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失楽は匣の中

amazon:[Blu-ray] デビル 「デビル」を観た。
 原案、そして製作に名を連ねるのはM・ナイト・シャマラン。あのM・ナイト・シャマランだ。「シックス・センス」で驚愕のどんでん返しを仕掛けて観客の度肝を抜き、それ以降の作品でもアッと驚く結末を用意してM・ナイト・シャマラン印の興奮を味わわせてくれた、あのM・ナイト・シャマランだ。
 彼の最近の作品は驚天動地のどんでん返しを趣向としていないようで、彼が映像作家として目指すところと従来のファンが求めるところとに乖離が生じているようだ。そんな状況のなか、M・ナイト・シャマランの原案になる本作が製作された。
 さて、どのような仕掛けが施されているだろうか?

 まず自殺者が出た。
 高層ビルの35階から窓を割って飛び降りたようだ。
 そのビルのエレベーターに男女五人が乗り合わせる。若い女に老女、セールスマンにこのビルの警備員に外見からは何者ともつかない男。そしてエレベーターは突如として停止する。
 警備員室では二人の警備員が、ビルの各所に設置している監視カメラの映像をモニタリングしている。6号エレベーターが停止しているようなので、スピーカーを通して乗客に語りかける。彼らの反応からこちらの声が通じているのがわかるけれど、エレベーター内の音声は全く聞こえない。おかしな故障があったものだ。おまけに照明までが明滅しはじめた。
 ほんの数秒ほど暗闇が訪れて、再び明かりが点されたとき、若い女の背中から出血が。何かに噛まれたような痕が残っている。
 フィラデルフィア市警殺人課のボーデン刑事は自殺の件を捜査するため、相棒とともに高層ビルを訪れる。そこで故障中のエレベーター内で起きたという傷害事件の捜査を担当する。
 事件現場は何人をも出入りできないエレベーターの中。被害者はもちろんのこと、誰かはわからないが加害者も閉じ込められている。エレベーターを修理して乗客を降ろしたらすぐにでも解決するような簡単な事件だと思われた。しかし、事態は予想だにしない展開を見せる。

 密室内で起きた傷害事件。しかもその密室はエレベーター。五人乗っていてひとりが傷つけられた。だとするならば犯人は残りの四人のうちにいるはずなのだが。
 探偵役として招かれたボーデンの刑事としての能力は高い。周囲に高層建築物のない場所で車の上に墜落した自殺者が現れた謎を解き、実際の自殺現場を発見する。その高層ビルで起きた傷害事件に関して出された現場急行要請に応え、警備員室に向かうと、モニターに映る光景を一瞥して消防やエレベーター会社に連絡、事態を完全に把握できないまでも、打つべき手をしっかり打つ。
 一方的にしか指示を伝えられない状況で乗客の素性を知るために、乗客に身分証明書を監視カメラに翳してもらうも、小さな文字を読み取るほどにはカメラの性能が良くない。だからといって手をこまねいている場合ではない。ビル受付の訪問者名簿から、これに記帳していながら未だ訪問先に現れていない人物を割り出す。
 指示は的確。情報を集めて状況の完全なる把握に努める。また、乗客救出の手を打つことを忘れない。これらのことから、ボーデンが腕利きの刑事であることが窺える。
 そんななか、乗客のひとりが殺される。
 状況を考えると、犯人は他の乗客に違いない。しかし、この状況で殺人を犯すだろうか?
 そもそも動機は?
 被害者を殺す動機と、こんな場所で殺人を犯す動機。前者は乗客の身元確認が進めばおそらく浮かび上がってくるだろうが、後者がわからない。監視カメラで見張られているというのに、なぜ今この時を選んで殺人を犯すのか、合理的な動機を見出せない。
 警備員室に詰めていたラミレスは、母親から聞かされていた「地上にいる悪魔」について話す。悪魔は人の姿で現れ、罪人を罰し、魂を奪う。どういうことをするかというと、選んだ罪人を一箇所に集め、その中に紛れて彼らを罰する。悪魔が罪人を集めるのを「悪魔の招集」と呼ぶとのこと。
 ラミレスの語る「悪魔の招集」では、まず自殺騒ぎあり、それが悪魔の訪れを告げる。そして悪魔の裁きは罪人の死で幕を閉じる。つまりこのことが意味するのは、まだ殺人が続くということだ。そんな馬鹿な!

 作品タイトルが「デビル」、物語の冒頭から「地上にいる悪魔」に関する独白が始まり、今まで幽霊やらスーパーヒーローやら宇宙人やらを題材にしてきたM・ナイト・シャマランが原案。本作が悪魔を描いた作品であってもおかしくない。
 本当に悪魔を描いた作品であるとするならば、ボーデンの捜査は徒労に終わる。考えてもみよ。悪魔の所業を罪に問えるか?
 身元が明らかとなった被害者、ビンス・マコーミックを殺したのは悪魔なんかじゃない。残りの乗客の誰かだ。ビンスは詐欺を働いていて、その被害者は数多い。彼を殺したいほど憎んでいる人間が他の四人のなかにいてもおかしくない。
 犯罪捜査は合理的、且つ、客観的に進めるものだ。オカルトの出る幕ではない。
 ボーデンがこのように考えたとしてもおかしくない。むしろ尤もな主張だ。
 ミステリがオカルトに挑む。秘匿された理であろうと、そこに規則性があるのなら、それはまだ法則として確立されてないだけで、本質は科学である。人が踏み入れられない場所ではない。ただし、一介の刑事風情の手が届くところには真理は転がってない。
 それでも、不可解な密室内連続殺人事件を解決しようと奮闘するボーデン刑事の姿は、私の目には好もしく映った。

 ビンスに殺されてもおかしくないだけの裏の顔があったように、乗客全員に疑惑を向けるだけの言動、もしくは犯罪歴がある。これを裏返すと、6号エレベーターに乗っている人間は、誰もが殺害されてもおかしくない。どこでどんな恨みを買っているかわからない。
 罪人だからといって殺されて当然というわけではない。警備員が悪魔の存在を云々するが、よしんばそのような存在があったとしても、その存在が人間社会で未だ裁かれていない罪に罰を与えるのを見過ごすわけにはいかない。それが犯罪のかたちをとっているからには捜査しないわけにはいかない。
 ボーデンは人事を尽くした。それに応える天命が意地悪だった。男と女がひとりずつ残り、先に殺さねば殺されると一触即発の雰囲気。もし万が一にもエレベーター内連続殺人事件が「悪魔の招集」によるものならば、今の状況は悪魔の思うつぼ。ボーデンはラミレスに助言を求め、男と女に自らの罪を告白させようと試みる。それにはまず自分から打ち明けなければならない。そうしないと彼らは心を開かない。
 半年前までボーデンはアルコール中毒だった。現在もカウンセリングを続けている。
 ボーデンがアルコールに溺れるようになったのには理由がある。五年前、ボーデンは妻子を轢き逃げ事故で喪った。それからというもの、ボーデンは神だの悪魔だのを信じるとか信じないとかどうでもよくなった。事故現場に残された紙切れには「I'm so sorry」とあり、それだけで済ませた犯人を思うとき、悪魔がいなくとも人間は十分に残酷だと改めてそう思う。
 五年の歳月が経った今でも犯人を許せない。許しても許さなくても愛する妻と息子が帰ってくるわけではない。あの事故以降、未だ怒りと憎しみから解き放たれていない自分を、死んだ二人は悲しんでいるかもしれない。
 胸に秘めた思いを対面すら果たしてない人間に語るのはおかしな気もするが、今はモニターが映し出す命を守りたい。そのためなら悪魔だろうと何だろうと、今だけはその存在を受け入れる。

 本作で語られる「悪魔の招集」では、悪魔が罪人を罰する。魂を奪うところこそ悪魔らしいけれど、罰するだの拷問を加えるだのいう点は悪魔の役割ではない気がする。いや、そもそもがキリスト教の教義ではないだろう。生前の罪を裁き、相応しい罰を与える存在には公正であることが求められる。キリスト教の神がその役割を悪魔に担わせるだろうか? むしろ「悪魔の招集」には「勧善懲悪」や「因果応報」といったものの影響が見られる。神の子に罪を背負ってもらい、最後の審判の後には天国で暮らしましょう、というのとは明らかに違う。
 だから悪魔なのか? 罪人が神に縋るより先に罰を与えるから、その存在は悪魔と呼ばれてしまうのか?
 一方で苛烈なまでの神罰を下しておきながら、自分以外の存在が罰を与えるのを厭う。ワガママさんだなあ、キリスト教の神は。まるでイケイケのヤクザだよ。

 ボーデンの推理は殺人被害者続出の現実によって何度となく覆され、被害者は狭い床に積み重なり、エレベーター内に生者はただひとりとなった。詐欺師が死に嘘吐きが死んで娼婦が今まさに息絶えた。
 ただひとり生き残り、地獄で味わうような恐怖を体験した男の罪は殺人。赦されざる罪だ。五年前の過ちが今こそ裁かれる。
 ボーデンは"犯人"に負け続け、最後のひとりも殺されようとしている。とうとう誰ひとりとして救うことができなかった。惨劇の場に辿り着けず、ただただ己の無力を噛み締める前に、この状況で何か自分にできることはないか、懸命になって考える。
 考えるのではない。頭を絞ったり悪魔の存在を信じたりしたところで、それは事件解決の助けになりこそすれ、今まさに喪われようとしている命を救うことには結び付かない。救うにはただひとつのことをすればよい。さんざん云われてきたことだ。自分にはとてもできないと思っていたことだ。
 堪え難きを堪えたボーデンの手にしたもの。それは勝利である。その報酬はひとりの命。彼は最後に救えたのだ。

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