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人生の墓場

amazon:[DVD] あぁ、結婚生活 「あぁ、結婚生活」を観た。
 ハリウッドのいぶし銀、クリス・クーパー主演作品。友人役を五代目ジェームズ・ボンドのピアース・ブロスナン、若い愛人の役をレイチェル・マクアダムスが演じる。恋愛ドラマなら専門外だが、好きな俳優が顔を揃えているので観る気になった。これが吉と出るか凶と出るか、まずは観てみよう。
 そうそう、ここで注意! いつものようにネタを割る気マンマンなので、そのつもりで読み進めるように。

 周囲からはおしどり夫婦と目されているハリーとパットのアレン夫妻だが、ハリーはパットと別れたい。
 パットによると「愛はセックス」なのだそうだ。夫婦として当然のように持ちあわせているはずの互いへの慈しみや尊敬は、ベッドの上の愛の交歓と比較するべくもないらしい。
 完全なる価値観の不一致。ありきたりと云えばあまりにもありきたりな離婚理由だ。
 ハリーがパットと離婚したい本当の理由は、実は価値観の不一致とは別のところにある。彼には愛人がいる。謹厳実直を絵に描いたようなハリーが若い女性と恋に落ちた。真面目な性格であるが故に不実な真似はできない。ハリーはケイとの結婚を決意する。
 新たな幸福を手に入れるには高い障壁が立ち塞がっている。
 パット。
 ケイとの関係がパットに勘付かれているわけではない。会議だ出張だと、家をあける云い訳には事欠かない。関係どころかケイの存在すらパットは知らないだろう。それでは、パットの何が問題なのか?
 問題は実はハリーにある。妻に対する思いやりこそ、ハリーが離婚に踏み切れない理由だ。ハリーはパットに味わわせたくないのだ、夫に捨てられる悲しみや苦痛を、それも娘ほどの年齢の女に盗られることの屈辱を。もはや若くなく容色も衰えた女性に対して、これらはあまりに酷な仕打ちだ。
 妻を苦しめたくないハリーが辿り着いた結論は、妻の殺害だった。

 ミステリ好きとしては、杜撰な殺害計画に憤りすら覚える。ハリーが目論んだのは毒殺である。射殺でも撲殺でも殴殺でもなく、毒殺だ。これは直に手を下したくないというハリーの気持ちを反映しての選択なのだろう。非力な女性でも屈強な成人男性を殺害できることから、毒薬は女の凶器と呼ばれる。これを踏まえてハリーの選択を思うと、彼の姿は女々しく映る。妻との離婚に踏み切れず、妻を亡き者にせんとすれば彼女の死にゆく姿を見ずに済み、しかも確実性の低い方法を選ぶ。まことに不甲斐ない。
 ハリーの心性はともかくも、毒殺すると決めたのなら、自分と妻の死との関連性をなくそうとするのが普通である。毒を殺害手段に用いるならば、その痕跡が死体に残るだろう。そうなると、毒薬の入手ルートをはじめ、服毒の方法や機会から犯人が割り出される可能性は高い。パットの変死が毒殺と判定されれば、愛犬の急死にも注目されるだろう。当然、ブルータスは解剖にまわされ、パットを殺したものと同じ毒物が検出される。パットとブルータスに関係する者はハリーであり、彼が後に若い妻を娶ったとなれば疑惑は濃厚となる。濃厚どころではない。殺害方法と殺害の機会、殺害動機まで揃っていては、どんなに間の抜けた警察官であってもハリーを犯人と名指しするだろう。しかし、ハリーは隠蔽工作にさほど気を回していないようだ。ハリー自身、犯罪者の自覚が薄いのではないか?

 色恋沙汰がハリーを狂わせたとしたなら、恋愛に強いのがリチャードだ。リチャードはハリーの幼馴染みで未だに独身。ハリーから愛人の存在と彼女と結婚する意思があることを聞かされたリチャードは、当の愛人であるケイを見た途端に恋に落ちてしまう。親友の愛人に横恋慕した男は、彼女をどうにかして自分のものにしたい。ハリーがパットと離婚できるとは思えないから、ハリーとケイとの関係が進展することはないだろうが、このままでは自分もケイと付き合えない。要するに、現状維持というのは全然面白くない。
 ここからリチャードの怒濤の攻めが始まる。
 そしてハリーとケイとリチャードの三角関係は、そこにパットとジョンを加えて歪な形をとる。ここに至ってリチャードの尻に火が点いた。このままではケイはハリーと結婚してしまう! もうなりふりかまってはいられない。行動あるのみだ!
 リチャードにケイを引き合わせたことは、結果的にハリーにとって不幸だったろうか。それとも幸福だったろうか。
 ハリーの恋物語は終わりを告げ、しかし生活は続いてゆく。そう、死ぬまで。

 本作の肝はリチャードの存在だ。リチャードがハリーの幸せな未来予想図に手を加えた。ハリーの身になってみれば、世界そのものに裏切られたようなものだ。ケイとの結婚生活は夢と消え、愛する女性との長年にわたる友情をも失った。そのうえ、毒薬の時限爆弾は仕掛けたまま解除されていない。拙い。このままではパットが死んでしまう! 毒薬を仕込んだのはそもそも自分なのだが、この際、そんなことは関係ない。パットが服む前に毒の入っていない薬瓶と取り換えなければならない。
 急いで帰宅するハリーだったが時既に遅く、彼はパットの愛情を疾うに失っていた。ここで思い出されるのはパットの言葉だ。
「愛はセックス」
 振り返ってみると、衝撃的な伏線だった。窓外に真相を見たハリーの驚愕。彼にとってのどんでん返しは悲劇以外の何物でもない。
 すべてを失ったハリーの絶望は如何ばかりか。それでも生きてゆくしかないのだ。この場面のハリーが見せる悲痛な表情は凄まじい。彼を演じたクリス・クーパーは素晴らしい役者だと改めて実感した。

 アレン夫妻が自宅でパーティを催す。気のおけない友人たちと楽しい時間を過ごす。
 楽しい時間は去り、夫は妻と後片付けをする。窓からその様子を眺めると、二人は言葉を交わさない。言葉は必要ないのか、言葉すら出てこないのか。
 これも結婚生活。

 本作はなかなかに面白い。でも怖い。超自然の怪異はひとつも出てこないけど、怖い。結婚、怖い。そして切ない。

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あぁ、結婚生活 from 象のロケット 2011-10-24 (月) 19:17
良き家庭人を演じながらも、うら若き金髪未亡人に心奪われ、挙句の果てには妻を殺そうとする夫。 表向き貞淑な妻は、夫に頼り切っているようでいて、実は年下の男に...

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