バンザイアタック | HOME | 「This Old Man」を聴きながら

嚆矢

amazon:[Blu-ray] 刑事コロンボ コンプリート ブルーレイBOX 「刑事コロンボ 殺人処方箋」は面白い!
 12月に発売予定のコンプリートBOXだが、その特典が凄いと評判だ。初回生産分限定の特典に、「殺人処方箋」の日本語吹替台本復刻版を封入とある。私も持っているDVD版ではジーン・バリーの声を若山弦蔵が担当。けれど、もともとは瑳川哲朗が声を当てていた。その最初の吹き替え版の台本を特典として付けるのだから、マニア垂涎である。瑳川哲朗版の音声も14分だが収録されているようだし。
 その他にも「策謀の結末」小池朝雄版等々、"Buy or Die"の逸品となっている。だいたいがBlu-ray化からして世界初とのこと。これで71400円でなければ、もっと安ければ今すぐ予約するのに。

 精神科医レイ・フレミングは妻キャロルの殺害を目論む。キャロルの魅力を挙げるとキリがないが、最も惹かれたところは彼女が資産家の娘であるということ。ただし、最近は行動を束縛するのが甚だしく、ちょっとした遊びに目くじらを立てる。離婚を匂わすようでは可愛げないと云うほかはない。
 妻と円満に別れるのも悪くない。むしろ別れたいくらいだが、それによって自由に使える金やオフィスを失うのは耐えられない。妻とは別れたい、財産は手にしたい。となると、死別するしかないではないか。
 フレミングは、愛人の大部屋女優であるジョーン・ハドソンを計画に引き入れて、妻の殺害を実行する。
 死亡推定時刻に錯誤を持たせる計画は概ね成功し、フレミングは完璧なアリバイを手に入れる。
 自分を拘束する最大の枷から解き放たれ、内心意気揚々として旅行から帰宅したフレミング。彼を待っていたのは、ロサンゼルス市警察本部殺人課のコロンボと、妻の生存の報せだった。

 ミステリでよく使われる用語に「アリバイ」がある。アリバイとは犯行時現場不在証明を意味する。これは、「犯罪が行われたとされる時刻に」、「容疑者等、事件に関係していると目される人物が」、「事件現場とされる場所」に「居なかった」ことを証明するものだ。
 刑事ドラマ等で、アリバイが取り沙汰される場面がある。そこで事件関係者が供述するのは、「刑事さんがお尋ねの時刻でしたら、私は犯行現場とは別の場所に居ました」というものだ。こういう内容の供述が意味するのは「だから、犯行時刻とされる時刻において、犯行現場とされる場所に、私が存在しなかったことの証明になります!」ということだ。探偵や警察がこの供述を覆せなければ、アリバイ成立である。
 さて、「犯行時刻とされる」だの「犯行現場とされる」だの、随分と迂遠な表現を用いたものだが、これには理由がある。犯行時刻にせよ犯行現場にせよ、実際の犯行とは異なる時刻や場所が誤って実際のそれと認識されたなら、事実誤認に基づいたアリバイによって真犯人が嫌疑から外れてしまう。だからミステリでは、犯行時刻や犯行現場を誤認させるようなトリックが使われるのだ。つまり、「犯行時刻とされる」のは実際の犯行時刻とは違うものだし、「犯行現場とされる」のは実際の犯行現場とは違うものだ。
 レイ・フレミングはまずキャロルを殺しておいてハドソンを招き入れ、彼女にキャロルを演じさせて二人揃って人前に出る。搭乗手続きを終えて飛行機に乗り込んでから喧嘩を演じ、怒った妻が帰ってしまった風を装う。この時刻まで生きていたはずの妻が自宅で死体となって発見されれば(死体の発見役も用意していた)、犯行が為されたとされる時刻には機上の人だったフレミングは、犯行現場である自宅に居るはずがないので、彼の犯行時現場不在証明は成立する。
 つまり、フレミングのトリックは犯行時刻に錯誤を持たせるものであり、この種類のトリックをアリバイ工作やアリバイトリックと呼ぶ。

 刑事コロンボは倒叙(倒述)ミステリなので、以上のことはすべて観客に明かされる。観客は、犯人のよく練られた犯罪を"目撃"して、この完璧な犯罪がどのような結末を迎えるのか、コロンボは何を決定打として犯人を陥落させるのか、決着を見届けたくなるのだ。
 フレミング夫妻の事情を調べれば夫が妻を殺す動機を見つけられるだろう。しかし、フレミングが選んだ殺害方法は扼殺だったために、特に凶器と呼べるものは存在しない。そして犯行時刻だが、これはキャロルがしばらく生きていたので、判断するには証言が必要だ。キャロル本人がいつ襲われたのか話してくれたら警察としても大助かりだが、そうは問屋が卸さない。こうなると、生前のキャロルを目撃した人物の証言に頼るしかない。ここでレイ・フレミング一世一代のトリックが効果を上げる。目撃者はそれと知らずにジョーン・ハドソンをキャロルだと認識したまま証言をする。キャロルが搭乗したばかりの飛行機の中で夫と喧嘩して、そのまま降りたのを見た、と。
 犯行動機はそれらしきものがある。しかし、犯行の方法と機会を証明する物的証拠がない。よしんばフレミングのトリックを解明しても、それを裏付ける確かな証拠が必要だ。あるいは信用するに足る証言が。
 ここでコロンボはハドソンに目を付ける。トリックの必要上、フレミングが引き入れるしかなかったハドソン。他者の心の綾を読み取り、意識して己を律し続けるフレミングとは異なり、精神科医にかかる程度に弱くて、フレミングしか縋るもののない彼女に。敵の弱点を攻めるのは定法だ。それはフレミングもわかっている。手を打たなければならないことも。
 油断というのは、勝ちを確信したときに生まれるものだ。勝因無き勝利はあれど、敗因無き敗北はない。フレミングが気にとめていた唯一の敗因が、完璧な計画の唯一の弱点が、自ら手を下すまでもなく消え去った。そう確信した瞬間、己を律し続けてきたフレミングがついに本心を吐露した。コロンボはこれを待っていた。最後まで己を律し続けていられたのは、フレミングに対して的外れな胸のうちまで推し量ってみせて、彼の優越感をくすぐったコロンボのほうだった。
 コロンボはその宣言通り、ハドソンを橋頭堡にしてフレミングを攻略するだろう。勝負の趨勢は決したのだ。

バンザイアタック | HOME | 「This Old Man」を聴きながら

Comments:0

Comment Form

Trackbacks:1

TrackBack URL for this entry
http://mescalinedrive.com/mt-tb.cgi/61
Listed below are links to weblogs that reference
嚆矢 from MESCALINE DRIVE
刑事コロンボ 完全版1 from 象のロケット 2011-10-31 (月) 01:03
『殺人処方箋』 『死者の身代金』 前半で犯人の犯行を予め見せて、後半でコロンボが謎を解いていくという独特のスタイル、ピーター・フォーク演ずるコロンボの強烈...

Home > 嚆矢

Feeds
blogram投票ボタン フィードメーター - MESCALINE DRIVE 人気ブログランキングへ
Message
Visitor

Return to page top