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炎のバックハンドブロー

amazon:[Blu-ray] 刑事コロンボ コンプリート ブルーレイBOX 「刑事コロンボ 指輪の爪あと」は面白い!
 ブリマーはロサンゼルスで探偵事務所を営んでいる。多くの所員を抱え、それは数だけでなく質の高さを誇り、設備とシステムはロサンゼルス随一と自負している。
 新聞界の大立者、アーサー・ケニカットから依頼を受けて、ブリマーは依頼人の年若い妻の素行調査をした。結果はクロ。ゴルフのインストラクターとの浮気が判明。しかし、ブリマーはこの調査結果をそのまま依頼人に明かさない。
 調査結果を受け取りにケニカットがブリマーのオフィスを訪れたとき、ブリマーは隣室にケニカット夫人を呼び寄せていた。そこでケニカットに対して細君に浮気の事実などなかったと報告するのを、ケニカット夫人に聞かせる。
 それぞれ違う意味で安心する夫と妻。ケニカットは晴れやかな気分でオフィスを後にしたが、ケニカット夫人は混乱のなか退出する。ケニカット夫人はブリマーからある要請を受けたのだ。
 ケニカットはその地位から、彼のもとには精度と価値の高い情報が集まる。ブリマーのような職業にとって、情報こそが飯の種である。ブリマーは浮気の事実を明かされたくなければ、ケニカットのもとに集まる情報をその一端でもかまわないから自分に流してほしいとケニカット夫人に要請する。

 ブリマーが帰宅すると、思わぬ客が姿を現す。ケニカット夫人だ。ケニカットのビーチハウスはここから三キロほどの所にあり、ケニカット夫人はそこから海岸を歩いてきたという。
 ケニカット夫人が現れた理由、それは昼間のブリマーの提案について返答するため。答えは「No!」だ。自分の不貞を隠すためにスパイを働くなんてできない。ブリマーの申し出を断ることで浮気の事実を夫に明かされるというなら、それには及ばない。自分で夫に打ち明ける。ただし、ブリマーが自分に対して脅迫めいた提案をしたことも云い添える。一度は事実に反した調査報告をしたブリマーと私と、夫はどちらを信用するかしら?
 新聞王のもとには精度と価値の高い情報が集まるが、同時にそれらを有効に扱う術を心得てもいる。一旦、ケニカットに睨まれたら、情報の物量作戦で潰されてしまう!
 探偵社をここまでするのにどれほどの苦労があったと思っているんだ! たかが浮気女風情が良き妻を気取って夫に注進か? ふざけるな! そんなことで潰されるなんて冗談じゃない!
 怒りに駆られたブリマーは、思わず手を出してしまう。ケニカット夫人は仰向けに倒れて後頭部を強打。そのまま帰らぬ人となった。
 とんでもないことになった。もはや脅迫どころの話ではなくなった。殺人を犯してしまった。殺すつもりはなかった。ただカッとなって体が動いただけ。そうは云っても、殺意を否認してそれが認められたところで傷害致死だ。破滅は免れない。
 こんな馬鹿なことですべてを失ってたまるか!
 しばしの沈思黙考の後、ブリマーは隠蔽工作を始めた。

 第一作「殺人処方箋」に始まり、「死者の身代金」「構想の死角」と、これまで計画殺人を題材にとってきたシリーズが、「指輪の爪あと」で衝動殺人を扱う。自分でも思いもかけずに犯してしまった殺人。殺人の実態から自分の痕跡を消し去ることができるかどうかがカギである。
 そしてこれは、最悪の事態を如何にリカバリーするかという戦いなのだ。積極的に攻めなければ事態は変わらない。果敢に攻めるには事態の把握が必要となる。それには正しい情報を早く確実につかむことが求められる。そして入手した情報を最大限に活用する頭脳と決断力を有する、戦略家としての一面がなければならない。
 だから、ブリマーが犯人として用意されたのだ。
 探偵社で日々情報を扱うブリマーにとって情報戦はお手の物。今回の敵である警察の動向を押さえておくことは、戦いを有利に運ぶうえで必要な措置だ。かつて警察に勤めていたこともあり、捜査方法は心得ている。これも強みだ。警察がどのような思考を経て犯人を挙げるかわかっているのだから、それに合致する"犯人"を見繕って用意すればよい。
 まずは警察に捜査協力を受けさせなければならないが、これはケニカットに仲介させて圧力をかけさせれば実現するだろう。愛妻を殺した犯人逮捕に協力するというのだから申し出を断らないだろう。うまくすると恩を売れる。
 ブリマーはケニカットの屋敷でコロンボと出会うことになる。

 ブリマーとコロンボの出会いは偶然か?
 被害者は大物の細君であり、事件解決を望む被害者遺族の影響力は計り知れない。ここは是非とも結果を出さなければならないということで、事件の担当を殺人課きっての腕利きに任せることにする。ロサンゼルス市警察本部殺人課きっての腕利きとは、コロンボである。つまり、コロンボがケニカット夫人殺しを担当するのは偶然ではない。
 ブリマーはブリマーで警察の動向を探るために何らかの接触を図るのは前述した通り。ケニカット夫人殺害事件の担当者に会うのは、ブリマーにとっては必然なのだ。
 ブリマーとの初対面で、コロンボはしきりに"運"について語るが、二人の出会いは運のなせるものではない。そしてそのことをコロンボは、明確にとは云わないまでも感じ取っていたはずだ。なぜなら、最後の場面で「運を信じてない」と云っているのだから。ブリマーとコロンボの出会いは偶然ではない。まして運のなせる業ではない。
 事件とは無関係なはずのブリマーを紹介されたことで、コロンボは考えたはずだ。ブリマーの登場には何らかの思惑が働いているに違いない、と。ケニカットによると、働きかけをしたのはブリマーとのこと。ならば、ブリマーにはそれをするだけの理由がある。
 そこに左手薬指の指輪だ。あれは被害者の頬に残されていた傷痕に合致するのではないか。ならば、この男が犯人か。
 犯人であるにもかかわらず被害者遺族の前に顔を出し、警察に捜査協力を申し出る。並の精神でできることじゃない。自分の犯行にミスがないかどうか、捜査の手が自分にのびているかどうか、逐一捉えておく必要があると考え、そのための手段を講じる。プランが固まればそれを実行するのに躊躇わない。明晰な頭脳と確固たる決断力、そして自分は決してヘマをしないという自信。コロンボの手相見は、人物観察に基づく考察の賜だった。

 情報戦で勝利するには先手を打ち続ける戦法が有効である。敵が冷静な判断をできないように次々に仕掛けて、戦局を思うままに支配する。
 ブリマーはコロンボの動向を注視し、捜査が正しい筋道を辿らぬように次々に手を打つ。最終的にはコロンボを自分の探偵社に引き抜こうとさえする。敵の最大戦力を殺ぐというのは、兵法として正しい。
 攻めのブリマーに対して受け身にまわらざるを得ないコロンボ。守りに徹して敵が自滅するのを待つという戦法は、ブリマー相手には通用しない。勝つためには攻めなければならない。しかし、攻撃は最大の防御とばかりに手を休めないブリマーのどこに突破口を見出せるだろうか?
 ひょんなことでブリマーさえつかんでいないある事実に気付き(その事実にブリマーが気付かないだけの理由があり、それは冒頭でちゃんと描かれている)、コロンボは乾坤一擲の仕掛けを講じる。
 情報戦は敵から冷静な判断力を奪い、戦局を思うままに支配するのが肝要だ。そのための仕込みは念入りに。

 さて、本作ではコロンボの愛車、プジョーが初お目見え。このとき既にオンボロ。ブレーキランプが点いてないと白バイに停められる始末。免許証の提示を求められて、更新が近付いているのを指摘される。
 この場面、実は本作を象徴している。
 ブリマーが死体を遺棄したのは廃車置き場で、そこまで運ぶのに使ったのは自分の愛車だ。ブリマーと初対面を果たしたコロンボが注目したのはブリマーの車に浮かぶ錆で、このことからブリマーの自宅は海沿いにあり、ケニカットのビーチハウスから程近いことを知る。ケニカットの屋敷で彼と亡き細君とが笑いかける写真を見て、そのときは違和感を覚えるにとどまったが、ケニカット夫人が眼鏡をかけていたことに思い至ったのは、免許更新に赴いたその窓口でのことだ。コロンボがケニカットに対して、ブリマーを犯人であると示唆したのは、ケニカットの車に彼とブリマーが乗っているとき。このとき、コロンボが報告とともに叩いた軽口によって、ケニカットはブリマーが犯人であると疑い、ブリマーは犯行現場とケニカット夫人を積んだ愛車のトランクのどちらかに決定的な物的証拠が残っている可能性を疑った。そして、結末は自動車修理工場がその舞台となる。
 ブリマーの愛車はブレーキランプの故障があったわけではない。そもそもどこも壊れていなかった。
 今回はコロンボが羽目を外しすぎて、違法捜査ギリギリでアウトのような気がする。お茶目な悪戯と見逃すには危険すぎる。尤も、証拠を残すような間抜けではあるまい。
 だってコロンボなんだもの。

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