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脱密室宣言!

 最近、自分のツイートを読み返す機会があって、「刑事コロンボ 死者の身代金」を観た際のツイートに、改めて自分の記憶力の無さを気付かされた。
 当のツイートでは「本作は冒頭から展開する偽装に目が向きがちだけど、キモは"密室"からの"消失"なんだよね。で、この"密室"が不完全なところに犯罪としての凄みがある。これがあるために"密室"が密室として捉えられず、"誘拐犯"を生む」と、レスリー・ウィリアムズの身代金受け渡しの欺瞞を"不完全な密室"であるが故に有効だと指摘している。ところが「死者の身代金」を取り上げた記事では、それに触れていない。すっかり忘れてしまっていたわけだ。これには自分でも驚いた。どんだけ鳥頭なんだ、と。
 改めて声高らかに叫ぶ。「刑事コロンボ 死者の身代金」は、身代金受け渡しの偽装トリックが面白い!

amazon:[Blu-ray] 刑事コロンボ コンプリート ブルーレイBOX  ミステリ作品における犯人が仕掛けるトリックには、警察が犯人特定のために証明する必要のある三要素、動機・方法・機会のいずれかに錯誤を齎し、自分の犯行であることを隠す目的がある。
 動機・方法・機会はそれぞれ「なぜ犯罪を行ったのか?」「どのようにして犯罪を行ったのか?」「いつ犯罪を行ったのか?」といった疑問と直結し、これらに明確に答えを出すのが探偵や警察の仕事だ。それに加えて警察は、これら三要素と容疑者とを結び付ける物的証拠か信用するに足る証言を提示しなければならない。
 以前は「犯行を自供しているのだからこれ以上の証拠・証言はあるまい」と自白至上主義といったところがあったが、強要された自白による冤罪が発覚するようになって、自白偏重の風潮が改められ、自白以外の証拠や証言がミステリ作品においても重んじられるようになった。
 それはともかく、警察が事件を容疑者の犯行と証明するには、動機・方法・機会のすべてにおいてその実態を明らかにする必要がある。
 もしそれができない場合は?
 容疑者は「自分には動機が無いから罪を犯す必要がなく」、「たとえ動機があったとしても、犯罪を実行するには何らかの方法・手段があるはずであり、自分にはその手立てが無く」、「動機があり、犯行で用いられた方法を自分は実行可能ではあるけれど、犯行の機会が自分には無い」と主張し、これらの供述が覆されない限りは逮捕されることはない。参考人として任意の事情聴取を求められるだろうが、これはあくまで"任意"である。容疑者はたとえ犯人であっても勝利をおさめ、探偵・警察は敗北する。
 既に書いてあるので繰り返しになるが、犯行に関する動機・方法・機会の実態とそれを証明する証拠や証言をつかませないこと、ここに犯人がトリックを使う理由がある。

 トリックには様々な種類がある。なかでも密室トリックは、犯行方法についてこれを証明させないことで犯人の特定を阻む。
 犯罪行為があったなら、それがどのようにして行われたかを警察は解明して、誰の犯行かを証明しなければならない。犯罪があった、動機を持つ者がいる、心証は限りなくクロだ、でも犯行方法がわからない証明できない、これでは事件は迷宮入りだ。
 密室という不可能状況は、一方で"不可能"とは云いつつも、それが成立したからには何らかの理由があってのこと。人為的計画的に形成されたにせよ、偶然の成せる業にせよ、そこにある"密室"を解体して、「どのようにして犯罪は行われ、どのようにして密室は作られたか?」についての正しい答えを出さなければならない。
 密室形成で使われるトリックには二種類がある。物理トリックと心理トリックだ。
 物理トリックは、実際に"密室"を作るものだ。昔ながらの針と糸を用いて錠前を掛けたり外したりするものが、この系統だ。掛け金を受ける穴に氷を置き、その上に掛け金を下ろす。時間が経てば氷は溶けて掛け金が穴に嵌まり、密室の完成だ。こういうふうに密室を文字通り"物理的"に作るのが、物理トリックだ。
 心理トリックもまた文字通り。第三者に対して、心理的陥穽を利用してその空間が"密室"であると誤解させる。この系統は"密室"を作ることより"密室"だと思い込ませることが肝要。屋敷の一室から銃声が聞こえ、屋敷に居合わせた者が部屋の前に集まる。ひとりがドアノブをガチャガチャ回すも「開かない。鍵がかかってる」とのこと。「外から窓を割って入ろう!」ということになって、全員が先を争って駆け出す。これでこの部屋は"密室"ということになった。後は窓から部屋に入って死体を発見し、そのどさくさに紛れてドアを"内側"から施錠する。誰かがドアが施錠されているのを確認したら、晴れて密室の完成である。
 物理トリックも心理トリックも、単独で用いられることもあれば併用されることもある。今挙げた例はどちらも古臭くて手垢にまみれすぎて、これらをそのまま使うミステリ作家はいないだろう。そうは云っても、物理トリックにせよ心理トリックにせよ、その本質は例にある通りだ。

 密室を形成するトリックは、犯人を特定するために証明の必要な三要素のうち、方法についてこれを解明させない目的で用いられる。その種類には大別して物理トリックと心理トリックがあり、それぞれ「どうにかして"密室"を作る」と「どうにかして"密室である"と思い込ませる」との狙いがある。ここまでは説明した。これからは密室トリックの瑕疵について述べる。
 犯人を特定するための三要素、動機・方法・機会のうちの方法を解明させないという姿勢は、犯人にとって良い状況にないことを物語っている。そもそも動機が無ければ容疑をかけられることもないわけで、動機を欺くことをしないのは欺きようのないほど強い動機を持つことを示している。偶然完成してしまった密室状況でない限り、容疑をかけられることを前提にしているのが密室トリックだ。
 偶然完成してしまった密室状況とは、犯人が意図していなかった事態が出来して、空間が密室と呼べる状況になってしまったことである。たとえば、降り積もった雪に残された足跡。たとえば、第三者にずっと監視されていたこと。前者は、雪がやんだ時刻以降、犯行現場となる建物への出入りには積もった雪に足跡が残ることから、その足跡の軌跡如何では犯行時刻とされる時間帯には建物への人の出入りが無かったことが明らかとなり、つまりは"密室"状況ができあがる。後者は、店番等で犯行時刻とされる時間帯は犯行現場となる建物等をずっと視界に入れていた第三者の存在があり、その証言によって建物等への人の出入りが無かったことが明らかとなり、これもまた"密室"となる。
 物理トリックにせよ心理トリックにせよ、密室を完成させられる人物は限られることも見逃せない。密室を作ったり密室だと思い込ませたりする狙いが明らかになることで、"密室"を作り得る人物は誰かということがおのずと浮かび上がる。"密室"を必要とした人物が誰か明らかになるということは、真相に近付くことを意味する。
 解明されなくとも動機があることを隠せず、容疑をかけられたまま生きてゆかねばならない。一旦、解明の糸口を見つけられたら、見破られるまでさして時間を必要としない。労多くして功少ないのが密室トリックであり、それを用いることは犯人にやむにやまれぬ事情があることを告げているのだ。
 優れた密室トリックは、「密室状況において異常事態が起こったこと、それを誰にも知られない」ものだ。密室トリックが用いられたことを気付かせないのが、優れた密室トリックであるための条件なのだ。

 密室は「密室である」という点で犯人特定のために証明が必要な三要素、そのうちの方法において証明を不可能にさせる目的で用いられるのが一般的だが、密室トリックを用いること自体が「密室を必要とする」犯人像を雄弁に物語る。要らぬ自己紹介を避けるには、密室トリックを密室トリックと捉えさせなければよい。ならば、どうすればよいのか?
 閉じた空間に穴を穿てばよいのだ。
「死者の身代金」で、ポールを誘拐した犯人は、その妻レスリーに自家用セスナ機を操縦させて身代金の入ったバッグを投下させた。勿論、これら一連の誘拐劇はレスリーの偽装、自分の夫殺しを偽装するための自作自演だ。
 レスリーにとって夫殺しの真犯人として"誘拐犯"は実在しなければならず、それを警察に納得させるには、身代金の受け渡しが為され、それを警察に目撃させるのが一番だ。かくしてFBI捜査官は利用され、これ以上ないほどの「信用するに足る証言」をレスリーに与える。
 レスリーが使ったのは"不完全な密室"であるところの「開いた密室」と云うべきトリックだ。そう、密室に穴を穿ったのだ。
 この「開いた密室」の説明をする。用意するものは、身代金とそれを入れるバッグ、そしてそのバッグと同じものをひとつ。"誘拐犯" が合図に使うというフラッシュライトを隠し持って、自家用セスナ機に乗り込む。このときにバッグのすり替えは行われている。この時点で機上には空のバッグとフラッシュライトがあり、FBI搭乗機とは無線で繋がっている。レスリーはフラッシュライトを点灯させて窓から落とし、誘拐犯から合図があったとして中身の入ってないバッグを投下。現場に急行した警察車両は"置き去りにされた"フラッシュライトと空のバッグを発見する。かくして"誘拐犯"との身代金受け渡しは完了した。
 セスナ機を使った身代金受け渡し。密室と呼べるのはレスリーがひとり搭乗したセスナ機であるように思われるが、実は"身代金受け渡し場所"という広い空間そのものが密室なのだ。離れているとは云え空からも地上からも監視の目が向けられ、レスリーからの報告やFBIの指示が逐一交わされていて、セスナ機は勿論のことあの空間全体が透明性の高さから心理的な密室になっていたのである。
 密室内で身代金消失という事件が起きた。これは「身代金の受け渡しが為されるもの」という思い込みを利用した心理トリックを用いた事件だということがわかる。それがわかると、この密室トリックを完成できるのがレスリーただひとりであることがおのずと見えてくる。
 いくら監視の目が光っているとは云え、監視態勢にも遺漏はある。そこが「開いた密室」のミソだ。身代金の入ったバッグが空の状態で発見されると、それは誘拐犯が金を持ち去ったのだと考えられる。"密室"から身代金が忽然と消失したとは誰も思うまい。
 レスリーはFBIや警察を巻き込んで心理的な密室を作り上げ、バッグを二つ用意してすり替えることで密室からの身代金消失を成し遂げ、視態勢の遺漏を狙って密室を開く。
 完璧だ。
 密室トリックが使われたことはおろか、密室状況にあったことすら誰も気付いていない(たったひとりを除いて)。この密室内消失事件は、「"誘拐犯"実在をFBIや警察に信じ込ませるため」に「あらかじめ用意しておいた替え玉をすり替えて」「すり替え自体は"密室"に入る前に済ませる」というふうに動機・方法・機会についてレスリーを犯人と指し示すものだが、密室トリックが使われたものと見做されないように「密室を開」いた点で、密室トリックとして完璧となった。
 また、密室内消失事件が成功したのは、それまでに身代金受け渡しのお膳立てができていたからこそ、である。夫殺しを隠蔽するために架空の誘拐事件を作り上げ、"誘拐犯"の実在を信じ込ませるために身代金受け渡しで密室内消失事件をそれとは気付かせないで成し遂げる。
 素晴らしい。実に見事だ。

 ロサンゼルス市警察本部殺人課のコロンボは考えた。
 身代金受け渡しに関して"密室内消失事件"があったことを証明すれば、それがレスリーによる犯行であることがわかる。身代金受け渡しが無かったなら、誘拐事件そのものがあったかどうかも疑わしい。しかし、ポールの死体があり、彼は射殺されている。誘拐事件がレスリーによる偽装ならば、それはポール殺害を隠蔽する目的であろう。レスリーは少なくともポール殺害に関与している。否、彼女がポール殺害の犯人だ。
 ポール殺害事件を解決するには密室内消失事件を解決すればよい。それには物的証拠か信用するに足る証言が必要だ。
 証言は駄目だ。FBI捜査官は完全に騙されている。レスリーを疑うことすら頭にはない。ならば物的証拠だ。
 そこで消えた身代金に気付いた。消えたと云っても本当に消えたわけではない。レスリーが持ち去ったのだ。身代金に使われた三十万ドルはすべて紙幣番号を控えてある。これを入手すれば密室内消失事件は解決だ。

 密室トリックの脆弱性が顔を覗かせた。これがあるから"密室"を密室と気付かせないように開いてみせたのに、コロンボの目はすべてを見通す。
 消えた身代金を入手するのにコロンボがとった手は、密室内出現の演出だ。"身代金受け渡し"からレスリーが帰宅すると、継子のマーガレットが留学先から帰っていた。屋敷は警察の監視下にある(このことは後にコロンボによってマーガレットへの叱責というかたちで告げられる)。内には継子、外からは警察。監視による透明性の高さからウィリアムズ邸は心理的な密室となっていた!
 その密室内にあるはずのない物、誘拐犯に渡されたはずの身代金が、もし出てきたら?
 レスリーは、「継子をおとなしくさせるため」という動機によって、「隠し金庫にしまっていた身代金の一部を持ち出す」という方法をとり、「継子を空港に見送りに行くとき」という機会を得て、密室内から無いはずの身代金を"出現"させた。このお膳立てをしたのはコロンボである。これはレスリーの密室トリックに見事に呼応している。
「殺人処方箋」で身代わりトリックを仕掛けたフレミングに対して、コロンボもまた身代わりトリックで応戦し、見事に勝ちをおさめた。この構図がまたもや再現される。目には目を、歯には歯を、密室トリックには密室トリックを。しかもレスリー本人に"出現"の栄誉を与える心憎さ。脱帽です。

 この記事を書いたことによって、「死者の身代金」の完成度の高さに改めて気付いた。否、気付かせられた。傑作と評価していたけど、それは大きな間違いだった。
「刑事コロンボ 死者の身代金」は大傑作である!

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