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この道を行けばどうなるものか

amazon:[DVD] スティーブン・キング ドランのキャデラック 「ドランのキャデラック」を観た。
 原作はスティーヴン・キングの短編小説。ちなみに相変わらずの未読だ。
 クリスチャン・スレーターの名前が前面に出ていたから、てっきり彼が主演とばかり思っていたのだけれど、実際は悪役だった。彼が演じるジェームズ・ドランは、気軽さがある一方で酷薄そうでもある悪党。悪党とは云っても、性風俗に従事する女性専門の人身売買を稼業としているのであって、大きな組織を率いる貫目は持ち合わせていない。せいぜいが小悪党だ。ただし、眉ひとつ動かさずに殺人のできる小悪党だ。
 ドランの手先に妻を殺された男にとっては、ドランは小悪党なんかではなく、まさしく悪魔に違いないだろうけれど。

 夫婦ともに小学校の教師であるトムとエリザベス。エリザベスが趣味の乗馬に興じていたある日、殺人の現場に出くわした。
 夫と共に保安官に訴え出ても相手にされない。殺人現場には何らかの犯罪があったことを示す痕跡が見つからない。帰宅した夫婦は、自分たちの寝室に殺人被害者のひとり、その亡骸を発見する。これは明らかに脅しである。死にたくなければ黙っていろ。
 FBI捜査官によると、エリザベスが目撃した殺人はドランという男が直接手を下したもののようである。ドランを有罪にするにはエリザベスの証言が必要だ。エリザベスに法廷に立ってもらう必要がある。ドランとしてはエリザベスに証言台に立ってもらっては困る。必ずこれを阻止しようとするはずだ。ドランやその手先から彼女の身を守らなければならない。
 証人保護プログラムのもと、ホテルに缶詰めとなったトムとエリザベス。数ヶ月経っても事態は進展しない。
 そんな生活にも終止符が打たれる。エリザベスが殺された。

amazon:[文庫] ドランのキャデラック (文春文庫)  スティーヴン・キング原作ということで超自然的怪異を題材にしたものかと思いきや、本作は妻を喪った男の復讐譚である。
 犯罪を目撃した妻は法によってこれを正そうとFBIに協力するも、長引く軟禁生活に気がゆるみ、単独で外出しようと車に乗り込む。そして、妻を制止しようと現れた夫の目の前で、車もろとも爆発炎上する。
 夫は悔やむ。証言台に立つと云い張る妻を止められなかったことを悔やむ。犯罪組織が狙っていたのはわかっていたのに、妻を守れなかったことを悔やむ。正義が為されることよりもっと大切なことがあったのに!
 トムの後悔は、エリザベスの亡霊となって彼につきまとう。後悔はやがて復讐心へと変わり、エリザベスの幽霊はトムの復讐心に火をつける。
 トムは銃を購入する。ハリー・キャラハンも素足で逃げ出すほど大型口径の拳銃を。そして練習する。銃を構え、照準を合わせ、トリガーを引く。発砲による反動を受け止め、一部を逃がす。撃つたびに体をふっとばされていては話にならない。
 トムはドランを観察する。奴の仕事を、奴の行動を、奴の習慣を、ドランを丸裸にする。目的はただひとつ。ドランに銃弾を食らわす。そのチャンスを探るためにトムはドランを付け狙う。

 ドランが移動に必ず使うのは彼の愛車だ。ロサンゼルスとの往復にもこれを走らせる。乗り心地は快適なのだろう。ただし、乗り心地のみを求めての選択というわけではなさそうだ。
 ドランが愛車にこだわる理由、その一端をトムは目撃する。商売上、ドランには取引先との間に軋轢がある。先方は危険を承知で女たちを密入国させるのだが、ドランはその"商品"を買い叩き、平気で返品する。対等な立場での商取引とは思えない"ドラン式"に、この問題を解決しようとドランの取引先は彼を襲撃する。しかし、ドラン自慢のキャデラックは全面防弾仕様。堅い装甲のおかげで、ドランは一発の銃弾も浴びずに済んだ。
 組織間の抗争とドランの周到さを目の当たりにして、それでもトムは復讐を諦められない。ドランの生活を、行動様式を、毎月のスケジュールを把握して、必ず隙を見つけてやる!

 トムの前に立ちはだかる障壁のうち、最も高いそれはドランの愛車だ。それが搭載する機能は防弾の一点のみではない。
 いつものようにドランを尾行していたトム。ドランのボディガードは後続車に何かしら感じるものがあって、後部搭載カメラでその車のナンバープレートを確認。どこにアクセスしたものか、そのナンバープレートの登録者を照合する。モニターに映し出される顔。この男は知っている。あの女の旦那だ。
 ただ装甲のみを誇るのではないのだ、ドランのキャデラックは。情報戦でも優位に立てるほどの装備とそれを扱う人材。これらを総合するに、ドランの愛車は動く要塞と云えよう。攻め落とすのは容易でない。

 自分が尾行していたことをドランに知られたとは思わないトム。彼はドランへの襲撃を諦めて、来た道を帰る。公衆トイレで、三つ並んだうちの真ん中の便器の前に立って、自らの臆病を噛みしめ失意を味わっていると、二人の男が入ってきて、自分を挟むかたちでそれぞれ便器の前に立つ。男たちは誰あろう、ドランとボディガードだ。
 トムは半殺しの目に遭ったが拳銃は返された。意味することはひとつ。「やれるものなら殺ってみな」だ。
 この時から、トムはドランに取り憑かれた。ドランへの復讐というよりドランにこそ取り憑かれてしまった。

 ドランへの復讐は、エリザベスの無念を思えばこそ。エリザベスの亡霊を後押しされてここまではやってこられた。だが、挫けた。拳銃を買って練習して、ドランを観察して隙を窺って、それでも何もできなかった。
 ここからは違う。妻の敵討ちではない。俺が自分のために奴をブチ殺す!
 エリザベスのことを忘れたわけではない。彼女が殺されたことも、彼女の無念も、幸せをつかむはずだったことも、何もかも忘れていないけれども、それでも自分が生きるために、前に進むために、誰のためでもなく自分のためにドランを殺さなければならない。死ぬのを待つなんてできない。殺すのだ。
 トム・ロビンソンが自分を狙うかもしれないことを、ドランは知っている。ドランは自分など歯牙にもかけてないだろうが、だからと云ってあえて無防備になるわけでもない。他の組織との抗争があるだろうし、それらに備えるのは当然だ。やはり、あのキャデラックをどうにかしなければ目的を達成できない。
 漠然としたイメージは要らない。詳細な青写真とそれを成し遂げる技術と体力が必要だ。根性だけは既にある。もうこれしか残ってない。
 何が必要なのかをわかっているのならば邁進するのみ。そのためにはどんな辛い目にも遭おう。誰に何を云われようが構わない。灼熱地獄にだって耐えられる。必要なことを成し遂げるのみ。
 動く要塞であるドランのキャデラックだが、その優れた点は何か? それは堅い装甲ではない。情報通信機器でもボディガードでもない。それらを搭載して走ることが、ドランのキャデラックの優れた点である。動く要塞の"動く"という一点、自動車の用途こそがその他の要素を強調するのだ。いくら装甲が堅いと云っても、それは「車にしては堅い」というだけで、ミサイル攻撃には耐えられまい。情報通信機器にしても「車載用にしては」と評価できるけれど、せいぜいが個人レベル。ボディガードは優秀だが、たったひとりでは攻撃の選択肢は多くない。よくよく考えると脆弱であったり少数であったりするのだが、その点を補完するのが機動性の高さだ。ドランのキャデラックを攻略するには、機動力を無効化する作戦を立案しなければならない。
 ここにおいてトム・ロビンソンは狩人になった。黒くて、大きくて、堅くて、速くて、目が利いて、強くて、なによりも憎い化け物を退治する狩人になった。地を駆ける化け物を仕留めるには罠が必要だ。青写真は完成した。

 本作がスティーヴン・キングの短編小説を原作に持つことは冒頭で触れた。キング作品の映像化と云えば、重厚にして長大な内容を映像化するためにその一部をバッサリ省略してしまうのが通例。短編や中編の映像化には良作に数えられるものもある。
 本作はと云うと、ドランのキャデラックを罠にかけてからが長いッ! ドランはキャデラックもろとも罠にかかっている。勝利を手にしたのだから、さっさと決着をつけろ! ネチネチといつまでも面倒くさいことをするなよ、カッコ悪い。ホント、ストレス溜まるわ!
 大いなるカタルシスは味わえる。級友のイタズラが成功するのを見守るのに似て、それを我が事のように喜んでしまう。そこですぐに幕を下ろしていたらもっと評価できたのに。勿体ない。

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