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住宅事情

amazon:[DVD] エクトプラズム 怨霊の棲む家 無修正版  エクトプラズムとは、霊媒の体から流れ出すゲル状の半物質である。
「エクトプラズム 怨霊の棲む家」を観た。
 主演の俳優をどこかで見たことあるなと思ったら、「ジェニファーズ・ボディ」でミーガン・フォックスに喰われたゴス少年だよ。リメイク版「エルム街の悪夢」でも準主役を演じていたな。こうして彼のキャリアを振り返ってみると、どうやらホラー畑を歩いているようだ。名前はカイル・ガルナーか。将来有望株だな。

 本作は実話をモデルにしているという。観るぶんには、そんなことどうでもいい。映画に限らず娯楽作品というものは面白いか面白くないかが問題になるのであって、製作者は作品を面白くするためならば、たとえ現実を無視することになってもそこに遠慮があってはならない。ただしこれについては、あまりに荒唐無稽すぎてシラケさせられるくらいリアリズムに欠けているのは問題外。伝家の宝刀、「設定や展開が浮き世離れしちゃったから、ファンタジーということにしてしまおう!」は今や通用しない。通用した時代があったのかは知らないけども。
 ホラー映画ならば面白いか面白くないかだけが問題ではない。怖いか怖くないかが評価軸となる。そして本作はそんなに怖くない。これは強調しなければならないけれど、本作はつまらないわけではない。怖がりな私にとってはちょうどいい塩梅の怖さだ。ということはつまり、メーターの針が振り切れるほどの恐怖を求める向きには物足りないだろうな、と。

 東雅夫『怪談文芸ハンドブック』の159ページ、作者はハインリヒ・フォン・クライスト「ロカルノの女乞食」を解説するのにスティーヴン・キングの言葉をひいてその先進性を讃えている。その「おそらくドイツ語で書かれたもっとも短い怪談」はさておき、スティーヴン・キングの名言をここで引用する。

 幽霊屋敷に遭遇する本当の恐ろしさは、それによって生活の場を喪い経済的に逼迫することにある。
 この名言が何に発表されたものだか、寡聞にして知らないのだけれど(『死の舞踏』だろうか? それとも『小説作法』?)、意味するところは大いに頷ける。さすがはホラーの帝王。

 新たな環境に身を投じることは、希望のみに包まれるわけではない。先行きがはっきりと見えないということから、いくばくかの不安も覚えよう。これは希望という恒星の近くに浮かぶ衛星のようなもので、現時点で見知らぬ事柄であってもそれらを把握し周囲の環境に慣れるに従って、まるで気にならなくなるものだ。ただし、事態が思っていたより悪くなるようだったら、この衛星はその軌道の影響で恒星の輝きを遮ることになるだろう。不安が希望を塗り潰してしまう。
 転居当初こそ非日常の肌触りを覚えるだろうけど、生活してゆくにつれて新鮮味は薄れ、「ここが我が家なんだ」というふうに、そこが日常の場であることを認識するようになる。すると、気分が高揚しているときには感じなかったり気のせいと思ったりした些細な違和感が、日常生活のなかで明確に感じられる。なにか変だぞ、と。
 自分が感じ取っているのは正しく超自然的な現象なのだろうか? それとも病んだ精神が見せる幻覚なのだろうか?
 新築にせよ中古にせよ、分譲にせよ賃貸にせよ、一旦入居したものを簡単に取り消すことはできない。これは契約上そうなっているわけではないから、厳密には取り消せないわけではない。契約取り消しはできるものの、一度落ち着けた腰を再び上げるには相応の勢いが必要となる。新たに転居先を探すとなると、現実的に大変な労力である。労力もさることながら、家計に与えるダメージは計り知れない。
 転居するということは、一旦は生活基盤を立てたものをひっくり返すことにほかならない。その理由が「今、住んでいるのが幽霊屋敷だから」なんて、常識で考えて通用する筈がない。存在するかどうかもはっきりしない幽霊に怯えて家を手放すなんて、そんな馬鹿なハナシがあるか!
 その通り。分別のつかない子供ならともかくも、ある程度常識を弁えた者なら、自分や家族の置かれている状況に思いを致すことができる。本作の主人公がまさしくそうだ。
 マット・キャンベルは、自分の癌治療の通院の為に転居したことを知っている。家族のみんなに迷惑をかけていることを自覚している。自分の病気が家計を圧迫していることを弁えている。だから異変に気付いても、自分ひとりで抱え込む。自分さえ我慢すればよいのだ。それに、彼はこうも考える。自分の身に降りかかっている心霊現象は、もしかしたら癌治療の副作用かもしれない。幻覚症状が表れたら治療を中止すると医師に云われたくらいだから、幻覚を見る可能性はなくはないわけだ。そして治療の中止は、もはや打つ手がないことも意味している。自分は死ぬ。

 キャンベル家が新たに居住する家屋は、以前はそこで葬儀屋を営む男が住んでいた。マットが自室に選んだ地下の一室は、その隣室で死体にエンバーミングを施していた。そして呪術も。
 屋敷を建てたエイクマンは葬儀屋を本業とする一方で心霊術師として活動していた。エイクマンには霊媒を務める少年がいて、名をジョナといった。ジョナの能力は本物で、それ故にエイクマンの心霊術は有名になる。しかし、心霊術師としてのエイクマンの栄光は突然に断たれる。ゲストを招いての心霊術実演中、なんらかの原因によって失火し、彼はゲストもろとも死亡した。
 ジョナ少年の行方は杳として知れない。

 まぶたを切り取られ、体中に文字を刻まれた死人。黒焦げの死人。屋敷に出没するのは黒ずみ腐敗した、生前の姿を留めない死人である。生前からの怨念だとか呪う気持ちだとかが彼らをこの世に繋ぎ留めているわけではない。彼らは死者としてひとつの役割を担わされていたし、未だにその役割から解放されていない。彼らはこの世に無理矢理に繋ぎ留められている。彼らは管理者を喪った装置の一部なのであり、装置は今もまだ動き続けている。
 霊的に不安定な場所があり、そこに生死の不安定なマットがピタリと嵌まった。日々、死に近付いてゆくマットは死の世界と交流しやすくなっている。かつてジョナが持っていた霊媒の力を、マットは図らずも手に入れる。
 マットを襲う心霊体験というのは、基本的に彼に危害を加えようとするものではなく、そこには彼に何かを伝えようとする意図が感じられる。意思の疎通の難しい相手から送られる暗号を読み解け。ここにおいて物語は、ホラーからミステリへとジャンルを跨ぐ。「死にゆく際の伝言」がダイイング・メッセージだが、この場合は「死んでる真っ最中に発せられる伝言」だ。死者のメッセージだ。
 死者の思いを読み取ってその願いを叶えるというのは、「リング」から続くホラーの定石だ。一旦は解決したように見えて、どんでん返しが最後に控えていることも。
 本作を怖く感じられない理由のひとつは、あまりにパターン通りの展開で驚きがないからだ。

 本作の幽霊屋敷は、死期の近いマットが霊に感応することで、はじめて心霊現象の場として成立する。マットが死に近付くほどその霊媒としての力は強くなる。そしてマットの存在が増幅装置となって、屋敷をめぐる心霊現象は霊感のない家族まで感じられるくらいに強くなる。いっそマットが屋敷を離れれば、屋敷に棲みつく死者たちもおとなしくなるのに。あるいはマットが死んだなら、と考えられなくもない。人の立ち入らぬ山奥で一本の老木が朽ちて倒れたとして、それを知る者がいない世界ではその老木は存在しないのも同然であることに似て、死者の念を誰も感じ取れないのならば、その屋敷は幽霊屋敷ではない。このような理屈が成り立つ。死期が迫って死者と交わるようになったマットが入居しなければ、あの屋敷の死者たちは目覚めなかった。この仕組みが面白い。邪悪な意図によって組み上げられた仕掛けが人知れず眠っている、というのがイイ!
 マットの健康状態と事態の相関関係が見えてからは、彼には気の毒だけど親身になれなくなった。どうせ死ぬなら仕方ないよね、って。だから、もっと凶悪な状況に陥れるべきだったのだ。幼子たちを標的にするなんてどうだろう?
 後日談には意表を突かれたが、幽霊屋敷の怪談話としてのおさまりの良さは評価できる。ただし、おさまりが良いというのは展開を想像できるということなので、これについては正直物足りないのだが、だからと云ってつまらないと決めつけることはない。良作だ。オカルトホラーの好きな向きには勧められる作品だ。
 あ、でもタイトルになっているエクトプラズムは、まったく関係ないわけではないけどタイトルにするほどの関係はなかったな。これについては、もっとヌチョヌチョゲロゲロな映像を期待していただけに残念。

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