泥沼離婚劇 | HOME | 名探偵の帰還を告げる鐘の音

敵意の宿らぬ右手

「コンテイジョン」公式サイト  2011年10月31日、よみうりホールで試写会が催され、「コンテイジョン」を観た。
 よみうりホールはビックカメラ有楽町の七階。開場まで階段で並んで待っていると、クライマックスシリーズのさなかとあって読売ジャイアンツの応援歌がエンドレスで繰り返される。応援セール開催中なのだそうだ。なるほど、よみうりホールというだけはあるな。
 ジャイアンツ応援歌が止んだと思ったら「ビィックビックビック、ビックカメラ!」って、これは当然なのだけど。
 リーグを制覇した中日ドラゴンズ(球団初の二連覇!)のファンとしては余裕ある態度でいられたらよかったのだが、あまりにジャイアンツジャイアンツ叫ばれると、なにやら居たたまれなくなってしまう。「燃えよドラゴンズ」なら、ずっと聞いていられるのに。
 結局、この日の試合でファイナルステージに勝ち上がったのは東京ヤクルトスワローズ。お疲れ様でした。

 遠い夜空にこだまする「コンテイジョン」だが、よみうりホールに詰めかけた僕らをジィンと痺れさせるだろうか?
 監督はスティーブン・ソダーバーグ。マリオン・コティヤール、マット・デイモン、ローレンス・フィッシュバーン、ジュード・ロウ、グウィネス・パルトロウ、ケイト・ウィンスレット等、キャストは豪華。
 入場時に配布された本作のチラシを読むと、「恐怖」と「感染」がキーワードとなっている。このチラシを読んで想像するのは、感染が爆発的な勢いで広がってゆき、それに伴って感染区域以外にも恐怖が蔓延してゆく様子。生物学的に原因を特定して解決できる感染と、人の心から取り除くことのできない恐怖。恐怖を描くのに感染速度の疾走感は親和性が高い。このような予想から本作への期待は高まる。
 このブログで取り上げた作品に「ブラインドネス」がある。あの作品でも原因不明の眼病が発生し、物凄い勢いで世界を席巻する。ただし、あの作品は感染自体の恐怖を描くのではなくて、極限状態にあって形成される社会状況を描くのが目的だった。その社会における巫女の在り様を描くのが目的だった。「ブラインドネス」は寓話だったのだ。
 それでは、本作は何を描いているのだろうか?

amazon:[Blu-ray&DVD] コンテイジョン ブルーレイ&DVDセット(2枚組)  ウイルスの感染経路は、具体的にどのようなものがあるだろうか?
 会計で使ったクレジットカードは? 他人が置き忘れた携帯端末は?
 エレベーターの呼び出しボタンは? 階数ボタンは? ドアノブは?
 何気なくつかんだ手すり? バスの吊り革?
 飲食店の食器? 手渡された書類?
 握手はどうだ? 家族へのハグは? 性交渉は? 目の前で倒れた人を介抱したら感染してしまうのか?
 ウイルスは目に見えない。自分がいつどこでどのようにして冒されたのかわからないまま、死への一歩を踏んでいる。
 この咳はただの風邪か? それとも違う病気なのか?
 熱っぽいのは疲れているからなのか? 何か違う原因があるのか?
 喉が痛くて何も食べられない。扁桃腺が腫れているのか? それともこれは他の病気の症状なのか?
 頭が痛い! 二日酔いなんかじゃない! このまま死んでしまうのか!
 病は気から、と布団かぶって寝たところで治らないなら、民間療法でどうにかできるレベルを超えたというのなら、医師にかかるしかない。そもそも、体調不安を覚えたら、真っ先に病院に行くのが正しい。

 病院に行っても処置できない病気もある。医師も知らない病気だ。治療法が見つからなくて、あるいは医療従事者すら死の恐怖に逃げ出してしまうような病気だ。
 感染症治療の最前線では、彼ら医療従事者が感染症にかかって死ぬ。感染源を突き止め、その正体を突き止めるために、感染症に一番近いところで徒手空拳をふるうのが理由だ。蛮勇とも云える、それが齎す屍の上に医療成果が築かれる。ワクチンが生まれる。
 本作は恐怖を描いてはいない。死があり、悲しみがあり、正体不明な侵略者や信用のおけない政府に対する怒りと恐怖があるが、本作の本質は勇気にある。本作には希望がある。
 明日への希望を絶やさないための闘争を描いたのが、「コンテイジョン」だ。

 物語は感染二日目から幕を開ける。
 猛威をふるう感染症はウイルスによって引き起こされる。ウイルスの正体を暴かなければ、事態は収拾へと向かわない。
 本作は医療の現場を描いているものの、その実態は犯罪捜査に似ている。ウイルスは犯人であり、それが無差別に感染症罹患という犯罪を行っている。犯人を逮捕するには、正しい犯人像を描いてその足取りを追って、決定的な証拠をつかまなければならない。
 ウイルスの正体を暴くには、その出自を明らかにしなければならない。これがつまり、犯人の足取りを追うというやつだ。感染経路を特定し、現時点でも発生しつつあるかもしれない病原ウイルスを処理しなければならない。これはワクチンの開発よりも優先順位が高い。
 感染経路、つまり感染者の足取りを丹念に調べて、その成果を上げつつあったWHO職員は、しかしレポートを提出できなかった。その理由は、自力で対処方法を見出すことのできない者の被害妄想が招いた愚行にある。命を購うのに人質を取って正価を支払わない。しかし、そもそも命の値段って幾らだ?
 それが犯罪行為とわかっていても、自分自身に云い訳するために陰謀論にしがみつく。
 陰謀論の魅力は、事態の責任を他者に押し付けられるところにある。巨大な権力を持つ組織に対して、それらが個人を遥かに凌駕する力を持つが故に、遠慮会釈なく叩くことが許されるような錯覚に陥る。いみじくも錯覚とは云ったものだ。あるいは、一時の狂熱。熱に浮かされている間は、それは高揚感を覚えるだろう。祭りの気分を味わうかもしれない。
 たとえ祭り気分が本意でない行為をさせたのだとしても、それには責任が伴う。

 不本意なかたちで犯人の足取り捜査は打ち切られた。このうえは犯人自身に訊くしかない。
 尋問をのらりくらりとかわす犯人だが、豚とコウモリとの間に生まれた鬼子だということがわかった。明らかにしたい事柄はまだまだ山ほどある。未だ半落ちの段階だが、送検をこれ以上遅らせるわけにはいかない。明らかな国策捜査。しかし、早急に解決することが最重要課題である。つまり、ワクチンの開発だ。
 よしんばワクチンを開発できても、それが即ちハッピーエンドに直結するわけではない。殺人犯を逮捕しても被害者が生き返らないように、ワクチンの接種によって得られるのは完治ではない。体内で抗体を作るきっかけを与えるようなもので、接種以後は感染症にかかりにくいという安心が得られるだけなのだ。ワクチンは、あくまで予防接種。既に発症してしまった者を助けられはしない。その悲しみが本作ではちゃんと描かれている。ノーベル賞ものの成果を報告する娘と、それを誇る父親。二人の笑顔が胸に迫る。
 また、開発したワクチンが絶対に安全かどうかまでは、この時点では明言できない。ようやく手にした名声と権益とを失いたくないジャーナリストは、自らジャーナリズムを捨てて扇動家となり、ワクチンに副作用がある可能性を指摘する。自分の思惑通りに進まない状況に対する強がりから発せられたものと思われるが、その主張はあながち的外れでもないのだ。
 ところで、ウイルスの培養がうまくゆかず、サルの死体が山と積み重なった後、人類に福音を齎した一頭のサルが現れるのだが、あれはニホンザルではないだろうか? サルの生態に詳しくないので明言は避けるが、もしあれがニホンザルだとすると、たかがフィクションのたかが実験動物の描写にすぎないのだけど、なんとなく嬉しく感じてしまう。我ながら阿呆かと思う。

 2011年3月11日が明けて、日本は見えない死の恐怖と日夜戦い続けている。被曝の恐怖だ。
 都市の機能が停止するかもしれない、水や食糧が尽きるかもしれない、暴動が起きるかも。様々な不安や恐怖で夜も眠れない方が、そもそも寝る場所さえ満足に確保できなかった方々が、数多くいらっしゃったことだろう。そして、それは今もなお続いているはずだ。
 そんな状況下でも暴動が起きたとは聞かない。整然と列を作る姿をモニターに見て、胸を熱くしたものだ。欧米では奇異に映るらしいマスクをかける姿も、日本では普通だ。予防もさることながら、自分の風邪を他人に移さないという考え方が自然にそなわっている。
 だから、本作の恐怖はヌルい。ヌルいとしか感じられなかった。淡々と映像を繋ぎ合わせて、観客に突き放されたような意識を植え付け、それによって恐怖を醸造しようとしたのだろうが、私たちはもっと酷い映像を見ている。ソダーバーグの腕が鈍ったわけではない。そういう状況を私たちは生きているのだ。
 ソダーバーグ渾身の本作をヌルいとしか感じられないほど酷い状況に日本があることが、本当に辛い。

 ワクチンの開発によって事態は終結を見た。しかしこれは、犯人の最初の犯行を立証できないまま、その出自を特定できないままに逮捕送検したようなものだ。これらの謎を放置したまま物語の幕を下ろすようなスティーブン・ソダーバーグではない。
 彼は本作において皮肉な結末、否、発端を用意していた。失われた感染一日目だ。事実を書くと、エンドロール直前のこの場面において、観客席から笑い声が上がった。あまりにブラックなオチに、私も笑みをこぼした。

 帰宅の途にあって、JR有楽町駅のホームに向かう。足が上がらないほど疲れていたわけではないけれど、階段を避けてエスカレーターに乗る。左手を手すりに置いていることに気付く。
 作中では、登場人物のひとりが最後に握手を交わす。自分の分のワクチンを譲ったのにも関わらず、それでも右手を差し出す。物語は幕を下ろし、感染症の危険はスクリーンから消えた。
 しかし現実世界は? この世界に生きている私たちはどうなる?
 ここにおいて、スティーブン・ソダーバーグに呪われたことに気付く。

泥沼離婚劇 | HOME | 名探偵の帰還を告げる鐘の音

Comments:2

ナドレック 2011年11月24日 03:27

こんにちは。
興味深く拝読しました。
祭りの気分とは、云いえて妙ですね。

サテヒデオ 2011年11月24日 07:20

ナドレック様
 コメントありがとうございます。
 祭りの神輿は派手なほうが担ぐ甲斐があるというものです。できるだけ大きく凝ったものが喜ばれるのでしょう。

Comment Form

Trackbacks:23

TrackBack URL for this entry
http://mescalinedrive.com/mt-tb.cgi/64
Listed below are links to weblogs that reference
敵意の宿らぬ右手 from MESCALINE DRIVE
コンテイジョン from 象のロケット 2011-11-04 (金) 01:24
香港出張からアメリカ・ミネソタ州ミネアポリスの自宅に戻った女性ベスが、咳と発熱、痙攣を起こして2日後に死亡。 間もなく同様の患者が急増し、謎のウィルスは世...
コンテイジョン from Akira's VOICE 2011-11-12 (土) 14:49
思ったより緊迫感が無かった。  
コンテイジョン / Contagion from 我想一個人映画美的女人blog 2011-11-12 (土) 20:00
ランキングクリックしてね←please click マット、ジュード、マリオン、ケイト、グゥイネス、フィッシュバーン。 豪華...
『コンテイジョン』| オールスターそろい踏みなれど、宝の持ち腐れか。 from 23:30の雑記帳 2011-11-12 (土) 23:32
マット・デイモン、 ジュード・ロウ、 グウィネス・パルトロウ、 ケイト・ウィンスレット。 こうしてみると、すごい顔ぶれですね。 しか...
コンテイジョン from とらちゃんのゴロゴロ日記-Blog.ver 2011-11-13 (日) 00:25
スティーヴン・ソダーバーグ監督が、アカデミー賞獲得俳優を多く起用して作った世界規模のパンデミックを描いたサスペンスだ。疾病予防管理センター(CDC)やWH...
映画「コンテイジョン」感想 from タナウツネット雑記ブログ 2011-11-13 (日) 21:17
映画「コンテイジョン」観に行ってきました。ひとりの感染者を発端に全世界へ拡大していく致死性ウィルスの恐怖と社会的混乱を描いたサスペンス大作。物語は、最初の...
コンテイジョン from LOVE Cinemas 調布 2011-11-14 (月) 01:02
『インフォーマント!』のスティーヴン・ソダーバーグ監督が未知のウィルスの発生からパンデミックそしてワクチンの生産までを描いたパニックムービー。注目すべきは...
映画「コンテイジョン(デジタル上映)」 感想と採点 ※ネタバレあります from ディレクターの目線blog@FC2 2011-11-15 (火) 08:12
映画『コンテイジョン(デジタル上映)』(公式)を昨日TOHOシネマズデーにて劇場鑑賞。キャパ112名に20名弱とは意外に?多いかも。 ...
コンテイジョン (Contagion) from Subterranean サブタレイニアン 2011-11-16 (水) 15:47
監督 スティーヴン・ソダーバーグ 主演 マット・デイモン 2011年 アメリカ/アラブ首長国連邦 106分 サスペンス 採点★★★ 震災の時、整然と列を...
映画「コンテイジョン」全世界感染まっしぐら! from soramove 2011-11-16 (水) 20:47
「コンテイジョン」★★★☆ マリオン・コティヤール、マット・デイモン、 ローレンス・フィッシュバーン、ジュード・ロウ、 グウィネス・パルトロウ、ケイト・ウ...
コンテイジョン from ★the tip of the iceberg★氷山の一角 2011-11-16 (水) 21:25
『感染列島』『バイオハザード』『28日後』を思い出す、細菌感染もの。ただし、どこが違うかと言えば、『カーボーイ&エイリアン』同様に、なぜに?と思うほど出演...
「コンテイジョン」伝染るんです。 from シネマ親父の“日々是妄言” 2011-11-19 (土) 09:37
[コンテイジョン] ブログ村キーワード  “豪華6大スター共演!”スティーブン・ソダーバーグ監督が、未知のウイルスがもたらす恐怖を描いた本作「コンテイジ...
『コンテイジョン』 今これを観る意義 from 映画のブログ 2011-11-24 (木) 03:28
 世界人口の約50%が感染し、25%が発症し、死亡者は2,000万人以上(5,000万人とも1億人とも)と云われている。世界人口が18〜20億人の時代に、...
映画:コンテイジョン Contaigion 大作だが、ソダーバーグの趣味的要素も含まれるところが新しい? from 日々 是 変化ナリ 〜 DAYS OF STRUGGLE 〜 2011-11-26 (土) 01:13
スティーヴン・ソダーバーグといえば、自分的には「映画マニア」の印象が強い。 長編デビュー作「セックスと嘘とビデオテープ」で史上最年少パルム・ドール。 ...
【コンテイジョン】を映画鑑賞! from じゅずじの旦那 2011-11-28 (月) 09:32
人間が新型ウイルスにかかり生き延びた先には「猿の惑星」?それとも「感染列島」が世界に広がったのか?ついにウイルスは東京にも「首都感染」?そんなことが頭をよ...
シネトーク90『コンテイジョン』●従来のウイルス・パニック映画から飛び抜けた面白さはなく・・・・ from ブルーレイ&シネマ一直線 2011-12-01 (木) 13:03
三度のメシぐらい映画が好きな てるおとたくおの ぶっちゃけシネトーク ●今日のてるたくのちょい気になることシネ言 「寒くなってきたんでこれから映画...
コンテイジョン from 映画的・絵画的・音楽的 2011-12-03 (土) 17:52
 『コンテイジョン』を渋谷シネパレスで見ました。 (1)本作は、マット・デイモンが出演するのだから、これまでの作品(『アジャストメント』とか『ヒアアフタ...
「コンテイジョン」感想 from 新・狂人ブログ~暁は燃えているか!~ 2011-12-09 (金) 19:02
 「トラフィック」「オーシャンズ」シリーズのスティーブン・ソダーバーグ監督最新作。高い死亡率を持つ謎の感染症の蔓延により、パニックに陥る人々の姿を描くディ...
【恐怖】は、ウイルスより早く感染する。「コンテイジョン」 from Addict allcinema おすすめ映画レビュー 2011-12-11 (日) 16:59
コンテイジョン from C'est joli〜ここちいい毎日を〜 2011-12-29 (木) 21:33
コンテイジョン'11:米◆原題:CONTAGION◆監督:スティーヴン・ソダーバーグ「オーシャンズ」「トラフィック」◆出演: マット・デイモン、ケイト・ウ...
映画『コンテイジョン』を観て from kintyre's Diary 新館 2011-12-30 (金) 18:13
11-72.コンテイジョン■原題:Contagion■製作年・国:2011年、アメリカ■上映時間:106分■字幕:松浦美奈■鑑賞日:11月14日、TOHO...
映画:コンティジョン from よしなしごと 2012-01-02 (月) 17:07
 バイオもの好きなんですよね。少しだけですが大学時代や仕事でも携わったことがあるからでしょうか。アウトブレイクがとてもおもしろかったと言うこと...
【映画】コンテイジョン…こんな事態の時、医療関係者の嫁とか居ると実に困るだろうなぁ from ピロEK脱オタ宣言!…ただし長期計画 2012-09-25 (火) 16:33
まずは週末の近況報告。 2012年9月22日(土曜日)は、午前中は買い物に小倉まで、その後、自家用車の半年点検を受けて、午後から私の実家で母親の誕生会を...

Home > 敵意の宿らぬ右手

Feeds
blogram投票ボタン フィードメーター - MESCALINE DRIVE 人気ブログランキングへ
Message
Visitor

Return to page top