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傷だらけの野良犬

amazon:[コミック] 少女ファイト(1) (イブニングKCDX)  日本橋ヨヲコ『少女ファイト』1巻を読んだ。
 大石練は群れのなかで息をひそめている。目立たないように周囲を窺って、自分の本性を知られないように生きている。練がこの群れに身を寄せたのは、傷を静かに癒す為だ。かつて身が引き千切れるほどの傷を負った練は、しかしその傷を治す方法を知らず、ただひたすらに走り続けて痛みを忘れようとしていたところ、信じていた仲間に足をすくわれた。
 二度にわたる負傷は、練のうちに燃え上がる闘争本能を燻らせた。かつては「狂犬」と呼ばれていたバレーボール選手は、今や万年補欠の雑用係。来年の高等部への進学だが、このままでは特待生でいられそうもなく、足切り候補の筆頭と目されている。
 練のうちにあった炎は、もう消えてしまったのだろうか?
 否、大きな群れのなかで駄犬を気取っていても、一流の猟犬の持つ牙と爪は健在だ。練自身、今も人知れず牙と爪を研いている。

 練が所属する私立白雲山学園中等部のバレーボール部は飴屋中学バレーボール部と練習試合をすることになった。この試合、三年生部員にとってはただの対外試合ではない。ここでの活躍が、来年進学する際の自分のあり様を決めるのだ。つまり、バレーボールの特待生として迎えられるか、入学試験を合格してただの白雲山学園高等部の生徒になるか。
 対外試合の一切は、それがたとえ練習試合といえど、自分が特待生として相応しい選手であることを指導者にアピールする貴重な機会だ。活躍如何で自分の将来を左右する。特に飴屋中学バレーボール部との試合は、特別な意味を持つ。白雲山学園バレーボール部に京極小雪、飴屋中学バレーボール部には長谷川留弥子が所属していて、双方ともにバレーボール雑誌に取り上げられるほどのルックスを持ち、中学三年生ながらアイドル扱いをされている。自然と注目度は高い。ここで活躍するかしないかは、ごく近い将来に影響を及ぼすことだろう。
 人気が実力を伴わないのはままあること。小雪は自らの実力不足を認めている。キャプテンを任されていることも、能力とは別の理由があるのではないか、と悩んでいる。バレーボール選手として悩む小雪は、飴屋中学バレーボール部との練習試合の前夜、練の自主練習の光景を偶然に目撃する。
 一方、万年補欠の練に本来は出場機会はめぐってくるはずもなかったが、試合の直前に出場選手に怪我を負わせてしまったことで練の状況は変わった。入部以来、初の対外試合出場だ。

 久しぶりの試合。対戦相手の実力も申し分ない。燻っていた炎が一時、風にあおられて燃え上がる!
 そして、事件は起こった。

 本作の主人公・大石練は、心を閉ざしたまま読者の前に登場する。周りと隔絶しているように見えて、実は周りを窺いながら生きている彼女の本心は、読者になかなか伝わってこない。本作がバレーボール漫画というのはわかるのだけれど、主人公は謎だらけ。
 練にはバレーボールの実力がある。それは天性の素質によるものがあるかもしれないが、彼女自身の努力の賜物でもある。人知れず練習を続けるのは、相応の理由があると思われる。ならば、なぜ本気にならない? 試合に出ようとしないのは、なぜ?
 ひょんなことで練習試合に出場することになった練は、なぜ能力を抑えようとするのか?
 練自身はバレーボールの楽しさを知っているのに、なぜバレーボールと全力で向き合わないのか?
これらの疑問には一応の解答が用意されている。中学進学時に味わった裏切りが、練の心に大きな傷を残し、これが彼女の行動原理に影響を及ぼしているのだ。

 小学校の女子バレーボール部主将を務めていた練は、ある理由でバレーボールに打ち込んでいた。当時、勝つことに貪欲だった練はその姿勢をチームメイトに強いていた嫌いがある。ともあれ全国国大会準優勝の戦果を上げた彼女のチームは、白雲山学園中等部からスカウトされる。そして、チームメイト全員が白雲山に推薦入学する運びとなった。それが受験日になって面接会場に現れたのは練ひとり。面接官が云うことには、チームメイトは全員が辞退したとのこと。まさに寝耳に水。
 白雲山進学を取りやめたこと、それを事前に相談も報告もされなかったこと、チームメイトからこんなかたちで裏切られる自分ってナニ?
 信じられない事態を招いた原因を自分に求めた練は罪悪感にかられて、過剰なまでの自省に取り憑かれてしまう。ワンマンな自分に嫌気がさして、だからチームメイトは離れていったに違いない。こんな思いをするのなら、もう友だちは作らない。こんな自分がバレーボールを楽しんではいけない。
 また、中学でレギュラー選手になれば、いずれはかつてのチームメイトと再会することもあるだろう。そのとき、彼女たちから投げかけられる視線に自分は耐えられそうにない。
 幼いが故の頑なさが誤った決意を固めさせて、生来の意志の強さがこれを持続させる。かくして、「猫のふりしてる虎」ができあがった。

 練がバレーボールを始めたのは姉の影響があったから。姉の真理は練や幼なじみの式島兄弟にとってバレーボールの師匠だった。真理は技術云々よりバレーボールの楽しさを"弟子たち"に教えた。バレーボールは面白い。
 真理自身は優秀なの選手だった。真理は練にとって誇らしい存在であり、且つ、片想いの相手である滋とのキスを思わせる場面を目撃してからは恋のライバルでもあった。ただし、練は敗戦濃厚なことを自覚していた。あの姉が相手なのだ。勝てるはずがない。
 キスの一件は練の心にわだかまり、風邪で弱った心が幼い反抗を生んだ。
 その真理が、春高の呼び名で知られる「全国高等学校バレーボール選抜優勝大会」の準決勝の日、決勝戦進出を決めた後に交通事故に遭って亡くなる。
 姉の死に責任を感じた練は、自分を保つためにバレーボールに打ち込んだ。バレーボールをしている間は姉のことを忘れることができたから。これは一種の逃避ではあったが、姉の死はまだ幼い少女が真っ正面から対峙するには大きすぎた。
 かくして小学生時代、他のチームから「狂犬」と渾名された大石練はこうして誕生した。

 姉の死のトラウマが練をして他チームから「狂犬」と呼ばせるほどにバレーボールに打ち込ませしめ、それが中学進学時のトラウマに繋がる。そうなると、次は自らの狂気に怯えて「猫のふり」をするしかなくなる。
 しかし、虎は虎だ。大石練のなかの狂犬は駆除されたわけではない。十代にとっての長い長い時間を、ただ飢えを募らせて過ごしていただけだ。ちょっとしたことがきっかけで火が点いてしまう。
 久しぶりの対外試合出場。屈託ばかりで自分ひとりでは前に進めない練がどうしても抗えない衝動にかられて、想いを寄せるシゲルからの声に押されて、一瞬の本気を出した。そこで接触事故が起きて小雪が負傷したのは残念だが、そこには誰の悪意もなければそもそもが故意によるものでない。起きたことは起きたことで仕方がない。もともとはチーム内で動きを合わせていなかった練にも問題はある。今後はこのような事故の起きないように心掛けて、それをプレーに反映させるべきだ。しかし、他人を傷つけることに敏感な練は、この出来事で必要以上に自分を責めてしまう。
 専ら自分を責めるだけの練が救われるには、環境の変化という外的要因が必要かもしれない。このまま白雲山にいても先は見えている。身長の低い練は足切りの憂き目にあうだろう。そういう経緯でバレーボールをやめるのは何の解決にもならない。
 中学時代、最初で最後の対外試合が練のバレーボール人生の分岐点となった。

 作者は十代半ばの少女を迷えるだけ迷わせて、ただ一点の光を投げ与える。光の正体は、やはりバレーボール。バレーボールによって負った傷はバレーボールで癒さなければならない。
 かくして大石練は黒曜谷高校女子バレーボール部、通称「黒曜谷ストレイドッグス」の一員となる。
 物語ははじまったばかり。

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