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契約不履行にはペナルティーを!

amazon:[Blu-ray] 完全なる報復 「完全なる報復」を観た。
 ジェラルド・バトラーとジェイミー・フォックスがまさに"競演"といった感じで、役柄の上での関係性そのままに火花を散らしている。まさに熱演!

 フィラデルフィア、あたたかな団欒。父親はエンジニアだろうか、細かな作業をしながらも愛娘のしていることに注意を向ける。幼い娘は本日二本目のアクセサリーを作成中。一本は父親にブレスレットを、いま作ってるのは母親のネックレス。夕食の用意ができたと母親の声。そこに来訪者が。
 二人組の強盗は手際よく父親を拘束し、そのうちのひとりが彼の腹を刺す。そして、この家の女性は二人とも殺されてしまう。
 検察官のニコラス・ライスは"有罪率96%"の男だ。勝訴することを何よりも優先する。このニックがシェルトン家を襲った強盗殺人事件を担当する。
 二人組のひとり、ダービーが相棒の殺人行為に対して証言することで司法取引に乗った。しかし、実際に手を下したのはダービーだ。そのことを、生き残ったクライドが供述するも、ニックは法廷で覆されるとこれを認めない。妻の体に残されたダービーの体液は? DNA鑑定は? ダービーの体液は不法に採取したものだし、DNA鑑定はこれを証拠として認めない判事もいる。このままでは敗訴となるだろう。しかしダービーの司法取引を呑めば、ダービーも奴の相棒のエイムスも有罪にできる。エイムスは死刑判決が出るだろう。ダービーは三級殺人に問われるにすぎないけれど。
 泣きながら司法取引には応じないでくれと懇願するクライドに、これは決まったことだと突き放すニック。
 判決が下り、エイムスは死刑を宣告され、ダービーには三年の禁固刑が宣告された。有罪判決を勝ち取ったニックが裁判所前で報道陣の取材を受けているさなか、手錠をされたままのダービーが歩み寄る。報道陣の手前、ダービーの差し出す手を握らざるを得ないニック。その姿をクライドが見ていた。
 十年後、エイムスの死刑執行当日。ニックは部下を伴って、エイムスの死を見届ける。死刑は三種の薬物を用いて、死刑囚に痛みを伴わない死を迎えさせる。しかし、薬物を注入されたエイムスは苦痛に身をよじり、体には血管が浮き上がる。苦悶に歪んだ死に顔は、これが予定外の出来事であることを如実に物語っていた。
 現場に残された容器のメッセージからダービーの関与を疑った警察は、ダービーの住処に急行する。
 自室でドラッグをキメていたダービーの携帯電話が鳴る。通話相手が云うことには、すぐに警官が雪崩れ込んでくる。早く逃げろ。逃走経路を指示されてその通りに進むと、運転席に眠らされた警官を乗せたパトカーが。これに乗り込んで間抜けな警官のホルスターから拳銃を抜くと、警官を起こして運転を命じる。
 空き地で停車したパトカーからダービーと警官が出てくる。ダービーに銃口を向けられて命乞いする警官は、しかしその変装を解くとそこにはクライド・シェルトンが立っていた。その姿にトリガーを引くダービーだが銃声は上がらず、体を硬直させる。拳銃に仕掛けられた毒物によって麻痺させられたのだ。
 体中が麻痺したダービーは"作業台"に拘束される。クライドはダービーにこれからその身に起きることをしっかり見届けさせる旨を宣告し、生きながらの解体作業を始める。毒物によって筋肉は麻痺しつつも感覚は生きているということで、ダービーの生き地獄が幕を開けた。
 エイムスとダービーの他殺から、警察はその殺害容疑をクライドへと向ける。クライドの身柄を確保しようとシェルトン宅に急行する警察車両。クライドは抵抗ひとつ見せずに逮捕されるのだった。
 これはまだ計画の序盤も序盤。クライドの真の狙いは、ダービーとエイムスへの復讐ではなかった。

 その手を他人の血で汚した者と取り引きして、何を得ようとするのか?
 その取り引きによって誰が利益を享受するのか?
 その利益は不当ではないか? そもそも、本当に利益と云えるのか?

 本作は取り引きを描いている。司法の名のもとに交わされる取り引きだ。
 司法取引をウィキペディアで調べると、裁判において被告人と検察が取り引きをして、被告人が罪状を認めるか、あるいは共犯者を法廷で告発するか、あるいは捜査に協力することで、当該の刑の軽減、または幾つかの罪状を取り下げを行うこととある。これはつまり、犯罪者に裁判上の協力を奨励しているのであって、刑罰の軽減や罪状の取り下げは協力に報いる以外の意味合いはない。
 司法取引によって、巨悪が法廷に引きずり出されて裁かれることは社会全体の利益に適うだろう。これは確かにこの制度のメリットだ。しかし、この取り引きによって本来ならばその罪に課せられるはずの刑罰を免れた犯罪者に対して、正当な裁きを望んだ被害者や被害者遺族の思いはどうなる?
 本作のクライドは、強盗に妻子を殺された。強盗は二人組で、殺人を犯したのはそのうちのひとり。警察は捜査の過程で証拠集めに失敗し、殺人者が残した精液もDNA判定そのものを容認しない判事では証拠能力が無いとされてしまう。アンパイアによってストライクゾーンが違うというのではないんだぞ! また、それならば自分の目撃証言はどうかと云うと、法廷できっと覆されるからとその機会すら失われた。
 ダービーとエイムスをともに有罪にするには、一方の司法取引に乗るしかない。担当検察官の方針に従うしか道はない。たとえそれが受け入れられない条件であっても。

 強盗や殺人のような犯罪は、被害者や被害者遺族が訴えるのではない。社会が犯罪行為に対して罪の有無や罰の軽重を問うのだ。被害者や被害者遺族が犯罪者と法廷で戦うには、民事訴訟を起こすしかない。民事裁判で勝ったとして、それで被害者や被害者遺族が心から満足するかどうかは別の話だ。
 クライドは民事訴訟を起こさなかった。そんなことをしたところで何になる? 何が変わる?
 自分が信じたアメリカ合衆国の正義は、法の精神は、このフィラデルフィアでさえ歪められているではないか!
 よし、わかった。ならば戦いだ。歪みを是正するための闘争を始めよう。歪みを歪みと認めず、法の精神を弁えない者に命懸けの選択を迫ろう。どのような答えを返すか、それによって道が決まる。最初の選択がカギなのだが、それに気付くだろうか?

 取り引きが成立するということは、そこに契約が交わされたということだ。それがどのような内容であっても、契約が取り交わされたのなら、取り引きの主体である二者の間柄は対等である。たとえ不平等な条件を飲まざるを得なかったとしても、契約を結んだ時点でその取り引きが対等なものだと認めたことになる。本来、契約とはそういうものだ。それを履き違える者がいる。
 ニックはクライドと取り引きをした。その際、クライドはニックに「約束を守れ」と念を押している。約束とは契約だ。契約内容をちゃんと守るならば、契約不履行のペナルティーを受けずに済む。取り引きをするうえで当たり前のことを、クライドは求めているだけ。
 その契約のなかでも単純にして簡単な条件は、「納期を守れ」という点。ケータリングにせよ釈放にせよ、あらかじめ期限を切ってあった。その条件で交わした契約を破ったのだから、ペナルティーを被るのはやむを得ないだろう。それがどれほどの数の人間を殺すことになろうとも。
 検事と被疑者という関係にあるニックとクライドも、契約の前では対等なのだ。

 クライドとの取り引きの窓口となったニックは、そのキャリアのなかで高い有罪率を誇る。立身出世を目的とし、高い有罪率を成果として掲げるニック。高い有罪率を維持するために、ニックは有罪にできる見込みのない事件を敬遠し、積極的に司法取引を活用する。制度として確立しているものを活用して何が悪い? 有罪は有罪だ。裁判に負ければ何も残らない。有罪を勝ち取らなければ、被害者や被害者遺族の無念を晴らすことさえできないだろうに。
 クライドはそんなニックの考え方に同意できなかった。どのような結果を迎えようと、犯罪者や裁判に対しては正しい態度で向き合うべきだ。それができたなら、たとえ有罪を勝ち取れなくとも、胸を張って裁判所を後にできるはずだ。
 クライドが求めたのは正義の行使だ。アメリカ合衆国はそのシステムに法による正義を組み込んでいるものと思っていた。正義は為されるはず、と。実際はアメリカ合衆国の司法制度には歪みがある。検察は犯罪者と取り引きすることを辞さず、それによって成績を上げ、あるいは裁判のスピードアップ化を図る。
 取り引きをするということは、その二者は契約の前に対等となることを意味する。これを敷衍するならば、法律を司る者と法律を犯した者とが並び立つことになる。これは「犯罪者にも人権はある」などというものではない。同じ穴の狢と同義だ。
 そうであってはならない。正義とは一片の疑義を差し挟む猶予も許されない。でなければ、それはシステムとして完成してないことになる。よしんば完全なシステムでないとしても、それを放置してよいことにはならない。クライドはニックに向けて云ったように、ニックとその背後にあるアメリカ合衆国を、法の名のもとに正義が為されることを、まだ信じているのだ。
 だから身をもって示す。犯罪者とは取り引きをしてはならない、と。

 取り引きをするから契約に縛られる。取り引きがあるから二者の間に対等な関係が生まれる。ならば、取り引きをしなければよい。
 犯罪者には毅然とした態度と法に則った手続きで臨むべきだ。犯した罪には正当な罪状で起訴し、正当な手段で揃えた証拠と証言とで裁判を進める。事の真相を明らかにしたうえで、償いとしての罰を与える。被害者や被害者遺族は心情として被告人に重い罰が与えられるのを求めるだろうが、刑事裁判は復讐の場ではない。法治国家は復讐をそもそも認めていない。国家が罪人に与えるのは償いの機会である。それが死をもってしか償えないのだとしても。
 取り引きすることでそれを罪人から取り上げることがあってはならない。罪に相応しい償いの機会を与えられなければ、更生など望むべくもない。
 自らの人生を捨ててまでクライドが云いたかったのは、「アメリカ合衆国よ、正義を取り戻せ!」ということだ。犯罪者と取り引きをするな、というのはまず取り組むべき改革であり、その本質は正義の復活にある。だからニックは宣言しなければならなかったのだ、「殺人者とは取り引きしない」と。もっとずっと早く。
 とは云え、クライドの手段もまた間違っている。クライド自身もそれを自覚しているが、そうせざるを得なかったのだ。間違った手段で為される正義などどこにもないことは、クライドが身をもって知っている。それでも!
 それだからこそ、一旦始めてしまったことを最後までやり遂げなければならないとクライドは思い定めていたのだ。中断するには犠牲を支払いすぎた。血で学ばなければ人はすぐに忘れるものだから、多くの人間の血を流さなければならなかった。それなのに何の成果も上げられないでは、彼らに対して申し訳ないでは済まない!

 司法に裏切られ続けたクライドにとって、契約不履行によるペナルティーを課さざるを得ないことの苦悩が、正義の渇望と現状に対する絶望と混ざり合い、それが胸に渦巻いてやがて瞋恚へと姿を変える。激しく燃え上がる炎を凝り固まった使命感が焚きつけて、それは抱いていた信念をも焼き尽くす。そのうえ、フィラデルフィアの市長ともあろう者が法を曲げることを欲し、その事実が目的と手段とを取り違えるまでにクライドを狂わせてしまう。否、そうせざるを得ないところまでクライドは追い詰められたのだろう。法を恣意的に曲げようとする市長を見逃しては、これまで犠牲になった者たちに申し開きができないではないか。
 たったひとりで司法制度に戦いを挑んだ男は、ひとりの司法関係者に正義の種を植え付けて、そして自らは怒りによって滅んでしまった。しかし、彼の存在は肥料となって"かくあるべき正義"を育ててゆくだろう。

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