訪れた若い女性に請われて、ルーは彼女の裸の尻を訳もわからずに叩く。その女性によると、ルーの父親はこういうことがたいそう好きらしい。
 女性の尻を叩くうちに高ぶるルー。彼のヰタ・セクスアリスである。
 年上の女性の愚かな情欲によって、ルーは分別のないままに性衝動の萌芽を迎えた。抑えきれない衝動は、抵抗しない五歳の幼女に向けられた。その行為の意味するところを知らず、ルー少年はただただ思いを遂げた。その罪は、現場に出くわしたマイクが被った。
 ルーがマイクに対してひとかたならぬ思いを抱くのには、自分の罪を肩代わりしてくれた過去があるからだ。
 こうしてみると、ルーがエルマーを殺したのも、ジョイスとのセックスに溺れたのも、マイクの死に対する復讐を決意したのも、少年時代に五歳の幼女に手を出したのも、幼い頃のSM体験から派生しているとは云えまいか? そうであるなら、やはりこれは「運命」なのだ!

 ルーにはジョイスとは別に正式な恋人がいる。
 エイミー・スタントンとの交際はまともなもので、彼女との間において変態的なセックスなど考えられなかった。しかし、己の「運命」を実感するうちに、ルーは自らを解放することに抵抗を感じなくなっていた。ジョイスとの出逢いで覚醒した性の悦びを捨て去ることも、ルーにはできなかった。
 エイミーとのセックスは奔放なものに変わった。自分の性的嗜好を恥じることがなくなったからだ。エルマー殺しの罪を着せる男を自殺に見せかけて殺した。この男はルーの友人だったが、容疑を逃れるためならば殺すのも致し方ない。聞くところによると、ジョイスは治療の甲斐なく死んだらしい。物事のすべてが自分の望むがままに運ぶ。そもそも、これまで罪を犯してきたが、少年の頃から一度として裁かれたことすらない。これが自分の「運命」なのだ。
 ヘンドリックスが身辺を嗅ぎまわっているようだが、確かな証拠をあげられるはずもない。
 そこに現れたのは、以前、手に火の点いた葉巻を押し付けてやった男だ。事件当夜のルーの行動を目撃していたらしい。保安官事務所に駆け込まれたら最後だ。すべてが終わる。
 しかし、男の目的は法による正義の執行ではなかった。金だ。
 自分を強請ろうとする者に対して取るべき行動はただひとつ。抹殺だ。そのためにはエイミーを殺さなければならない。
 エイミーには結婚を仄めかして自宅に招き、恐喝者には金を支払うと騙して自宅に呼ぶ。まずエイミーを殴る蹴るして殺す。そこに男が訪れて死体を発見。驚いて逃げ出す男をルーは拳銃を手に追いかける。男を必ず仕留めなければならない。白昼堂々殺したところで、ルーは「自宅に侵入した暴漢に婚約者を殺害された男」なのだ。誰も文句は云うまい。
 そしてその日がやってきた。ルーは殺すべきときに殺す男だ。

 ルーとエイミーとの結婚を心待ちにしていたボブは、エイミー死亡の報を聞いて自殺した。今のルーを形成したのは、この保安官だ。彼の事なかれ主義はこの田舎町を「犯罪のない町」に見せかけはしたが、その弊害がルー・フォードという怪物となって現れた。町の名士の息子だからと、五歳の幼女に対してルーが犯した罪を看過したことが、今になって連続殺人を呼んでしまった。あのとき、正しい裁きを受けさせておくべきだったのだ。たとえそれが原因で唯一の医師が町を去ることになったとしても。過ちを正される機会を失ったばかりにルーは歪んだ。その機会を奪ったのが、かつてのボブだ。
 自分のしたことが何を生んだのかを悟って、老いた保安官は死を選んだ。まさか婚約者まで手にかけるとは思わなかったが、それは起こった。ルーはそこまでの怪物になってしまっていたのか。
 ボブはわかっていた。ルーがエルマーを殺したことを、ルーとジョイスの関係を。犯罪をなかったことにするには、実際にどのような出来事があったのかを把握しなければならない。そうでなければ事件をもみ消すことはできない。ボブが無能だから「犯罪のない町」になったわけではない。町の平和のためにボブは目を瞑ったのだ。彼は法の番人ではなかった。
 ジョイスとのことにしても、狭い田舎町で特定の女を頻繁に訪ねれば噂も立つ。ルーとは接点のないジョーが知っていたくらいだ。ましてボブはルーの上司だ。ボブはきっと知っていた。
 ボブはルーの行く末を案じ、それがためにエイミーとの結婚を後押しした。エイミーがルーを更生してくれるものと信じていた。ルーも結婚する気になったとみえて、今後は人間らしく生きてゆくものとばかり思ったのに。まさかエイミーさえも殺すとは!

 ルーがエルマーと恐喝者を殺害するのに立てた計画は、同じ鋳型から生まれた。それぞれ男が女を襲い、一方の組み合わせは女が男に反撃し、もう一方の組み合わせでは女の婚約者が仇を討つ。ルーとしてはこのような筋書き描いた。
 いずれの女もルーが暴力をふるう。この方法を用いたのには、彼の性的嗜好が大きく影響を及ぼしていたに違いない。つまり、彼女たちとの最後のセックスがそこにあったのだ。
 女性に対する殺害方法が幼少時の出来事に根ざしているのだとするならば、あの日を源流とする流れをルーが「運命」と捉えたくなるのも無理からぬことだ。しかし、物事の因果を「運命」に求めるならば、愛する女性を手にかけたのも、結婚するはずだった相手を喪ったのも、すべて「運命」の為せる業である。
 少なくともルーが余計なことをして恨みを買わなければ、目撃者を生むようなことにはならず、恐喝者を葬ることもなかった。エイミーは死なずに済んだ。
 現実は、「運命」が演出する群像劇ではない。
 それでも、ルーは最期まで自分の「運命」を信じたことだろう。自分のファム・ファタールとの結び付きを。

amazon:[DVD] 熊川哲也 ロミオとジュリエット  その若い二人は、相容れない境遇を乗り越えるために駆け落ちすることを決めた。計画を成功させるため、互いに死を装った。ここに運命の悪戯が起きて、それがために二人はそれぞれに絶望に打ちひしがれて、二人が二人とも衝動的に死を選んでしまう。
 悲劇として「ロミオとジュリエット」を読み取った場合、幼いとさえ云える二人の年齢が悲劇なのではなく、ロミオとジュリエットが一緒に逝けなかったことが悲劇なのだ。死出の旅路であったとしても、手を取り合って歩めたなら、不幸な結果には違いないけれども二人は幸せだったはず。死さえ二人を分かつことはできないと信じられただろう。それが大いなる誤解であったとしても、美しい幻想を抱いたまま二人は逝けたはず。
 だから、ルーは最愛の女性とともに逝くことを選んだのだ。もはや今生では一緒になれないのだから、せめて天国でこの想いを遂げようじゃないか。

 ヘンドリックスがまだ自分を疑っている。疑うのは構わないが、起訴に持ち込むだけの確固たる証拠があるか? 犯罪行為を立証するだけの証人がいるのか? よしんば殺害の証拠や証人が存在したにせよ、それらはこの手で全部消してきたとの確信がルーにはあった。
 全部?
 否! たったひとりだけ、その死を確認していない者がいる。死んだとは聞いたけれど、この目で死体を確認したわけではない。万が一、彼女が生きているなら、自分は終わりだ。エルマー殺害を端緒とするすべての犯罪行為が露見する。
 しかし、本当に彼女が生きているならば、これ以上ないほどの喜びだ。生きていてくれるのならば、それだけで嬉しい。

 その日、ルー・フォードは身嗜みをして、最愛の女性を迎える準備を、そして旅立つ準備を進めた。じっくりと、念入りに。絶対に失敗は許されないのだから。
 ハワード・ヘンドリックスとチェスター・コンウェイ、そして保安官助手らに連れられて、ひとりの女性がルーを自宅に訪ねた。未だ腫れ上がった顔が痛々しい。その女性こそジョイス・レイクランド。ルー・フォードの「運命の女」!
 もはや今生では一緒になれないのだから、せめて天国でこの想いを遂げよう。
 決して天国には辿り着けない二人だけれど、互いを想う気持ちの強さは計り知れないほど強い。
 愛の炎は燃え上がり、天を焦がして。そして、ルーとジョイスはともに旅立った。

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「キラー・インサイド・ミー」 from 或る日の出来事 2012-07-27 (金) 09:28
人間の残酷な一面を見たショック。考えさせられることを思えば価値のある映画といえるが、やはり大嫌いだ。

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