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餓える野良犬

amazon:[コミック] 少女ファイト(4) (イブニングKCDX)  日本橋ヨヲコ『少女ファイト』4巻を読んだ。
 早坂奈緒の関与が引き金となって、大石練以下一年生部員全員はおろか犬神鏡子ら二年生部員までもが試合に出場してしまった池袋ガールズベットバレー。この不祥事が明るみとなった黒曜谷高校女子バレーボール部に理事会が正式に処分を下した。その内容は、当事者に退学処分を下すのではなく、連帯責任としてバレーボール部全員を一ヶ月間の停学とし、その間、部員たちは学校施設内で合宿。尚、女子バレーボール部については夏のインターハイを出場辞退する。
 インターハイ出場辞退はやむを得ないとして、誰も退学せずに済み、且つ、バレーボール漬けの生活を送れると喜ぶ一年生部員とは対照的に二年生部員は浮かぬ表情。陣内笛子監督の云うには、部の存続のためには春高こと全日本バレーボール高等学校選手権大会で相応の成績を残すことが必須となった。結果を出すまでは常に首の皮一枚で繋がっている状態なのだ。安心はできない。
 剣が峰に立たされた黒曜谷ストレイドッグスだが、そんな彼女たちに朗報が齎される。
 高校の部活動にプロリーグの現役選手がコーチに着任するという。その現役選手とは由良木政子。現在、腰を痛めてリハビリ中の身である彼女は、黒曜谷高校女子バレーボール部のOGであり、かつて陣内笛子と春高を制している。つまり、大石真理ともチームメイトの間柄だ。ちなみに彼女は男子バレーボール部の由良木龍馬の姉である。
 プロの世界に身をおく政子をコーチに迎え、指導体制は整った。新体制で迎えた合宿は、育ち盛りの身には厳しい断食で幕を開ける。

amazon:[コミック] 少女ファイト(4) 特装版 (プレミアムKC)  現時点の黒曜谷ストレイドッグスは、二年生部員が三名と一年生部員が六名の総勢十名に満たない小集団で、監督の笛子は一年生入部時に少数精鋭主義を掲げたが、選手層の薄さは否定できない。いくら才能があるからと云ってもこの春まで中学生だった者を半数も抱えて試合でまともに戦えるとも思われず、しかも正セッターはフルセットを戦う体力がない。体力を問題視するなら一年生部員もそうだ。
 池袋ガールズベットバレーの件で処分が下されなくとも、夏のインターハイで好成績を残せるほどの地力を黒曜谷ストレイドッグスは持ってない。眼前の目標に合わせて無理矢理作り上げることでチームに生じる歪みや脆さを回避することを考えると、むしろ中期的展望に立ってチームを仕上げられるのでインターハイ出場辞退は結果的に望ましいものとなった。
 そうは云っても対外的な状況はこれ以上ないほど悪化した。黒曜谷高校女子バレーボール部が夏のインターハイを辞退した理由が明らかとなれば、部活動より賭博を優先したと誤解されるのは必定。これからは色眼鏡で見られるのは勿論のこと、云われ無き悪評を立てられることすら覚悟しなければならない。その覚悟はあるか?

 どんな状況に陥っても揺るがない心と体を作り上げるため、合宿は減食・断食から始まった。その前に、現時点での身体能力を把握するための体力測定が行われる。
 筋力では蜂谷由佳と延友厚子が上位を占め、柔軟性は犬神鏡子と大石練と早坂奈緒が顔を揃え、瞬発力では鎌倉沙羅が抜きんでている。跳躍力で大石練と伊丹志乃の身長の低い一年生が首位を競ったのが意外だ。
 この体力測定は今後のチーム作りの上で意味ある出来事だ。これは指導者が選手の特性をつかむことは勿論、選手各々が自分自身を知る契機となる。自分の特性を活かすにはどのようなことに注意すべきかをそれぞれに考えさせる。考えるバレーボールは陣内笛子監督の掲げる理念だ。
 この体力測定で政子の怒りを買ったのは伊丹志乃と小田切学。意に反した成績に納得しない志乃は昼食をとってないことに理由を求め、不甲斐ない成績に学は生来の身体能力が違うと決めつける。これら現状を受け入れなかったり最初から諦めたりする態度に、政子は「特別な人間はいない」と諭す。特別なことをできる人物がいるなら、それはその人物が積み重ねてきたことが特別なのだ。
 自らを特別視し、それが正しい自己認識を阻害するならば、今後の成長は危ぶまれる。どうせ自分は劣っているのだという思い込みも同じような結果を齎す。努力を正しく評価できなくさせる点で、自己への過大評価も過小評価も敵である。これらは自分のなかに巣食うだけに厄介だ。駆除に手間取る。
 学は合宿中に同室の練の生活ぶりを目の当たりにして、練の物事の捉え方に政子の云う「何をやってきたかが特別なだけ」が表れていることに気付く。自分が上達するには何が必要なのかを悟る。初心者であるぶん志乃より柔軟に物事を捉えられるし、そもそもの学の素直さが彼女を正しく導くだろう。志乃は一年生部員の誰よりも総合力が高く、その事実と生来のプライドの高さが彼女の成長を妨げかねない。

 インターハイは出場辞退するものの、対外試合そのものをしないわけではない。
 桃園女学園バレーボール部との練習試合は、新任コーチが選手の実戦での動きを見る目的があった。同時に、初心者の学にバレーボールがどういう競技なのかを教える目的もある。
 バレーボールにおけるそれぞれのポジションが担う役割を、学にわかりやすく説明する。速さであったり力強さであったり巧さであったりと、ポジションによって選手に求める資質が異なっている。むしろ、選手の資質によってポジションが決まるというべきだろう。特に学が期待されているセッターとは相手コートに直接的な攻撃をしないポジションだ。そのセッターはチームにおいてどのように位置付けされるのか、トスアップというプレーに基づいて解説される。
 ポジションにせよセッターの役割にせよ、この巻で為されるのはあくまで入門編。段階的に読者を調教しようという作者の狙いだろう。調教?

 桃園女学園との練習試合で浮き彫りになったのは、黒曜谷高校女子バレーボール部の評判が本当に悪いこと、そして選手としての練の甘さ。
 桃園女学園バレーボール部キャプテンの葛原若菜は「アタックNo.1」の鮎原こずえを彷彿とさせる名前を持っているが、その性格は往年のスポ根漫画のヒロインとは似ても似つかない。若菜のあまりにもあんまりな態度に、自分たちが今後も置かれるであろう立場がどのようなものか、練たちは身にしみて実感したことだろう。決して歓迎されることはない。完全なる悪役。
 一旦、悪役としてレッテルが貼られたのを覆すのは難しい。それはチーム全体で乗り越えなければならない。それには悪評をはねのけるだけの輝かしい栄光をつかむのが一番だ。春高制覇は汚名を濯ぐ、最初で最後のチャンスなのだ。
 チーム全体で乗り越える試練とは別のように思われるだろうけれど、練の問題もまた黒曜谷ストレイドッグスにとって深刻である。一年生部員でこのことに気付いている者はいないだろう。3巻の冒頭、陣内笛子は元恋人からの質問に答えて、バレーボールを生け花にたとえる。「真」はひとつでよい。黒曜谷が唯隆子を一般推薦で落としたのは、笛子が隆子より練を選んだということだ。そして練こそがチームの「真」たりうると考えている。その練のメンタルの弱さは、そのままチームの弱点となる。これを放置するわけにはいかない。
 葛原若菜や伊丹志乃が些か他罰的なのに対して、練は病的なまでに自罰的だ。なんでも自分が悪いと捉えてしまい、もともと気の回るところがあるので何かにつけて自らを責めてしまう。それを避けるために落ち度のないように行動する。すべては心の平安を保つため。
 練の真っ直ぐな気持ちは決して悪徳ではない。人を見て態度を変えたり自分に対して甘くなったりしないのは高く評価できる。そんな練だから、自分の行動や心の動きについて誤魔化すことをしない。そのいちいちを自問自答して必要以上に反省する。悪評も狂犬と渾名されることも、正当な罰として受け入れてしまう。
 練の心得違いを正したのは学だ。「人に誤解されるのが慣れるわけない」と、練の心の奥底にある痛みに触れた。自分を誤魔化す必要はないと指摘したのだ。
 これにより凝固していた気持ちが解れ、練はチームメイトの前で涙を流す。この事態に練自身が惑う。他者の前で感情を露わにしたことで、自分が彼女たちに抱いている気持ちがどのようなものか気付いてしまった。

 練が友達を作らない理由は、裏切られた記憶に基づいている。人付き合いに欠陥のある自分だから、いつかきっと嫌われるだろうし、そうなれば見捨てられるに違いない。過去に味わった、あんな辛い思いをするくらいなら、友達なんか最初から作らない。
 練が対人関係に脅えるのもバレーボールに対してストイックな態度で取り組むのも、彼女の繊細な心に残る傷の痛みに対する恐怖が原因だ。かつてのチームメイトと今は亡き姉に頭を下げたところで過去は過去。今を生きるには今の立ち位置でどう生きてゆくのか、自分でつかまなければならない。それには前段階として、今の自分がどのように形成されたかを自ら認識しなければならない。
 自らのトラウマと向き合って、しかも他者に語って聞かせる練の気持ちに応えるのが、彼女の今の仲間だ。バレーボールをしている間は姉を忘れられるはずだったが、鏡子のトスアップを打つときや白雲山との練習試合で、練の脳裏に姉の姿が蘇る。
 笛子は実際に喪服を着ているが、練も心に喪服を纏っている。バレーボールを楽しんではいけない好きになってはいけないと幼い心に決めつけていた。真理の死後、練はずっと弔い合戦を続けてきたのだ。
 黒曜谷ストレイドッグスのメンバーはそれぞれに個性が強く、それぞれに問題を抱えている。問題を抱えながらも練に食い尽くされないだけの強さを彼女たちは持っている。練を支えられるだけの強さがある。
 自分はバレーボールを楽しんでよいのだバレーボールを好きでよいのだ。チームメイトが練に気付かせてくれたこと。白雲山学園バレーボール部との練習試合で大石練は黒曜谷ストレイドッグスの「真」になった。

 4巻では、練がただひとり友達と呼ぶ唯隆子の来し方が描かれた。保護者にバレーボールの成績でのみ評価される生活。練以上の屈託が窺えるも、同時に練に対する執着の理由も明らかとなる。そしてバレーボールの腕前も。
 白雲山との練習試合後、学の発言を発端にバランス良いチーム作りについて笛子から語られるが、エリート集団においても個性・能力ともに抜きん出ている隆子は、チームに居場所を作れるだろうか? 食み出さずにいられるだろうか? むしろ白雲山チームは隆子を丸抱えできるだけの懐の深さを持ち得ているか?
また、自分と同じようにバレーボールにストイックに接していた練の"変節"を目の当たりにして、隆子はどう思っただろう? 生きるためにバレーボールを選ばざるを得なかった幼い二人が、数年の時を経て道を違う瞬間に居合わせる。隆子にとって練の心境の変化は裏切りだったろうか?
 隆子の今後の動向には要注意である。

 展開以上に内容盛り沢山の『少女ファイト』4巻。次巻は黒曜谷ストレイドッグスが大阪を蹂躙する特撮怪獣絵巻となっている。

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